いざ、帰還
コンラートがどうなったのかと思い、隊員に尋ねると仕切りに囲まれた奥のブースに案内された。
声をかけて中に入ると、そこには傷だらけのコンラートとケントがいて並んで仲良く食事をしていた。
「あっ、オーディリアさん! あいてっ、染みた〜〜〜っ!」
「オーディリア。おかえり」
「なに身内ヅラしてんだよアンタ!」
「構わないだろ。俺は彼女の恋人だ」
「いいや違うね! もう元カレだろ!」
「やるか?」
「やってやらあ!」
「やめなさい!」
私の制止にピタリと動きを止めるケントとコンラート。
まったく……!
ふたりとも別れたときより傷が増えている。きっとここでもやりあったのね? しかもまた、くだらない理由で……。
「ケント。どうなったのか報告して」
「ハイッ! まず、ザラストラスから証言を聞き出し、事件の記録と照合しました! それをサーフェスの領事に報告、すべてを王都へ持ち帰ることで合意しました!」
「そう。領事が協力的で助かったわ。それで、王都での扱いはやはり騎士法廷を開くことになるのかしら」
「ハイッ! 今回の案件は被害者、被疑者ともに騎士ですので、それが通常処理になります!」
ピンと背筋を伸ばして立ち、ハキハキとした声で答えるケント。私はその報告を受けて頷き、姿勢を崩すことを許可した。
「ありがとう。もう結構よ」
「は〜〜〜、いきなりで緊張した〜」
「普段から同じ姿勢でいれば、緊張なんてしないわよ」
「……だる」
私が咳払いすると、ケントは露骨に視線を逸らした。私は今度はコンラートに向き直る。
「ずいぶんと友好を深めたみたいね」
「いや、まだわかりあえていないみたいだ。もう少し話し合いが必要だな」
「オレは、アンタが敵ってことだけはわかったっスよ!」
やれやれだわ。
「もう騒ぎを起こさないでちょうだいな。ホテルから苦情が来たら、対応するのは私なんですからね」
「すまない、オーディリア」
「すんません」
「仕方がないわね。ほら、傷を治してあげるからこっちを向いて」
私がコンラートに手を伸ばすと、ケントがサッと割り込んできた。不機嫌な表情で私の手を掴んで自分の頬に当てる。
「あっ」
「もちろん、オレが先っスよね? オーディリアさんの部下だし。あ〜、痛いな〜〜。被疑者にぶん殴られて怪我してるんっスよオレ〜〜」
「……水と炎の司の加護あれ、【軽症治癒】」
「は〜〜、オーディリアさんの手、冷たくて気持ちい〜〜!」
「……セクハラだわ」
ケントがコンラートを煽るように、私の手に頬ずりしている。コンラートもどこか悔しげだ。……本当に、ずいぶん仲良くなったこと。
続いてコンラートの傷を治していると、後から後から隊員たちが湧いてくる。まさか、全員分治せというわけじゃないわよね?
「お前ら怪我してないダロ、散れ、散れ!」
「リザ!?」
隊員たちの山が崩れていく。その隙間を縫って私に駆け寄ってきたのは、結婚して騎士を辞めた私の元副隊長にして親友、リザだった。
黒いツインテールを揺らして、ぷんぷん怒っている。濃い紫色の瞳がキラキラと光って、まるで本物のアメシストみたい。ああ、いつものリザだわ……!
彼女は私を見るとまたクルリと表情を変えて、ニコニコ笑顔で手を振った。
「手紙を受け取ったデスよ。コンラートのクソヤローをぶっ飛ばしに来まシタ!」
「リザ〜〜! 本物なのね! あれからちょっとしか経ってないのに、懐かしいわ……! 旦那様はどうしたの?」
「アー。邪魔されると思ったから、思わず脛を蹴たぐって家飛び出して、置いて来ちゃいまシタ! 馬も奪ったんでしばらく追ってこないハズ!」
「あらあら」
でも、リザのお相手はあの宮廷魔術師長なのよね。意外とすぐに追いついてきそうだわ。私の脳裏であの変人魔術師が陰気な笑いを浮かべているもの。
「それにしても、手紙だなんて誰が?」
「オレっス」
「ケント? まぁ……ダメって言ったじゃない……」
「まぁ、うん。でも、やっぱ必要かなと思ったんで。……これで、さっきの件、チャラにしてもらえませんかね、なんて」
「さっきの件……?」
「オレ、ホントどうかしてました。オーディリアさんを、隊長を疑うなんて。謝っても許されないのは、わかってます。減給でも謹慎でも何でも受けるんで、これからもお側にいさせてくださいッ!」
床に頭がつくんじゃないかというほど深く、ケントは頭を下げていた。貴方二回目よ、ソレ。
「ケント」
「お願いします!」
「頭を上げてちょうだい。貴方は何も悪くないわ。あの時も、今も。……お願い、私を見て、ケント」
「!」
微動だにしないケントの手を取ると、ビクリと肩を震わせてようやく顔を上げてくれた。丸く見開いた茶色の瞳に私が映り込む。
「感謝しているわ、ケント。私を支えてくれてありがとう。貴方は仲間のため、国のために動ける素敵な人よ。これからも、変わらない貴方でいてちょうだい。私には貴方が必要よ、ケント」
「お、オーディリアさぁん……!」
「きゃっ!」
「おぶっ!?」
ケントったら、いきなり抱きついてくるからつい、脇腹に肘を入れて倒してしまったわ。
「オーディリアさん……ヒドイっス〜〜!」
「ごめんなさい、ついクセで」
床にゴロンと転がるケントの姿に、周囲から笑い声が上がる。思わず私も、ケントも笑い出してしまった。
問題は山積みだけど、これでひとまず、サーフェスでやるべきことは終わったと思う。心がとても軽くなったわ。
戻りましょう、王都へ。
私たちのいるべき場所へ。




