17.一番安全な方法
「では、失礼して」
「え――わっ!?」
不意に身体が浮かぶような感覚――気付けば、またルマに抱えられていた。
驚きこそすれ、拒絶はしない。
合成獣の動きは人間のミリシャの動きを軽く凌駕している。
ルマもそう判断したのだろう。
次の瞬間、合成獣は勢いよくミリシャ達の方に向かってきた。
ルマが地面を蹴って跳躍する――先ほどまでいた場所に、地面を抉るような大きな爪痕が残った。
「……! なんて威力……!」
「攻撃的になりましたね。やはり、ここを縄張りとしているようです」
「合成獣は本来なら、縄張りなんて持たないはずだけど……」
主がおらず、野生化したということだろうか――その可能性なら考えられる。
合成獣はあくまで人工的に作られた魔物ではあるが、ベースとなる魔物は存在しているし、命令する者がいなければ当然、服従する相手もいない。
ただ、距離を取ると追ってくるような真似をしないところを見ると、野生とは少し違う感じもした。
「ルマ、一旦止まって」
「承知しました」
十分に距離を取ってから、ルマは動きを止める。
ミリシャは合成獣に狙いを定めて――放ったのは『光弾』。
シンプルな攻撃魔法であり、威力も大したことはない。
合成獣に致命傷を負わせるレベルでもないが――どうするかを見たかった。
大きく前足を上げると、合成獣はミリシャの放った『光弾』をかき消す。
やはり、傷を負わせることはできそうないが――さらにミリシャは追撃を行う。
「ミリシャ様?」
ルマもミリシャの行動に疑問を感じたようだ。
放った『光弾』は合計で五発――いずれも、合成獣は全てかき消した。
「やっぱり、近づいては来ないんだ」
ミリシャの疑問は確信へと変わる。
――縄張りという概念とは少し違う。
あの合成獣は森に居座っているが、深追いはしようとして来ない。
おそらくは川辺付近までは行動範囲のはずだが、わざわざ追ってまで攻撃を仕掛けようとしないのだ。
いかに怪我するレベルではないとはいえ――ミリシャの『光弾』を五発全てかき消しておきながら、近づてくるようなことをしないのがその証拠だろう。
「……これは一体?」
ルマも気付いたようだ。
合成獣である以上は、通常の魔物とは異なる点がどうしても多くなってしまう。
あくまで可能性の範囲で言えることは――あの合成獣は何らかの命令系統を受けており、まだそれを完遂しようとしているということ。
合成獣の主が生きているかどうかまでは、判断できないが。
「一概にどう、とはやっぱり言えない。でも、確実な方法は――ここからの攻撃に対してなら、合成獣は反撃はしてこないってこと」
「そういうことですか」
「ルマ、私のことは一度下ろしてもらっても大丈夫だよ」
ルマに地面に下ろしてもらい、改めて合成獣を見る。
――とはいえ、ミリシャの使える魔法では合成獣を仕留めるには威力が足りない。
そうなると、いよいよ頼れるのはルマの魔法になるが。
「ルマは遠距離の魔法って使える?」
「この距離から合成獣を仕留められるかどうか、ということでしょうか?」
「簡単に言うと、そういうことになるかな。申し訳ないけど、私には難しいから」
「離れたところから一撃で仕留めるとなると、やはり相当な使い手でなければ無理でしょう。それと、私があの合成獣をこの距離から仕留められるかと言われたら――答えは可能です」
そう言うと、ルマは右手の人差し指を立てて、合成獣に狙いを定めた。
「念のため確認しますが、仕留めてしまっても問題ありませんか?」
「……うん、一番安全な方法がこれだと思うから」
「承知しました。では――打ちます」
そう言ってルマは指先に魔力を込める――集まったのは冷気で、小さな氷の結晶が指先に出来上がると、それはゆっくりと動き出した。
だが、次の瞬間――気付けば合成獣の目の前まで氷の結晶は飛んでいき、目の前で弾ける。
『――』
次にミリシャが見たのは、氷漬けになった合成獣の姿だった。
「これでよろしかったでしょうか?」
「す、すごい。完璧だよ、ルマ」
ミリシャがそう答えると、ルマは小さく笑みを浮かべた――その横顔は凛々しくかっこいいのだけれど、尻尾はすごくぶんぶんと揺れていた。




