追加シナリオが終わらない(弍)
今一度カヲルの手をとるが、心なしか綺麗な顔に精気がない。
「私だって不本意だよ。このゲームどう考えたってエロゲだけど、私まだ十七だよ? 十八禁プレイしちゃだめでしょう」
「お前、……なに言って」
「まさかカヲル、引いてる?」
いや、ドン引きだ。
美しい顔に進撃の影が落ちている。
千の思考回路はついに、ぷつんと堪忍袋の緒が切れた。
「どうしてわかってくれないの……? サラサラの金髪。エメラルドの瞳。薄紅色の唇が奏でるイケメンヴォイス! 今までの推しを全集中させた容姿と性格に加えて、陰陽師特性とエロを兼ね備えたカヲルが、この世に存在する譯がないでしょう!」
「俺、もしかして存在を否定されてる?」
カヲルは目に涙をためながら主上に助けを求めたが、そちらはすでに折姫に心を折られ、電波も通じない。
「そんな完全無欠のカヲルが、私みたいなモブはりつけたちんちくりんを相手にするなんて、あり得ない。隣に並ぶどころか、カヲルの椅子にだってなれない。同じ空気を吸えることが奇跡! キスはアクリルスタンドでやっと許される!」
折姫は絶望感を抱いた。
こじらせ方が超越している。
「ちーちゃん、カヲルはたしかにかっこいいけど変態だよ、気をたしかに持って」
「カヲルは変態だよ。パンチラ大好きだよ。いおりちゃんは、ふざけた推しがシリアスになる瞬間を知っているの? 下半身だけで生きてますみたいな男が、イケボで愛してる千姫って、言うんだよ?」
「ぐはっ」 カヲルは吐血して意識を手放した。
「現実でぐはっ、て言うイケメンいる?」
「もうやめてあげて」 折姫はカヲルに手を合わせた。
「そうか。私は最推しであるカヲルを前に盲目になっていたんだ。昨今のゲームに比べたらまだまだ全年齢対象であると、なめきっていた。第一章折姫の回で既に十八禁要素はあった。回を追うごとに夜這いと露出が増える、王道展開まで踏んでいたというのに──」
「待って! それ絵巻に書いてあるの!? 歴史は歴史でも黒歴史じゃん、うけるんだけどー!」
カヲルの母が腹をかかえて笑うので、クウガもいっしょになって笑い出した。すでに回廊には主上を待つ臣下たちが詰め寄っていたが、混沌とした出居の様子に誰ひとりとして立ち入ることができない。
千もまた、怒りが鎮まり途方に暮れだした。
本命が失神した今、エンディングは程遠い。
「なにが足りない……? 結婚エンドか? いや、追加シナリオで、さすがにそこまでは」
『足りないのは千速、お前の脳みそだけじゃよ』
じいさんの声がする。
御簾の隙間から桜の花びらが吹き入る。声のするほうへ目をやると、シオンとともに小豆洗いと毛女郎が立っていた。
「おじいちゃん、おばあちゃん!」
折姫が救世主とばかりに抱きつく。
じいさん、ばあさん?
じいさんはそのままだが、ばあさんは厳しい。毛は長く鬱蒼としているが、その狭間にみえる顔は若く美しい。
「いおりちゃん、今度はなんのイベントが始まるの」 ハロウィンはとっくに過ぎている。
『なにも始まらん。千速は黙ってじいさんの話しを聴きな!』
毛女郎の声が通る。じいさんは静かにカヲルに手を合わせ、それから話した。
『不知火家には、平安の世から受け継がれる呪いがある。貺都の陰陽師の血を絶やさぬよう、娘をひとり皇族に嫁がせねばならん』
「もうその設定は腐るほど聞いたよ」
毛女郎が髪の毛の奥で、ギロリと千をねめつける。
『今代、イオリが皇后となり不知火家は晴れて安泰となったが、もしもその願い叶わず、呪いを破ればどうなるか。千速に教えたかな』
「ううん。それは、知らない」
だが千は微かに勘付いた。
祖父母の代には、ほかの親戚がいない。戦争でほとんどを失ってから、家族といえる人間は神社のなかだけだったと聞く。子孫を増やしたとしても、うちひとりは異界へ嫁ぐのだ。生きることすらままならぬ時代は、さぞ大変なことだったろう。
それに、祖父の代は──。
『気づいたか。ばあさんに白羽の矢が立ったが、じいさんとふたり神社を護ることを選んだ』
「その代償は」
『こうして妖に御霊を堕とすことだ』
「小豆洗いは本当に、じいさんってこと? じゃあばあさんも」
こくり、頷く。
『私らは、現世で命尽きれば貺都へ還り、永遠に妖として生きねばならん。どうせ一度は捨てた命だ。祭神が人柱を求めた際にじいさんを捧げたのだが、妖に用はないと裂け目に落とされた。千速、おぼえているか』
「覚えているもなにも、私たちが裂け目に落ちたとき、助けてくれたのばあさんじゃない」
『落としたのも、また私』
「はぁ? じゃあ、カヲルが大怪我したのは、ばあさんのせいってこと」
『落ちたじいさんをひっぱり上げようにも、暗くて居場所がわからんかった。困っていたときにちょうどお前たちが来たんだ。試すしかあるまい、第二皇子が不知火家の婿にふさわしいかを』
「ひどい! それだけの理由で落としたの。死んでたかもしれないのに!」
『千速の婿になる男だぞ。試すだけの理由がある』
「ぜんぶわかっていて、様子を伺ってたってこと。裂け目も、人柱のことも!」
『じいさんもばあさんも、互いのために何度も命を投げうってきた。同じ試練を与えたまでじゃ。母さんには、悪いことをしたがのう』
毛女郎は年季の入った溜め息をついた。
『察しが悪いのは千速、お前だけだった。私は第二皇子に申し訳ないよ』
「それなら頭の悪い孫娘に教えてよ。どうしたらこのゲームから抜け出せるの」
『まだわからんか』
小豆洗いの眉が下がる。
『この呪いは平安時代から続くと言った。絵巻にも冒頭に書かれているだろう。平安時代から、テレビゲームはあったか?』
「だから、そういう世界線で話が進んでいるだけで──」
だが千は覚えている。幼い頃から眺めてきた不知火家の家系図。
何代も前から、赤い斜線がひかれた女子の名前。ひいばあさんの、隣にも。イオリの名も。
それらすべてを否定することになる。
黒くぬりつぶされた祖父母の名も。
『千速、ワシらが妖に堕ちた時代もまた、テレビゲームなど存在しない』
「それじゃあ、この世界は」
『あちらも、こちらも。世界は隔てど、すべて現実じゃよ』
「現実? 朱雀に乗ったり、空を飛んだりできるこの世界が?」
『夢でも、あの世でもない。現実じゃ』
「ゲームじゃない……」
存在するんだ。
この世界も、カヲルも。
「え?」
『どうした千速。顔が赤いぞ、知恵熱か』
「え? え? だって私──」
唇に手を添える。あの生々しい感触は、冷たいアクリルスタンドじゃない。
「私、カヲルと、現実でキスしたってこと!?」
千は鼻血を天井まで噴き出し、卒倒した。
皮肉にも、その日その世界で最も現実味のない様相を呈したのは、千だった。
それから半年、千はカヲルの顔をみていない。
かわりになぜか、造面をかぶった天狗と旅をするのだが割愛する。
追加シナリオは、その後も言葉どおりにことごとく継ぎ足され、終わりを知らない。まるでトレーディングカードのように、ぺちぺちとイベントが重ねられていくのだ。
ただ、現実世界では、しっかりと形にして残されていて。
金髪碧眼のイケメンに、白無垢すがたでお姫様抱っこされる、四十代目当主のアクリルスタンドが、
不知火神社の境内にでかでかと飾らせている。
終
(蛇足)
鼻血を吹き上げ一刻。
意識を取り戻した千は、胸を上下させ激しく喘いだ。
至るところから感じる視線。内に渦巻くカラスの血。御所の外の瘴気。すべて現実──。刀を首に入れた刹那を思い出し、吐き気をもよおした。
縁へ向かい這うが、すぐに目がくらみ横たえた。
「カヲル……、助けて」
「心配するな、そばに居る」
「────!」
「失血がひどい。動くなよ」
カヲルの発言を拒むように鼻からぽたぽたと血をこぼし、几帳を三基倒して部屋の角っこにへばりついた。
「ち、近づかないでください。萌え死にます」
「これでいいか?」
「ほっぺふくらませた程度でイケメンは崩れませんし、ただのファンサービスです」
なるほど、ぽたぽた落ちていた鼻血が蛇口をひねったみたいに流れ出した。
「なぜ俺は鼻血とまらんほどのイケメンに産まれてしまったんだ……」
全世界の男子を敵にまわす悩みだが、カヲルの溜め息は深淵よりも深い。
布団で自らを簀巻きにして、角っこと一体化した千を見据える。頭部を紅くした芋虫のようだ。普段の快活な千とは程遠い。
カヲルは芋虫に背中を預けた。
「命知らずなヤツだと思っていたんだ。実際、自ら死んだしな。ゲームのなかだったから、自由に、奔放になれたんだな」
己れに言い聞かせるように語る。
「千は、ゲームのシナリオに沿って、行動していただけだ。俺が好きだと言ったのも──」
「ちがう!」
千は、反射的に言葉に出していた。だがカヲルは続ける。
「演技だった。たとえ、ほんとうに好きだったと言っても、それはゲームのなかの、シナリオどおりの俺だ。そして俺もまた、ゲームのなかの千を愛していた」
千へ白い手拭いをかぶせると、腰をあげた。
「よかったな。このシナリオはちゃんと終わった。……次は、推しとうまくやれよ」
手拭いで鼻血をとめ、布団から抜け出すころには、カヲルは姿を消していた。
ああ、フラれたのか。
千は嫌味なほど青い空を見上げた。
調子に乗って、最後の最後で選択を間違え、バッドエンドにしてしまう。ゲームでは、割とよくあることだ。
ただ現実は、リセットできない。
二次元を愛する千が、それを一番よく理解していた。
【推しに振られたら、攻略対象が増えました】
続きません。
お読みいただきありがとうございました!




