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異界の国 ③

 イアチの乗り込んだ電車の終点は、田園地帯の中のポツンとあるホームだった。周囲には数軒の家が見えたが、それ以外特にない殺風景な場所であった。


 そこから再び海軍憲兵だけに付き添われ、自動車に乗り込んだ彼女であったが、今度は5分ほどで到着した。


「ここがこれからあなたに過ごしてもらう捕虜収容所です」


 澤北憲兵少尉の言葉を聞き流しながら、イアチは連れてこれられた建物を見る。彼女は最初、捕虜収容所がどのようなものか想像もつかなかったが、もちろん捕虜を保護すると言っても敵である以上豪華な宿や城の様なものは想像していなかった。せいぜい、監獄かそのあたりかと考えていた。


 だから周囲に何もない田園地帯に、平屋建てと2階建ての建物があるだけの殺風景な光景に、何とも言えない気持ちになった。


 とは言え、イアチは虜囚の身である。敵に捕まった以上、劣悪な環境下に置かれて、場合によっては犯され嬲られ最終的には殺される運命だってありえたのだ。


 それに比べれば、粗末とは言え雨風がしのげる建物を与えられるのは、幸運と言うべきことだろう。


 さらに、車から降りて士官用建物の中へ案内されたイアチには、なんと個室が与えられた。これは予想外であった。士官であるからそれなりにしかるべき待遇はされるとは入院中に聞かされていたが、そうは言ってもイアチは下級士官に過ぎない。すし詰め部屋はないにしても、良くて相部屋だと考えていた。


 もっとも、建物の中は不自然なほどに静まりかえっていたのだが。


 部屋の中にはベッドと机と椅子という、最低限の調度品が備えられていた。また部屋自体には鍵はなく、基本的に消灯時間までは、収容所内の指定区域内であれば出入り自由と言う。

 

「あなたは士官なので労役はありません。日中は収容所内であれば、自由にしていただいて構いません。ただし、こちらが尋問などを行う際にはその指示に従っていただきます」


 実際、収容所に入った翌日からイアチに対する尋問が始まったが、それ以外の時間は基本的にフリーであった。そしてこの時間を使って、イアチは久々に同胞と話す時間を得た。


「第256空中騎士連隊所属のトス・マーン伍長であります。少尉殿」


 下士官兵の最高階級者は、去年この島に空襲を掛けて未帰還になり、捕虜になっていた下士官であった。その彼が、下士官兵を代表して士官たるイアチに挨拶と収容所内の情報を伝える。


「他に士官はいないの?」


「自分の知る限り、士官はあなたが初めてであります」


 マーンの言葉で、イアチはどうして士官用の建物が静かなのに気付いた。自分以外に誰もいないのだから、人気がなくて当然であった。


「てことは、私以外の士官で捕虜になった人はいないわけか」


 ということは、必然的に尋問などは自分が重視されるということになる。イアチは少しばかり暗い未来を頭に描いてしまう。


「少尉殿?」


「何でもないわ。で、伍長。ここはどんな感じ?拷問とか、虐めとかはない?」


「はい。収容されて以来、そのようなことはありません。まあ、警備兵から軽い嫌味や、小突かれることはありますが、ちゃんと食べ物は出ますし、新しい服ももらえてます。体調が悪くなりゃ、医者にも診てもらえてますし」


「下士官兵には労役があるって聞いたけど、そっちはどう?」


「悪くないですよ。決められた時間農作業や、簡単な工作をやるだけですから。戦場にいた時よりも、むしろ楽させてもらってますよ」


 どうやら住環境も労働環境も悪くないようだった。


(この世界では捕虜を保護するって言うのは本当みたいね)


 自分だけの経験であれば、士官から情報を聞き出すための懐柔工作と思えなくもなかったが、下士官兵に対してもこれだけの厚遇をしているのだから、この世界では捕虜を保護するというのは事実のようだ。


 となれば、これから待ちうける捕虜としての生活は悪くなさそうであった。


 実際、翌日から始まったイアチの捕虜生活は悪いものではなかった。最初の1週間ほどは、尋問が行われたが、拷問などはなく口頭による質疑が行われるだけであった。


 とは言え、イアチも士官である。軍に関する情報をベラベラしゃべることは、敵である彼らを利するのではという想像はすぐについた。そのため、名前と階級以外は当たり障りのない答えをするか、のらりくらりとかわした。


 もっとも、イアチ自身は士官とは言え最も下の少尉に過ぎない。重大な情報など持っているはずがなかった。


 他にモラドアでの彼女や彼女の家族の生活や、どんな魔法を使うのかや、魔法の呪文などに関しても聞かれた。イアチは、そうした特に機密でもなんでもなさそうな質問には素直に答えた。


(こんなこと聞いてどうするのかしら?)


 モラドアの一般庶民の生活を聞いたところで何になるのか。まだちゃんとは見ていないが、これまでの経験から推察するに、異世界の庶民の方がはるかに良い生活をしているはずだ。そして、魔法に関しても彼ら自身は魔法を使えないはずなので、聞き出したところで何ら意味などないはずだ。


 そんな感じで、どこか腑に落ちない尋問も1週間を過ぎるとほぼなくなった。そのため、イアチはまたも膨大な余暇の時間を得ることになった。


 士官である彼女は労役がないので、昼間の間これと言ってやることはない。魔法の練習はこの国では魔法が発動しないためできないし、身の回りのことも士官ゆえに収容所の関係者や捕虜の兵隊たちに任されていた。


 これで同室に誰かいれば、話し相手にでもなってくれるのだが、あいにくと今の所この収容所には彼女以外に士官はいない。ついでに、女性の将兵もいなかった。警備兵や収容所の関係者には女性がいたが、敵である彼女らと自由に話せるわけがなかった。


 最初のうちは、収容所内の行ける場所を歩き回るというようなこともしたが、囲われた限られた空間なのだから、あっという間に全部制覇してしまい、面白みが失せてしまった。


 また収容所の外の風景も、一面に広がる田園風景で、こちらもすぐに見るのに飽きてしまった。


 下士官兵、収容所の職員らとトランプと言うカードゲームや、ショウギやチェスと言うボードゲームで遊ぶなどをする時間もなくはないが、それは彼らの勤務が終わる夕方以降の話だ。


 そうなると、昼間に彼女が出来ることは一つだけであった。それは、病院でしていたのと同じ方法での時間つぶしであった。


「結局病院にいた時と変わらないじゃない」


 収容所内に設けられた図書室。そこに配架された本や新聞を読むことだけであった。


「あ、でもこっちの方がたくさんあるか」


 病院にいた時は、看護婦らが持ってきた本や新聞を読むだけであった。しかしながら、収容所の図書室にはちゃんと本棚が設けられ、さらに新聞も数紙が入れられていた。


「にしても、本当にこんなに本や貴重な紙がたくさんあるのね」


 異世界の現実に驚きつつも、イアチは図書室に置かれた様々な本や新聞に目を通していった。そして病院の時以上に、様々な異世界の情報や文化に接することとなった。


 この世界の理を書いた本や、異世界の国々を紹介した本や、小難しいことを書いた哲学の本。絵によって様々な生き物や植物を紹介する図鑑。


 内容を理解できるかできないかは別として、どれもこれもがイアチにとっては興味深く新鮮であった。


 あまりに熱中して読むものだから、警備兵が何度も食事や消灯時間を知らせにやって来て、声を掛けられた。


 そんな図書室通い生活をしつつも、イアチが一番魅かれたのが婦人雑誌であった。


「この服可愛い・・・へえ、こんな化粧品があるんだ」


 彼女もまだまだ年頃の女の子と言うわけであった。異世界の流行の服や化粧品などに、大いに引き込まれるのであった。

 

 一方で、彼女は士官たる軍人でもある。新聞が日々伝える様々なニュースにも注目した。


 例えばアメリカと言う国の、コウクウボカンなる飛行機をたくさん搭載できる「レキシントン」という軍艦がこの島の軍港に寄港し、親善の会合が開かれたとか、フランスと言う国では議会の反対で艦隊の派遣が遅れているとか、ドイツと言う国の陸軍部隊が編成を完了し、この世界に向かっているとか。


 軍機密ではない情報で、数日遅れの情報であったが、そうであってもイアチには異世界の国々が続々と兵を差し向けているのはヒシヒシと感じた。


 総力を挙げてではないようだが、少数の戦力相手でさえも大苦戦したのは彼女自身が味わった事実である。さらにそれ以上の戦力が送り込まれれば・・・


「大丈夫かしら、我が国は?」


 イアチを含むモラドアの人間のほとんどは、異世界人についてあまりにも知らなさすぎる。自分たちの国の近海にやって来て、荒し回っている魔法の使えない蛮人と言う印象が強く、はっきり言えば脅威とは見ていなかった。


 しかし、この収容所に置かれている軍事に関する本を見るだけでも、異世界の国々が強力な軍隊と兵器を有しているのはよくわかった。


 異世界人は確かに魔法は使えないが、その代りイルジニアのエルフたちが使っていた機械力をより洗練して使いこなしていた。


 そして、その国力もモラドアを遥かに上回っていた。国面積から言えば、モラドアも大国であるが、人口や軍事力で考えると、異世界の国々を圧倒できるとはイアチには思えなかった。むしろ、イルジニアから逆に攻め込まれないかが心配であった。


「もし・・・禁忌の魔法とか使ったりしたら・・・」


 魔法には禁忌とされるものがある。威力が強力であったり、あまりにも常軌を逸している内容であるがゆえに、その使用が禁じられているものだ。しかし、仮に祖国が亡国の危機に直面するようなことになったら。


 考えるだけで頭が痛かった。


「本当。どうなるのかしら?この戦争」


 イアチには、この戦争の行く末が全く見えなかった。


「ま、とにかく今は知識の吸収に努めるしかないか」


 イアチは図書室に篭り、ひたすら知識の習得に邁進した。


 それからしばらくして、いつも通り開いた朝刊の一面に、刺激的な記事が掲載された。


『日米機動艦隊。同盟国イルジニアのモラドア・バルダグ両侵略軍に空より鉄槌を下す!!』


『正義の太陽と星、燦然と異界の空に輝く!』


『モラドア・バルダグ軍に壊滅的打撃!』

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