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2話 魔法実力社会

 フェリシアに連れられて、私は建物の外に出た。中にいた時もかなりの年数が経った建物だとは思っていたが、外から見ると古びた遺跡のような塔だった。かべには蔦がはい、鬱蒼とした雰囲気を醸し出している。しかも周りは木々に囲まれていて、滅多に人が来るような場所ではない。


 私、こんな場所に来てたんだ。


 改めて自分が何とも胡散臭い召喚をされたものだと思い知った。


「大丈夫ですか?」


キョロキョロと落ち着きのなかった私を見て、フェリシアが声をかけてくれた。


「はい、少し近寄り難い雰囲気だな、と思ったんです」

「ここは禁断の場所ですから」

「え」


 なんて場所だ。

 思わず頬を引きつらせたら、フェリシアはくすりと笑った。でも誰でも『禁断の場所』なんて言われたら、動揺するものだろう。

 フェリシアは口を開いてゆっくりと話し始めた。


「昔、異世界の人間を召喚する魔法が普通に使われていた時代がありました。その召喚魔法はこの塔で行われていたそうです。けれど異世界から持ち込まれた知恵や技術はこの世界にはそぐわず、この世界をじわじわと壊していってしまいました。なので今は異世界召喚魔法は禁忌の魔法とされています」


この世界を壊しているという言葉にゾッとした。


「詳しい話は後でいたしましょう。それに、異世界召喚はこちらの事しか考えていないあまりにも独りよがりな魔法です。それはこの世界では子どもでも知っていることです」


巻き込まれる側の事を考えてくれているのだな、と思うとなかなか良心的な異世界なのではないだろうか。まあ私は不運にも巻き込まれてしまったのだけど。


 正直、異世界なんてお伽話だと思っていた。

 あったらいいな、楽しそうだな、とは思っていたけれど、自分が体験して知ることになるとは思っていなかった。

 まして聖女なんて、自分になんて不釣り合いな言葉だろうと思う。


「そう言えば、あの人達が私のことを聖女と呼んでいたのですが、どういう意味なんですか?」

「それも、後で詳しくお話しいたしましょう」


フェリシアが眉根を下げて苦笑しているのを見ると、きっと複雑で長い訳があるのだと分かる。なかなか面倒なことに巻き込まれたものである。

 フェリシアは申し訳なさそうな表情でじっと私を見ていた。その視線に何を言われるのだろうと、思わず身構えた。


「失礼ですが、城に着いたら貴方には魔法の適性確認をさせていただきます」

「魔法の適性?」

「貴方に魔法の適正があるのか、どのくらい魔力があるのか把握しておきたいのです。勝手に召喚されたのに無礼だとは思いますが、どうか協力してください」


物腰が柔らかいこのフェリシアもまだ警戒しているようだ。

 それは仕方ない。

 私はこの世界では異端の存在だ。

 例え理不尽に召喚された被害者だったとしても、警戒するのは当然だ。私はゆっくりと頷いた。


「ありがとうございます。文献では異世界人は我々とは違う力を持っているらしいですから。皆、我々とは比べ物にならないくらいの魔力を持っていたりするようなのです」


 異世界転移特典というヤツだ。

 私も自分の異世界特典がどんなものか知りたい。さっきまでのうんざりするような気持ちの凹み具合から一転、気分は少し上がった。

 そうだ、折角の異世界なのだ。

 こうなったら前向きに考えて楽しむしかないだろう。


「フェリシア」


 自分の気持ちが持ち上がり始めた時。

 ふと、黒い軍服に身を包んだ子どもが近付いてきていた。フェリシアの前まで来るとゆっくりとフードを取って顔を見せた。

 身長はあまり高くなく、私よりも少し低い。

 そして大きな猫目はクリクリとしていて、少年にも見える。中性的でまだあどけなさの残っているが、この子どもも軍服を着ているということは軍人なのだろう。どちらにせよ美形には変わりない。


「セシリー」

「全員捕縛が完了したよ」

「わかった」


セシリーと呼ばれた子どもが、ちらりとこちらを見てきた。警戒されているだろう。視線が痛い。探りを入れるような視線に逃げたくてしょうがなかった。そんなセシリーの視線に気付いたフェリシアは笑って見せた。


「ああ。彼女は気にしないで」


フェリシアがそう言うものの、セシリーはじっとこちらを見てくる。気にするなと言われても気になるのは仕方ないだろう。確かに、どう見てものビジネススーツ姿はこの世界では異質だ。


「まさか奴等、召喚に成功してた?」

「そのようね」


セシリーは頭が痛い、と言わんばかりに眉間に皺を寄せて首を横に振った。

 私、全然悪くないけど謝った方がいいのかな。

 セシリーの様子に思わずそう思ってしまった。


「紹介が遅れましたね。彼女はセシリー。私と同じ魔法部隊ガンマ班の一人です」

「セシリー=ベネットだよ」

「え、と。黒川くろえです」


セシリーはくろえを上から下までじっくりと観察してくる。何も言わないが、警戒心剥き出しなのがありありと分かる。


「セシリー。とりあえず彼女の魔法適性を確認しようと思う」

「そうだね。どちらにせよ確認は必要だしね。ユーリに連絡しておくよ」

「頼んだ」


セシリーは事務連絡のような会話を終えると、すぐに別の場所へと向かって行った。


「お待たせしました、クロエさん。さあ、城に向かいましょう」


フェリシアに促されるまま私は馬車に乗り込んだ。

 魔法適性検査の後、私はどうなるのだろうか。

 そんな不安が頭をよぎるが、今はこのフェリシアについて行くしかない。


 馬車が進み、しばらくして塔のある森を抜けると、すぐに町が見えてきた。レンガ造りの建物が立ち並ぶ街並みは、まるで中世ヨーロッパ。旅行チラシで何度も見たことがある風景に、思わず興奮してしまった。

 さらに町で見かける住民たちがみんな魔法を使っているのだ。洗濯物を干すのも、移動するのも、この世界は全て魔法で成り立っていた。


「凄い」

「この国は、国民のほとんどが魔法を使えるんですよ。生活するにも仕事するにも魔法が全て。だからこの国は魔法実力主義の国なんです」


魔法実力主義と言うことは、魔法が使えない人はいわゆる落ちこぼれになると言うことだ。ふと先程見た魔法から逃げ回る白装束達を思い出した。

 嗚呼、なるほど。

 だから魔法が使えなかったあの人たちは、藁にもすがる思いで聖女召喚を行ったのだろう。

 彼らは『我らをお導きくださいっ!』と言っていた。この世界を変えたい、自分達の居場所が欲しい、そんな気持ちだったのだろうかと思うと、何とも言えない複雑な気持ちになる。


「さて。ではクロエ様。この世界の昔話を聞いていただけるでしょうか」


フェリシアは真剣な眼差しで見つめてきた。

 私も覚悟を決めて、ゆっくりと頷いた。




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