貧乏神社のおもてなしに過度な期待は無用です(壱)
眩しい。
瞼の奥が漫画みたいにチカチカする。
冬の陽射し恐るべし、と薄目を開けると、太陽が確かにそこにはあった。
「イタイ! 目が痛い! イタタタタタ」
「朝から五月蝿いやつだな」
「師匠が目に五月蝿いです。これ以上私の視力を下げないでください」
金ピカ袴が更にパワーアップして、金ピカピカ狩衣になっている。それを取りに戻るため、宮女に追いかけられていたのかと思うと、愚かしい。
成長のたびに服を新調するヒーローか。
なんパーセントの金糸を縫い込んでいるのか、気になって起き上がると今度は頭が鐘を打った。
「頭イタ────い!」
「二日酔いだ。吐かれちゃ困るから朝餉は抜きな」
カヲルは魔法円へ立つと、千へ手を差し伸べた。
「行くぞ。俺につかまっていれば、霊力だけは削られない」
一寸ためらったが、それが真実なら大変助かる。千は思いきってカヲルの胸へ飛び込んだ。
「前から思ってたけど、予想を超えてくるこの距離感なに?」
「男の胸があれば身体を預けろと、母がいつも口うるさいもので」
「家族揃って、有罪なんですけど。ほかの男にやったら許さんからな」
「師匠にそんな権利はありませんが」
今のところ、父とじいさんを除外すると、身近な男性は師匠しかいない。
「行使するまでだ」
「ひゃっ」
カヲルは千を抱きかかえると、否応なしに印を結んだ。
折姫にひと言挨拶してから帰りたかったが、結果的に寝起きに連れて来られてよかったと思う。納屋に着いた千の第一声は「土に還りたい」だった。
「おにぎり食べてたら、まるごと吐いてましたね」
「同意する。お前、いつもこの倦怠感を背負って来ていたのか」
「寝たら復活するので問題ありません」
「頼むから、寝るのは俺のことを説明してからにしてくれよ」
「は? だれに」
「家族だ」
千の頭上に浮かぶ疑問符は消えない。
送ってくれたのはありがたいが、そのまま引き返すのではなかったか。
「片時も離れたくないと言っただろう。母上の脚の具合も気になる」
カヲルは千を抱きかかえたまま、その後ろで魔法円の光の柱が沈んでいく。
「師匠、次に転移できるのいつですか」
「六日後だ」
「そ、それまでどうするおつもりで。我が家は元皇子を六日間養えるほどのお金はありませんよ」
「問題は金ではなく勇気だろ」
「バックパッカーみたいなこと言い出した!」
実際はリュックひとつ持っていない。手ぶらが計画性のなさを証明している。千は無駄に高そうな狩衣に腹が立ってきた。
「とりあえず、不審者まるだしのこの羽織を脱ぐことから始めましょうか」
「やだ、朝から大胆」
腰元をまさぐるが結び目がみつからない。
「うしろ、うしろ」
「えー? 本当だ。うぅーん、……あっ、やだっ、固結びになっちゃった! もうー、ほどけない」
「あと三時間は、ほどけなくていいかな」
抱っこされたまま背中へ両腕を回し、胸に顔をうずめる。
そんな姿を実の祖母に晒していたことを、千が知ったのは三秒後のことだった。
「……あんたら、うちの納屋でなにしてんの」
時刻は七時。
たまねぎ頭が揺れる祖母に誘われ客間へ向かうと、家族一同、一列正座で並んでいた。
「メッセで呼んでおいたわ」
還暦を過ぎてからすっかりスマホ依存症である。
「ばあさん、家のなかでは声を出していこうって、この間話し合ったばかりでしょう」
「便利なのに」 しゅん、と首を垂れじいさんの横へ腰を入れる。
カヲルが首をかしげること、無論である。
「なぜ小豆洗いがここに」
「孫も見分けがつきませんが、あれは我が家の祖父で、神社の宮司です」
「小豆洗いが、宮司?」
「師匠、その件は納得が行くまで時間がかかると思うので、後ほど説明します」
千はカヲルを上座へと押しやりながら、策謀を巡らせた。
真顔で待機する父母、それからじいさんとばあさん。ばあさんが客間へ向かう短いさなかに打ったメッセ。そのなかでどれだけの情報が与えられたのか。
おそらく、打って五文字。
ムコがきた! とか、むこまいるとかどうせその程度。ここは先手を打つしかない。
千は二日酔いの顔をひきつらせ、口を開いた。
「こちら、神道をご教示くださっている私の師匠です」
母がかけていた眼鏡をはずした。攻撃の合図だ。
「あら? おばあちゃんからのメッセでは、千速がお金持ってそうなイケメン外国人と朝帰りしてきおったって書いてあったけど」
「まさかばあさんに、フリック機能が搭載されていたとは……!」
うなずく父の目に涙が浮かんでいる。カヲルがソッと金色の手拭いを差し出した。まぶしい! 吸水性に難あり!
「はじめまして。キョウトから参りました土御門カヲルと申します。まずは無許可に連泊となってしまったことをお詫び申し上げます」
千は目玉がこぼれ落ちそうになった。
変態陰陽師がまともなことを言ってる!
「そうよ。女子高生が無断外泊だなんて、言語道断だわ。心配したんだから」
そんな母の視線は、娘ではなく金色の手拭い一線である。
「で? ふたりで銀行でも襲ったの?」
サラリとすごいこと言う!
しかしそこは元皇子、眩しい笑い顔でやり過ごした。
「昨日、親しき友人に千速どのを紹介したのですが、ことのほか盛り上がってしまいまして。夜遅くに送り届けるよりは、翌朝にご挨拶させていただこうと、勝手ながらふたりで決めさせていただきました」
なっ! て目配せしてくるけど知らん。千は呆れて閉口した。
「え〜? それなら連絡くらい欲しかったわ〜」
「千速、頼んでいたのに、忘れていたのか」
いや、知らん。なんも知らんて。
「まあ、うちの娘に落ち度があったんだし、今回は許すけど……その、カヲルくんって、何者なの? 流暢な日本語に丁寧な言葉遣い──その声音の奥に潜むあどけなさ。水を弾きそうな肌艶。見たところ、あなたまだ学生にみえるけど」
母上の目利きは馬主なみである。
「はい。おっしゃる通り、本来ならば学業に投じる身。しかし我が家系の男子は心身ともに陰陽道へ捧げなくてはなりません」
「じゃあ本当に陰陽師やってるってこと? そのなりで?」 ごもっとも。
「みてみい、これ」
ばあさんが母へスマホの画面をつきつける。
「陰陽師宗家……?」
「確かな情報じゃ」 それWikip◯diaじゃん。
「私が師となって、教えているのもまた事実です。心は千速どのに盗まれてしまいましたが」
銭形みたいに言うな。
「実のところ、母上の足の具合が気がかりでもありました。医術で治せぬのならばいかがでしょう、一度私に委ねてはくださいませんか」
「……いくら?」 母の目が円マークに光る。
「いやいや、お金などいただけませんよ」
「そんなこと言って、後から難癖つけて、ぼったくるつもりでしょう。こんな貧乏神社、千速でゆすっても一円一枚でてこないわよ」
娘の価値!
「お代がいるというのでしたら一週間、三食つきでいかがでしょう」
「は?」
「宗家の人間としても見極めたいのです。不知火神社が、婿入りするにふさわしい神社なのかを──」
「婿入り……だと? 貴様、第なん子だ」
「第二子です」
「のった!」
のったはったの話しだっただろうか。
ようやく口を挟もうとした途端、母が眼鏡をかけ直しお開きとなった。
さて今日は無断欠席、二度寝を決め込もうかと、自室へ向かおうとする娘に、母は呪いの言葉をかけた。
「あんた、今週末の文化祭は出るんでしょう? カヲルくんどうすんの」
忘れていた譯ではない。決して。
言うのを忘れていただけだ。
背後に殺意ともとれる怨念を感じる。
「お前……、また俺にひと言もなく」
「いやぁ、さすがにお手紙でも出していたかと」
「どこへだよ!」
「いってきまーす!」
カヲルのお相手は母に全振りして構わないだろう。彼のご機嫌を直す距離と算段をとるため、為方なく登校を決めた千だった。




