9話 心無い噂
「おい聞いたか?あの噂」
「噂?」
「魔力もしょぼいくせに第一級魔法部隊入りしたヤツがいるって噂だよ」
「は?そんな事あるのか?」
「それがさ。凄い腕力らしくて、それを見込まれたんだって」
「何だそれ」
「全く羨ましい限りだよな」
「本当。人が苦労して魔法騎士目指してるのに。その噂が本当なら馬鹿にしてるよな」
「あ。ほら。あの子だよ」
なぁんて噂話はぜひ聞こえないようにしてほしいものである。すれ違いざまに聞こえてくる魔法騎士見習い二人の声に、ため息をつきたくなった。
あえて聞こえるように言っているのがありありと分かる。まるで小学生のイジメみたいだ。こんな輩を相手なんてしてられない。私は両手いっぱいの荷物を持って、知らんぷりして通り過ぎようとした。
「マジですげぇ荷物量」
「ああ、人間じゃないな」
人間だよ。しかも生物学的には女だからな。お前たちみたいな男でもないから。か弱い女なの。
そう言い返してやりたかったが出来れば不要な喧嘩や不興は買いたくない。こちらに絡んでこない輩なら無視するのが一番だ。いちいちそんな人達に構っていたらキリが無いのだから。
こういう事は今に限ったことではない。ガンマ班で働き始めてから何度となく言われ続けている。私は大きくため息ついた。考えても仕方ない。ガンマ班の部屋に着くと体当たりするように扉を開けた。
「お待たせしましたー」
体当たりした拍子に少しぐらついた箱を落とさないように机の上に置いた。
「ああ、そこに置いたままにしておいてくれ」
「はーい」
フェリシアは顔を上げる事なく、書類仕事をしていた。他のメンバーも今日は外での仕事がないのか部屋の中に集まっている。
一番暇そうにしていたグレイスが私の荷物を見てニヤニヤと笑った。
「うわ。すんごい荷物。さすがだねぇ」
「これくらいしか出来ませんし」
グレイスは箱の中を確かめて、またニヤリと笑った。資料室から持ってきたらしい大量の書類が詰まった箱やら、ユーリの実験道具やらが箱いっぱいに詰まっている。
「これ、重かったでしょお」
「え……あ……はは」
実はそこまで重くなかった。空箱を持っているような感覚だった。これが私のチート能力なんだけどね。
グレイスはにまにまとこちらを観察するように見てくる。飄々としているようで自分の本心を見せないグレイスは実はちょっと怖く感じる時がある。
「クロちゃんって素直だよねぇ。わかりやす」
グレイスは楽しそうに笑っている。きっと色々バレている。彼女に隠し事はダメみたい。
「それにしても、本当立派な魔法騎士見習いに見えるよぉ」
「え。あ、ありがとう、ございます」
確かに私はグレイス達と同じ魔法騎士の制服を着ている。そして腕章もガンマ班の物を付けている。ガンマ班にはセシリーのような美少年やユーリのような目立つ美人がいるので、目立たない人物が一人紛れていても目立つことはない。
そう、決して私が地味だからとかではない。
みんなが目立ちすぎるのだ。
そうに決まっている。
「クロエ」
「はい。何ですか、セシリー」
「すまない。この資料も頼めるかな。資料室にあると思うんだ」
「わかりました。任せてください」
セシリーが申し訳なさそうに頼んできた。上司のような口調だけど、身長が低いので上目遣いになっているところが可愛らしい。
出会った当初は私の腕力を警戒していたセシリーも、だいぶ慣れてきた様子だ。小さな子に警戒されると悲しいので、これはとても嬉しい。
はっきり言うと、私はすっかりセシリーに心を奪われていた。
可愛くて可愛くて仕方ない後輩ができた気分だ。
セシリーは私の癒し担当である。
「おやグレイスにクロエさん。こんなところにいたんですか」
「あ。ユーリだぁ」
「グレイス、貴方仕事はいいんですか?」
「今はないのぉ。ていうかクレールス教団の奴らすっかり息を潜めちゃっててさ。当分尻尾は出さないかなぁ」
「あら大変ですね」
グレイスは束の間の休息を存分に自堕落に過ごすつもりらしい。そしてユーリはそんなグレイスを咎めるつもりはないらしい。ユーリはいつも傍観者のポジションにいて、成り行きを見守りながら楽しんでいる。
正直、グレイスとユーリがタッグを組んだら最恐だと思う。
「クロエさん、行くついでにこの資料も研究室に届けてくれませんか。」
「研究室ですか。分かりました」
「頑張ってねぇ」
ダラダラとソファで寝転ぶグレイスは手伝うつもりもないらしい。まあこの雑用が私の仕事だからいいんだけども。
私はユーリから資料を受け取った。
「手伝って」と言っても何かが変わるわけではない。私は黙って再び部屋を出たのだった。
正直、ガンマ班の執務室の外に出るのは気が進まない。私のことを気に入らない人たちはたくさんいる。仕方ないとは分かっていても、あからさまに中傷されるとさすがに傷つく。
グレイスやユーリは揶揄ってはくるけれど、誹謗中傷はしない。
セシリーも怖がってはいたけれど、見下したりはしない。
それが私にとっての救いだった。




