12.連れてきてくれて
「そろそろ村が近づいてきましたので、一度降りていただけますか?」
ルマから言われた通り、ミリシャは彼女の背から降りた。
そして――再びルマは人の姿になる。
当然、フェンリルのままで人里に向かうわけにはいかないので、ここからは歩きになるだろう。
ルマはフェンリルの時にも抱えていた荷物をそのまま背負う。
「……って、その大きさの荷物を背負うの!?」
「はい、何か問題がございますか?」
きょとん、とした表情で答えるルマだが――明らかに馬車で積むような大荷物を背負っているのはどう見ても目立つように思う。
――とはいえ、ミリシャもここに来るまで見越していなかったことだ。
「えっと、その荷物の量だと目立ちすぎないかなって」
「確かに、いつもより少し多いかもしれないですね。ミリシャ様とのお出かけなので万全を期してきましたが、少し減らしましょうか」
ルマはそう言うと、そそくさと荷物を整理し始める。
一応、町中の移動も考えて身体のサイズに合ったカバンも準備していたようで。
「これくらいあれば十分でしょうか?」
「大丈夫だと思う。でも、この荷物はどうするの?」
ちらりと、残された荷物の方に視線を送る。
さすがに、このまま置いて行くわけにもいかないだろう。
「なくなっても問題ないですよ」
「さすがにそれは……その、準備してくれたルマにも悪いし」
「わたしのことを気にかけてくださり、ありがとうございます。では、こうしましょう」
ルマはそう言うと、荷物の前で地面に手を置き――魔法を発動した。
目の前に出来上がったのは氷の結晶。
周囲の温度が少しだけ下がったような感じがする。
「これは……?」
「結界です。中にあるものは劣化しませんし、外から壊すことはこの辺りの魔物では難しいでしょう。一応、壊されたらわたしにも分かるので。ここに荷物を置いて、後で取りに戻りましょう」
結界魔法――ミリシャも似たような類の魔法は使えるが、ルマの発動したものは魔導師だからこそ分かる。
今まで見た魔法の中でも何より強力なものだ。
魔物の上位種であれば魔法を扱うことができるのは知っているし、ミリシャに施された『蘇生魔法』などその最たる例ではあるのだろうけれど――使う魔法のレベルはやはりミリシャなんかとは比べものにならない。
「さあ、足元にはお気をつけて」
ルマは手を差し伸べてくれた。
『私なんかのために』――そう口にしてしまいそうになるけれど、彼女はそれを望まないことはすでに理解している。
だから、ミリシャはその手を取って歩き出す。
森を抜けて、目に入って来たのは草原だった。
森の中とは違い、少し強い風が吹くと直で感じられる。
「どうですか、森の外に出てみて」
「久しぶりって感じはないんだけどね。でも、こうして静かなところにいるのは――久々な気がする」
ずっと、現実感がなかったというべきなのかもしれない。
助けた子犬が実はフェンリルで――その上、自分を生き返らせてくれた、なんて。
けれど、全て現実――視界に広がった景色を見て、落ち着いた気分でいられていることをようやく理解して、ミリシャは小さく息を吐き出す。
「ルマ」
「はい、何でしょう?」
「連れてきてくれてありがとうね」
「! このくらいならお安い御用です! それに、村はまだもう少し歩きますから」
「あ、そうだよね。じゃあ、案内よろしくね」
「はい! あ、もしもお疲れならすぐに言ってくださいね。ミリシャ様を抱えて行きますので」
「そ、それはちょっと遠慮しよう、かな?」
おそらく荷物を背負っている以上――彼女の抱えるというのは、いわゆるお姫様抱っこのことだろう。
耳が少し垂れてがっかりしている様子は伝わってきたけれど、さすがに抱えられているところを人に見られるのは恥ずかしいので遠慮させてもらった。




