10.自身のため
森の中をゆっくりと進んで、どれくらい時間が経った頃だろう。
「少し休憩にしましょうか」
ルマがそう言って足を止めた。
ミリシャが降りると、彼女は目の前で人の姿になり――
「――って、裸!?」
正確に言えば、少し違う。
身体にベルトを巻き付けているから、ギリギリで裸ではないくらいだ。
慌てふためくミリシャに反して、ルマはきょとんとした表情を見せる。
「元の姿に戻る際に服を着ていては破れてしまいますので」
「そ、それもそっか……」
言われてみればその通りなのだし、ここはまだまだ森の中――人の目はないし、おそらくルマの感性はフェンリルのもの。
当たり前のことだけれど、フェンリルである彼女からすれば、服を着ていないことも普通のことなのだろう。
「どこか村とか町の近くになったら人の姿には……?」
「もちろん、人前で元の姿を晒すことはありません。大事になりますし、わたしにメリットもありませんから」
荷物から服を取り出して着替えながら、ルマは答えた。
念のための確認であったが、それなら問題はなさそうだ。
そもそも――彼女は町に出かけることもあると言っていたし、ミリシャが心配するようなことでもないのだろう。
執事服に着替えた彼女は、早々にテントなど野営に必要なものを取り出して準備を始める。
「私もテントくらいなら張れるし、手伝うよ」
「お手を煩わせるようなほどのことではありません」
「いや、その……あんまり全部任せちゃうと、私が気まずいというか」
「そうなのですか? でしたら、一緒に準備致しましょう」
そうして、二人で準備をして――無事に森の中で休める空間ができた。
薪なども全て荷物に入っているらしく、集めに行こうとしたけれど結局ルマの持ってきた物で全て事足りた感じだ。
「ではでは、ここで少し休んでいてください」
そう言うと、ルマは不意にどこかへ向かおうとする。
「! どこかに行くの?」
「食料を調達しようかと思いまして。すぐに戻りますよ」
「食料って――」
ミリシャが聞く前に、ルマはそのまま姿を消してしまう。
先ほど手伝いをしている時に見たが、荷物の中にはそれこそ十分なくらいの食料が入っていた。
それこそ、わざわざ探しに行く必要はないはずなのだけれど。
ただ、あくまで人間なら満足できる量――というだけなのかもしれない。
「元の姿のルマ、身体も大きいもんね」
ミリシャの知らないところで狩りをしている姿は――あまり想像しない方がいいのかもしれない。
***
――ミリシャを野営地に置いて、ルマは森を駆けた。
ある程度の距離が取れたところで足を止めると、ルマは口を開く。
「先ほどから、目障りなんですよ」
ルマの視線の先から姿を見せたのは――大蛇だった。
それこそ、狼の姿のルマよりも大きいほどで、細く長い舌を覗かせながら、ルマと対峙する。
「たまにいるんですよね。あなたのように力量の差を理解できないものが」
ルマの言葉を無視して、大蛇は大きな口を開いた。
ゆっくりと、ルマを丸呑みにしようと近づく――だが、ピタリと動きを止めた。
ちらりと、大蛇はルマの姿を見る。
今もなお人の姿である彼女だが――その殺気は、先ほどまでとはまるで違う。
ミリシャといた時のような和やかな雰囲気は一切ない。
その視線だけで全身を貫かれ、引き裂かれるような錯覚に陥るほどの強烈なもの。
大蛇はやがてその大きな身体を震わせると、ゆっくりとルマから身を引いていく。
「殺しはしませんよ。ここではミリシャ様に気付かれてしまうかもしれませんから」
ルマが本気を出さない理由――それは、すぐ近くにいる主のため。
否、それはルマ自身のためという方が近いのかもしれない。
「わたしは、あの方に嫌われたくないので」
――フェンリルという存在が人間にとってどういうものかくらい、理解しているつもりだ。
それこそ、ルマが本気を出さなかったとしても――その力が伝わるだけで、ミリシャを怖がらせることになってしまうかもしれない。
だから、ここでは戦わない。
「ただ、次にミリシャ様を狙うようなことがあれば――容赦なくあなたのその頭を嚙み砕きますので、お忘れなきように」
ルマの言葉を理解しているかのように、大蛇はその大きな身体を反転させると、森の奥地へと消えて行った。




