敵地潜入 1
地球側の時系列で言えば、1936年も押し迫った頃。
「女将さん。酒と何か適当につまみ」
「あいよ~」
バルダグ王国ヒクネ伯爵領内の、海辺の町の小さな料理屋。その店にふらりと商人風の出で立ちをした二人組の男が立ち寄り、酒と肴を注文していた。
「お待たせ」
女将は2人の前に、この地方特産の果実酒と、つまみとして豆料理を出した。
「女将さん、つまみはもっと何とかならないの?海辺の町なんだからさ、魚とか貝とかさあ」
男のうちの一人が、つまみにケチをつける。
「しかたがないだろ。ここ数日漁に出られなくて、魚が手に入らないんだから」
「漁に出られない?別に時化てるわけでもないだろ?」
すると、女将は盛大に溜息を吐いた。
「あんたら、見たところ行商人か何かみたいだけど、だったらこのあたりで商売するのはやめた方がいいよ。今皆殺気立ってるんだから。うちは、あんたらみたいな人もよく見るからいいけど、海辺の漁師とかに下手なこと言うと、喉かっ切られるからね」
その言葉に、男はギョッとした。
「脅すなよ、女将さん」
「脅しじゃないよ。何日か前に、近くの要塞を異界の艦隊が攻撃してから、領主さまが漁に出るのを禁じてるんだよ。だから、漁師どもは皆商売上がったりなんだ」
「へえ、異界の艦隊はこんなところにも出るのかい?」
「ああ。連中は街を襲ったりはしないけど、領主様の命令には逆らえないからね。一刻も早く禁漁を解いて欲しいのに、中々領主さまがウンと言ってくださらなくてね」
「ヒクネ伯爵様は、何をそんなに怖がってるんだい?敵の艦隊は、もう行っちゃったんだろ?」
「それはそうなんだけどさ、伯爵様がここのところ忙しくて、中々命令が伝わらないんだよ。そこら中で盗賊やら空賊やらが出るせいで、領軍もてんてこ舞いらしくてさ」
この大陸で言う空賊とは、文字通り空から襲い掛かって来る賊のことで、その多くはグリフィンやペガサスなど、空を飛ぶ動物に乗って、村や街道を通過する商隊を襲っている。
基本的に戦闘能力の高い翼竜や翼火竜は軍隊でのみしか使用されず、民間で利用される空飛ぶ動物は翼竜には及ばない戦闘力しか持たない。
そのため空賊も、平時であれば軍の哨戒などを恐れて、あからさまな行動を取ったりはしない。
しかし、イルジニアとの戦争が長引き、軍の翼竜隊が出征したことで状況が変わってしまった。その間隙を突いて、空賊は活動を活発化していた。
平時であれば軍の翼竜によって簡単にあしらわれるグリフィンやペガサスも、相手が地面を這いつくばるだけの人や馬なら圧倒的に有利な戦力となる。
そんな空賊や、盗賊の跳梁のために領軍はただでさえ戦力が削られているために、全く対応が追い付いていない。
「おかげで禁漁命令は解除されないわ、商隊は足止めを食らうわで、うちもいつまで営業できたかわかったもんじゃないよ。あんたら、移動するときは気を付けな」
「それだったら心配いらないよ、ちゃんと護衛が付いてるからね」
男たちはその後酒と肴を適当に楽しみ。
「じゃあ、女将さん。まあ、無理せずがんばりなよ。お会計、色付けといたから」
「あら、悪いね。あんたらも気を付けてな」
店を出た男たちは、そのまま宿に・・・向かうことなく、周囲に気を付けながら村はずれへと向かう。
「誰もいないな?」
「ああ」
男たちは周囲に人気がないのを確認すると、懐に隠し持っていた懐中電灯を点ける。
そして、その灯を頼りに海岸へと向かった。
波の音が聞こえるだけの漆黒の闇に包まれた海岸に出た2人は、身に付けていた荷物を地面に降ろし、自分たちも座り込む。
「時間は?」
「あと10分」
懐中電灯の灯をいったん消し、鞄から夜光塗料が針に塗られた時計を出して時間を確かめる。
そして、予定の時間になるのを待った。
「時間だな・・・はじめろ」
「了解」
男の一人が立ち上がり、懐中電灯を沖合に向けてチカチカと点滅させる。決められたとおりの符丁で、連続3回行う。
一方もう一人の男も立ち上がると、双眼鏡で漆黒に包まれた海上に目を凝らす。
「どうだ?見えるか?」
「ちょっと待て・・・見えた!」
沖合に小さくチカチカと点滅する灯火が見えた。
「予定どおり来てくれたな・・・おい、準備しろ!」
「おう」
2人はそそくさと準備を始める。もっとも準備と言っても、先ほど降ろした荷物を再び背負うか肩から掛けるだけだが。ただし、自分の体から落ちないように厳重に縄で括った。
「気づかれてないよな?」
「気づかれてれば、とっくにやられてる」
と言いつつも、最後まで周囲への警戒は怠らない。
そんな2人の耳に、船外機のエンジン音が聞こえてきた。
そして。
「おーい!迎えに来たぞ!キール!」
その呼びかけに、男の一人は大声で返す。
「ありがとう!ベルリン!」
今回の作戦のために用意された合言葉を返すと、2人は懐中電灯を照らして走り始めた。
2人が走って行った先には、船外機を付けた小型ボートと、ドイツ海軍の制服を着た士官と水兵が1人ずつ待っていた。
「急げ!長居は無用だ!」
「わかってる!」
2人の男は、小型ボートに乗り込んだ。
「よし、出せ!」
「ヤー!」
士官の声と共に、水兵が船外機を操作してボートを沖へと向かわせる。
沖合ではチカチカと発光信号の瞬きが続いており、ボートに乗る士官が懐中電灯で同じく発光信号を送る。
そして、走ること数分、沖合に出たボートの目の前に、鉄の塊が闇の中に浮かび上がる。構造物が艦橋以外ほとんどない独特の艦影、潜水艦であった。
その甲板上では、やはり数名の水兵が待機し、近づいてきたボートに縄を渡す。その内の1本をボートの水兵が取って艇体に結ぶと、艦上の水兵がボートを引き寄せた。
「よし、上がってこい!」
縄を伝い、まず先ほど乗り込んだ男のうちの片割れが潜水艦へと渡る。とは言え、揺れる海上でしかも艦は海水で滑りやすいので、最後は甲板上の水兵が手を貸した。
「ようこそU51へ。2人とも歓迎するぞ」
甲板に上がった2人の男に、白い艦長帽を被った男が近づく。この艦、ドイツ帝国海軍潜水艦U51艦長のハインツ・オットー少佐であった。
もちろん、艦長の出迎えに2人の男はすぐに敬礼して申告する。
「日本陸軍伍長のケビ・ミカサであります」
「同じく上等兵のアーキ・フジであります」
「艦長のハインツ・オットーだ。2人とも任務御苦労。客船とまではいかないが、新海道到着までどうか寛いでくれ」
「「御厄介になります!」」
2人は水兵に案内され、艦内へと通された。
潜水艦内はとにかく狭い。そのため、乗員の居住スペースは水上艦とは雲泥の差で、個室があるのは艦長だけで、それ以外の士官は全員が共用の部屋を使う。水兵に至っては、それこそ魚雷の下のベッドを交代で使う有様だ。
そんな中で、下士官と兵でありながら2人は士官室へと通された。これだけで、2人の任務の重要性がわかる。
事実、U51が沖合に向けて動き出すと、直後に2人は艦長室へ呼び出された。
「どうだったかね?潜入任務の方は?」
オットー艦長は、2人に貴重なウィスキーの入ったグラスを差し出しながら、任務の首尾を尋ねた。
そう、U51に収容された2人の獣人は、いずれもバルダグに潜入した日本陸軍の諜報員だった。彼らは戦前バルダグから新海道へと亡命した人々の一員で、日本国籍取得後に志願兵と徴収兵として軍に入っていた。
その多くは、体のどこかに動物的な特徴を有する獣人たちであった。ちなみにケビはウサギの耳と尻尾を、アーキは頭全体が犬の様な髪で覆われていた。
「お答えできる範囲でなら」
2人はあくまで大日本帝国陸軍が派遣した諜報員である。如何に階級が上と言えど、直属上官ではない人間に、自分たちが収集した情報をおいそれと明かすわけには行かない。
そのため、言える範囲は限定的なものであった。
「構わない」
オットーも軍人。収容した2人が、部外者である自分に大したことは言えないことくらい、ちゃんと心得ていた。それでも、指揮官として少しでも敵に関して知っておきたいという気持ちは大きかった。
また2人も、特別待遇で運んでもらう手前、何もしないのは気が引けたし、また出撃前に上官から潜水艦の乗員に気を遣う様にも言われていた。
「でしたら。今回我々は・・・」
2人は酒で饒舌になるのを自らに戒めながら、オットーに話して良い内容を伝えていく。
「・・・と、こんなところになります」
「なるほど。いや、実に有意義な話だった。付き合わせて悪かったね、あとはゆっくり休むと良い」
「は!」
「では、失礼します」
2人は艦長室を辞して、割り当てられた士官室のスペースへと戻る。
こうした光景が、この頃モラドアやバルダグへの工作員潜入任務に使われる各国潜水艦で見られるようになっていた。
戦線が膠着し、戦争終結への道が見出せていないこの頃、派遣軍総司令部は日本軍に志願兵として入隊していたモラドアやバルダグの出身者を、主として情報収集の工作員として、潜水艦を使い潜入させる任務を始めていた。
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