63.侯爵令嬢と叙勲式3
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それから叙勲式は順調に進み、私に続いてお父様、お兄様、アンリ叔母様が二人の王から順に褒章を賜る。驚いたのは勲章をいただいたのは私のみだったという事だ。今回のワクチン完成には三人の協力があってこそだと思っていたので、てっきり同じように褒章と勲章を賜るのだと思っていたのだけれど…。でも、お父様もお兄様も叔母様も気に止めなかったようで、優雅な所作で段取りを終えて行った。
私たちが受章を終えて下がると、今度はクエルト叔父様とテオ隊長が騎士たちを引き連れて両陛下の前に進んだ。クエルト叔父様とテオ隊長の後ろには騎士たちが一つの乱れもなく列をなす。みんな、イスラ王国へ一緒に赴いてくれた騎士たちだった。
インゼル王国の騎士の制服は階級によって少しデザインと装飾が異なる。また、式典の為の正装は何種類かあり、意識したことはなったがこうして並ぶとその違いは歴然としていた。
クエルト叔父様とテオ隊長が着用している白い制服の詰襟や袖口、裾には金の刺繍が施されており、マントを止めるための金具や飾り紐も全て金と宝石が使われている。さらに、純白のマントは後ろに並んだ騎士たちよりも長く、翻るたびに内布の深紅が目を引いた。
イスラ王国でも正装を見たが、その時とはまた違った制服やマントに新鮮さを感じ、おのずと二人を見つめてしまう。胸に飾られた勲章の数はクエルト叔父様が群を抜いて多いが、テオ隊長も結構な数を付けていて、二人が今までどれほどの功績を上げてきたのかが一目で分かった。
厳粛な雰囲気の中、テオ隊長は王の前で膝をつき首を垂れる。
その姿はまるで絵画の様で思わず息がこぼれた。
クエルト叔父様も然ることながら、正装のテオ隊長は破壊力が半端ない…。切れ長の瞳を閉じた男らしいその横顔。そこにかかる藍色の髪…。長い手足に手本のような美しい所作。
少女漫画ではないけれど、彼だけデフォルトが掛ったようにどれをとっても…カッコよかった。
騎士団の受章が終わると、彼らは二つに分かれ真ん中に敷かれた絨毯の両端に整列する。そして、その絨毯の上を小さな三人がゆっくりと足を進めてきた。屈強な騎士のせいもあって三人がますます小さく幼く見えたが、それでもしっかりと前を見て緊張した面持ちでゆっくりと王の前に並ぶ。
その姿を見た会場の貴族たちが少しざわめき、驚きの表情を見せた。貴族がざわめくのは無理もない。だって、彼らは医療補助者初の受章者なのだから。
いままでは医療補助者の知識不足もあり、ほとんどはその名の通り医師やアールツトの人間のサポートをする者だ。その為、今回のような大きな偉業を成し遂げたものは今まで存在しない。
ワイズ、ポイズ、エーデルの三人は表向きは私専用の医療補助者ということになっているが、実際は医師だ。エーデルは看護としての知識を詰め込んでいるが、彼女の知識と技術は前世でいうところのフライトナース。ドクターヘリに同乗するフライトナースは専門的な知識と救命活動のプロとして現場での活動も視野に入れなくてはいけない。まだ幼い彼女がその役割までこなせると言ったらこの場にいる全員は卒倒するんじゃないかしら?年齢的な部分もあり今はそれを隠しているが、時が来たら彼らは私と対等な医師として、メディカルチームとして現場に立つだろう。
幼い時を知っているからこそ、今、堂々と一国の王の前に立つその姿に感極まる。
あぁ、だめだ。
もう、今日は涙腺が壊れている。もう、さっきからいろいろなものが込み上げて胸がいっぱいだ。
その後、粛々と進んでいく式と三人の姿にそっと安堵に息をついた。
実は、城に入ったとたんにポイズとワイズは緊張のせいか顔色が悪くなり、エーデルに至っては何度もトイレに駆け込んでいた。冷や汗をにじませて必死に段取りを頭に叩き込む三人に、私も自分の事は棚に上げて何度も励ましたのだけど…。
どうやら、緊張が最高潮に達している三人は動きもぎこちなく、まるで針金が入っているようだった。横にいるお兄様も、祈るような気持ちで三人を見ているのか、視線は三人に固定したままグッとこぶしを握り締めている。私も、まるで親のような気持ちで三人を見守っていた。
やっとすべての式次第が終わり、両陛下は民への謁見の為、謁見台のあるバルコニーへ移動された。その後に続きながら、未だに惚けてようなワイズ、ポイズ、エーデルに視線だけ送ると、三人はすぐに気が付いたようで笑顔を見せてくれる。私もつられて笑顔を返し、親指を立ててサムズアップすると…三人は一瞬驚いたように目を見開き、次の瞬間には子供らしい満面の笑みで同じように返してくれた。これは、私とあの子たちだけの挨拶だ。そのまま、手も振ろうかとしたところで「ごほんっ!」わざとらしい咳払いに止められた。見れば、お父様が片眉を上げてこちらに鋭い視線を向けている。
『まだ式典は終わっていなぞ。場所をわきまえなさい。』
まるで念でも送って来たかのように、お父様の言葉全てをその視線から受け取った私は、シュンと肩を落とした。見れば、三人もクエルト叔父様に鋭い視線を向けられた様で、蛇に睨まれたカエルのごとく縮こまっていた。…ごめん。
再び大聖堂の鐘が鳴る。
二人の国王が並んでバルコニーに出ると集まった民から歓声が上がった。エーベルシュタイン国王陛下とコウカ国王陛下が謁見台の中央に立ち、コウカ国王陛下の横には摂政のイズミ様、そしてエーデルシュタイン国王陛下の横にはオーラヴァ妃殿下、リスト王太子殿下、ジュエリア王女殿下が並んでいる。その豪華な顔ぶれに、民衆からの歓声と拍手はさらに盛り上がりを見せた。
バルコニーの袖で聞いていた私はその歓声にびくりと肩を振るわせる。これからここに出ていくのかと思うと、忘れていた緊張がぶり返してきた。思わず、掌に人という字を書いて飲み込む。すると、それを見ていたお兄様がクスクスと口に手を当てて肩を揺らしていた。見れば、アンリ叔母様も同じようにセンスで口元を隠しながら肩を揺らしている、綺麗に整えられた眉が下がっているところを見ると、どうやら笑っているらしい。この世界の人にはわからないかもしれないが、前世の記憶が色濃く残る私には、これは緊張を消してくれる最善の手段だ。笑われたことに少し顔を染めながら、残りの二回をやって最後に飲み込んだ。
両陛下が演説を終えると、よくとおる声でエーベルシュタイン国王陛下がお父様の名前を呼ぶ。それに合わせてゆっくりとバルコニーへ進みだす、その後ろ姿は…日差しと歓声を受けて、とても眩しく…立派に見えた。ピンと伸ばした背筋も、大きなその背中もいつも見ている姿とはまるで別人のようで………それに続くお兄様もまるでお父様の化身かのように……___眩しかった……。
…まだだ…。
まだ、あの二人には追い付けない。
治癒魔法が使えない時点で同じ場所に立てるとは思っていないが、それでも…アールツト家の人間として…医師として…いつかあの二人と肩を並べて立ちたい。
そして…叶うのなら………
「…できるさ。」
歓声の中で静かな声が届いた。驚き見上げればクエルト叔父様が優しい笑みを浮かべている。
「兄上やシリュルと同じことができなくても、アヤメはその知識と技術でいつかきっとあの二人の横へ…そして先へ行ける。」
!!
「他の奴らがなんと言おうと、私は…そう信じている。」
そう言ってくれた叔父様の笑顔はお父様とお兄様によく似ていた。
…そうだ……。
あの二人と同じことができなくても私には私にしかできない医療がある。その為にワイズ達も協力してくれる。だから、これからも…たくさんの命と向き合い手を差し伸べていける。
そして…
いつかあの二人の横へ…
その…先へ……____。
「アールツト侯爵令嬢アヤメ・アールツト!」
エーベルシュタイン国王陛下が私の名前を呼ぶ。私は、叔父様に頷いて前を向いた。
「行ってこい。」
背中にかかった声にグッと背筋を伸ばす。
胸についた勲章と褒章、そして頸章。その重みが私への中で自信へと変わっていく。
私の名前を聞いた瞬間、民衆にどよめきが広がった。それを感じた両陛下やお父様、お兄様、アンリ叔母様の表情が硬くなったのが見えたがそれでも私は前を見続けた。。
だって私は
『アールツト侯爵家のポンコツ令嬢』
『治癒魔法を使えない落ちこぼれ』
『役立たず』
なのだから。
そう、それは私にとって当たり前の事。
笑顔を崩さず、背筋を伸ばし足を進める。
次第に民衆のざわめきも小さな拍手へ変わり、次第に大きな歓声へと変化していった。
私は歩き続ける。
この人生において最も身近で、尊敬する、偉大な二人のもとへ。
そして…その先へ。




