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転生したらスライムだった件  作者: 伏瀬
色々番外編
304/304

SS -『テンペスト学園のお祭り行事』- 一番くじ特典

 特賞のスペシャルブックレット用に書きおろし小説です。

 イングラシア王国にて、子供達の問題を解決した。

 これにてシズさんの心残りも解消され、一件落着となったのである。

 俺が教師を続ける理由もなくなった訳だが、そこで「ハイさよなら」とはならなかった。

 俺が辞める前に、Sクラスを別の先生に託す必要があったのだ。

 幸いにも、後任の先生は決まっていた。

 後は引継ぎを残すのみであり、俺は穏やかな日常を送って……いたら良かったんだけどね。

 色々とあった。

 そして、今日もまた――――――


      ◇◇◇


 俺は今、首都〝リムル〟にいる。

 シュナから「相談がある」と呼ばれたのだ。

「それで、相談って何だ?」

「それがですね、寺子屋の方も順調に受け入れられておりまして、今では多くの者が通っております。生徒達の勉強に対する理解度も高まっておりますし、先ずは順調な滑り出しだと言っても良いかと思われます」

 寺子屋というのは、読み書き算数を教える場の呼称として、俺が思わず口に出した単語だ。仏教とは何の関係もないのだが、そのまま正式採用されてしまった。

 もっと適切な言葉があったかも知れないが、ぶっちゃけ、考えるのも面倒だったので変更しなかったのである。

 そんな寺子屋に通うのは、我が国の住民である魔物達である。今後行われるであろう人類国家との取引を見据えて、絶賛教育中なのだった。

 シュナの説明では、ホブゴブリン達も四則計算をマスターしたらしい。

 進化したとはいえ、実年齢は十歳前後の者達ばかり。

 あのリグルドでさえ、実はまだ二十歳を過ぎたばかりなのだ。

 授業内容が小学生低学年向けとはいえ、この短期間での成長ぶりは驚くべきものがある。教科を二つだけに絞ったのが正解だったのだと思うが、皆の頑張りがあったからこその結果であろう。

 であればこそ、シュナが何を気にしているのかわからなかった。

 多少のトラブルは日常茶飯事だし、大きな問題はないように思えたのだ。

「それなら問題ないんじゃないの?」

 俺がそう問うと、シュナは思い悩むように苦笑した。

「はい、今のところは問題ございません。ですが、代わり映えのしない日常が続いては、学習意欲が低下してしまうのではないかと危惧しているのです」

 一理ある、と俺は思った。

 寺子屋に通っているのは、体力よりも知力に自信がある者が多い。だからこそ警備部隊に入らず、勉強する道を選んでいる。

 最初から学習意欲が高いのだが、それでも変化がなければ飽きてしまう恐れがあった。

 警備部隊は警備部隊で、日々凶暴な魔獣から町を守ってくれている。こちらは労いの意味も込めて、何か催しを考えてみるのもいいかもしれない。

「そうだな。何かストレス発散になりそうなイベントを、色々と考えてみるのも面白そうだな。どうせなら、みんなで考えてみるか?」

「はい! 是非ともお願いしますね!」

 笑顔で返事するシュナを見て、俺は大きく頷いた。

 そしてそれが、あの恥ずかしすぎる黒歴史を生み出す原因になるなどと……この時の俺は、まったく気付いていなかったのだ。


      ◇◇◇


 場所を移した。

 教室風に改装した会議室にて、幹部達が集う。

 シュナは当然として、シオン、ベニマル、ソウエイ。それに、ガビルとゲルドだ。

 他にも、リグルドを筆頭としたホブゴブリンの長老衆や、カイジンとドワーフ三兄弟にも来てもらった。

 大きなイベントを行うには欠かせない面子なのだ。

 そして、そんな一同の服装だが、俺の記憶から再現した特殊なものを着用してもらっている。

 先ずは男性陣。

 ベニマルは学ラン————というか長ランとドカンを。

 ソウエイは短ランにボンタンだ。

 ガビルは標準で、ゲルドはサラシと洋ランだった。

 続いて女性陣だが、シュナもシオンもブレザーを着こなしていた。

 シュナは優等生という感じで、シオンは風紀委員長を連想させる。俺の秘書を任せているからか、両名とも見た目は真面目そうだった。

 リグルドやカイジン達は、いつも通りの恰好だ。年齢的にも学生という感じではないので、今回は裏方に徹してもらう予定なのだった。

 ちなみに、今回の制服を用意するにあたり、シュナだけではなくカイジンやドワーフ三兄弟達にも手伝ってもらった。その仕事ぶりは丁寧で、俺の思っていた通りの仕上がりとなっている。この調子なら、他の作品にも期待出来るというものだった。

 それはおいおい披露するとして。

「諸君、よく集まってくれた! 今日の議題は、我が国の人材を育成する上において欠かせない教育について、だ。今は寺子屋にて基礎学習を教えている段階だが、そのうち、それを発展させた高等教育も学べるようにしたいと考えている。その為に学校を建てる予定なんだが、その前に! 一番大事なのは、生徒達のやる気を向上させる事だと思うのだよ!!


 イングラシア学園で教鞭を執る際に着ている教師服に身を包み、黒板に大文字で書き込んだ『息抜きは大事!』という文言を指さしながら、俺はキリッとした表情でそう告げた。

 我ながら、決まったな。

 これにて、俺の仕事は終わり。後は、幹部の皆さんの意見をまとめるだけだ。

 そう思ったのだが、それはどうやら間違いだった。

「あの、リムル様。その議題を論じる前に、一つ質問があるんですが、いいですかね?」

 挙手しつつ、鋭い視線を俺に向けて発言したのは、硬い表情をしたベニマルだった。

「何かね?」

 質問は大歓迎なので、俺は大仰にそう問うた。

 フフッ、子供達を相手に頑張っていたせいか、教師らしさが身についてしまったな。俺の威厳を前に、ベニマルも緊張してしまったのだろう————なんて余裕をかましていた俺だが、次の瞬間に頭を抱える事になった。

「ここでハッキリさせておきたいのですが、俺は二度と人前で歌ったりなんてしませんよ? 今回のイベントの内容次第では、俺は手を引かせてもらおうかと考えております」

 う、うわああああああ————ッ!!

 それを思い出させるんじゃない。

 ベニマルの言いたい事は良くわかる。

 実はこの前、アイドル活動を行ったのだ。

 一晩限りのライブコンサート。

 面子は、五名。俺とベニマルにシュナ、飛び入り参加のミリムに、最後の一人はシズさんだった。

 シズさんと言っても本人ではなく、俺が『分身体』を出して化粧した替え玉である。操っていたのは『大賢者』で、本人なら絶対にしないような、ノリノリの可愛らしい仕草を披露していた。どうしてそんなに似合うのかは謎だったが、『大賢者』さんは何でもアリだなと思って流した次第である。

 ちなみに俺も、心を無にして————自動戦闘状態オートバトルモードに移行してもらった。ライブとは決戦そのものだったので、仕方ないのだ。

 どうしてそんな事になったのかというと、ユウキの発言が原因だ。

 子供達を救った事で、シズさんの心残りがなくなった。そう思った俺に、ユウキが言ったのだ。

『実はシズ先生、アイドルに憧れていたみたいなんです。僕が色々と向こうの世界の話を教えていたんですが、コンサートを一度見てみたいと言っていたんですよね。ああ、どうにかしてその願いを叶えてあげられないかな〜チラッ』

 ってね。

 最後の『チラッ』まで、ハッキリと口に出していたよね。

 ふざけるな! と、俺は思ったのだが————その発言が噓だという証拠もない。色々あって、押し切られてしまったのだ。

 今思い返しても、あれは黒歴史だった。

「お兄様、リムル様に失礼ですよ!」

「そうは言うがな、シュナ! お前はノリノリだったからいいが、俺は恥辱の極みだったんだぞ。あのような恥ずかしい思いなど、二度と御免なんだよ!」

 ベニマルとシュナが言い合っているのを聞きつつ、俺は思う。

 ベニマルを巻き込んでしまったが、少しばかり悪い事をしたな、と。

 でも、それこそ仕方なかったのだ。

 最初は俺とシズさんの二人でと言われたのだが、それだと恥ずかし過ぎて無理だと判断したのである。

 出演者が増えれば、視線も分散される。そう考えた俺は、何人か巻き込む事にした訳だ。

 その結果、ソウエイには誘う間もなく逃げられた。シオンは堂々と「私がマネージャー役ですね!」と宣言する始末。その察しの良さを普段から発揮してもらいたいものだと思いつつ、他のメンバーを募った訳だ。

 すると何故か、仕事で忙しいはずのミリムが参戦する事になった。

 シュナも、歌は得意だと協力してくれた。そしてベニマルの腕をつかみ、「お兄様も歌がお上手でしたよね」と、有無を言わせずに参加させてくれたのである。

 こうして五名————実質は四名だが————となった俺達で、コンサートを無事に成功させたのだった。

 本当、消し去りたい記憶である。

 俺は『大賢者』にお任せ状態だったが、ベニマルは吹っ切れたように頑張ってくれていた。俺よりも恥ずかしい思いをしていたのだなと、今更ながらに感謝の気持ちが湧いてくる。

 だから俺は、優しい気持ちになって答えるのだ。

「大丈夫だとも、ベニマル君。今回は恥ずかしい衣装などないし、人前で歌ったりする必要もない……と思う。まあ、応援歌とかあるけど、強制じゃないしね。皆で歌う感じだし、目立つ事もないさ」

 それは心からの発言だったのだが、その認識は間違っていた。

 その事に気付いた時は既に手遅れ。

 俺はまた、新たな黒歴史を生み出す事になってしまうのだ……。


      ◇◇◇


 俺の言葉を聞いてベニマルは、「それならば問題ありません。協力させてもらいますよ」と言って、大人しく着席してくれた。

 他の者からは反論もないようなので、俺は今回のイベントの概要についての説明を行う事にする。

「では、説明を続ける。生徒達のやる気が大事と説明したが、ではどうすればいいのか? 息抜きが大事なのは言うまでもないだろう。そこで今回は、気分をリフレッシュさせるべくイベントを考えてみたいと思う!」

 そう言いつつ俺は、黒板に大きな字で『イベント』と書き込んだ。

 それに反応したのはリグルドだ。

「それで、リムル様。そのイベントとは、具体的にどのようなものをお考えなのでしょう?」

 俺が欲しい質問を的確に発してくれる。流石はリグルドだと思いつつ、俺は答える。

「これはまだ決定ではなく、腹案段階なんだけどね、体育祭や文化祭というものがあるんだ。学校で行われる行事なんだが、それを参考にして可能な部分を真似てみたらどうかなって」

 そう答えて、俺は前世の記憶を頼りに具体的な説明を行う。

 体育祭では、リレー競争や玉入れ、ハンマー投げなんかもあるかな?

 文化祭では、色々な出し物が面白い。俺の学生時代には、喫茶店やお化け屋敷、コンサートなんかもあったかな。喫茶店は女装や男装をしてネタに走ってもいいのだが、ここで言う必要はないだろう。

 とまあ、そんな感じに思いつくままに、俺は色々な企画を黒板に書き連ねた。

「質問があるのですが、宜しいでしょうか?」

 シュナが挙手してそう言った。

「何かな?」

「色々な店を学生に任せるというのは、普段から行っている職業訓練と大して違いがないように思うのですが?」

 確かに、寺子屋での学習だけではなく、来るべき人間との交流に向けての準備として、実際に顧客対応も練習させていた。わざわざイベントとして行わなくてもと、シュナが考えるのも無理はない。

「そうだな。それを言うなら、体育祭とやらもだ。警備部隊は、日々実戦に明け暮れている。訓練日もローテーションにあるから、わざわざ身体を動かすイベントというのは面白味に欠けるのでは? どうせなら、彼等の実力を誇示させるような、もっと過激なものを企画するべきかと」

 と、ベニマルもシュナに同意するように発言した。

 確かに、その言い分はもっともだ。

 気分をリフレッシュさせる為のイベントなので、普段とあまり変わらぬ事をやっても意味がないのである。

ただし、ベニマルの意見は却下であった。

「息抜きの為のイベントなんだから、過激なのはナシだな。それに、普段と違う事をするんだから、警備部隊が文化祭を企画し、寺子屋サイドで体育祭を行えばいいんじゃないか?」

 これなら、普段から運動に縁遠い者達でも身体を動かせるし、戦いに身を置く者達でも生産活動を楽しめるだろう。普段とは違う体験が出来て、心もリフレッシュするのではあるまいか。

「なるほど、その名の通り〝お祭り〟という事ですな!」

 リグルドが嬉しそうに叫んだ。

 俺の思惑を理解してくれたようで何よりである。

 リグルドに続き、カイジンが賛成してくれた。

「いいんじゃねえか? 警備の方は日程調整が必要だろうが、普段と違う事をするのは良い経験になると思うぜ」

 そして、ガルム達ドワーフ三兄弟も。

「そうだな。その体操着ってヤツも、俺が用意してやるぜ」

「ガルム兄貴の言う通りだぜ。必要なものがあれば、何でも言ってくれよな!」

「…………」

 ミルドは相変わらず無口だが、賛成なのかコクコクと頷いてくれていた。

「なるほどな。寺子屋の学生達なら、リムル様が言うような競技で十分だろう。審判役を俺達がすれば、事故も起こらないだろうしな」

「そういう事でしたら、私も全力でお手伝い致しますね!」

 と、ベニマルやシュナも納得してくれた。それどころか、どんな競技や出し物をするのがいいか、前向きに考えてくれている。

 会議が動き出したという感じ。こうなると、後は任せておいても大丈夫そうだった。

「うふふ、流石はリムル様ですね」

 シオンが俺に笑いかけてそう言った。

 コイツ、また何か勘違いしているな……。

「何がだ?」

「私はリムル様の秘書ですので、全てお見通しですよ。リムル様は、職種の違う者同士に、互いの仕事を理解させようとしておられるのですよね?」

「ムムッ!?


 ドヤ顔で斜め上の解釈を述べるシオン。

 何を言ってるんだお前は————と言いかけたが、そういう見方もあるなと思い直した。

 いや、言われてみればその通りである。シオンって、たまに鋭いから侮れないのだ。

 違う仕事への理解が深まれば、相手への敬意も生まれると思う。そう考えれば、今回の『イベント』は〝一石二鳥〟どころか三鳥くらい取れそうな気がしてきた。

「そこに気付くとは、俺の秘書として腕を上げたな」

「勿論ですわ、リムル様! 私が上達しているのは、料理の腕だけではないのです!」

 えっ!?

 いや、それはどうだろう……。

 そっちは全然ダメだと思うよ? だって、ベニマルも遠い目になって黄昏れてるし。

 シオンの自信がどこから来るのか、解き明かせぬ永遠の謎なのだった。


      ◇◇◇


 こうして会議は動き出し、色々な案が形になり始めた。

 お化け屋敷とかは、魔物には意味がないので却下。

 コンサートも、俺やベニマルの猛反対によって却下となっている。

 百メートル走とかの個人競技も、種族特性によって差が大き過ぎるとの反対意見が出て見合わせる事になった。

 結局、文化祭の方の出し物は、無難に食事関係。大会場でいくつもの店を出す形式で、昔懐かしの屋台村みたいな感じに決まった。

 もう一方の体育祭の方は、全員で参加出来る競技。種族格差に配慮して、障害物競走と玉入れに決まったのである。

「よーし、だいぶ意見もまとまったし、これで決定かな。それじゃあ後は————


 いい感じの流れになったので、そろそろ切り上げようと思った。

 その時だ。

「話は聞かせてもらったのだ!」

 ガラッと扉が開け放たれて、ミリムが入って来たのである。

「ミリム!! どうしてここに!?


「リムルよ、ワタシは悲しいのだ。親友であるワタシに内緒で、こんな面白そうな事をするなんて……」

 ミリムが泣きマネを始めたが、ちょっと待てと言いたい。

 そもそも、仕事があると言って去って行ったのは自分だろう、と。

 それに、この前のコンサートの時だって、呼んでもいないのにやって来て、当たり前の顔をして参加していたじゃないか、と!

「お前、仕事だったんじゃないのか?」

「それはそれ、これはこれなのだ!」

 コイツ……絶対にサボッてやがる。そう確信した俺だが、大人の寛容さで黙っている事にした。

 それに、こうなったミリムは何を言っても聞き分けないだろう。俺では説得出来ないので、無難な仕事を割り振るのが吉なのだ。

「だったら、俺達のイベントを手伝ってくれるかな?」

「勿論なのだ! 何でもワタシに任せるがいい」

 嬉しそうに頷くミリム。これで主導権は握れたので、ミリムの参加も問題なしである。

「凄いな、リムル様は……」

「ええ、兄上。見事にミリム様を手懐けてしまわれましたね」

「うむ。俺も見習わねば」

 などという会話が聞こえた気がするが、それは気のせいだと思いたい。

 ともかく、こうしてミリムの参加も決まったのである。


      ◇◇◇


 制服に着替えて席に着くミリム。

 誰が用意したのか謎だが、似合っていた。

 あっ、ミルドがサムズアップしている。

 犯人はコイツかとわかってスッキリしたので、議題内容に話を戻す事にした。

「幹部の中からも、手本として競技に参加してもらおうと思う。中心になってもらって、学生達を引っ張ってもらいたい」

 俺の言葉に頷く一同。

 ミリムは……寝ていた。

 シオンが注意しようとして立ち上がったが、俺は慌ててそれを止める。

「寝かせておいてやれ。多分、忙しいのに無理して来てくれたんだろうし」

「確かにそうですね。ミリム様は、いるだけで皆の応援になる方です。選手としてよりも、競技の手本をお願いするのがいいかも知れません」

 柔らかい笑顔を見せて、シオンが言う。

 ミリムに手本を任せるという意見には反対だが、応援に回ってもらうのはアリだな。要検討という事で、実際に競技に参加するメンバーを決める事にした。

 ベニマルやソウエイは、能力が高過ぎて学生達との差が大き過ぎる。この二人の勝敗がチームの勝敗に直結するので、選手に選ぶなど論外なのだ。

 ゲルドもベニマル達と同様、選手として参加するのは無理があると思った。応援に回ってもらうとして、残る面子は女子勢とガビル達だ。

「ガビル達は研究所にこもりっきりだし、ベスターも誘って障害物競走に参加してもらいたい」

「承知!」

「ガビル様なら勝利間違いなし!」

「然り」

「ガビル様、俺も協力するからよ、研究チームの力を見せつけてやろうぜ!」

 おっと、煽る必要もなくやる気になってくれたぞ。

 手本としてという俺の言葉を置き去りに、勝利を目指しているのが気になるけど。

 まあいいや。

 他に誰を参加させようかな————っと、意外なところから発言が。

「お、ベスターも参加するってか? いいねえ。それじゃあ俺も参加して、久々にあの野郎と勝負してみようかな」

 カイジンがニヤリと笑ってそう言った。

 ドワーフ三兄弟には裏方仕事があるが、武器職人であるカイジンはフリーな立場だ。俺の相談役として参加しないという選択肢もあったが、本人がやる気なら止めるまでもないのである。

「それじゃあカイジンは、障害物競走に参加って事で。チーム分けは後で決めるけど、種族はバラけるようにする予定だ。お前とベスターはドワーフだから、別のチームになるように配慮するよ」

「ああ、頼むぜ旦那!」

 と、ベスターの知らぬところで宿命の対決が決定したのだった。

 ここで、シオンが挙手した。

「シオン君、何か意見があるのかね?」

「はい! 私は文化祭の方で、料理担当という事で宜しいでしょうか?」

 その質問に、教室が凍り付く。

 宜しい訳がない。

 ベニマルと目が合った。その視線は言葉よりも雄弁に、何とかして止めてほしいと訴えかけている。俺も同じ気分なので、大きく頷いておいた。

「ああ、それなんだがね、シオン君。文化祭の方はほら、無難な屋台が多いだろう? ゴブイチ君やハルナさん、リリナさん達にも監修してもらう予定だけど、生徒達に料理体験もさせてあげたいんだよ! だからね————


「なるほど、私のようなプロには出番がない、という事ですね?」

 んんっ!?

 その自信過剰な発言にイラッとしたけど、惨劇を止める為には乗っかるしかないと思った。

「う、うん。そうだね。もうそういう事でいいから、シオンは競技の方に参加してくれ」

「了解です、リムル様!」

 こうしてシオンも、障害物競争に参加する事になったのである。


      ◇◇◇


 これで犠牲者を出さずに済むと安心していると、シオンがシュナに向かって何やら話しかけていた。

「シュナ様、残念でしたね。私達のようなプロは、文化祭には参加出来ないようです」

 俺は思わず真顔になって、シュナとシオンに目を向けた。

 シュナも驚いたのか、「えっ!?」と返事している。

 その反応は当然だろう。

 シオンの認識では、自分がシュナと同等の腕前があると自負しているらしいのだ。シュナからすれば、そんな馬鹿な、と苦情を言いたい気分になったはずだ。

 そんな空気をまるで気にする事なく、シオンがコソコソと話を続ける。

「応援はベニマル様達に任せて、私達も競技に参加しませんか?」

 その申し出に、シュナが戸惑っている。

 俺も同じ気分だ。シュナには文化祭で手伝ってもらう予定だったのである。

 シオンと違って、シュナの料理の腕前は頼りになるからね。

 俺はどうしたものかと思案した。

 そのまま却下しようかと思ったのだが、シュナの答えを聞いていない事に気が付いた。もしもシュナが参加したがった場合、せっかくの自主性を止める事になってしまうだろう。

 それは気が引けると考えた訳だが————その時、俺の『魔力感知』が強い視線を察知した。

 視線の先には、ドワーフ三兄弟。ガルム、ドルド、ミルドの三名が、凄い気迫で俺を睨んでいたのである。

 いや、違うな。

 凄い目力で、俺に何か訴えかけていた。

 ガルムが懐から、チラリと何かを俺に見せた。

 あれは————ブルマだっ!!

 そう、前世では何故か廃止になった、あの女子の体操着である。


《解。当時、男子と女子では授業内容が異なりました。しかし、学習指導要領が改定された事で、男女の授業内容が同一となります。男女が同じ服装で授業を受ける事が可能となり、ブルマからハーフパンツへと移行されていった模様————》


 そうだったのか。

 てっきり、どこぞからクレームでも入ったのかと思っていたけど、ちゃんとした理由があったのか。


《否。ブルマが性的好奇心の対象として見られていた、という側面も否定出来ないとの事です》


 思い出した。夕方のニュースでやってたな。

 綺麗さっぱり忘れていたけど————って、今はそんな話はどうでもいいから!

 今問題なのは、俺の記憶を再現して、ガルムが既に用意しちゃってるという点なのだ。そして三兄弟は、シュナがそれを着用してくれる事を期待している、と。

 シオンがシュナを誘っている今、彼等の願いが叶う可能性は高い。しかし、そんな淫らな考えを許してもいいものだろうか……。


《告。ちなみに、ブルマそのものが禁止されている訳ではないので、学校によっては採用されております》


 ————ッ!!

 それなら問題ないじゃん。

 いや、そもそもここは異世界なので、前世での倫理観など適用されないのだ。本人達が嫌がるようならともかく、わざわざルールを制定してまで禁止する事などないのである。

 俺はガルム達に大きく頷いてみせてから、シオンとシュナに声をかけた。

「シオンだけ参加するのもバランスが悪いかもな。どうする、シュナ? お前が参加するなら、俺が応援に回るけど」

 そう言った途端、ガルム達が俺の事を尊敬の眼差しで見てきた。

 まあね。

 こういう言い方をしちゃうと、シュナは断らないよね。

 俺だってズルいと思ったのだが、ガルム達の期待を裏切れなかった。

 というか……俺自身も見たかったのだ!

 性欲が失われてしまった俺だが、だからこそ余計に、美しいものを愛でたいという気持ちが大きいのである。

 それに……シュナやシオンには、日頃から着せ替え人形扱いを受けていた。

 だからたまには、彼女達にも俺の気持ちを理解してほしいと願っても、バチは当たらないと思った次第である。

「そういう事でしたら、わかりました! 私も競技を頑張るので、是非とも応援して下さいね! 約束ですよ、リムル様!」

 よっしゃあ!

 俺は内心でガッツポーズを取る。

 ガルム達も、肩を組みあって喜んでいた。

 こうして、シュナとシオンも競技に参加する事が決定したのである。

 その時、俺は喜び過ぎていた。シュナが小さく、「リムル様の応援、是非ともあの服を……」と呟いていたのに、気にも留めずに聞き流してしまったのだ。

 体育祭の当日、俺はそれを後悔する事になる……。


 残る面子、ベニマル、ソウエイ、ゲルドには、応援団を結成してもらう事になった。

 俺は約束通り、ミリムも当然として、それに参加する。

 各人の役割が決まったところで、その日の会議は終了したのだった。


      ◇◇◇


 教室での会議から、二日後。

 早速だが、文化祭が開催された。

 この告知から開催までの早さが、魔物の国の真骨頂であろう。

 と言っても、実質は職業体験なので、少人数が決められた時間でローテーションを組み、各屋台を回るだけである。裏方が見守っていたので、大きな問題も発生しなかった。

 小さなトラブルは多数発生したのだが、それもまたご愛敬。大事故に繫がる可能性を指摘し、皆に反省してもらう。事故というのは、小さなミスから生じやすい。そしてミスというのは、作業に慣れた頃にこそよく起きるものなのだ。

 今回の文化祭は、それを理解するきっかけとなったようだ。

 ド素人の隊員達が慣れない作業を行うからこそ、意表をつくような質問が飛び出たりする。そんな馬鹿な考え方はしないだろうというような、驚くべき内容もあったりした。

 それに答えられず、右往左往する者達。彼等は直ぐに先輩へと泣きつき、後でまとめて勉強会への強制参加が言い渡された訳だが、良い経験を積めたと喜んでいた。

 そんな訳で、裏方の者達にとっても、思わぬ勉強になったのだった。

 普段から店を利用している隊員達の方も、裏方の苦労を理解した様子。今後は無茶な注文をする者も減るはずだし、実に有意義なイベントであったと言えるだろう。

 思っていた以上に副次的効果のあった文化祭は、丸二日に亘って開催され、つつがなく終了したのだった。




 そして、運命の体育祭が始まる。

 ここ二日間、買い食いを楽しんだミリム。

 そのお守に疲れ果てた俺。

 そんな俺達の前には、ニコニコとした笑顔のシュナが立っていた。

「リムル様、それにミリム様も。今日、この日の為に、この服を用意いたしました! 是非ともこれを着て、私達の事を応援して下さいね!」

 手渡されたその服を広げてみると、Vネックのノースリーブトップスと、ひらひらのミニスカートだった。

 アレだ。

 チアリーダーが着ているヤツである。


 ————っていうか、待て待て待て!!


 これを俺に着ろ、だと?

 昨日だって、メイド服を着て接客させられたんだぞ!

 ミリムに付き合わされて、大変だったのだ。俺だけでなく、シオンやシュナも同様だ。

 四人がメイド服で接客したせいか、その日の売り上げはヤバイ事になったけど。長蛇の列で、昼から夕方まで休みなく働かされたのだ。

 羞恥心を感じる暇もないほど忙しかったので、ある意味、気分は楽だったけど……だから問題ない訳ではない。断じて。

「ちょ、ちょっと待っ————


「わはははは! これは動きやすいのだ!」

「まあ、よくお似合いですわ、ミリム様!」

「本当に! とても可愛いです」

 俺が制止しようとした時には、既に手遅れだった。

 ミリムがあっという間に着替えており、それを見たシュナとシオンが絶賛し始めたのだ。

「リムルよ、お前も早く着替えるのだ!」

「いやいや、だから俺はね? 元は男————


「ワタシとおそろいが嫌なのか?」

「だから、そういう話じゃなくて!」

 大河のようなこの流れを変えるには、俺はあまりにも無力過ぎた。


 というか、あのアイドルの服を着て以降、隙あらばシュナが、俺に女子用の服を着せようとしてくる気がする。

「うふふ。応援してくれるという約束ですものね、リムル様!」

 その笑顔を見て、俺は思った。

 もしかしてシュナにも、ストレスが溜まっていたのかもしれないな、と。

 アイドル活動の時もそうだったが、シュナは意外と、こういう服装に抵抗がない。今回も快く体操着を着ていると、そう思っていたのだが……もしかしてそれは、俺の勘違いだったのではあるまいか。

 俺にこういう服装をさせたいが為に、敢えて自分も————

 だとしたら、俺に断る道など残されてはいないだろう。

 ベニマルが、憐れむような視線で俺を見ていた。

『見てないで助けてくれよ!』

『無理です。諦めて下さい……』

 ベニマルやソウエイでは、シュナが相手の場合は頼りにならない。そう悟った俺は、世の中の無常を味わいつつ、諦めてチアリーダーの制服を手に取ったのだった……。


 体育祭は大いに盛り上がった。

 結果も予想外となる。シオンやシュナ、ハルナさんやソーカ達まで巻き込んだ女子勢によるチームが、障害物競走で優勝したのだ。

 いや……シオンが参戦した時点で、この結果は妥当なものなのかも。他の男子勢が不甲斐ないとも言えるのだが、ガビル達ではシオンを制するには力不足だったのである。

 まあ、仕方ない。

 次の機会があるならば、その時はもっと入念に準備させて、適切なチーム分けを行おうと思ったのだった。

 大熱戦を繰り広げた彼女達の勇姿も素晴らしかったが、それを応援する俺やミリムの声援も、体育祭を盛り上げる一因となったのは間違いない。

 ともかく、当初の目的は果たせた。学生達はストレスを発散させて、今回のイベントは大成功の内に幕を閉じたのである。




 ちなみに————

 こうしたイベントが続いたせいで、————魔国連邦テンペストでは新たな娯楽が誕生する事になる。

 人知れず、人気投票が開催されるようになったのだ。

 その結果、俺、シュナ、ミリムが三大アイドルと称されるようになるのだが……俺がその事実を知るまで、まだまだ時間を必要とするのだった。

 活動報告も更新しましたので、そちらも確認してみて下さい。

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