番外編 -未知への訪問- 10 悪意の発露と超獣来襲
機械化帝国アルムスバイン帝都――バルゼフォンにて。
ヴェルドラとミッシェルが邂逅した丁度その時、皇帝アルムスバインの名で召集された頂点会議が催されていた。
集った者は六名。
皇帝、アルムスバイン。
宰相、フュードラ。
東部都市総督、クリストフ大将。
西部都市総督、アルヴィン中将。
北部都市総督、アーミット少将。
南部都市総督代行、ジギル准将。
――帝国の最高権力達。
フュードラ宰相が立ち上がって一同を見回し、会議の始まりを宣言。
それを受けて、皇帝アルムスバインが重々しく口を開いた。
「――ミッシェルはおらぬのか」
それは本題ではなく、娘の不在を憂う声。
それに応じたのは、ミッシェルの副官たるジギルである。
「恐れながら、陛下。ミッシェル様は、裏切り者の粛清に出向いております」
「ふむ。良いのだ、責めてはおらぬ」
アルムスバインは言葉少なにそう言った。
その声からは感情が窺えず、皇帝が何を考えているのか誰にもわからない。
それはジギルも同じであり、代理としてこの場にいる事に、途轍もない重圧を感じていた。
ジギルとて、数少ない将官の一人。
だが、ここにいる者達は"格"が違う。
帝国を統べる皇帝。
その頭脳で帝国を支える、皇帝の腹心たるフュードラ宰相。
そして――
ミッシェルと同格である各都市の総督にして、最強たる四甲機将の面々。
ジギルが緊張するのも無理はない面子であった。
「陛下の招集に応じぬのはいささか問題ですが、連絡が行き違いだったのだとか? それでは責められぬでしょうな」
フュードラ宰相がそう取り成して、本題に入った。
「では、失礼して。皆様に今回集まってもらったのは、時期がきた事をお伝えする為です」
「時期だと? それはなんの話だい?」
「はい。それでは説明いたしましょう」
無言のクリストフに代わり、アルヴィンが問うた。
クリストフは英雄である。
大戦の最中、軍を率いて戦った生粋の軍人。
その後、親友であるアルムスバインと志を同じくして、彼が皇帝に就くのを助けた男だった。
アルヴィンはアルムスバインの息子であり、ミッシェルの兄にあたる。
陽気で優秀。
こうした会議の場では、いつもアルヴィンが率先して質問する。
物怖じしない性格で、ムードメイカーなのだ。
「実は、極秘で進めていた計画が幾つかあるのですが、それらが結実し始めたのです。特に、第六を犠牲にして実験中の汚染除去作業ですが、実に順調ですぞ。地下部分の洗浄は大方終了して、そろそろ地上部分へと移ろうとしております」
そう説明しながら、薄く笑うフュードラ宰相。
説明を受けている一同は意味がわからず、戸惑った表情をしている。
「待て、フュードラ。それはどういう意味だ? 第六を犠牲――!?」
フュードラの言葉に不穏な空気を感じたのか、慌てたようにアルヴィンが聞き返した。
クリストフも黙したままだが、その眼光を鋭く光らせている。
アーミットは顔を伏せたまま、会議の冒頭から姿勢を崩していない。関心があるのかどうか、それさえも不明であった。
そしてジギルは、フュードラの言葉に驚愕していた。
第六――それが意味するものは、第六の都市以外に思い浮かばない。
とすると……。
「フフフ、皆様もトボケルのがお上手ですな。綺麗ごとは結構、気付いていたのでしょう? 帝国を磐石なものとする為に、百億の人間に犠牲になってもらったのだ、と。たかが五千万の住民を犠牲にしただけで、何をそんなに驚いているのです?」
狂気を感じさせる笑みを浮かべ、フュードラは悪びれもせずに言う。
それに激昂して立ち上がったのはジギルではなく、アルヴィンだった。
「貴様! 自分が何を言っているのか理解しているのか!?」
憤怒の表情で叫ぶ。
アルヴィンもミッシェルからの相談を受け、疑惑の目で内偵を進めていた一人だった。
今まで証拠を掴めずにいたのに、まさか黒幕から堂々と宣言されるとは、アルヴィンにも思いもよらぬ出来事だったのだろう、とジギルは思う。
そんなアルヴィンを宥めたのは誰あろう、実の父たる皇帝アルムスバインその人だった。
「落ち着くのだ、アルヴィン。第六での実験を指示したのはワシじゃよ。フュードラを責めるでない――」
そう言って、いきり立つアルヴィンに座るように合図する。
アルヴィンは「しかし……」と不承不承ではあったが、皇帝の指示に従い着席した。
「クックック、流石は陛下。このフュードラ、陛下の御覚悟に感服いたしましたぞ!」
そんな皇帝にフュードラが言う。
その顔には嫌らしい笑みが浮かんでおり、その言葉が本心ではないのが明白であった。
皇帝に対するには、余りにも軽薄な態度である。
流石に不快に思ったのか、アルヴィンだけではなくクリストフまでフュードラに鋭い視線を向けた。
そして注意を促そうと口を開きかけたその時――
「――しかし、フュードラよ。その話を公示するには、まだ時期尚早であろう? 何故、それを暴露した? 余の名で皆を集めたのは、それが目的だったのか? 貴様は一体何を考えておる!!」
威厳ある声で、皇帝自らがフュードラを詰問した。
百年以上の長きに渡り帝国を支配している皇帝を前にしては、誰もが頭を垂れるしかない。
そう、本来ならば……。
だが今、フュードラは不敵な笑みを浮かべたまま、傲岸な態度を崩さずにいる。
「大袈裟な事など何も。ただ……」
「ただ? なんだというのだフュードラ?」
「陛下には、そろそろ楽になっていただきたいと、不肖この私はそう考えておるのです」
「不敬だぞフュードラ!!」
フュードラの物言いに、黙って話を聞いていたクリストフが怒鳴った。
英雄であるクリストフの烈火の如き怒声を浴びても、フュードラは一切表情を変える事はなかった。
平然とクリストフを見返し、言う。
「英雄クリストフ。貴方も陛下の御心を知る者の一人でしょう? 破滅に向かう世界から人口を間引き、適正で優秀な者のみを生かす。世界の安定を待ち、自分を大罪人として新たなる指導者に断罪させる。その素晴らしき自己犠牲の御考えを――」
フュードラの放ったその言葉は、その場を凍りつかせる一言だった。
「――ムッ!?」
「なんだと。それは本当ですか、父上!?」
「そんな、まさか……」
各々に動揺が走った。
そしてその時を見計らっていたかのように、フュードラが立ち上がり恍惚とした表情で語り始める。
「もう宜しいでしょう、陛下? 皆様にもお伝えし、そろそろ楽になられたら宜しい!」
「馬鹿な、狂ったかフュードラ!? まだ世界は汚染されていて、安定には程遠い。今はまだその時では――」
「黙れ、老害め!! オレがこんな手段を取らざるを得ないのも、貴様が無限機関を独占しておるからだろうが!! あの夢の機関さえあれば、全てのエネルギー問題が解決する。それなのに貴様が……!!」
「何を言う!? あれは不完全だったと説明したではないか! 夢だったのだよ、フュードラ。我々人類には、アレは手に余る代物だったのだ!!」
「黙れっ!!」
突然狂ったように叫んだフュードラは、急に冷静さを取り戻した。
そしてその顔に邪悪な笑みを浮かべる――
「陛下、貴方が悪いのですよ?」
密やかに進めていた最終計画が今、フュードラの目の前で発動したのだった。
それは同時に起きた。
最初に動いたのはアルヴィンだ。
狂気すら感じるフュードラを取り押さえようとして立ち上がり、一歩前進。
四甲機将としての高い性能を、機導術式にて完璧にコントロール。生じる衝撃波すらも見事に消し去り、疾風となって駆ける。
だが、それこそが合図となった。
最初に動いた者を標的とする、それがフュードラとその者との取り決めだったのだ。
その者とは、アルヴィンと同格たる四甲機将の一人――アーミット少将。
故に、背を向けた姿は隙だらけであり、アーミットの攻撃はアルヴィンの頭部を穿つ。
エネルギーは振動となり、アルヴィンの脳へと到達。
その直後、アルヴィンの頭部は、電子レンジで加熱された卵のように破裂した。
「君が最初に動いてくれて良かった。実は私はね、君が嫌いだったんだよアルヴィン」
皇帝の弟にして、北部都市総督であるアーミット少将。
しかしその心は優れた兄への嫉妬で歪み、自分が偉大なる皇帝の弟としてしか見られていないという劣等感に蝕まれていた。
四甲機将の階級としても一番下であり、その事がアーミットの歪みを助長する。
そしてその闇を見抜いたフュードラ宰相の甘言に同調し、今回の凶行へと走ったのだ。
「アルヴィン!? 貴様、アーミット!! なんという真似を……」
叫ぶ皇帝。
それを気にする風もなく、アーミットは笑う。
次なるターゲットは長年のコンプレックスの原因である兄、皇帝アルムスバインその人なのだ。
アーミットの姿が掻き消え、皇帝に迫る。
だがしかし、その凶手は鋼の意思によって止められた。
英雄クリストフ大将。
最強の四甲機将が、アーミットの前に立ち塞がったのだ。
「その男を見捨てて、私に協力しないか? 私が皇帝になれば、貴様をそのまま引き立ててやるぞ!」
「断る。俺の忠誠は、友であり皇帝でもあるアルムスバインのもの」
「やはり邪魔をするかクリストフ? ならば、後悔する事になるだろう!」
激しい攻防が始まった。
最強の機械化兵である四甲機将同士の戦いであり、それに介入出来る者などいない。
ジギルもまた、その戦いに巻き込まれないように避難する。
少しだけ逡巡し、そのまま皇帝の護衛に向かおうとしたのだが……。
「"止まれ、ジギル!!"」
という声によって、ジギルの身体が停止する。
(何ッ!? 動けない――!?)
驚愕するジギル。
「動けまい? お前は私が改造した故、私の命令で自由に動力を停止出来るのだよ。お前程度が参戦したとて意味はあるまいが、邪魔にならぬように大人しくしておれ」
その声の主、フュードラが嗤う。
「フュードラ、何が狙いだ?」
「言ったでしょう、陛下? 私の狙いは、無限機関ですよ。ここにミッシェルが居なかったのは残念ですが、しかしお陰で作戦成功率が高まった。残る四甲機将は、クリストフとミッシェルの二人のみ。この場でクリストフを始末すれば、ミッシェルだけとなる。私の勝ちですな」
「抜かせ。貴様はクリストフを甘く見ておる。身体の性能は同じでも、クリストフの脳力は別格。まして機導術式の開祖相手に、アーミットでは勝てぬぞ!!」
皇帝アルムスバインの言葉には自信があった。
皇帝自身が改造した最強の四甲機将、その中でも特に、クリストフこそが最強の名に相応しい強さを誇るのだ。
現に今、目の前で繰り広げられる戦いでは、アーミットがおされ始めていた。
力の差は明白。
事実、アーミットの張る特異連環障壁も相殺され、じょじょに輝きを失っている。
アーミットが敗北するのは時間の問題であった。
不意打ちでもしない限り、四甲機将を一撃で倒す事など不可能である。
そうした中でクリストフは、慌てる事なくアーミットを活動不能へと追い込んでいるのだ。
しかし、フュードラは余裕の態度を崩さない。
「十分にデータは採取出来た。そろそろいいぞ、殺れ!」
皇帝にも、ジギルにも、そして当の本人にも――何が起きたのか理解出来なかった。
事前に知っていたフュードラとアーミットを除いて、声もなくその光景に見入る。
最強の英雄である、クリストフの胸から生えた手を。
その手の持ち主、先程頭部を破壊されたアルヴィンを。
そして、狂ったように嗤うアーミットを。
「――ば、馬鹿なっ!? 脳を破壊されて、何故……」
致命的な損傷を受けたクリストフが、呆然となりつつ問うた。
それに答えるのは、今まさに頭部の再生を終えたアルヴィンだ。
「簡単な話ですよ、クリストフ大将。僕はね、アルヴィンじゃない。父たるフュードラ様に創造された擬似生命体――生体人造人間なのです。ですが、アルヴィンという人間の遺伝情報とこの機体に備わっていた生体電子計算機などから、彼個人の記憶や技術も全て吸収していますがね。言ってみれば、アルヴィンの生まれ変わり、とでも言えるでしょう」
「ハーーーッハッハッハ! そういう事さ。アルヴィンはこの私の攻撃で死んだふりをして、貴様の隙を狙っていたのだよ、クリストフ。貴様が先に動いていれば、この手で破壊してやったのだがなぁ!!」
「馬鹿な――ッ!?」
「グッ、陛下、申し訳――――」
驚愕、そして動揺する皇帝アルムスバイン。
そしてそんな皇帝を残し、英雄クリストフはその生命活動を停止する。
「なんという、なんという事を……」
嘆く皇帝に、フュードラは冷酷に告げる。
「御安心を、陛下。クリストフは死にましたが、その死は無駄ではありません。より強い生体人造人間となって生まれ変わるのですから」
と。
そしてフュードラは、その手に取り出した球体をクリストフの胸に埋め込んだのである。
「陛下、確かに貴方の作り上げた最高傑作である四甲機将は、素晴らしい性能を有していました。極小自動回復装置による自己再生能力に、特殊合金による強靭な耐久性。空間拡張技術を駆使し、高出力の核融合炉を搭載。その力は、既存の兵器の数倍に達する。何よりも、都市防衛の要である特異連環障壁を個人で所有するという、超弩級の戦闘能力。まさに最強の名に相応しい……。ですが、それも今や過去の話。私の生み出した生体人造人間は、生体由来の柔軟さを持ちます。ほら、その証拠に――」
恍惚とした表情で語るフュードラの前で、倒れていたクリストフが起き上がった。
重要機関のみを取り込み、その他の部位を全て吸収分解して身体を再構築して。
その姿はクリストフのままだが、中身は完全に別物だ。
しかしその記憶と技術は、クリストフの全てを完全に再現している……。
いや――
初老に入りかけていたクリストフの顔が、若き日のそれへと戻っていた。
老化する事のない生体細胞と記憶素子が、クリストフの遺伝子情報を取り込み再現した。その姿は現在のものではなく、若く力に満ち溢れた最盛期の姿を取る。
機械化兵に人の姿など意味はないように思えるが、そうではない。
脳の劣化は、決断力、認識力、そして反応速度の低下を招く事になる。
そうした弱点まで消えた今、クリストフは最強の生体人造人間として生まれ変わったのだった。
だがその心は既になく、その意思はフュードラに従う。
「――初めまして、父上。俺はクリストフ、貴方様の盾であり、剣。なんなりと御命令を」
こうして、最悪の生体人造人間が誕生したのだ。
皇帝アルムスバインは、余りの事態に言葉を失っていた。
もっとも信用の置ける友が目の前で倒れた。
その上、最悪の敵となって復活したのである。
皇帝が混乱するのも無理のない話であった。
「ま、まさかアルヴィンも――!?」
皇帝にもようやく、アルヴィンが裏切ったのではなく秘密裏に作り変えられていたのだ、と理解出来た。
そもそも頭部を失っても再生している時点で、それは明白であったのだ。
「ええ、ご明察の通りです。殿下には協力を断られてしまったので、仕方なく、ね」
「貴様ーーー!!」
「ハッハッハ。言ったでしょう? これも陛下が、無限機関を隠し立てするからですよ。アレさえあれば、全てのエネルギー問題が解決する。その力を以ってすれば、まどろっこしい実験結果を待たずとも、この世界の浄化も成し得るのだ!」
「だからアレは――」
「黙れ! 貴様の悠長な策に付き合うつもりはない!!」
「その通り。私もね兄上、フュードラの言う通りだと思うのです。どうせならこんな穢れた世界の皇帝などではなく、美しい惑星の支配者となりたいではないですか。お互いの利害は一致し、協力を約束したという訳です。ですから、後の事は私に任せて、安心して逝って下さい」
邪悪な欲望に身を任せ、アーミットが皇帝を見た。
クリストフとアルヴィン――二人の生体人造人間は、黙したまま成り行きを見守っている。
その様子を見て、フュードラは自分の野望が半ば達成したと確信した。
時期が来たのだ。
極秘で進めていた計画、その一つが成就した事で。
皇帝自らが改造した四名は、その天才的な頭脳の結晶とも呼べる超技術の塊である。
老いた皇帝では再現出来ぬ事からも、失われた技術と言っても過言ではない。
だからこそフュードラは、それに対抗可能な技術開発を進めていたのだ。
そして、それは完成した。
秘密裏に人体実験を繰り返し、情報を集めた。
そして遂に、フュードラの進めていた生体改造実験に成功したのである。
それを自分に施したのが一月前の事だ。
後は早かった。
内々で協力関係にあったアーミットと共謀し、アルヴィンを誘い出し始末した。
そして、最強の手駒である生体人造人間へと生まれ変わらせたのだった。
そして今。
最大の障害だったクリストフも掌中に納め、残す邪魔者はミッシェル唯一人。
皇帝の弟であるというだけでその地位についたピエロなど、いつでも始末出来るのだ。
「ハーーーッハッハッハ!! 兄上、それではお別れですよ!! 後の事は私にお任せ―――ッ!?」
ふり抜かれたクリストフの拳が、愚かな男の頭を一瞬にして破壊した。
フュードラは満足そうに頷き、その身体を捕食する。
それによって、自分自身をも最強の存在へと作り変えたのだ。
――失われた皇帝の超技術と、自分自身の研究成果の融合によって。
そして老人の姿をしていた宰相フュードラの身体も、若々しい黒髪の青年の姿へと変貌していく。
「フュードラ……貴様……」
呆然と呟く皇帝に、フュードラは寧ろ優しげな視線を向ける。
「陛下、いや、アル先輩。先輩に皇帝なんて、やっぱり無理だったんですよ。後はオレがやります。その知識だけは頂きますが、ね――」
そう言うなりフュードラは、皇帝アルムスバインに永遠の眠りを与えた。
百年に渡って帝国を導いた男の最後である。
「――さてさて、やはり無限機関はミッシェルに隠されていたか。作戦が成功したのは嬉しいが、二度手間になったのは面倒だ。だが……」
そこでフュードラは、ジギルに視線を向けた。
「エサはある。これを利用すれば、労せずとも彼女を手に入れられるだろう」
そう言って、邪悪に嗤った。
「や、止めろ。止めてーーーーー!!」
そして――ジギルの意識は闇に飲まれた。
その願い虚しく、ジギルもまた生体改造人間へと生まれ変わる事になる。
自由意志を奪われた、フュードラの手駒の一つとして……。
こうして、局面は最終段階に入ったのだった。
◆◆◆
――ヴェルドラ達がこの世界にやって来て、五日目となった。
ジュージューと何かが焼ける音が響く。
ここまでくると、誰もが予想出来るだろう。
ヴェルドラだ。
ヴェルドラがまた、アノ鉄板にて肉を焼いているのである。
「ちょおーーーーーぃいい!! アンタ、アンタって人はーーーー!!」
絶叫した人物も言うまでもない。
ザザである。
後続を護衛しつつ駐屯地に入った途端に目にした光景に、つい我を忘れて絶叫したのだった。
「クアーーーッハッハッハ! ザザよ、遅かったな。先に始めておるぞ? だが安心せよ。貴様の分も、ちゃんと残しておいた故に!」
笑顔で述べるヴェルドラ。
言うまでもなく、嫌がらせであった。
食事を摂れないザザを、おちょくっているのだ。
「いい加減にして下さいよ! 大体ね、アンタがそれで何かを焼く度に、とんでもない問題が発生しているでしょうが!! その鉄板って、実は呪われているんじゃないんですか!?」
「失敬な! これは我がオヤツを作るように用意しておいた鉄板で、決して呪いのアイテムなどではないわ!!」
「そうだよザザ。師匠の鉄板は普通の鉄板だよ。でもまあ、そういうのってフラグとも言うけどね!」
「クッハッハ、そんな事を言うなラミリス。本当に何か問題が起きたらどうする?」
「そうだね師匠、気をつける!」
「うむ! それがよかろう」
ヴェルドラとラミリスの会話に、毒気を抜かれるザザ。
そこでようやく冷静さを取り戻し、最大の疑問を抱く。
「大体だな、こんな汚染された場所で、どうやって飯を――」
そこまで言いかけて、ザザの動きが止まった。
頭に血が上って見逃していたが、その場の光景が余りにも異常であると気付いたのだ。
ザザ達はミッシェルと別れた後、張り巡らされた地下通路を辿って地上部へと出た。
ミッシェルの用意した別の隠れ家に向かう為である。
千人近い人数が移動するのだから、その歩みは遅い。
それでなくとも、地上の移動は負担が大きい。
地下通路の拠点毎に隠されていた防護服を掻き集め、全員が着用しているからだ。
宇宙服のような構造となっており、服を脱がなくても一週間は栄養や水分の補給が可能ではある。
だがしかし、機械的な補助があるものの、その重量は着用者に負担を強いた。
大人はまだしも、子供達にとってはより大きな負担となっている。
そろそろ体調を崩す者も出始めたので、一度ゆっくりと休憩を取る事になったのだが……。
そもそも、防護服を着たままでは食事など出来ない。
栄養補給と言っても、それは流動食をストローで摂取するのみ。
服を脱がなくては、今ヴェルドラが鉄板で焼いている肉を食べる事など出来ないのだ。
そしてこの場所は地上部である。
放射性物質や有毒ガスで、大気は汚染されている。
そんな中で服を脱ぐなど自殺行為であり、そんな中で肉を焼くなど、完全に頭のオカシイ人の所業であった。
そのはずなのに……。
今、ザザの目の前で。
子供達が美味しそうに、焼いた肉や野菜を食べている。
(どうなってるんだ、これ?)
と、ザザは唖然とする外ない。
「信じられないが、ザザさんよ。この周囲一帯、何故か汚染されてないみたいだぜ……?」
同じように驚いていた後続護衛のカルマンが、成分分析結果をザザに報告してきた。
ザザは驚き、先行部隊の隊長であるリンドウに事情を聞く。
「り、リンドウ君! これは一体、どういう事なんだ?」
「いやあ、これ、すっごく美味しいですよ!」
「バカヤロウ! そんな事は聞いてねーーーんだよ!!」
「ハハハ、ザザさん。冗談ですよ。いえね、突然ヴェルドラさんが、『せっかくのピクニックだし、ここらでバーベキューでもしようではないか! 天気も最高だしな!』と言い始めたのです」
「やはりあの人か!?」
「ええ。それで、天気がいいとか一体、とか不審に思ったのですが――」
そう言われてザザも、その場が妙に明るい事に気がついた。
機械化された視野だった為、逆に気付くの遅れたのだ。
なんとその場には、長年見た記憶のない光、つまり太陽の光が降り注いでいたのである。
「――まさか、太陽?」
驚いて天を見上げるザザ。
そこには、眩いばかりの光が輝いて見えた。
太陽だ。
厚い雲で覆われていたはずの太陽が、雲の間からその姿を覗かせていたのだった。
実はこっそりとヴェルドラが能力を使って雲を吹き飛ばし、この場を浄化してのけていた。
後は『確率操作』にて、この場に汚染物質が飛来しないように調整しているのだ。
とんでもない事を平然とやっているのだが、それに気付いているのはラミリスとベレッタのみである。
「信じられん。太陽だと!?」
「この場の異常な環境といい、一体どうなって……」
驚くザザ達。
だがリンドウは、慌てもせず言う。
「考えても仕方ないですよ。ヴェルドラさん曰く『運が良かったな。凄い"確率"が重なれば、こういう事が起きても不思議はなかろうさ!』だそうです。ホント、今まで悩んでいたのがバカバカしくなりますよね!」
と、笑顔で。
(そんな訳があるかーーー!!)
内心で、ザザは絶叫した。
しかし、現実としてこの場は安全であり、皆は防護服を脱いでバーベキューとやらを楽しんでいる。
確かにリンドウの言う通り、悩むのがバカバカしくなる光景であった。
再びヴェルドラの所に戻るザザ。
何をするでもなく岩にもたれて座り、ヴェルドラの様子を観察する。
楽しそうに肉――そもそも、これをどこから取り出しているのか不明だし、一体なんの肉かもわからないのだが――を、アノ鉄板で焼いているのだ。
ザザの隣に来て座ったカルマンが、ザザに葉巻を一本取り出して差し出してくれた。
「スマン、ありがとう」
「いいって事よ。ザザさんよ、俺は思うんだが、あの人って実は凄い人なんじゃないかい?」
「ああ。実は俺もそう思ってた。認めたくはないが、あの底抜けの明るさには大いに助けられている。だがな、素直にそれを認めるのが癪だっただけさ。なんせあの人は、とんでもないトラブルメイカーだからな……」
「確かにな。ミッシェル様が来た時も、あの鉄板でホットケーキとやらを焼いていたんだったな」
「だろ? しかも、あの肉。どこから用意したんだよ。あの人、考えれば考える程に謎過ぎてな、ちょっとどう接するのがいいのかよくわからんのだ」
「ははは、悪い人じゃなさそうだがな。しかし、なんだ。フラグ、つったっけ? 冗談抜きで、また問題が起きたりしてな」
「おいおい、止めてくれよカルマン。今は皆、非常識にも防護服を脱いでいるんだぞ? なんかあったら、対応なんざ出来っこねーぜ――」
と、そこまでザザが言った時。
カルマンの表情が凍りついた。
「おいおい、止めろって。そういうのは冗談にしても笑えないぞ?」
ザザが笑いながらカルマンの肩を叩き、その視線の先を振り返り――それを目撃する。
地下の異界に棲みついているはずの、ソレ。
超常の能力を持つ、人類の天敵。
その名は――超獣。
「だから言ったんだ!! あの鉄板は呪われてるってなーーー!!」
ザザの絶叫が轟いた。
そしてその場は突然の超獣来襲によって、混沌とした緊張に包まれたのだった。
喉が痛い。
皆様も、風邪にはお気をつけ下さい。




