78話 魔王たち
魔王クレイマンは、かつてない程狼狽えていた。
計画は順調であり、上手く人間達を誘導する事が出来ていた。
後は血みどろの争いが演出され、そこで産出される悲劇と憎しみに彩られて芳醇に熟成された魂の狩場が出来上がる筈であったのだ。
それなのに、争いは瞬時に終了してしまい、魂は全て刈り取られた後であった。
信じられない思いで確かめたが、現状は報告通りである。
せっかくあのお方がお膳立てをし、用意してくれた舞台であったというのにだ。
この人間と魔物の争いに於いて、クレイマンは真なる魔王への覚醒と上位魔人の配下の獲得を同時に達成する予定だったのだ。
であるからこそ、使えぬ配下のミュウランにも未練は無く、事が済めば始末する予定であった。
それなのに、今は連絡を取ろうにも繋がらない。自らかけた呪縛は解除され、ミュウランは自由になってしまったようである。
その事も、クレイマンの混乱に拍車をかけた。
だが、そこまではまだ良かったのだ。
幸いにも、自分には手駒たる魔王ミリムという最強の切り札がある。
故に、フレイを焚きつけて討伐会議を開催すべく、魔王達の宴を提案したのだ。
自分にフレイとミリムの3名の連名での発議は無事に承認され、その席にて新たな魔王を僭称する者として魔物の町の主であるスライムを討伐する事を宣言する予定であった。
配下の魔王軍を勝手に人間の町付近へ進軍させる事を、禁じられているがゆえの策だったのだ。
この討伐会議にて自分が主導権を握り、魔物達の国への侵攻権を獲得する。
そして、配下の軍勢を動かし周辺の国家もついでに蹂躙する予定だったのだ。
魔物達の国の上位魔人に対しては、ミリムをぶつけて潰してしまう事にしていた。
ほんの数日前までであれば自分一人でも何とか出来たかも知れないが、主の魔王化に伴って部下の上位魔人達も様々な力を獲得しているようなのだ。
今となっては、最初の策が失敗したのが悔やまれる。
だが、ミリムをぶつけて生き残った者を支配すれば済む話だったのだ。
ところが……
突如、引きこもりの魔王ラミリスが、追加案件と称して当事者であるスライムの参加を求めてきてしまった。
何故か、この提案はすんなりと受諾されてしまったのも腹が立つ。
当然クレイマンは却下したのだが、当たり前のように3名以上が承認したようなのだ。
この事により、クレイマンの策が全て潰れた事になる。
上手く魔王達の宴を発動してしまった事が、逆に仇となってしまったのだ。
この会議からは逃げられない。
本人が来てしまう以上、討伐を主張したとしても、今そこで戦えと言われて終わってしまいそうであった。
どうする? どうすればいい?
クレイマンは必死にその頭脳を駆使し、策を考える。
そのクレイマンの様子を眺め、フレイは薄く嘲笑する。
無様な男だ。
思ったよりも事態の進展が早い。
この流れは予想出来ていなかったが、結果的には上手く行きそうである。
横に立つミリムを眺めるが、その能面のような顔からは表情は伺えない。
可愛らしい人形の様に、一切の感情の抜け落ちた顔をして立っていた。
その瞳が、ほんの少し、僅かに角度が変わったように見えた。自分の方へと。
フレイは頷く。
(ええ、そうね。判っているわよ、ミリム)
心の中で返答し、その笑みをより深くする。
そして……
(クレイマン、貴方の命、もう長くなさそうね)
フレイは密やかに今後の手順を確認する。
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誰も知らぬ常夜の国の、奥深い玄室の中で。
氷の柩に封じられた美しい黒髪の全裸の少女を前に。
その者は自らも全裸となって、妖しい表情でうっとりと氷の柩に縋り付く。
(ああ、美しい。ああ……)
柩の中の少女を眺めて愛でる事が、その者の密やかな愉しみであった。
銀髪の可愛らしい少女。
その瞳は金銀妖瞳。青と赤の妖しい揺らめく光を放つ。
その、非常に整った容貌の中で一際異彩を放ち、少女の美貌を際立たせている。
だが、何よりも目を引くのは……
愛らしい少女の唇から小さく覗く二本の真っ白い犬歯。
小さな唇を開く度に、チラリと真っ白な牙が見えていた。
彼女こそが、夜の支配者である夜魔之女王。
"魔王"ルミナス・バレンタインなのである。
魔王にして絶大なる力を有する吸血鬼たる彼女であっても、氷の柩の破壊は不可能であった。
何故ならば、それは氷では無く純粋たる聖霊力の塊であったから。
その柩に触れる度に、ルミナスの皮膚に火傷の様な痣が出来るのだ。
だが、それでも……。
彼女は意に介する事は無く、氷の柩に縋り付くのだ。
そんな彼女に、魔王達の宴の開催の知らせが届く。
残念な事に、彼女に匹敵する者が参加を表明してしまったようだ。
未だ、全魔王を敵にするには彼女は力不足である。
彼女は不愉快になるが、これは仕方が無い事でもあった。
(待っていてね……、)
彼女は小さく、愛する少女の名を呟くと、玄室から退出する。
その後は、彼女の膨大な魔力にて結界に閉ざされて、玄室は真の暗闇へと沈んでいった。
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二人の男が向かい合い、会話を行っていた。
一人は、大柄でがっしりとした体格の偉丈夫。
もうひとりは、だらしなく寝そべっており、覇気の無い様子。
しかし、それはいつもの事なので、大男は文句も無く相手をしていた。
「で、お前は何時までここに滞在するのだ?
今度の魔王達の宴の後、旅立つのか?」
「わかんねー。ダルい。何にもする気起きないんだよねー」
大男の問に、やる気無さそうに答える優男。
だが、どちらにせよ……
「とは言え、魔王達の宴には参加するしかなかろう?
まあ、宴の後でどうするか考えるがいい」
大男はそう結論付けた。
そして、大空を見上げ空の広さを楽しむ。
しばらく時が流れ、
「ところでダグリュール、お前の息子に魔王の座を譲る気はあるのか?
何なら、俺が後見人になってやってもいいけど?」
と、思い出したように話し出す優男。
その質問に目を閉じて暫し考え込む大男、いや、ダグリュール。
巨人族にして、"大地の怒り"とも呼ばれる魔王である。
普段は温厚であり、魔王と呼ばれる事に違和感を持たれるほどだが、一度怒ると手が付けられなくなるのだ。
怒りで戦闘力が大幅に増大するとも言われている、取り扱いに注意が必要な魔王なのである。
もっとも、親しい友人である優男の言葉で怒った事は、今まで一度も無いのだが。
その優男の言葉に、
「いや、あいつ等は、若い頃のワシに似ておる。
無鉄砲で、全てを見下し、自分よりも強い者の存在を信じない。
お前の事も見下しておったぞ、ディーノよ」
と、返事を返した。
優男、その名はディーノ。種族不明の男だが、人間の格好に相違は無い。
だが、人間では有り得ない魔力を有していた。
まともにすればそれなりの美男子なのだろうが、眠そうな半眼が全てを台無しにしている。
だが、彼も魔王の一人なのだ。"放浪王"とも、"眠りの森の王"とも呼ばれる魔王である。
今は、自分の住処を出て、放浪の旅の最中なのだろう。
そして途中で力尽き、親しい友人であるダグリュールの所でお世話になっていたのである。
その友人であるダグリュールの言葉に、
「ああ、どうでもいいよ。そんな事で俺の価値は変わらねーし。
そんな事より、そんだけ生意気なんだったら、連れていったら?
お前の3人の息子、一人を俺の従者って事にしたら3人連れていけるぜ?」
と言い出した。
当然、連れて行くのは魔王達の宴にである。
ダグリュールもその言葉に考え込む。
そして、
「頼めるか? もしも馬鹿をやって実力も弁えずに死ぬようなら、それまでの事。
一度、真なる強者を見せる事も教育だろうしな」
と頷いたのである。
彼の3人の息子達。彼の若き日を彷彿とさせる、暴れ者達なのだ。
二人は頷きあい、その方向で話を纏め出す。
それは、火薬庫の前で焚き火をするような行為なのだが、彼等はそこまで考えてはいなかった。
何しろ、彼等は熟考という行為が何よりも苦手だったのだ。
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氷雪吹きすさぶ極寒の大陸。
その中央にその城は屹立していた。
絶対凍結の氷原に囲まれ、マイナス120.0℃を下回る、ほぼ全ての生物の生存を許さぬ大地。
その様な場所に建つ、美しく幻想的な宮殿。
想像を絶する膨大な魔力にて、この世に具現化された悪魔の城。
その名を"白氷宮"という。
"魔王"ギィ・クリムゾンの居城であった。
その城の廊下を悠然と歩く人物がいた。
長い金髪に、青い瞳。整った顔立ちに、切れ長の眼。
透き通るように白い肌。
それは、女性と見紛うばかりに美しい、美丈夫。
"魔王"レオン・クロムウェル。"金髪の悪魔"と呼ばれる者。
まるで自分の城であるかの如く、自然な動作で廊下を進む。
その先には、彫刻が美しく設えられた大きな扉があった。この城の主が待つ、謁見の間へと繋ぐ扉である。
レオンの目的はこの城の主である"魔王"ギィ・クリムゾンであった。
レオンが扉の前に立つと、大柄な悪魔が二体がかりで大扉を開く。
そして、
「"魔王"レオン・クロムウェル様が到着なさいました!」
扉の内側に控えた美しき女性型悪魔が、高らかにレオンの来訪を告げる。
扉の内側には、力有る上位悪魔が左右の端に控えている。
一人一人が名付きの悪魔であり、普通の上位悪魔を上回る能力を有している。
その数、左右合わせて200体を超える。
名付きの上位悪魔は、召喚された者と異なり、この世界で受肉を果たしている。
一人一人が上位魔人に匹敵するのだ。
それは、Aランクを超える戦力が200名以上いるという事。
だが、それさえも……
謁見の間の奥、その中央の玉座にて座る"魔王"ギィ・クリムゾンの眼下に控える6柱の悪魔の威圧の前には霞んでしまう。
それは、名付きの上位魔将である。
その戦闘能力は、上位の魔人すらも圧倒出来る。準魔王級の魔物達なのだ。
だが……。
その6柱の悪魔将軍達でさえ、この場での自由な発言を許されていない。
絶対的支配者たる"魔王"ギィ・クリムゾンの左右に控える2柱の悪魔。
名付きの"悪魔公"たる、彼女達こそが、この場に於ける魔王の言葉の代弁者。
魔王に匹敵する実力を持つ彼女達。
"悪魔公"ミザリーと、"悪魔公"ヒラリーであった。
レオンが中央を通り、玉座の真下まで到達する。
そこで初めて、ミザリーとヒラリーは片膝をつき、
「「レオン様、お久しぶりで御座います」」
同質の美しい声で、レオンへの挨拶を行った。
同時に、玉座の主が立ち上がる。
この場にて動ける資格のある者は、二名の魔王のみ。
「久しいな、我が友、レオンよ。息災であったか?
よくぞオレの呼びかけに応えてくれた。礼を言うぞ!」
美しく良く通る声、真紅の瞳は銀の星を秘め、燃える様に真っ赤な髪は、血の色よりも濃く深い。
背はレオンと同程度。
女性の様な美しさのレオンに対し、ギィの美しさは中性的である。
男とも女とも呼べる、そんな妖しい美貌。
レオンに声をかけながら、玉座の置かれた高みからレオンの下へと歩みよる。
そしてレオンに腕を回し、抱きしめた。
躊躇わずにレオンの顔に手をかけて、接吻する。
レオンは顔を顰めてギィを押しのけ、
「止めろ。俺は男と付き合う趣味は無い。何度も言っているだろう?」
迷惑そうな表情で、ギィを睨む。
「あっはは。相変わらず連れない男だな。
お前が望むなら、オレは女になってやっても良いのだぞ?
まあいい。場所を変えよう」
そう言い、返事も待たずに歩き出した。
それは毎度の光景である。
この極寒の地にて、着流しの服装で肌の露出も多い。
レオンの唇を味わった感触を思い出しているのか、妖艶な美貌を妖しい笑みで彩っている。
真紅の唇を、ペロリと蛇のような舌で舐め上げて……。
その姿は、匂い立つ妖しい魅力を醸し出していた。
両性具有者であり、彼にとっては、男も女も性欲の対象となる。
彼あるいは…彼女こそが、"魔王"ギィ・クリムゾン。
この城の主にして、最強最古の魔王。
暗黒皇帝の名の下に、永久凍土であるこの大陸を治める者であった。
ギィは、レオンを案内する訳でも無く先に進む。
その後を不安な様子も見せずに付き従うレオン。
彼等が謁見の間から出て行くまで、誰一人として動く事は無かった。
それは許されざる行為だったから。
皆一様に頭を垂れ、自分達の支配者とその客人が立ち去るのを待っていた。
レオンの退出を確認し、ミザリーとヒラリーが立ち上がる。
そして、
「散れ」
そう、配下の者達への命令を下した。
それから、自分達は客人の為のお茶の用意をするべくその場を後にする。
この城に於いて、至高の存在である"悪魔公"の仕事とは、彼女達の主である"魔王"ギィ・クリムゾンの身の回りの世話だけであった。
そして、その仕事こそがこの城に於いては全てに優先されるのである。
主の不興を買う前に、彼女達は速やかに仕事を開始する…。
レオンはギィに続き、最上階にある氷のテラスへと。
そこは、吹き抜けとなっているのも関わらず、一切の氷雪の進入を許していない。
完全なる調和の元に、過ごすのに最適化された環境となっていた。
もっとも、ギィはあらゆる環境の影響を受けない。つまりは、この部屋はレオンの為に環境を整えているという事である。
他者を見下す性質のギィではあるが、認めた者や友人への対応は細心の心配りがなされたものとなっていた。
相変わらずだと思いつつ、レオンは勧められるまま椅子に座る。
その椅子は氷で出来ているにも関わらず、一切の冷たさを感じさせる事は無い。
これも、いつもの事である。
「で? 俺を呼びつけるとはどういう要件だ?」
荒々しく椅子に身を投げ出し、レオンが言った。
何時の間に用意したのか、ギィとレオンの前にお茶を並べるヒラリー。
ミザリーは、テラスの入り口にて何も言わずに立っていた。
これも何時もの事だ。
彼女達がギィの言動を邪魔する事は無く、レオンに対し言葉を発する事も無い。
彼女達は僕であり、道具に過ぎない。
対等な関係の者では無く、命令あるまでその感情を表す事さえ許されてはいないのだから。
もしも、主の命令も無く行動した場合、与えられるのは速やかな死であった。
だからこそ、例えレオンがギィに攻撃を仕掛けたとしても、彼女達が自ら動く事は無い。
ギィは絶対支配者であり、ギィの身の安全を心配するなど不敬でしか無いのだ。
そんな訳で、彼女達の存在は無視し会話は行われる。
「ああ。魔王達の宴が発動されたのは知っているだろ?
もし今回も不参加なようだったら、無理にでも参加して貰おうと思ってな」
「ああ? 俺が会合などを嫌うのは、知っているだろう?
もっとも、今回は参加するがな」
「ほう? 良かったよ。お前に貸しを作ってでも参加して貰うつもりだった。
お前にオレを一晩抱かせてやっても良いかと考えていたんだ」
「俺は男は相手にせん。相手が女でも、望む相手以外は遠慮する。
お前を抱くなど、お前にとってのご褒美でしかないではないか」
「何だよ。先に言うな…。お前が望むなら、女にでもなってやるんだがな。
まあいい。で?
今回、参加を決めた理由とは何だ?」
「ああ……」
レオンは一旦そこで言葉を切り、そのまま先を話し出す。
「今回の発案者はクレイマン。小物だ。
何故か、賛同者にミリムがいるのが気になる。
そして、カリオンの死亡という情報。これも怪しい。
最初の討伐決議がクレイマンによる発案で、ラミリスの追加提案により当事者の参加という流れになった。
だからこそ、全ては繋がっていると考えられる。
見ておきたくなったのさ。"リムル"という新たな魔王を」
「ほう。お前の考えでは、リムルは魔王の資格があるという事か。
面白い、オレも同じ考えだ。
ミリムについては、いつもの遊びだろ。あの女の事を考えても無駄だ。
オレの様に賢き者には、バカの考えは読めん。それが、数少ない弱点でもある。
塵芥如きの意見など無視でいいのだが、ラミリスのヤツが意見を言うのが面白くてな。
アイツが興味を持つ者ならば、オレも楽しめると思ったのだ」
「…。ラミリス、か。あの女は苦手だ。会う度にからかわれる。
何度絞め殺してやろうと思ったか……
だが、ラミリスが言い出したならば、俺も動いてみる事にしただけだ」
「あっははは。止めておけ。ラミリスを殺すなら、お前はオレの敵になる」
「だろうな。俺もまだ死にたくは無い。お前に喧嘩を売っても勝てる目処も無いしな」
「ん? そうでも無かろう。お前なら、100万回に一度くらいはオレを殺せるぞ?」
「話にならん。俺は、確実に勝てる戦いにしか、興味ないのだ」
「謙遜はよせ。そもそも、オレに傷を付けれる者も少ないのだ。
殺せる可能性を持つお前は、十分に強者だよ。自信を持つ事だ」
「フン。自信ならあるさ。お前以外の者には、な」
そこで、二人の会話は途切れた。
その絶妙の間に割り込むように、
「あらあら。お話は終わりですか?
レオン様、ようこそお出で下さいました」
氷のように響く涼やかな声。
その声に相応しい、美しい白髪の女性が歩いてきた。
真っ白な肌。冷たく光る妖しい深海色の瞳。
そして、白一色の出で立ちの中、一際目に付く真紅の唇。
ギィの許可無く、歩き喋るその女性。
それは、許可の必要無き者。つまりは、同格であるという事。
"氷の女帝"あるいは、広く知られる呼び名で、"白氷竜ヴェルザード"。
4体しか存在しない"竜種"が一体であり、"魔王"ギィ・クリムゾンの唯一の部下。
部下というよりは片腕であり、相棒と呼ぶ方が適切かも知れないのだが。
部品たるシモベ達とは、別格の存在であった。
「これはこれは、ヴェルザード。相変わらず、お美しい」
「あら? お世辞でも嬉しいです」
一頻りの社交辞令を交わす。
お互いの言葉に、本音は含まれてはいない。
「ふん。お前達は、相変わらず仲が悪いな」
ギィでさえ、この二人の仲の悪さにはうんざりなのだった。
普段なら、ここで一通りの嫌味の応酬が交わされるのだが……
今回は、ヴェルザードが話題を変えた。
「そうそう。私の"弟"が目覚めた様ですよ」
そんな爆弾発言を何気なく放ったのだ。
「目覚めた? 封印されていた"暴風竜ヴェルドラ"の事か?
アレは"勇者"に封印されていたのが、最近消滅したと言っていただろう?」
「ええ。消滅する前に大人しくなっていたら、助けてあげようと思っていたのだけれど……
存在が消滅したので可笑しいと思っていたのです。
勇者の封印の虚数空間内からでさえ、此方に影響を与えうる存在感だったのだから。
何者かに更なる亜空間にでも飲み込まれていたのかも知れないわね」
「ほう……、面白い。
では、何者かが勇者の封印を解き放ったというのだな。
ユニークスキル"無限牢獄"は、勇者の特異性も相まって、通常のスキルでの解除は不可能。
オレの持つスキルかあるいは、お前達どちらかのスキルでしか、な。
まあ、どのみち解放してやるつもりだったのだがな。
しかし、今解放されて暴れださない所をみると、それなりに弱っているのか?」
「そうね。弱ってはいるようね。反応が以前のものと比べ物にならないほど微弱だし。
けれども、暴れださないのは不思議ね。
あの子の性格では、暴れる事こそが生きる意味という感じだったもの」
「まあ、何にせよ。俺にはヴェルドラを相手するつもりは無い。
お前達が仲間に引き入れたいなら、勝手にすればいいさ。
ともかく、今度の魔王達の宴で会おう」
「もう行くのか?」
「ああ。俺への要件はそれだけなのだろう?」
「まあ待て、慌てる事もないだろ。
ところで、お前の本当の目的である"特定召喚"の目処は立ったのか?」
「……。そちらは、まだだな。
正直、魔王達の宴も新たな魔王もどうでもいい。
ただ、協力者が言うには召喚実験の邪魔をされたそうでな」
「ほう? そのリムルという奴にか?」
「ああ。だから、一度見ておきたかったというのはあるがな。
それでも、ラミリスが関わっていなければ無視しただろうが……」
「前から気になっていたのだが、その協力者とは一体何者だ?」
「知らんよ。"異世界人"を召喚するには大量の魔素に特定の条件、複雑な要素が絡み合う。
俺の召喚術でさえ、条件を絞れば絞る程、再度召喚までの期間が長くなる。
現状、66年に一度しか使用出来ぬ程なのだ。
もっと条件を絞る必要があるから、次の召喚に失敗すれば次回は99年になりそうでね。
俺の召喚出来ない間に、代行して召喚して貰っているだけの話」
「お前にしては弱気だな」
「こう何度も失敗しては、な。ラミリスに貰った"幸運の加護"を以てしても成功しないのだ」
「それはまた。そんなに大事な事なのか?」
「ああ……。俺にとっては、この世の全てに優先するほどだ」
「そうか、ならば何も言うまい。
で、協力者の方だが……。そいつは信用出来るのか?」
「信用? 出来る筈も無い。ただ利用しているに過ぎんよ」
「そうか。オレが言うのもなんだが、気を付けた方がいいぞ」
「お前らしくないな。だが、忠告は素直に受け入れよう。
感謝する。では、魔王達の宴で会おう」
そう言葉を残し、レオンはその場を後にする。
光の結晶をその場に残し、空間転移にて去って行った。
その様を見やり、
「せっかちな奴だ。まあ、アイツらしいか」
苦笑とともに、ギィは呟いた。
「しかし、慎重なレオンにしては隙が大きいですね。
協力者、正体も掴んでいない様子。潰しますか?」
ヴェルザードの凍えるような冷たい声に、
「やめておけ。要らぬ手出しをすれば、レオンの不興を買う。
オレは友人に恨まれるのは御免だからな」
何の心配もせず返答するギィ。
彼にとってレオンは信用の置ける友人であり、その性格を熟知していたからこそ出た言葉である。
何よりも、レオンの能力の高さを誰よりも知っているのだ。
「アイツがオレを頼って来たら、その時に手助けしてやればいいだろう」
「わかりました」
そうして、その話を終える。
出不精な友人も参加する事は確認が取れた。無理やり呼びつけたのだが、それは気にしない。
彼自身も何度も無視した事があるのだが、そんな事は都合よく忘れている。
これで久しぶりに、全魔王が揃う事になりそうだ。
「今回は楽しめそうだな。お前も行くか?」
「そうですね……。いえ、止めておきましょう。
私は、魔王には興味ありませんし」
「そうか? まあいい。では、留守は任せた」
「はい。では、準備いたしましょう」
そう言い残し、ヴェルザードも席を立つ。
後に残るギィは、極寒の大地にかかるオーロラを眺めながら、魔王達の宴に思いを馳せた。
小細工を弄して暗躍する魔王。
小物とは言え、崩れる魔王の一角。
引きこもりの友人が活動を開始した事も気になる。
そして、新たな魔王の誕生。
面白い。ここ数百年、久しく感じなかった胸の高鳴りを感じる。
前回の大戦も小物ばかりでつまらぬ戦だった。
今回は期待出来るかも知れない。
そう思い、ふと勇者について考える。
最後に確認されたのはいつだったのか……。
レオンの城に攻め入って来たのも勇者だったらしい。
レオンは戦わずに撤退したそうだが、異常な強さだったと言っていた。
人間ならばその寿命は尽きていても不思議では無いが、ラミリスが言うにはあの勇者は"特別"なのだそうだ。
何らかの手段で寿命を伸ばしていても不思議では無いのだ。
その行動も規則性が無く、大きな力持つ者の前に現れる。
ギィは見た事も会った事も無いのだが、一度戦ってみたいと思っていた。
今度の大戦は大きなものになりそうだ。
それは、魔だけでは無く、聖も人間も巻き込んで大きな災厄を巻き起こす。
ならば、勇者が出現しても不思議では無い。
ギィの頭に、新たな魔王の事など既に無い。
彼にとって、魔王など取るに足らぬ存在であるが故に……。
今度こそ、勇者に会ってみたいものだな。そう思い、ギィは妖艶な笑みを浮かべる。
魔王達の名前を考えるのに、かなりの時間を費やしました。




