55話 冒険者登録
契約が成立したら、やる事は一つ。
そう、打ち上げである。
昨日はまだ見ぬ地平の彼方へ探検に赴く事が出来なかったが、今日は違う。
「ミョルマイル君。君、この後の予定はどうなっておるのかね?」
「ふふふふふ、旦那もお好きですな。このミョルマイル、抜かりなく店は抑えてありますとも!」
「ほほぅ! しかし君ぃ、僕はちょっと其の辺、妥協出来ないよ?」
「お任せ下さい! きっと満足される事、間違いなしで御座います!」
という訳で、その夜は飲み明かした。
あえて言おう! 至福であった、と!
そんなこんなで一週間。
俺はミョルマイルの館でお世話になり続けたのである。
無論、遊んでばかりいたわけでは無い。
『影移動』にてリグルドの所まで出向いて、ブルムンドとの契約内容を伝えたり、ベスターへと回復薬の量産体制を指示したりした。
また、カイジンとゲルドにブルムンドまでの道路を通すよう指示を出すのも忘れていない。
そして、今後来るであろう冒険者の為の宿屋の準備や、武器防具の手入れをする者の育成等もそれぞれ伝えている。
建設ラッシュは一段落した所だったのだが、また忙しくなると皆張り切っていた。
そういう準備の指導と打ち合わせをこなし、夜は飲みに行くというハードな毎日を送っていたのだ。
大まかなな指示も終わり、町は動き始めた。
後は任せても大丈夫だろう。この調子なら、予定通り二ヶ月もあれば道は開通しそうである。
中位回復薬を売ったお金は金貨110枚。手持ちは16枚だったので合計126枚だ。
ミョルマイルに金貨100枚分の野菜の苗や種、調味料各種の運搬は頼んで先払いで支払った。それでも金貨26枚残っている。
結構余裕があるので、ちょっと奮発するつもりだったのだが、俺が支払う事は無かった。
この一週間の飲み食い代は、ミョルマイルが支払ってくれたのだ。
大口のお客であり、今後良好な関係を築きたいとの事。
道を通すという話が大きいのだろう。最上級の接待を受けたのである。
ミョルマイル、なかなか使える男だ。
そういう訳で、俺はこの商人と仲良くなったのだ。
だが、油断してはいけない。
このミョルマイルという男、小太りで人の良さそうな顔をしている。しかし、そこは商人らしく抜かりない奴なのだ。
高利の金貸しもしているようで、何人もの面会希望者が毎日訪ねてきていた。
だが、ミョルマイルはそういった者に会う事はなく、店番の者達が対応している様子。
流石、国の免状も持つ商人らしく、色々な伝も持っているらしい。
貴族の中にも、ミョルマイルに金を借りて頭が上がらなくなっている者もいるのだとか。
借金とは恐ろしいものである。ご利用は計画的に。
まあ、お互いに利益のある間は裏切りは無い。商人とは利に聡いのだ。下手な同盟よりも信用出来る。
この一週間で、お互いの人柄を確認しあい、今後の協力関係を確かなものにしたのであった。
契約も終えて、町への配達の手配も済んだ。
そろそろ旅立つのに良い頃合である。
ミョルマイルに別れを告げる。
「世話になったな。また遊びに来るぞ!」
「旦那・・・お待ちしてますよ。ぜひぜひまた来て下さい!
頼まれた品は、確かに届けさせて貰います!」
「ああ。二ヶ月したら、護衛も兼ねて案内人をこさせるよ。
俺の名を出すので、すぐ判るだろ。頼むぞ。」
「はい。承りました!」
そんな遣り取りをして別れた。
店の使用人やお客達が、ミョルマイルの腰の低さに驚いていた。
一瞬何に驚いているのか判らなかったが、考えて見れば普段偉そうな店の主人が俺のような子供にペコペコしているのは、違和感があるのだろう。
大人の姿で相手してやったら良かったかも知れない。まあ、もう遅いけど。
そうして、店を後にした。
店を出て、自由組合の建物に向かう。
神楽坂優樹への紹介状は書いてくれた。
それを受け取る目的もあるが、何より身分証明をして貰う必要がある。
この国で俺の身元を保証すると言う話だったので、ギルドに登録しておくつもりなのだ。
国から国へと移動するのに、いちいち身分証明は面倒だ。
一度冒険者となれば、その国だけでなく自由組合と提携している国家ならば身元が証明される。
冒険者登録を行ってからイングラシア王国を目指すのが面倒が少なく済むだろう。
俺は迷う事なく一般受付に並ぶ。
昼間は空いているらしく、直ぐに俺の番になった。
「登録を頼む。」
「お嬢ちゃん、まだ貴方には早いのじゃないかしら?」
受付のお姉さんがやんわりと断って来た。
この外見だ、そう言われるのも想定内。でも面倒だし、このままいく。
「構わん、問題ない。」
そう言うと、受付嬢は渋々という感じで登録手続きを進める。
俺は提示された用紙に内容を記入していく。
名前、年齢、特技、出身地、その他。
判る内容だけでいいらしい。
名前と、特技に剣術とだけ記入した。
一般登録はこれで終了。続けて、どのギルドに加入するか決定する。
ギルドは並行して加入出来るので、悩む事も無い。
討伐部門に決定する。
「お嬢ちゃん、討伐は危険が大きいわよ。大丈夫なの?」
と、俺の心配をしてくれたが、問題ないと告げる。
すると諦めたのか、
「では、試験を行います。
町の外に出る部門は、FランクではなくEランクが最低ランクになるの。
なので、試験に受からないと認められないのよ。
どうする? 止めておいた方がいいわよ?」
組合に登録したてでFランクになる。戦闘関連の部門につくとEランクになるのか。
成程ね。
「じゃあ、試験とやらをお願いします。」
という訳で、試験を受ける事になった。
筆記試験じゃなければ問題無い。
受付嬢は席を立ち、奥へと入って行った。そして、一人の男を連れてくる。
試験官だろう。
「君が試験を受けるのかね? まあいい。ついてこい。」
そう言って、裏口から別棟へと移動する。
俺達の様子を見ていた暇そうな冒険者達が、何やら騒ぎ始めた。
「おいおい、あの小っさい子、試験受けるつもりみたいだぜ?
無茶すぎだろ!」
「受かるか落ちるか賭けるか?」
「やめとけやめとけ、賭けにならねーよ!」
「しかし、腰に付けてる剣は珍しい形だな。見た事ないぞ!」
「結構腕がたったりして……」
などと騒がしい。
娯楽が少ないから、こういうちょっとした事でも騒ぐのだろう。
結局、ゾロゾロと見学にやって来た。
試験は、体育館のような建物の中で行われる。
昇格試験もここで受けられるらしい。ランク毎でしか依頼を受けられないので、試験は何時でも受けれるそうだ。
その為に、ギルドの支部毎に試験官が滞在する。
試験官は、いざという時にも対応する事になるので、"A-"相当の腕を持っている退役した冒険者が任務に着くのが多いらしい。
目の前の男も、まだ若いのに片足が無くなっている。
何らかの事件にて引退を余儀なくされ、試験官になったのだろう。
「先に言っておく。Eランクに受かったら、続けてD、Cと上位のランクへの挑戦権が得られる。
だが、落ちた場合、次に試験を受けられるのは、Fのポイントを100点以上稼いでからになる。
理解したか?」
Fのポイントとは、Fランク依頼についている点数の事。
依頼毎に点数や報酬が異なるのだ。要は、実力を付けてから出直せという事らしい。
何度もしつこく受けられても迷惑なのだろう。
「問題ない。」
俺が答えると、試験官の男は頷いた。
そして地面を指差し、
「試験は、この魔法陣の中で行う。中へ入れ。準備出来たら、合図しろ。」
言われて地面を見ると、直径20m程度の円が描かれていた。
中に入る。同時に、半円形の結界が発動した。
周囲も若干興奮気味に成行きを見守っている。
「いいぞ!」
俺が告げると、
「よし。では、目の前の敵を倒せ!」
男はそう告げて、準備していた魔法を解き放つ。
それは召喚魔法。
狩猟犬が一匹、目の前に召喚されていた。
良く訓練されている。だが、それだけである。
犬が唸り声を上げるよりも早く、あるいは、俺に怯えるよりも早く。
俺の剣撃は犬の首を刎ねていた。
「ほい。倒したよ。次お願い!」
静まりかえる周囲。
「す、スゲー」
ポツリと、そんな呟きが聞こえた。
試験官の男は、ここで初めて焦りを見せた。
「お前、初心者じゃ無いのか?」
「いや、初心者とは言ってないけど? まあいいからさ、サクッとAランクになっておきたいのだよ!」
「いや、ここで受けれる試験はBランク迄で、"B+"以上は本部でしか受けられない。
どうする? Bまで受けておくのか?」
「そかそか、了解! じゃあ、Bまでお願いします。」
面倒だし、サクッと済ませたい。
どうせ本部に行くのだ、そこで残りは受けてもいいだろう。
俺の言葉に頷き、落ち着きを取り戻して次の相手を召喚して来た。
D→狩猟狼
C→巨大熊
"C+"→吸血蝙蝠
サクサクと順調に召喚された魔物を仕留めて行く。
周囲は最早声も出ず、俺の戦いに見とれている。とは言っても、恐らく目で追えていないだろうけど。
何しろ、刀の一閃で仕留めているのだから。
しかし、吸血蝙蝠が出たのは笑った。コイツが俺に襲いかかって来たのは遠い昔の事のように思える。
ここまでサクサクと倒し、既に"C+"ランクの資格は得た。
次はBランクである。
「見事だ。まさか、これ程の実力とは……
Bの魔物は強敵だぞ。覚悟はいいか?」
「問題ない。始めてくれ!」
そして、最後の敵が召喚された。
蠢く四本の腕を持つ、悪魔。下位悪魔である。
悪魔種って初めて見た。ちょっと食べて、その能力を奪いたいという誘惑に駆られた。
「その魔物は、レッサーデーモン! 単純な物理攻撃は通用しないぞ。
さあ、どうする? ギブアップは早めに言えよ! 大怪我は治せないぞ!」
何故か興奮気味に、試験官が騒いでいた。
サクサクと召喚した魔物を倒されたのが、よっぽど悔しかったのだろう。
しかし、どうするか。スキルや魔法は見せたくないし。
俺が悩んでいると、レッサーデーモンが目を赤く光らせて、呪文の詠唱を開始した。
4個の火炎球が俺に向かって飛んで来る。流石はBランク。結構凄い。
俺は火炎球を軽く躱す。後ろで結界にぶつかり、派手な炎を巻き上がるのを感じる。
しかし、3人組って、それぞれが一人でコイツを倒せるのか?
「なあ、あれって、チームで挑む相手なんじゃね?」
「だよな。俺もさっきからそうじゃないかと思ってた。」
「おいおい、アレを一人で倒すって、無茶だろ。"B+"への昇級試験かよ!」
何だかそういう声が聞こえる。
チラリと、試験官を見ると、目が血走っていた。
ふむ。多少の嫌がらせも入っているのかもしれない。まあいいや。
物理攻撃が効きにくい。半物質体だからだろう。受肉すると知性を宿し、悪魔族になるそうだ。
レッサーデーモンは、俺が魔法を回避した事に腹を立てたのか、4本の腕で攻撃して来た。
喰えたら簡単に終わるのに。
しょうがないので、刀を魔力で覆う。魔法剣だ。
いつものように妖気を出すと、魔物だとバレるので慎重に魔法力に還元して刀を覆った。
後は斬るだけ。
レッサーデーモンは真っ二つに一刀両断され、塵となって消え失せた。
「ほい。終わりだな? Bランクって事でいいな?」
周囲は静寂に包まれていたが、
「すげーーーーー!!! お嬢ちゃん、格好いいな!」
「ちょっと、仮面とって顔見せてよ!」
「変態か、お前! そんな奴無視して、俺達とパーティ組んでくれよ!」
などなど。盛大な歓声と勧誘が始まった。
大騒ぎである。
試験官も正気に戻ったのか、
「素晴らしい! 合格だ! 文句無くの合格だよ。」
そう言って、俺に握手を求めて来た。
嫌がらせして来たのは、この際忘れてやるよ。俺にとっては大した事なかったしね。
そして、騒がしい観客に断りを入れながら本棟へと戻り手続きを終わらせた。
Bランクの資格獲得を受けて、カードが発行される。
名前:リムル
階級:B
特技:剣術
部門:討伐
しっかりと、カードにはそう記入されていた。未記入部分は表示されないようだ。
よし。これで俺も冒険者を名乗れるのだ。
カードを受け取り、礼を言う。
受付嬢の俺への態度が変わっていた。先程までの子供相手の態度ではなく、一人前の大人相手の丁寧なものになったのだ。
流石にプロ。その辺の切り替えは素早いようである。
その場を後にし、フューズの所へお邪魔する。別の者が俺を案内してくれた。
魔方陣を通り、部屋をノックする。
部屋へ入ると、フューズが頭を抱えていた。
「おいおい、いきなり目立ち過ぎだろ!
レッサーデーモンを剣で倒せる奴なんて、滅多にいないんだぞ!
魔法剣か? 魔法付与ではあそこまで威力が出ないし、問題になるぞ!」
「ん? 不味かったのか? というか、見てたなら止めろよ。」
「あのな…。止める間も無かっただろ……
もういい。魔法剣は"異世界人"がそういう概念があると言い出して、本部で研究されている。
だが、使いこなせる者は少ないのだ。
対魔族の切り札になると目されているから、使い手は勧誘が酷くなるぞ。
下で見てた奴等は、Cランクの下っ端だから、恐らく気付いていない。
試験官には口止めしとくから、今後は気をつけた方がいいぞ!」
そう忠告してくれた。
魔力を剣に纏わせる、良くあるイメージなのだが、こちらでは難易度が高いらしい。
まあ、人の目さえなければ、喰って終わりだったのだが。
俺からしたら大した事無くても、結構難易度の高い技とか多そうだ。そう思って無難だろうと選んだのだが、まだ目立ってしまったらしい。
まあ、人の目のある場所ではなるべく戦わないのが一番のようだ。
早い段階で気付けて良かった。
「ありがとよ。今後気を付ける。じゃあ、行くわ!」
「おう! 本部へ行ったら宜しく伝えてくれ。気をつけてな!」
俺はフューズに礼を言い、紹介状を受け取って組合を後にした。
身元確認を出来るギルドカードも手に入ったし、旅費も稼げた。
町への支援の手配も出来たし、小国とは言え一国と国交も結べた。
出だしとしては順調である。
出来れば人間とは敵対したくない。上手く友好関係を築けるように、今後も努力していこう。
こうして、小国ブルムンドでの滞在を終えた。
次に目指すのは大国、イングラシア王国の王都である。
自由組合本部の総帥である神楽坂優樹。
まだ見ぬ同郷出身者に会いに、俺は旅を再開したのだ。




