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36.到着

「それじゃ、良い商売ができたらいいですね」


 エレナはそう言い残して、仕事に戻った。

 あの若さで、本当に立派なものだ。


「私も、この任務が終わったら自活できるように、もっと励まないと」


 リリィの心にも、何か熱い火が灯ったようだ。

 まだ、若いんだから農家の嫁になるとか、あっちこっちフラフラしていたら駄目だぞ。そう思ったが、説教臭いので口には出さない。


「それじゃ、食べならが、監視を続けますか」


 ……という話をしてから5時間。

 何度か飲み物のお代わりをしたり、リリィやエレナと雑談をしたりしながら時間を潰していたが、


「リリアナ様、どうやらお待ちしていた軍の隊列が到着したようです。先触れが来ました」

 

 少し日も落ち始めた頃、ようやく北門の門番が『血みどろな牛亭』まで駆け寄って来て、ファビオ達の到着を報告してくれた。


 オープンテラスから伸び上がって見ると、遠くから馬らしきものに乗った人影が見えてくる。


「門番様、ありがとうございます。任務に関連していますので、申し訳ありませんが、彼らが到着後、我々の存在についてはご内密にお願いします」

「わ、わかりました。王命との事ですので、ご指示通り、黙っておきます」


 門番は口を指でつまむようにして、左から右へ滑らせ、門へ戻っていった。

 やはり、かなり一般的な身振りなんだな。


「先触れ?」

「はい、王族が到着するので、宿の手配と警護の準備に馬を走らせたのだと思います。多分、もう1時間もすれば到着するのではないでしょうか」


「泊まるとなると、この宿を使うという事かな?」


「軍の部隊そのものは門の外に野営するはずです。でも、ファビオ様はここではなく、中央の広場付近にある宿屋になると思います。門の近くの宿屋は普通、一般の交易商向けのものですし、王族が泊まるにはちょっと安すぎるというか……」


 あなたもその王族なんですが……


「うちの家族は、野営と宿、どっちになると思う」


「救世主様を護送しているという事を考えると、宿になると思います。私たち王族は、救世主様を迎え入れるという事になっていますし……」


「フェロル村の子供達は?」

「そこは何とも……人質として連れているなら、ご家族と引き離して軍の方で監視でしょうか? ただ、そもそもファビオ様が子供達を徴用したのかがわかりませんし……」

 

 そんな事を言っているうちに、銀色の甲冑を着た騎士が馬に乗って近づいてきた。そして、


「ファビオ・コリーノ殿下が、まもなく到着される!ファビオ・コリーノ殿下が、まもなく到着される!」


と叫びながら、広場中央へ進んで行く。


「ちょっと見てくる」


 俺はそう言うと、『血みどろな牛亭』を出て、騎馬が向かった先の様子を伺う。

 男は、中央広場の中心部にある柵に馬をつなぐと、すぐそばの大きな2階建ての建物に入るところだった。


 その建物……リリィの言うところの高級宿屋のようだが……宿屋の近くまで移動してみた。中の様子は解らないが、少しすると男は宿屋から出てきて、また馬に乗り、門の外へ走り去っていった。


「納得いかん、王族だからって……」

「せっかく、高い金を出して宿を押さえていたのに……」


 甲冑の男が出て行ったあと、すぐに、大きな声で文句を言いながら、身なりの良い感じの人達が出てくる。その様子を見て、俺は大急ぎで『血みどろな牛亭』に戻る。


「エレナ!」


 宿の受付で何か事務処理をしていたエレナに声をかける。


「突然で申し訳ないが、2階の通りが見える部屋を貸してもらえないだろうか?」

「え、通りが見えるとなると二人部屋が一つ空いているかな。この時間だから一泊分の料金を払ってもらえれば……よろこんで!」


 財布を出したので、怪訝そうな反応がすぐさま笑顔に変わる。


「リリィ、部屋に入るぞ」

「はい?」


 リリィの腕をつかみ、そのまま階段を上る。


「あらー、ごゆっくりー」


 エレナのおばちゃんっぽい反応が聞こえてたが、それは無視して、指定された部屋に入る。


 部屋は昨日に比べたら広い部屋だった。両脇に1つずつベッドがある。正面の両開きの窓を少し開けた。ちょうど、隙間から良い具合に道の様子がつかめる。


 窓を全開にして、身を乗り出して門の外側を眺める。


「タナカ様、いったい?」

「中央広場の宿の様子を見ていたら、さっきの先ぶれの男が戻った後、何人か文句を言いながら宿屋から出てきたんだ」

 

 確証は無いが、あの様子からすると、ファビオ達が来るからと、部屋から追い出された様な感じだった。


「となると、あの宿のどこかの部屋に泊まるというリリィの見立ては間違いないだろう」

「そうですか」

「それなりの人数が出てきたので、複数の部屋を確保しているんだと思う、あるいは貸切か……」


 ならば、ひとえ達は、野営ではなく、宿に泊まる可能性が高いと見ていいだろう。

 だからこの部屋を確保した。


----------


 1時間ほど経ち、あたりはかなり暗くなっていた頃、ファビオ達の隊列が街へ到着した。リリィの言う通り、軍の大部分は門の外で、すぐ様、野営の準備に入っている。


 門を通りぬけたのは、馬に乗った2人の甲冑を着た男と、黒い鎧を着た4人の男、それにその後ろから馬車が2台だけだった。


「多分、あのどちらかに、ご家族の皆様が……」

「大丈夫だ、どっちにいても、これならいけるはず」


そして、俺は窓から少し離れて、普通の会話よりはちょっと大きめな声を出す。


「ああ、ミントよ!そんなに怒らないでくれ。確かに妻がいるのを黙っていた、私が悪かった。でも、今は堪えてくれ。必ず、迎えに行くから。きっと必ず、迎えに行くから」


「え、タ、タナカ様? 何を? え、奥様がいる事は知っていますが……え? 誰を迎えに……え? え? 私?」


 リリィが赤面しながらオロオロする。

 少し小さめな声で……


「リリィ、少し大きめな声で、『わかったわ。必ず迎えに来てね。信じているから』・・と俺と同じくらいの声で言ってくれないか……今……早く!」


「え? あ、はい、えーー」


 リリィが顔を真っ赤にして、モジモジしながらも、


「わ、わかったわ、必ず迎えに来てね。愛しているから……キャッ、言っちゃった」


 なんだか、台詞が変わっていたけど仕方が無い。


 そのまま通り過ぎようとしてる馬車の様子を伺う。

 なんとなく、後ろの馬車から殺気のようなオーラが出ているような気がするのは気のせいだろうか。


----------


「ちょっと情報を集めてくる」


 リリィにそう告げ、ドアを開ける……うん?

 ドアのすぐ外に、エレナがいた。


「え、何か用?」


 外に出て、後ろ手でドアを閉めながら聞くと、エリナは少し迷った後、意を決した様に、


「おじさん! 女性を泣かしちゃダメ! そりゃ、宿屋だし、おじさんみたいに不倫で来る人もいなくはないけど……ちゃんとどちらかとは別れてあげて! じゃないと、じゃないと……」


 なぜか、エレナが涙ぐむ。


「もしかして、ここで聞いてたりした?」

「たまたま、たまたまだよ!……確かに、突然部屋を借りるって言った後、リリアナさんの腕を強引に持って2階に上がったまま、部屋から物音が聞こえてこなかったので、気にはなったけど……」


 慌てて首を振る。


「とりあえず、誤解だから。さっきのは、ちょっとした余興のようなものだからね」

「確かに、そんな事をする度胸も無い気がするし、浮気するタイプにも見えないけど……」


 そうだろうとも。

 夫婦生活15年、面倒だからというのが一番の理由だが、浮気なんてした事無いぞ。


「わかった、そういう事にしておく……でも、泣かしちゃダメだぞ!」


 そう言い残して、パタパタと階下へ降りて行った。


 俺も、その後に遅れて、階下へ降りていく。


 オープンテラスと繋がっている食堂に多くの人がいる。

 その中に、さっき中央広場の宿屋から出てきて、文句を言いながら出てきた男たちが2人、酒らしきものを飲んでいた。俺はエリナに同じものを注文し、それを受け取ると…


「今晩は」


 こちらから突然、声をかけたので、二人の男は怪訝そうにこちらを見る。

 二人とも良く似た雰囲気の俺と同じような世代の男だ。


「先ほど、中央広場でお見かけして……宿屋を追い出されたみたいでしたので」

「ああ、あれを見てましたか」

「ええ、なんでも王族のファビオ様がいらしたとかで」


「そうなんですよ!」


 鬱屈したものあ溜まっていたのか、男の1人が大きな声で杯を煽る。


「おかしいですよね? こっちはかなり前から予定していた商売に合わせて宿を取っていたというのに、どこぞの王族か知らないですが、到着したばかりで身体を休めていたところで、いきなり王族のお偉いさんが、来るから部屋を開けろって……」


 男の杯が空いたので、手に持っていた、まだ口をつけていない、こちらの杯を差し出す。それを男は喜んで受け取る。ちょろいな。


「しかし、それはひどいですね。どんな感じで言われたんですか?」

「あと1時間ほどで王族が来るから、直ちに部屋を空けて出て行け……と」

「いきなりですね」

「他の部屋もあるだろうと言ったら」

「ふむふむ」

「2階全部の部屋が必要だって話だと……」


「ちなみに、2階には部屋が何部屋?」

「あああ、えーと、多分、10部屋くらいあったんじゃないかな?」


「それで、その部屋を全部使うと?」

「そうなんだよ」

「じゃぁ、他を当たれと言ったら、王族を安宿に止めるわけにはいけないと」


「王族が泊まるような広い宿屋が、沢山、あったんですか?」

「家族で泊まれるような部屋が2つと、残りは俺たちのような商人が泊まるような狭い部屋だったはずだ」


「へー、広い部屋っていうのは広場側に面した部屋?」

「ああ、多分そうだ」


「しかし、本当にひどい話ですね。自分達が安宿に泊まりたくないからって、すでに泊まっている人を追い出すなんて……」

「全くだよ! 俺たちは今回、結構大きい商いになるって思って奮発したのに、結局、こんな安宿に……」


「安宿で悪かったですね」


 エレナがニコニコしながら、この男達のためにお代わりを持ってきた。

 その顔に、2人の商人は何かを感じたらしく


「でも、向こうよりメシはうまいし、結局得したって事か?」

「そうだよな、店主も可愛いし、何の問題もない!」

「俺たち兄弟、狭い部屋で二人仲良く語り合うっていうのも、たまにはいいもんだ」


 フォローなんだか、悪口なんだかよくわからない事で、エリナを宥める。


「すみません、とんだお邪魔をしました」


 良いタイミングなので、挨拶をして、その席を離れる。

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