表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/90

帝都東京 ③

作中で登場する山手急行電鉄は史実では計画のみで終わった未成線で、現在その遺構はわずかに明大前駅付近に残るのみです。また洲崎は現在の東陽町付近のことです。

「お待たせしました~」


 店員が持って来たガラスの器。それに盛られた料理に、イアチは目を輝かせる。


「わ~!スゴイ!これがプリンアラモードですか!!」


 収容所の図書室に置かれた雑誌で、最近流行の菓子として紹介されていたので、知識としてはイアチも知っていたが、やはり実物を見ると白黒写真からではわからない、彩の良さが映える。


「本当に食べて良いのですか?南兵曹」


「もちろんです。さ、いただきましょう」


 ちゃっかり自分も同じものを注文した南兵曹とともに、イアチはスプーンを持ってプリンアラモードを食す。


「甘くておいしい!こんなお菓子初めてです」


 モラドアにだって菓子はあるが、その多くは保存が利くクッキーなどの焼き菓子だった。クリームを使ったケーキなどもあったが、調理に手間を取り保存が利かないそれらは高嶺の花で、滅多にお目に掛かれない。しかも、ここまで彩り豊かなものは初めてだった。使われている果物の種類が豊富なのである。


「日本は本当に豊かな国なんですね」


 時刻はちょうどお昼時。イアチたち一行は洲崎駅に併設された山手急行電鉄直営百貨店の食堂で昼食をとり、今は締めのデザートの時間であった。


 それまでは、駅の近くをブラブラしたり、百貨店の服や化粧品のコーナーを見て回っていた。


 時間にして2~3時間程のことだが、そうして極一部とはいえ東京を見てイアチが感じたのは、日本は本当に豊かな国と言うことであった。


 整ったインフラもそうだが、街の路上はしっかりと清掃されて綺麗であり、そこを歩く人々の表情は皆明るく、そして百貨店等に出回っている品々は洗練されたデザインであり、しかも在庫も豊富だった。


 こうした光景を見て、プリンアラモードをぱくつきながら、イアチが思わずそんな言葉を漏らしてしまうのも、無理のないことであった。


「けど本当に豊かになったのは、ここ20年ほどなんですよ。私が生まれる少し前、日露戦争の頃までは本当に貧乏だったって、大人たちからは繰り返し聞かされましたから」


 南の言う通り、日本はかつて貧しかった。イアチも捕虜収容所での勉強や、彼女たちとの交流を通してそのことをしっかりと学んでいた。


 明治維新後、日本は近代国家である大日本帝国として統一されたものの、国内に大した産業もなくインフラは未整備、国民は江戸時代と何ら変わらぬ前近代的な生活を送っていた。加えて帝国主義の時代の荒波の中で、軍備の整備も行わなければならず、富国強兵と言う勇ましいスローガンとは裏腹に、実態は貧国強兵だった。


 それでも、整備した軍備によって日清、日露の両戦争では勝利を収め、まがりなりにも列強の一角に食い込むことが出来た。しかし、国内の産業育成や近代化はなおも不十分であり、それどころか軍事費や戦費が国民生活を圧迫し続ける状況に変わりはなかった。


 その状況が、日露戦争直後の新海道発見で劇的に転換した。それまで資源に恵まれなかった日本が、資源に恵まれた島を、しかも時間的には本土から短時間で行ける場所に獲得したのである。


 新海道からもたらされる豊かな資源は、日本国の産業を劇的に発展させた。新海道を含む大日本帝国内に次々と新しい工場が造られ、そこで生産される様々な商品が国内外へと出荷されて、大日本帝国の工業力と経済力は年度毎に凄まじい成長率を記録した。


 そうした産業の発展は比例して国内の近代化を加速させた。遅れ気味だったインフラの整備が進み、国民の生活も豊かとなった。もちろん、それだけではなく新海道開発のための大規模な雇用の発生、また本土においても経済成長による多くの雇用が生まれたのも理由だった。これらはそれまで貧しかった人々の受け皿となり、その生活レベルを向上させた。


 そうして内需を発展させたことで、大日本帝国は国全体で豊かさを増していった。もちろん、災害の多い日本列島という宿命上、その最中も関東大震災をはじめとする地震や台風などに幾度も襲われているが、それすらも跳ね除けて、大正から昭和に変わる頃には日露戦争期までの貧乏が嘘のような、世界でも有数の豊かな国へと変貌したのだった。


「だからお父さんたちから、物を大切にしなさいとか、食べ物を粗末にしちゃいけないとか、そんなことを良く言われますよ。私たちの代は恵まれすぎてるとか」


「でも、本当に恵まれていると思いますよ」


 日本の地方やそこに住む農家などの生活レベルがどうかはわからないが、東京の風景を見るに少なくともモラドアよりは豊かであろうことは、イアチには想像のつくところであった。


 モラドアは科学が発達した同じ世界のイルジニアや異世界の地球と違い、基本的に生活の様々な手段は魔法や魔力を利用して使う魔道具だ。これらの中には科学では実現しえないことを可能とするものもあり、その点においてはモラドアや、同じ魔法立国バルダグの方が勝っているだろう。


 一方で、魔法を使える人間の能力はバラツキがあり、中には魔法が全く使えない人間だっている。つまり科学のような普遍性、汎用性が欠けている。また発展の余地もそれほどない。必要性がないと言えばそれまでだが、それゆえに地球のように大量の製品を生産したり、大量の人を運んだり、大規模な開発をするのに用いり難いのだ。


 例えば火を出すという魔法がある。この魔法が使えることで、モラドア人は火を起こすのも、灯を点けるのも、道具無しで出来てしまう。これは科学では不可能な所業だ。またモラドアの魔法は、バルダグから魔法技術を移入するまでは攻撃系の魔法を得意としていた。そのため、火を出す魔法をさらに洗練させて、地球で言えば火炎放射器のような威力のそれを扱うことも出来た。


 ちなみに、バルダグ人の場合は火を出す魔法は出来ても、それを攻撃手段として使えるに至っていなかった。代わりに転移などの移動系魔法を彼らは洗練させており、両国が同盟関係になったことで、互いの魔法に関する知識や利用手段が飛躍的に広がっていた。


 しかしそれを差し引いても、科学のような普遍性はない。使い手の力量で使える魔法の力にはバラツキがあり、人間である以上使用し続けるのにも限度と言うものがある。


 先ほどの火を出す魔法で言えば、火力発電所で必要とする炎を一時的には魔法で作り出せたとしても、それを均一に、長時間出し続けるのは魔法では不可能な芸当だ。魔法球に閉じ込めるなどの方法があるかもしれないが、それだって人間が作るのだから、工場で量産するようにはできない。


 確かに魔法を使うことで、モラドアにしろバルダグにしろ国民は極端に飢えることも、寒さに苦しむこともなく、ある程度豊かな生活が出来ていた。しかし日本(を含む地球の数ヵ国)のように、大量生産大量消費の物があふれるほどに豊かな生活の実現は無理であった。


 軍の魔術師として、魔法に関しては一通り学んだイアチには、そのことを深く理解できた。


 しかし、一方であることを閃く。


(あ、けどじゃあこの科学を魔法で強化できれば、最強じゃない?)


 魔法を学んだ者として、魔法の限界は知っている。相対的に見れば、科学技術に劣っている点も理解している。しかしイアチは気づいた。もし今後祖国モラドアに科学技術が流入した際、それを魔法の力でさらに強化することも可能ではないか。逆に、魔法を科学で強化することも出来るのではないか?と。


 彼女は知らなかったが、実際にこの視点からの研究を地球側もイルジニアと共同で既に始めていた。そして、彼女にその研究に参加するようお呼びの声が掛かるのは、しばらくしてからのことである。


 もっとも、そんなこと当然この時のイアチは知る由もなく、せいぜい帰国した時の飯のタネ(軍に復帰できるとはサラサラ考えていなかった)にでも程度に考えていた。


「さてと、お腹も一杯になりましたし。映画でも見て帰りましょうか」


 締めのデザートも終えたところで、南兵曹はイアチを映画に誘う。


「エイガってあれですよね?シャシンが動くんですよね?」


 イアチは映画は見たことなかったが、知識としてどういうものかは知っていた。そして写真は本に掲載されていたのを見たことがあった。


「まあ、そんな感じです。あ、でも今の映画はトーキーで音も出て迫力ありますし、中には総天然色カラーの作品もありますよ。まあ、映画館に見に行かないとどんな映画が上映してるかわかりませんから、とにかくいきましょう」


 南に連れられて、イアチは近くの映画館へ。ちょうど洋画の恋愛映画がやっていたので、その入場券を買って中へと入る。すると、既に中は客で一杯だった。二人はなんとか空席を見つけ、そこに腰かける。


「空きがあって良かった」


「日本人はそんなにエイガが好きなの?」


「それはもう、大人気ですよ」


 二人が腰かけた直後、上映開始のブザーが鳴った。


「始まるの?」


「ええ。でも最初の5分くらいはニュース映画ですよ」


 南の言う通り、始まったのは映画そのものではなくニュース映画だった。ニュース映画とは、本編などの前に短い時間ニュースを流すもので、まだテレビが普及していない時代、貴重な動画による情報源だった。


 そして始まったのは。


 凄まじい轟音と爆音だった。


「「!?」」


『卑劣なる異界の敵軍を討つべく、各国軍は勇躍連合を組んで出撃す!既に海に!空に!異界に赴きし我が国を含む各国海空軍は、赫々たる戦果を得て、侵略者たる敵を撃破し、その心胆を寒からしめています!』


 映しだされたのは、日本をはじめとする各国の軍艦や航空機の映像だ。おそらく大半はイルジニアの戦場とは直接関係ない場所で撮影された宣伝目的の映像だろうが、それでも海を圧して航行する艦隊を組んだ軍艦や、空を埋め尽くす勢いで編隊を組む航空機の姿は迫力があった。


『そして来る5月10日、ここに盤石なる態勢を整えた各国陸軍が進撃を開始いたしました!その先鋒を進むは、プロイセン以来の伝統に彩られ、先の大戦においても勇猛果敢なる精強さを見せつけたドイツ陸軍!かつて英仏露を恐怖に陥れたその力を、今度は異界における地球同胞を守り、同盟国イルジニアの解放をなすべく発揮し、その疾風怒濤の勢いに各国将兵から電撃戦と称えられ、向かうところ敵なしを体現しています!』


 ナレーションと共に、十字マークを描きこんだ戦車が森の中を凄まじい快速で進撃し、敵の陣地を砲撃で破壊する映像や、両手を上げて歩いてくるモラドア兵の映像、そして高らかに笑みを浮かべ笑うドイツ陸軍を始めとする地球側各国軍将兵の顔がデカデカと映し出された。


 もちろん、このニュースを見たイアチのモチベーションがだだ下がりしたのは、言うまでもない。



御意見・御感想よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ