エスタル会戦 ③
「この蛮人どもめ!」
イルジニア陸軍第156師団第143歩兵連隊に所属するヤム・レンツ一等兵は、接近してくるモラドア・バルダグ兵に向かって、必死になって38式歩兵銃を撃ちまくっていた。
「敵兵近い!」
「ちっ!」
仲間の叫びに、ヤムは舌打ちする。ちょうど銃に装填していた5発を撃ち切り、再装填に掛かっている所だったからだ。見れば、銃撃を乗り越えた敵兵が向かってくる。その先頭に両手を広げる姿が見えるのは、きらびやかなローブに身を包んだ、明らかに高位の魔術師だ。
ヤムは早く弾を込め、その魔術師を撃とうとした。しかし、初めての実戦による緊張や恐怖、さらにはまだまだ銃に不慣れであったことも合わさり、上手く弾を込められない。
「くっ!」
敵がどんどん迫って来る。いつ攻撃魔法を受けるかわからない。もうとても銃に弾を込めていられそうになかった。
その時、ヤムは腰にぶら提げていた物に気づいた。慌てて銃を置き、代わりに腰につけてきたその金属の塊を、震えつつもなんとかとる。そして訓練のことを思い出しながらそのピンを抜き、地面に強く当てた。
「これでも食らえ!」
叫びながら自分を鼓舞し、渾身の力を込めて投げる。
その時には、魔術師の集団は自分の姿をとらえて、明らかに攻撃魔法を放つ準備をしていた。ヤムは異世界人に教えられたように、ささやかな盛り土に自分の姿を隠すように、地面に身を伏せる。
直後、爆発音が起きる。
「ヒッ!?」
初めてのことに、ヤムは一瞬怯えた声を上げる。
しばらくして顔を上げ、盛り土の陰から先ほど敵がいた方を見る。すると、あの煌びやかローブを着た魔術師が倒れ、その傍に仲間が寄り添って助け起こそうとしているのが見えた。
彼の投げた手榴弾によるものかはわからない。だが好機である。ヤムは38式小銃の弾込めを再度行う。先ほどではないが、震える手でなんとか5発の銃弾を押し込み、レバーを引いて装填する、
今まさに、仲間を抱き起して後退しようとする魔術師に狙いをつける。
だが、彼が引き金を引く前にその体が震えたかと思うと、倒れるのが見えた。どうやら仲間が先に撃ってしまったらしい。
獲物を取られたという残念な気持ちが湧く一方で、ヤムは引き金を引こうとした熱気が引いていくのも感じた。
「ヤム、良くやった。お前の投げた手榴弾のおかげで敵が怯んだ。おかげで2人も血祭りにあげられたぞ!」
彼の小隊長が、上機嫌でヤムの肩を叩いた。
「あ、ありがとうございます」
「全く、異世界人の銃は悔しいがいいな。連発できるだけじゃない。威力は低いが、その分命中率が高い。ダルじゃこうもいかんぞ。それに、手榴弾や迫撃砲もだ。特に手榴弾は気軽に使えるからありがたい」
それはヤムも感じていることであった。今回異世界人の武器を実戦で使ってみて訓練の時以上に感じたのは、自分たちの武器よりも優れた武器であると言うことだ。ただ単に性能が優れているだけでなく、色々な面で実用的である。
そうした武器を使っているからこそ、防衛線を守る他の部隊が次々と大損害を被る中、彼らの部隊だけは未だに損害を出しつつも敵を寄せ付けていなかった。
地竜の攻撃を受けていないと言うのも大きかったが、それとともに異世界製の武器が猛威を振るったのも大きい。
数度にわたる敵の攻撃を撃退している内に、日が昇って周囲は明るくなっていた。すると、ヤムらは自分らが置かれている状況が厳しいことを思い知らされる。
「畜生!味方は壊滅だ!」
「包囲されるぞ!」
第143歩兵連隊はなんとか戦力を維持していたが、その他の部隊は壊滅的な打撃を被り、防衛線を突破されていた。そのため、敵部隊は第143歩兵連隊を包囲しつつあった。
遠くにはイルジニア軍の防衛線に猛威を振るった地竜や、日が昇って活動を開始した翼竜の姿も見えた。
「クソ、こうなったら最後の1発まで戦い抜いてやる!」
上官は勇ましい言葉を口にするが、ヤムら若い隊員たちは慄然とした。彼らとて軍人であるし、戦争だから死ぬかもしれないとは思ってはいた。が、まさかこんな包囲されて一方的に殲滅される状況に置かれれば、やむを得ないと言えた。
「ここまでなのか!?」
「母さん!」
「あの異世界の連中は何やってるんだ!?」
ヤムの仲間たちが声を上げる。それは絶望の声であり、悲鳴であり、怨嗟の声であった。誰もが目の前の過酷な現実に声を上げずにはいられなかった。
しかし、その不安と焦燥の時間は極短時間で終わった。
「敵の一部が反転します!」
なんと敵部隊が徐々に包囲を解いて後退を始めた。前後して、少し離れた場所から砲声が聴こえてきた。
「この音。俺たちの大砲じゃないぞ」
「じゃあ、あの異世界人が攻撃を始めたのか?」
それを裏付けるように、さらに敵部隊が後退していく。地竜も翼竜も、そして強力な魔法を放つ魔術師の部隊もだ。
「た、助かった」
ヤムは自分たちから離れていく敵の姿を見て、力が一気に抜けた。そこに、上官の雷が落ちる。
「バカ者!まだ戦いは終わった訳じゃないぞ!敵が再襲撃するかもしれん!陣地を立て直す!負傷者と破損した武器をどけろ!無事な者は何時でも戦えるよう準備を怠るな!」
「りょ、了解!」
ヤムは慌てて立ち上がると、自分の小銃の確認作業に入るのであった。
「敵軍反転して向かってきます!」
「例の地竜とか言うバケトカゲの動きに注意しろ!戦車や装甲車も、地面から攻撃されれば避けられんぞ!」
日米混成部隊を指揮する船山は、敵をこちらに引き付けたことに、安堵すると同時に緊張した。
これでモラドア・バルダグ連合軍がガランガンに向かう可能性は低くなったが、今度は自分たちが標的になっている。上陸直後に対決した部隊は、イルジニア軍の鹵獲品と思われる装備を持っていたが、それよりも近代的な装備を持つ日米軍の敵ではなく、戦車や各種機関銃の火力の前に、短時間で制圧された。中には大して戦わないまま投降した者までいた。
そうして河沿いの敵を撃破した日米軍は、イルジニア軍防衛線を攻撃中の敵軍の背後を衝いた。イルジニア軍防衛線が崩壊していたら、苦しい追撃戦になっただろうが、幸いなことにイルジニア軍は何とか持ちこたえていた。
わずかな打ち合わせをしただけなので、協同には不安も大きかったが、とにかくイルジニア軍は当初の予定通り防衛線で抵抗を続けたらしい。
もしかしてイルジニア軍が防衛線にさっさと見切りをつけて後退をしたら?という漠然とした不安が船山ら日米軍の指揮官たちの頭にあった。
しかし、イルジニア軍は防衛線での戦闘をちゃんとした。自分たちの首都を守るためだからという理由などもあろうが、結果的にはこちらを裏切らずにいた。
「だったらこちらも応えないとな」
イルジニアは同盟軍とはいえ、人とエルフ。地球人と異世界人という様々な壁がある。信頼できる相手とは、言えない。互いに漠然とではあるが、相手を疑っている。
しかしまずは、ここで共に勝つことだ。
「敵地竜発見!距離2000!」
双眼鏡を構えていた兵士が叫ぶ。要注意の地竜を確認したのだ。
「ほう。意外と脚は早いんだな・・・まあ、こっちもそう早くないしな」
船山や米軍司令のクーパーのような指揮官は無線機搭載の装甲牽引車に乗っていたが、トラックを置いてきたために、歩兵のほとんどは徒歩移動。さらに米軍のFT17は第一次大戦型の戦車であるため、日本の89式に比べて低速であった。
そのため、モラドア・バルダグ軍でも追いつくことが出来た。
「威嚇発砲しつつ、とにかく上陸地点まで戻れ!・・・早く来ないか」
船山は空を見上げる。既に日の出から時間を経ており、周囲は明るくなっている。そして空は、所々雲はあるものの晴れていた。風も強くない。
だがその空からまず来たのは。
「敵翼竜接近!」
「対空戦闘!回避運動!」
10騎あまりの翼竜が突っ込んできた。胴体には爆弾を付けている。地球の航空爆弾ほどの威力は無いにしても、命中すれば被害は免れない。
対空用の12,7mm機関銃や7,7mm機関銃を装備した車両が次々と対空戦闘を行う。しかし、いかんせん数が少ない。
1騎も落とせないまま、敵の翼竜が爆弾を落とす。
「伏せ!」
地上に落ちた爆弾が次々と炸裂する。回避運動をしている車両にこそ命中しなかったが、爆弾が至近に落ちてきた不運な兵隊が何名か吹き飛ばされる。
「クソ!負傷者を早く拾い上げろ!」
だが、さらに攻撃は続く。今度は米軍のルノー戦車が1両、突然ひっくり返った。そしてその直下から、地竜が雄たけびを上げて這い出てきた。そして、その勢いで戦車目がけて体当たりした。
「いかん!戦車がやられる!」
近くにいた歩兵が叫ぶが、もうどうにもならなかった。
そして。
「「あ!?」」
その瞬間、その光景を見ていた日米兵も、モラドア・バルダグ兵も悲鳴に近い声を上げた。日米兵は友軍戦車が地竜の体当たりを受けた瞬間爆発したことに、モラドア・バルダグ兵はその爆発に巻き込まれて地竜が吹き飛んだことにだ。
「2号車撃破されました!」
「乗員は!?」
「脱出確認できず!」
「ガッデム!」
クーパーは味方戦車と部下がやられたことに、拳を乗っていた自動車の縁に強かにぶつける。犠牲0などという甘いことは考えていなかったが、味方の目に見える形での初めての損害が、戦車と言うのは衝撃であった。
ただし、ルノー戦車の犠牲は決して無駄にならなかった。その後予想された地竜による続けての攻撃はなかった。
「今の内だ!早く負傷者を回収して後退しろ!」
船山は後退を急がせた。今のところ損害は小さいが、翼竜の空襲と地竜による襲撃を見るにつけ、本格的に敵とぶつかれば大損害を被る可能性が高くなった。
消耗戦は出来るだけ避けたかった。
と、その時。ついに待ちに待った物が来た。
遠くから、聞き覚えのある音が近づいてきた。
「友軍機飛来!」
「やっと来たか、航空隊・・・急げ!早く逃げないと俺たちも巻き込まれるぞ!」
いよいよ爆音が大きくなり、上空に朝陽を受けて輝く機影が次々と浮かび上がる。そしてその翼が舞い降りてくるまでに、時間は然程掛からなかった。
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