番外編 -未知への訪問- 15 竜機外装
「ヴェ、ヴェルドラさーーーーーん!!」
という自分の叫びで、カルマンの意識は覚醒した。
あの異常で理解不能で人懐っこい、傲岸不遜な男。
そんなヴェルドラが業火に包まれる様を夢に見たのだ。
「ヘッ、俺らしくもねえ。思った以上に俺は、あの人に頼りきっていたようだぜ……」
そう呟いてからカルマンは、自分達の置かれている状況を思い出した。
人の心配をしている場合ではなく、カルマン達も依然として危険な情況にある。
だからカルマンは、一先ずヴェルドラの事は頭から追いやった。
(今俺が、あの人の事を心配しても仕方ねえ。既に六連暴爆帝は発動しちまったみたいだしな――)
遠くに轟く悪魔の咆哮。
それは、特異連環障壁に封じられた膨大な熱量が荒れ狂う音。
障壁を軋ませ、外部の空間にまで影響を与えているのだ。
あの恐るべき超兵器を前にしては、流石のヴェルドラでもどうにもなるまい。カルマンはそう思ったが、それを口にはしない。
それでもヴェルドラなら、ヴェルドラさんならなんとかしてくれる――と、心のどこかで希望を残したかったからだ。
口にしてしまえば、その希望が潰えそうに思ったのである。
カルマンは意識を切り替えて、現状を確認する。
どうやら意識を失っていたのは短い時間だったようだ。
脳内の時計で確認すると、地面に衝突してから三分も経過していなかった。
時間を確認すると同時に、自分のコンディションも把握する。
「マジかよ……」
思わず呟くカルマン。
脳内の表示には、『オールクリア』の表示。
ダメージを受けた箇所は赤字で表示されるのだが、全ての数値は青色――問題なし――を示していたのだ。
これには流石のカルマンも、どれだけ頑丈なんだよと絶句する他ない。
自分の無事はわかったが、部下達はどうなのか?
そう思い、周囲を見回すと……。
いまだ意識の戻らぬ部下達の姿を発見出来た。
「おうお前ら、無事か?」
カルマンが声をかけると、呻くような反応があった。
多少の怪我は見受けられるものの、全員が無事であるようだ。
「痛ててててって、痛くはないですな。完全な機械化兵というのは、こんな時には便利ですね」
「その分、些細な事でもメンテナンスが必要になるんだよ。ザザさんなんざ気合で隠し通していたようだが、ありゃあ、身体のアチコチが機能停止していたようだぜ。ヴェルドラさん達に改造してもらっていなけりゃあ、どの道、長くは保たなかっただろうぜ」
「そうですな。しかし、それも無駄に……」
「馬鹿野郎! 迂闊な事を言うんじゃねえ!! ヴェルドラさんがいるんだ、無事に決まってらあ!」
カルマンの一喝で、部下達は押し黙った。
そして顔を見合わせ、頷き合う。
「そうですな。その通りです!」
「ああ、諦めるのはまだ早い。俺達は、俺達に出来る事をするまででさあ!」
「おうよ。それを理解したなら、さっさと強化外装を探し出すぞ」
カルマンの命令で、皆が一斉に動き出す。
壊れているのでは? などと反論する者はいない。
この、脅威溢れる不毛の荒野を脱出するには、移動手段の確保が必要不可欠。
それが不可能ならば、救助を待つしかない。
その為にも、最悪でも通信手段を用意する必要があったのだ。
強化外装は壊れているだろう。
しかし、壊れた船の残骸を含めて備品を掻き集めたならば、この状況を打破するキッカケが生まれるというのがカルマンの思惑だった。
皆もカルマンとの長い付き合いで、言われずともそれを悟ったのである。
しかし――
動き出した彼等は、直ぐにその動きを止める事になった。
「――本当、念の為に確認に戻って良かったわ。一人も死んでいないなんて、虫のようなしぶとさね」
「いやあ、驚きです。オレっちのデータでは、九十九.九%の確率で死亡しているはずだったんですがね。それが全員生き残るなんて、こりゃあ有り得ないっすわ。ねえカルマンさん、どんなイカサマを使ったんですか?」
早速とばかりに脅威が――ジギルとライツ、そしてその部下達が姿を現したのだ。
「チィ、振り出しかよ」
カルマンは舌打ちする。
せっかく危機を乗り越えたと思ったのに、安心するのは早過ぎたようだ。
「ライツの言う通りね。カルマン、貴方達の身体に興味が湧いたわ。思った以上に優れた技術なのかも知れないし、都市まで大人しく付いてきなさい」
「ハンッ! どうせ都市で俺達を殺して、解体するつもりなんだろう?」
「ここで殺して、死体を持ち帰って調べてもいいのよ? 大人しく付いてくるなら命は助けてあげてもいいわ」
誠実そうな表情で言うジギル。
しかし、カルマンはそれを笑い飛ばした。
「馬鹿にすんなよ? 俺達を生かしておく理由がねえ。抵抗されると面倒そうだから、俺達を騙そうとしている。そうだろ? アンタの目は、俺達を人間とは思っていない目だ。どうせ殺されるなら、最後まで抗ってやるさ!」
「おうよ!」
「俺達の意地を見せてやらあ!!」
カルマンの気勢に、部下達も応じる。
それを聞き、ジギルの表情が消えた。
「理解に苦しむ。やはり人の思考は難しいな」
「そうですね、ジギル。面倒なんで、殺しちゃいますね」
ライツも陽気そうな表情を消し、カルマン達を品定めするように冷たく見やり、言う。
異質。
それが、ジギルやライツ達の本性。
人に似て人ならざる、生体改造人間なのだ。
◇◇◇
戦いは唐突に始まった。
しかし、襲われたのはカルマン達ではない。
ジギル達だ。
突如その場に巨大な生命体が出現して、ジギル達に襲い掛かったのだ。
「超獣かよ! 今の内だ、さっさと隠れるぞ」
いや、それは単なる偶然だったのだろう。
船の爆発に引き寄せられた超獣が、獲物を見つけたに過ぎないのだ。
だがそのお陰で、カルマン達は九死に一生を得た。
ジギル達の注意が逸れた一瞬の隙をつき、船の残骸に隠れる事が出来たのである。
『お前等、熱源は切ったか?』
『勿論でさ。こういう時には、機械化兵の隠密機能は便利ですな』
『よし! それじゃあさっさと、強化外装を探すぞ』
と、『念話回線』で会話する。
そして探索に関しても、カルマン達には見つける算段があった。
遠隔操作が可能なだけあって、特殊な"思念波"で各自専用の機体との繋がりが残っていたのだ。
それが壊れていないという保証にはならないものの、希望は残る。
カルマン達は気配を隠しつつ、静かに作業を進めていく。
一方、ジギル達は。
多数の超獣を前に苦戦を強いられていた。
苦戦、というよりも苦労、だ。
補給運搬艦が健在ならば、超獣に襲われる事はなかった。
仮に襲撃されたとしても、最低限の武装として大出力ビーム砲が搭載されている。なので何の問題もなく、超獣に遅れを取る事態にはならなかったのだ。
だが今、ジギル達に武装はない。
対機械化兵としては破格の強さを持つ生体改造人間ではあるが、広範囲の殲滅攻撃手段を持たないのが弱点なのだ。
対個人用に特化したプラズマ砲では、超獣に致命的な一撃を加えられない。
超獣の再生能力が高過ぎるせいで、大型種には通用しないのだ。
負けはしないまでも、集っている超獣を倒し尽くすには時間がかかるだろう。
ジギルはそれを忌々しく思う。
「浄化装置如きが、私達の邪魔をするな!!」
ジギルは叫びつつ一体の超獣の頭を蹴り飛ばし、直径一メートルを超すプラズマ弾を連続で叩き込む。
ジギルやライツの火力ならば、超獣を始末する事も可能だった。
その為、自然と部下達が囮となり、トドメをジギルとライツが行うという図式が出来上がっていた。
そんな情況でも、ジギルはカルマン達を目で追っている。
上手く残骸に隠れ潜まれてしまったものの、追跡を諦めた訳ではないのだ。
この荒野には岩場もあるので、時間をかければ本当に逃げられてしまう。
身体のメンテナンスも脳へのエネルギー補給も不可能なこの場所から、通信手段の取れる場所まで落ち延びられるとも思えないが、それでもカルマン達のしぶとさを見縊りはしない。
歴戦の戦士たるカルマン一味を、このまま野放しにするという選択はない――それがジギルの判断なである。
腹立たしさはある。
人間をベースにしているので、感情を有しているからだ。
だがしかし、それが作戦行動に影響を与える事はない。
それが、生体改造人間の特徴なのだ。
だからこそジギルは、焦らずに淡々と超獣を処理しつつ、カルマン達に迫るのだ。
カルマンはそれに気付いている。
探索を部下に任せ、自分はコッソリと戦場を窺っていたのだ。
部下達と『視界連結』する事で、かなり広範囲の視野を確保出来ていたのである。
普通に考えればとんでもない機能だが、カルマンは悩まずに使いこなしていた。
そこが、ザザとカルマンの違いである。
カルマンは、難しく考えたり悩んだりしないのだ。
そして、そんなカルマンの視界に、見覚えのある超獣の姿が映った。
「アイツは……」
と、誰にも聞こえぬような小声で呟くカルマン。
その超獣は、真紅の頭部を持つ大蛇。
ヴェルドラに撃退された、あの人型になった超獣だったのだ。
『お前等、探索を続けておけ。俺はちっとばかし野暮用が出来た』
「隊長?』
『まさか、あの超獣を――?』
『そいつは危険です!』
『ここは大人しく隠れているのが正解ですぜ!?』
部下達も視界を共有しているので、カルマンの考えを悟ったようだ。
慌ててカルマンを諌めるも、カルマンは首を横にふる。
『確かにその通りだ。だがよ、俺はアイツを見捨てる事は出来ん。だってアイツは、ひょっとすると俺の――』
もしかするとあの超獣は、恋人のシャルルだったかも知れぬのだ。
それを口には出来ないが、カルマンの決意は固かった。
『――後は任せたぞ!』
そう皆に伝えるなり、カルマンはその場を飛び出した。
迂回し、場所を特定されぬように気を配りつつ、岩場の影に潜むカルマン。
残された部下達も、直ぐに気を取り直し作業を再開する。
今自分達に出来る事を行ってこそ、この危機を切り抜ける唯一の手段であると信じて。
そして、ジギルが特大プラズマ球を生み出し大蛇の真紅の頭部へと向けて放とうとした正にその時――
「させるかよ!」
――カルマンが飛び出し、特異連環障壁で防いだのだった。
◇◇◇
突然のカルマンの乱入だったが、しかしジギルに動揺はない。
それはライツも同じく、そうなるだろうと予想していたような反応だった。
「チッ、少しくらい驚くかと思ったんだが……」
カルマンの軽口を、ジギルは鼻で笑って言う。
「フフッ、これだけの至近距離まで接近されて、私が気付かない訳がない。貴様が何をしようとしているのか、こちらも様子を窺っていたのよ」
「いや、でも驚きでしたよ? まさか超獣を、こんな道具でしかない浄化装置を庇うなんてね。不意討ちを狙っているのだとばかり思ってましたわ。お陰で、オレっちの攻撃が無駄になりました」
ジギルはカルマンの接近に気付いていた。
だからライツは、ジギルを囮にしてカルマンを狙い撃つつもりだったのだ。
音速を超える速度で移動する者を、視認してからの射撃は困難だ。なので、移動先を予測して射撃するのだが、今回は見事に予想を外してしまった。
カルマンがジギルに向かわず超獣の前に出るなど、流石のライツにも予測出来なかったのである。
「ヘッ、そいつは悪かったな。だがよ、俺にも事情があるのよ。俺は恋人のシャルルを守ると誓った。だからよ、二度とその誓いを破りたくねーのさ」
そのカルマンの言葉に、大蛇の真紅の頭がピクリと反応した。
それは微かで、誰も気付かぬような小さな反応だったが、確かにカルマンの言葉が聞こえたような反応だったのだ。
だがジギルには、カルマンの言っている意味が理解出来ない。
「馬鹿なの、貴方? その話と、貴方がその超獣を庇った事に、どういう繋がりがあるというの?」
故に、カルマンを視認して攻撃準備を行いながら、嘲るように問うのだ。
それはジギルなりの戯れであり、カルマンの返事に興味はない。
返答がなくても構わないという、単なる時間稼ぎである。
しかし、カルマンは律儀に答える。
「馬鹿なのかもな。だがよ、超獣って存在の中には、俺の同郷者がいるかも知れないんだ。浄化装置と言ったな? お前さんは、超獣の秘密を知っているんじゃないのかい?」
そのカルマンの返答を聞き、「ああ、そうね」とジギルは納得した。
「そう言えば、ゼクスを利用したのは機密事項になっていたわね」
「ああ、本当ですね。オレっちも知りませんでしたよ。裏の仕事を任される特殊工作部隊の隊長だったオレっちも知らないんだから、逆にカルマンさんがどうしてその事を知ったのか疑問ですわ」
「ま、どうでもいいわね。ここで貴方は殺すんだし、それが都市の住民にまで伝わりはしないでしょう」
疑問は残るが、それはジギルにとってはどうでもいい話であった。
そしてジギルは構えを取る。
準備は終わっていた。
格闘戦に特化するように身体を作り変えたのだ。
カルマンも油断せず、ジギルとライツから視線を逸らさない。
ライツの部下達は超獣の相手をしているが、そちらにも注意を怠りはしない。
カルマンには勝算がある訳ではなく、部下が強化外装を発掘するまでの時間稼ぎを行うつもりなのだ。
だが、希望がない訳ではない。
それはヴェルドラの言葉――「カルマンよ、貴様とザザの機動躯体は、ミッシェルの身体を『解析』して参考にしておる。使いこなせば、魔王級に匹敵するであろうよ」――を信じるならば、四甲機将を相手にする事も出来るという事なのだ。
魔王級とか意味のわからぬ言葉もあったが、それは気にしたら負けだとカルマンは割り切っていた。
だからカルマンは、最後まで諦める事なく戦うのだ。
「ライツ、カルマンは私が相手をします。貴方はさっさと邪魔な超獣を片付けなさい!」
「はいはい、了解ですよ!」
ジギルは上位者としてライツに命じ、ライツはそれに従い部下達を纏めて超獣に向かう。
「させねーよ!」
陽動と割り切り邪魔をしようとするカルマン。
しかし、それはジギルによって阻まれた。
必然、カルマンとジギルは向かい会い、そして両者は激突する。
激しくも一方的にジギルが攻める。
カルマンは脳内表示の警告に従い対応するも、所詮は付け焼き刃。重火器を操る事に長けてはいるが、格闘戦は得意ではないのだ。
短い時間で、戦いの趨勢は決しようとしていた。
「フフフ、思った以上にやる。私の蹴りで死ななかったから不思議に思っていたが、やはり貴様、再改造を受けていたのだな」
「ああ。だからよ、だんだんテメーの動きにも慣れてきたぜ」
ハッタリである。
カルマンは確かに、少しは反応出来ていた。
しかしそれは、機体性能に頼っての荒業。
本格的な機導術式ではなく、生前に訓練を施されただけの軍式格闘術しか扱えない。それでは、機械化兵同士の戦闘には大して役に立たないのだ。
今もまた。
高出力熱線砲をジギル目掛けて撃ったカルマンだったが、その全ては未然に回避されてしまう。
舌打ちするカルマンに、ジギルは失笑しつつ言う。
「無駄だわ。まるで大人と子供みたいね。貴方の機体性能を見極める為に少し付き合ってあげたけど、もう十分にデータ収集出来た。その程度の格闘術で私とやり合えた事からも、機体性能は四甲機将に匹敵する程に優れているのでしょう。でも、それだけ。それ自体は驚きだけど、貴方そのものは脅威ではないわ。だって、ほら――」
そう言葉を残し、ジギルが消えた。
そしてカルマンの背後に出現し、背中に蹴りを叩き込んだのである。
「グハァ!」
地面に叩き付けられるカルマン。
脳内表示でジギルの動きを把握していたカルマンには、今何が起きたのか理解は出来ている。
それは単純な技、超高速移動だ。
俯瞰したように脳内表示で自分の身体を眺めていたカルマンには、ジギルが瞬間移動して背後に出現したように視えている。
その速度は、音速の二倍。
まだまだ全力を出しているようには見えないのに、その速さだ。
今までの常識を超える次元での戦闘、それをカルマンは身を以って理解したのである。
重火器の速度は、精々が音速レベル。
飛行戦闘もこなすカルマンだが、相手の動きを予測して火力を叩き込む事で成り立っていた。
光学兵器の類は回避不能だが、それは相手の動きから射線と発射タイミングを予想する事で、回避していたのである。
しかし今、完全にこちらの動きを上回る速度で動く敵を前にして、これまでの戦法がまるで通じない事態となっている。
「戦闘型機械化人間には、実弾兵器は無意味。この意味、貴方も十分に理解しているでしょう?」
ジギルに言われずとも、カルマンも知っていた。
常識だ。
戦闘型機械化人間を倒すには、光学兵器を使用しなければならない。何故なら戦闘型機械化人間は、弾速よりも速く動けるからだ。
熟練の戦士になると、ビーム兵器でさえも発射前に対策可能。
ジギルはその事を言っているのである。
そしてまた、熱線砲も粒子砲に比べると遅い。戦闘型機械化人間なら、回避可能な程に。
超高熱プラズマもまた、エネルギーを収束させるのに時間がかかる。その上近距離兵器である以上、接近して浴びせかける必要があった。
出来上がった球状プラズマには、触れるものを焼き尽くす威力がある。しかし、高速戦闘時には使い所のない兵器なのだった。
だからこそ、超高速戦闘を真骨頂とする機導術式が生まれたのだ。
それを知る者と知らぬ者、両者の機体性能が互角でも、その差は大きい。
カルマンの機甲化分隊は、広範囲殲滅用の光学兵器も操れた。
戦闘型機械化人間に接近される前に叩けるからこそ、互角と見做されていたのである。
しかし、視認出来る位置まで接近されてしまっては、機甲化分隊は戦闘型機械化人間に蹂躙されるしかない。
今のカルマンが、ジギルに対して為す術がないように……。
しかしカルマンは諦めなかった。
必死に武装一覧を読み漁り、何とかジギルに通用しそうな武装を探し出した。
「クソったれ! だがよ、コイツならどうだ!」
そう叫びつつ、奥の手を放つカルマン。
両腕を交差させ前方に突き出し、発射する――中性粒子ビーム砲であった。
本来ならば機動外装を着用して扱う武装なのだが、今のカルマンでも使えない訳ではない。
出力不足なので本来の威力に遠く及ばないものの、その速度は光速の八十%以上。音速の二倍も出ない熱線砲などとは比較にもならない、戦闘型機械化人間にも十分に通用する光学兵器なのだ。
右腕と左腕を通して加速された、性質の異なる粒子が混ざり合い、必殺の一撃へと昇華され――なかった。
「遅い!」
一喝の下、カルマンは強烈な衝撃によって吹き飛ばされたのである。
粒子は霧散し、カルマンの奥の手は潰えた。
横たわるカルマンを睥睨するジギル。
「死ぬ前にレクチャーしてあげるわね。ビーム兵器であれ何であれ、必殺の一撃というのは、相手が動けなくなった事を確認してから放つのよ。言うまでもないけど、相手が大技を使った後は狙い目ね。だって貴方、バリアを張るエネルギーも残していないでしょう?」
そう言って笑い、ジギルはカルマンに向けて手を翳す。
絶体絶命、カルマンは終わりを悟った。
ジギルに言われて気付いたが、確かにジギルはカルマンとの戦いでプラズマを使用していなかった。
カルマンは今までの戦い方通りに、フェイント目的で乱用している。
(そうか、このレベルでの戦いじゃあ、無駄撃ちは悪手だったのか……)
気付いた時には手遅れ、カルマンが再び動けるのは二秒後であり、それはジギルがカルマンにトドメを刺すのに十分な時間であった。
「クソったれーーー!」
「さよなら、カルマン」
閃光。
そして、カルマンは光に包まれ――
「――何ッ!?」
ジギルが慌ててその場から飛びのいた。
地面を焦がすのは、強力な酸の雨。
いや、それは酸ではなく、猛烈な毒素を含んだ紫色の超獣の血だった。
「お、お前……」
カルマンが庇った超獣が、今度は逆にカルマンを庇ったのだ。
そして――
蛇の瞳孔に、人の崇高なる意思の光を灯して、カルマンに何かを伝えようと口を開いた。
「――が、ガルまン……」
その化け物へと変貌した少女の口から、懐かしい響きでカルマンの名が洩れ出た。
「まさか、シャルル? シャルルなのか? お前は本当に――」
それは奇跡。
百年の時を経て、カルマンは再び恋人だったシャルルと出会えたのだ。
だが、しかし――
「ガるマン……ワ、わた、じ――」
胴部分から下が千切れ、紫の液体が地面を濡らす。
千切れた先の胴体は、爆散して跡形もない。
最後の役目とばかりに、ジギルに向けて毒酸腐血を撒き散らして……。
その立ち込める血の霧は全てを溶かす性質があり、ジギルも迂闊に踏み入れぬようだ。
しかしカルマンには、そんな事は関係なかった。
ジギルの事など、いや、この戦場の事など全て忘れて、目の前の歪に変質した少女を抱きしめる。
毒酸がカルマンの腕を焼くが、それすらもどうでも良かった。
「――約束、守っデくデたのネ……。嬉しがった、本当ニ。好き。大好き。だから、生きてね――カルマン――」
最後に、無理矢理に口を動かして、大蛇――超獣へと変質させられた少女――シャルルは、カルマンの名を呼んだ。
「おい、シャルル! せっかく会えたんだ、諦めるんじゃねえ!!」
「ええ……会えた。諦めなくて、良かった――」
再会の時は短かった。
願いは叶ったわ――と、シャルルは呟き、その手から力が抜け落ちる。
静かに瞼が閉じられ、その蛇のような瞳孔を隠す。
真紅の長髪がドロリとした血のように、シャルルの額から流れ落ちた。
「う、うう、うおおおおおおおーーーーーーッ!!」
カルマンの慟哭が響く。
そして――
《――確認しました。着装者の求めに応じ、同調を開始します》
――カルマンの脳内に機械音が響く。
それはとても冷たく響き、カルマンの頭を急速に冷やした。
同時に地面が割れ、壊れているはずの機動外装が出現する。
《着装者の要望に応え、各種制限を解除します。『自己修復』機能が『超速変異修復』機能へと書き換えられました――これより修復を開始します。周囲の物質を取り込みますが、宜しいですか? YES/NO》
周囲の物質――それが指し示すのは、カルマンが抱くシャルルだ。
カルマンは一瞬だけ目を閉じて躊躇し、唇を噛み締めて決意する。
「――YES、だぜ。 いつまでも一緒だよ、シャルル。一緒に、恨みを晴らそうじゃねーか」
カルマンのその小さな呟きは、誰にも聞かれる事なく空に拡散する。
しかし。
そんなカルマンの意思は、この世界の物理法則を上回る存在が生み出した超兵器へと、確かに伝わった。
《承諾を確認しました。虚ろなる器に"脳"を保存――続いて、"魂"の注入を開始します……成功しました――これにより、今後私は"シャルル"として、着装者であるカルマンを補助します。宜しくね、カルマン!》
目を剥くカルマン。
しかしそれも一瞬で、カルマンは直ぐにいつもの調子に戻り、口元に不敵な笑みを浮かべた。
泣くのは自分らしくない。
それよりも今は……。
「おうよ、シャルル。いつまでも一緒だぜ――」
変質修復は終了した。
――そして二人は、合体する。
空中に舞う血の霧が晴れた。
そこに出現したのは先鋭的な機体ではなく、竜のようなシルエットを持つ紫の機体。
カルマンに止めを刺そうとしたジギルは、その姿を見て思わず足を止めた。
「――何だ? その姿は一体……」
その背には翼、その尻の先からは尻尾が生えている。
竜機外装――それが、大蛇型超獣の特徴を取り込み変異した、破壊者の姿であった。
そしてその性能は――
「いくぜ、ジギル。お前を倒し、ついでに帝国もぶっ潰してやる。そして、俺達で新しい国を創るんだ!」
「笑止! 夢物語は、死んでから好きなだけ見るといいわ!」
――そして再び、両者は激突する。
宣伝:
書籍版六巻の予約が開始したみたいです。
今回は特装版の小冊子用に、SSを一本だけ書いております。一本だったけど、文字数は一万文字近いのですけどね!
特装版と言ってもお値段は一緒なので、是非とも探してみて下さい。
(多分、早い者勝ちになりそうです)
コミック用にもSSを一本書きました。
こちらは一緒に収録されるので、慌てなくても大丈夫です。
発売日頃には活動報告にて紹介出来るかと思うので、楽しみにお待ち頂けると幸いです!




