新たなる脅威 ①
「結果から言うとこの度のレグプール空襲は大成功だ。イルジニア軍によれば、明らかに前線への圧力が以前より軽くなったとのことだ。おそらく、レグプールの兵站施設が破壊されたことによる効果が、ジワジワ出ているのであろう」
1935年4月下旬。新海道黎明島からイルジニア連邦臨時首都ガランガン近郊に前進した異世界派遣連合軍総司令部において、レグプール空襲の戦訓会議が行われていた。
そして会議が始まってすぐ、まず総司令官のショーン大将が、作戦の総括を口にした。
今回のレグプール空襲は、既に市井にも大成功として報じられていた。敵地奥深くの拠点に対して、味方の被害をほとんど出さずに大打撃を与えたのである。それも航空機を使って。
昨年末のガランガン防衛戦は攻めてきた敵に対しての防衛戦であったが、今回はこちらから敵地へ攻め込んだ形となり、1年前に行われた黎明島への空襲に対してそっくりそのまま報復した形になった。
全くもって痛快なことであり、軍だけでなく市井にも広く快挙として認められたのは、当然と言えば当然である。
もちろん、それは何も地球側の士気を上げただけには留まらない。
「モラドア・バルダグ軍による前線への圧力が減じたおかげで、我が軍は開戦以来滞っていた戦力の補充や休養をようやく進められるようになりました。また補給についても状況が好転し、前線将兵の士気も上がっているとのことです」
イルジニア軍に波及した効果を口にするのは、イルジニア軍から派遣された連絡士官のイルレ少佐だ。
開戦以来負け続けのイルジニア軍は、国土の半分以上を喪い、軍の戦力も大きく消耗していた。そのため最前線の部隊も大きく物心両面で消耗していた。しかし昨年のガランガン防衛戦以降、敵軍の出方が慎重になり、さらには今回の空襲で敵の兵站に被害を与えた結果、明らかに最前線への圧力は減じられていた。
さらに、地球側からの援助で鉄道や道路などの補給路の整備が進んだことや、広く供与兵器などが配備され始めたことと相まって、イルジニア軍はこれまでの敗戦によって落ち込んでいた士気を、ようやく取り戻しつつあった。
「我が方の戦力も整いつつあります。我が軍をはじめ、各国軍の派遣戦力がようやくイルジニアに展開しつつあり、6月ごろからは本格的に反攻に打って出れるでしょう」
副司令官の須田大将の言葉は間違っていない。彼の属する日本海軍で言えば、今回レグプール空襲を成し遂げたイルジニア方面艦隊は、そのままイルジニア大陸中西部にある港町ワンドを拠点に、彼が司令長官を兼務する新海道派遣艦隊と交代で任務に就く予定であった。
ワンドは臨時首都ガランガンから伸びる鉄道の終点にある港町、ナトミから北へ50km程に寄った同じく港町である。
もともとは小さな漁港と商港、イルジニア海軍の砦が設けられていたが、港としての規模はナトミより小さかった。地球側はイルジニア政府と協定を結んでこの港を借り上げ、今後のイルジニア大陸反攻の足掛かりにする予定であった。
現在港の拡張や補給・休養設備の拡張が急ピッチで進められつつあるが、既に給油艦や民間から徴庸した特設艦船部隊が現地に派遣され、既に軍港としての機能を備えつつあった。
「となれば、ようやく我が軍の本領発揮と言えますな」
そう自信ありげに言うのは、ドイツ軍代表のエーリッヒ・フォン・パウル中将だ。これまでのところ、目立った戦績を残していないドイツ軍。一応こちらの世界に派遣された艦艇が哨戒や護衛任務に従事しているが、陸軍国ドイツにとって、その本領を発揮するのはやはりプロイセン以来の伝統を引き継ぐ陸軍だ。
そしてその期待のドイツ陸軍が、ようやく4月に入って第一陣が異世界入りしてイルジニアに上陸した。そして先に進出した日米軍やイルジニアとの調整が終わり次第、イルジニア北部の最前線へ移動、今後行われる反攻作戦に加わる予定であった。
さらにドイツ軍は、空軍部隊も派遣していた。複葉のHe51戦闘機と、単葉双発のDo17爆撃機が合計で60機余りである。いずれも現時点でのドイツ空軍最新鋭機で、彼らが今回の戦争に並々ならぬ努力を傾けているのが窺える。
もちろん、陸軍も負けていない。今回派遣されたのは新編成の第一独立装甲師団である。装甲師団とは、戦車を中心とした部隊編成をした諸兵科連合部隊で、歩兵や補給段列も自動車化された高度な機動戦闘が可能な部隊である。
第一次大戦で敗北こそ免れたものの、ドイツは休戦条約であるベルサイユ条約によって軍備に枷を嵌められた。戦車も第一次大戦後しばらくの間は保有に制限が加えられ、5年間の新規製造を禁止された。
しかし前大戦において塹壕戦に敗北し、連合国の戦車の集中投入を見せられ、さらに自軍の浸透戦術による運動戦への志向から、ドイツは戦車を中心とした部隊編成に、世界的に見ても早い段階で取り掛かった。
この歩兵から戦車(厳密には機械化部隊)中心への転換は、ドイツ陸軍が総兵力を制限されて部隊の質的向上を行う必要があったこと。国内の自動車産業の振興や、それに絡んでの大規模な公共投資であるアウトバーン建設などと言った事情とも絡んでいた。
ただし戦車の製造自体は、軍備制限から試作車両を数両ずつ製作するに留まっていた。それが昨年の軍備制限の大幅見直しで、製造が急加速した。
現在ドイツ陸軍では機銃装備の1号戦車と2号戦車の製造を急ピッチで急ぐとともに、それらを凌駕する性能の3号並びに4号戦車の設計を急いでいた。
だがいかに工業国ドイツの実力をもってしても、さすがに1年足らずで所要量を満たすのは不可能だった。そのため戦車の一部は、かつて第一次大戦では敵同士として戦ったロシアからの輸入戦車(BT5型)を配備していた。
ロシアとドイツの関係は色々と複雑だ。帝室は親戚関係にあるものの、第一次大戦では東部戦線で激しい戦闘を繰り広げている。かと思えば、大戦末期両国で噴出し始めた共産主義革命の波に対しては、休戦を行うとほとんど共闘する形で鎮圧している。
戦後はポーランドやフィンランド、ベラルーシやウクライナの独立問題で対立しつつも、一方で互いに軍事的、経済的に協力する場面もあった。
戦車の開発についても同様で、ドイツ軍はロシア領内に設けた基地で戦車兵の養成や、新型戦車の開発を行っていた。国内での自主開発は未だに装甲車に毛が生えたような1号戦車や2号戦車しか出来ていないが、戦車兵の養成や戦車戦術の熟成は進んでいた。
今回ドイツ軍が、第一次大戦後戦車の保有を制限されながら、今回装甲師団を用意できたのはこうした事情も絡んでいた。
このドイツ軍の進出で、逐次増強が進められていた日米軍と合わせて、イルジニア大陸には合計3個師団の地球側からの派遣部隊が展開することとなり、イルジニアの防衛と今後の反攻に大きな期待を寄せられていた。
「おっと、我がロイヤル・ネイビーについてもお忘れなく。レグプール空襲で証明された空母艦載機の威力は、我々も持ち合わせていますぞ」
とパウル中将に対抗するように言うのは、中将に昇進したヘンリー・コネリー提督だ。昨年まで駐新海道英国艦隊の司令官だった彼は、昇進の上で新編成の英遠征艦隊の司令官となっていた。
その編成は戦艦「リベンジ」、巡洋戦艦「フッド」、空母「ハーミス」、「イーグル」、重巡洋艦2、軽巡洋艦3、駆逐艦8、敷設巡洋艦1と艦数だけ見れば、レグプール空襲で活躍した日米艦隊に劣らない内容となっている。
ドイツ海軍も艦隊の増強を計画しているが、今のところドイツ海軍に空母はない上に、そもそも軍艦の数が少ないため、現状あまり海軍力は期待できない。
対して、さすがは七つの海を制覇したロイヤル・ネイビーは、進出こそ遅れたが一流海軍国の面目を保っていた。
もっとも、英軍の方は陸軍と空軍の派遣が遅れており、ある意味バランスが取れているとも言えたが。
さて、そんな各国の景気のいい話の中で肩身が狭いのがアンリ・ロッサーヌ、フランス陸軍中将。異世界派遣連合軍フランス軍代表である。
既に国際的な派遣軍決定から半年以上が経過したにもかかわらず、フランス軍が異世界に新たに派遣した戦力と言えば、極東艦隊から分派した通報艦と、基地警備強化のためのわずか1個大隊程度の陸軍に、20機に満たない空軍だけであった。
この消極的な派遣理由は、フランスの議会が未だに大規模な戦力を送るか送らないかで、意見の一致を見ないことと、他国以上に国民世論が厳しいことにあった。
前大戦で大打撃を被ったフランスでは、未だその傷が癒えたとは言えず、また異世界に持つ利権も英米独に比べると小規模であった。加えて軍備の更新がマジノ線建設などで滞っており、それがまた遠征を躊躇させる一因になっていた。
とりあえずフランスとしては、新海道の利権と自国民を守り切れる程度の戦力派遣で良い。その意見が国内で根強く、容易に大規模な派遣が行えなかった。
ようやく決まった戦艦を含む艦隊の派遣計画も、そうした国内世論に配慮して遅れに遅れており、6月に始まるであろう反攻に間に合うかどうかさえ怪しかった。
とは言え、フランス軍の派遣が遅れているのは別にロッサーヌ中将の責任ではない。彼自身はよくその職責を果たしているのは、派遣軍総司令部に勤める者だったら誰もが知っていた。
そのため、大人の事情としてその点に触れてあげないのが、暗黙の了解となっていた。
「我が方の戦力が充実してきているのは喜ばしいことだが、敵もまた侮れないことを忘れてはいけないぞ、諸君」
ロッサーヌを気遣いつつ、次なる話題にショーンは話を移した。
「今回のレグプール空襲は大成功であったが、一方で敵に関して看過できない動きがあることも確認された。この点については、改めて全軍で情報を共有しておきたい」
レグプール空襲は大成功だったが、一方で無視できない点もあった。それはモラドア軍が火を吐く翼竜を実戦配備したこと。加えて、水中を動き回る海獣により編成された部隊を運用しているということであった。
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