露西亜・伊太利亜参戦!
1936年、新たに異世界における戦争に伊太利亜王国と露西亜帝国が加入したことで、戦争は本格的な大戦へと移行したと言えた。
それまで限定戦争とも言うべき範囲での介入を行っていた日米英仏独も、より大規模な兵力の派遣を計画した。
では、早期にそれら大戦力が地球側から異世界に送り込まれ、一気に敵国たるモラドア・バルダグ両国を攻略する・・・などというムシの良い話にはならなかった。
何故か?答えは簡単、補給線の確保と指揮系統の立て直しが必要であったからだ。
補給線の確保は言うまでもない。近代兵器を使用する地球側は、使用する武器弾薬のみならず燃料や兵員の生存に必要な糧食・嗜好品に至るまで、そのほとんどを異世界と次元の壁を隔てた地球から送り込むしかない。
異世界における地球側の橋頭堡とも言うべき新海道や、同盟国たるイルジニアも生産拠点として使えないことはなかったが、どちらにしてもキャパオーバーで、地球からの補給は必須であった。
そしてこの補給を維持することは、かなりの難事業である。何せ艦隊から陸上部隊に至るまで、その総兵力は数十万単位となる。これだけの兵力を食わせるだけでも大変なことである。それに加えて、燃料と弾薬も付くのだから、大輸送船団を仕立てなければとても追いつかない。
参戦した各国は、新たに多数の商船を徴庸する必要があった。これだけでも相当な時間を擁することであった。
次に指揮系統の問題が噴出した。新たに伊太利亜と露西亜が参戦することとなったが、2ヵ国の当初声明は参戦するであって、現在既に戦っている連合軍に加わるとは一言も言っていなかった。
もちろん、現実的に見て異世界に何ら拠点を持たないこの2ヵ国が独自に戦うなど事実上不可能であった。その一方で、この2ヵ国は一方的に攻撃を受け、その報復を行う権利を有しているとも言えた。
そして、日米英仏独などの既参戦国がその連合国軍総司令部の指揮下に入るよう要請すると、案の定色々と要求をしてきた。つまりは、駄々をこねたということだ。
もっとも、革命騒ぎからこの方、連合国から多額の援助を受けた露西亜帝国の場合、この連合国に対する要求は、どちらかというと国内に対するポーズに近いものであった。最終的には連合国側が港湾や基地使用、兵站線の確保における便宜を図る(金銭面での補助)や、戦争終了後の講和会議における露西亜の権利を最大限尊重することで、この件は決着した。
一方、伊太利亜王国の方は連合国サイドを辟易させた。
「我が国は卑劣なる無差別奇襲で、多くの民間人を含む国民と、世界の宝とも言うべきベネツィアを喪ったのだ!それ相応の見返りを得ることは、正当な権利である!」
それが単に自国民向けのポーズであるのならば良かったのだが、大真面目にモラドア・バルダグの占領後の併合などと言い出したのだから、驚きや怒りよりも呆れてしまう者が続出した。
そもそも地球側はモラドア・バルダグの占領など想定していない。現状の最終的な戦略目標は、同盟国イルジニアからの敵軍撃退であり、講和あるいは停戦条約もそこで結ばれるというのが、軍事・外交双方の一致した意見であった。
ただし、その戦略目標が変更されるのはやむを得ないことであった。地球側としては、次元を超えて無差別に攻撃してくる敵を完全に屈服させねばならない。
もっとも、その魔法攻撃自体は短期間のうちに再度行われる可能性は、限りなく低いというのが、捕虜の魔術師やイルジニアの魔法研究者の一致した見解であった。次元を超えるのに加えて、大規模な破壊を伴う魔法ともなれば、それ相応の強力な魔力が必要となり、とても短期間のうちに何度も行えるものではないと見られたからだ。
実際のところ、モラドアは再度の次元跳躍魔法攻撃を行う見込みなど最早なかったのだが、もちろん地球側はそんな事情をわかるはずもなかった。
話を伊太利亜王国の話に戻すが、仮に今後モラドア・バルダグの占領を目指すにしても、併合などを今話し合うのはナンセンスである。
しかし、伊太利亜王国はこの戦後の実入りについて貪欲だった。前大戦に参加したものの実入りがあまりなく、近代化の遅れから戦後も不況が続き、その不満を背景に成立した国家主義政権も、打開策を打ち出せていないという厳しい現実があったからだ。
だからと言って、戦争が地球側で連合を組んで戦うのだから、好き勝手なことをされても困る。連合国は過大な要求を取り下げようとしない伊太利亜王国に、次第に冷たい扱いをし始めた。
加えて、連合国が伊太利亜王国に対して冷淡になる理由がもう一つあった。
「イタリアは派遣する戦力に関して、随分と気前のいい数字を並べているが、実情がこれじゃあね」
新海道黎明島敷島市にある帝国海軍異世界派遣艦隊司令部兼鎮守府司令部庁舎で、同艦隊司令長官兼鎮守府長官の須田大将は日本から送られてきたイタリア軍に関する報告書や、ジェーン海軍年鑑、さらには各国発行の軍事雑誌を見て呆れていた。
彼自身も伊太利亜王国側の関係者との折衝に参加することがあったが、派遣されてきた外交官や軍関係者は、自軍の派遣する戦力や兵器の性能に関して、自信満々にプレゼンしていた。
しかし、手元に集められた報告書を読む限りでは、それが大風呂敷もいいところであるのは明白であった。
そもそも近代国家としての伊太利亜王国は統一が遅く、さらにその後の近代化(工業化)もそれほど進んでいなかった。そうした国情に加えて、前大戦後も長く続いた不況のために、軍の近代化は進んでいなかった。
国家主義政府に移行後は、大規模な軍備の刷新と拡張を打ち出して、表向きは華やかで近代的な兵器が登場しているとアピールしていた。それを証明するように、航空機のレコードなどを幾つも打ち立てていた。
だがそれがコケ脅しでしかないことを、須田の手元の資料は伝えていた。
確かにイタリア軍は装備の改編と拡張に取り掛かってはいるが、実際のところ工業力の不足からそのスピードは緩慢であるという。陸軍で見れば、各種の装備は未だに旧式であり、特にイルジニアの戦場で活躍した戦車にしては、第一次大戦中のルノー戦車をフィアット社でライセンス生産したものや、機銃しか持たないカーデンロイド系統の豆戦車が主力であった。
多くのレコードを輩出した空軍にしても、実際のところそれらを出した機体は特別に用意された、言わばパフォーマンス用の一点物とも言うべきもので、戦闘機にしろ爆撃機にしろ数を揃えて実際に戦う兵器に関しては、やはり工業力の未熟さゆえに、近代化が遅れていた。
質量ともに期待できそうな海軍にしても、新鋭艦艇を続々と竣工させてはいるが、今のところ最近有用性が示された空母はなく、加えて狭い地中海での運用に特化した艦艇が多く、極東に回航させるのすら苦労する可能性が高かった。
こんな軍隊、数だけ送られて来ても逆に迷惑するだけである。
連合軍司令部内部でも、イタリア軍に関する声は辛辣で。
「イタリア軍で役に立つのは魚雷艇と山岳兵だけ。他はいらん」
「いやいや、それは言い過ぎだ。商船団も使えるだろう。ああ、艦隊じゃなくて商船だけだがな」
こんな会話をされる始末であった。
ちなみに、もう片方の新参者である露西亜帝国の方は、さすがに大陸国家ゆえに、海軍は低評価であった。しかし、イルジニアの戦場へ輸出された戦車や航空機の評価もあり、陸空軍の評価は低くなかった。加えて、今回の派兵に皇族が参加する意向も示しており、その本気度を窺わせていた。
実際須田も、陸軍が導入したロシア製の戦車や航空機を実際に見聞し、その性能に瞠目したものである。
「とにかく、足を引っ張るのだけはやめて欲しいな」
それが須田も含めた、多くの関係者の偽らざる気持ちであった。
結局のところ、最終的に伊太利亜王国が露西亜帝国とほぼ同等の条件で、連合軍指揮下に入るのを承諾したのは、1936年3月のことであった。
と、司令長官室の扉がノックされた。
「入れ!」
「失礼します長官。海軍省から入電です。先日の海軍警察の定員増に関してですが、認められたとのことです」
「そいつは何よりだ。ここのところトラブル続きで、警察だけじゃなくて市長からも立て続けに抗議を受けていたからな」
吉報を聞き、須田は顔を綻ばせた。
新海道に出入りする各国軍人が増えるに従い、それに関連する犯罪も増えてきた。この内軍人同士の喧嘩などは、軍内部の事件として処理できるが、民間人を巻き込むと色々厄介である。喧嘩、窃盗、性的も含む暴行事件など。警察も介入してくるし、民間からの風当たりも強くなる。
そのため、須田は今後も見越して軍紀の維持に必要な、海軍の憲兵たる海軍警察の増員を海軍省に要請していた。そして、先方もその必要性を認めたのか、比較的短い時間で返答が来た。
「次の奴のためにも、今のうちにやれることもやっておかなきゃならんし」
戦前以来、須田は異世界(旧新海道)派遣艦隊司令長官兼敷島鎮守府司令長官を兼務してきたが、今後の戦争の拡大を見越して、4月に大規模な組織改編が見込まれていた。
特にその中でも大きいのが、現在組織上別個になっているイルジニア方面艦隊を、正式に異世界派遣艦隊司令部の下に組み込むとともに、異世界側に展開する日本海軍部隊全体の司令部権限をも、派遣艦隊司令部が包括するというものだ。
レグプール空襲で活躍したイルジニア方面艦隊は、連合艦隊からの派遣部隊たる一時的な増強部隊であったが、その後も支援活動のために異世界側に留まっており、連合国軍総司令部の指揮下に入っていた。
だから実質的には、連合国軍総司令部の副司令であり、海軍軍人としてはトップの須田の下に入っていると言っても過言ではなかった。ただし書類上は地球側に存在する連合艦隊司令部麾下の艦隊であることに変わりはなかった。
またイルジニア方面艦隊以外の防備艦艇や基地航空隊などの増援の多くも、地球側に所在する部隊からの派出扱いであった。
今回の組織改編により、それらを一次元化する組織が誕生する。そしてその組織は、実質的に連合軍総司令部の意向を受けて動く部隊となる。独自の権限は弱くなるが、一方で各国軍との円滑な協力が見込まれていた。
それに伴い、須田は鎮守府長官職の兼任を解かれ、後任が着任する予定であった。
今の須田には、その後任へ引き継ぐための様々な準備も、求められているのであった。
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