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転生したらスライムだった件  作者: 伏瀬
色々番外編
278/304

番外編 -リムルの優雅な脱走劇- 22

 本日二話目。

 次回の更新で完結出来たらいいなあ……。

 毒緑虎ポイズンタイガーとベルナー達の戦いは拮抗している。

 イリナと戦闘系教師四名の戦闘も同様だ。

 モンドはロザリーにボコボコにされているが、優秀な回復役のお陰で無事である。


「な、なんだか気持ち良くなってきた――」


 とか危ない事を叫んでいるのが、少し気掛かりだが。

 モンドよ、それ以上はいけない。

 その扉は開けては駄目だと、忠告してやれないのがもどかしい。


 けどまあこの三組はいいとして、問題はマグナスだった。

 ユリウス達がマグナスをこのまま説得出来ればいいと思ったのだが、それは考えが甘すぎたようである。

 膠着状態に陥った四組の戦闘だが、動きがあったのはやはりマグナスだったのだ。


「お前は何故こんな事を!?」

「俺はお前の事は単なる学友ではなく、なんでも話せる友達だと思っていたんだぞ!」


 ユリウスが問いかけ、カルマが叫ぶ。

 それに答えるのは、マグナスの自嘲である。


「ユリウス、俺もそう思っていたよ。だがな、お前なら俺の気持ちが理解出来るんじゃないのか?」

「何?」

「俺と同じで、お前も国家を背負って立つ身だったのだから。お前が本当は、皆ともっと親しくしたいと思っていた事なんて、俺にはお見通しだったよ。あのスープ、美味かったんだろう? 友達と一緒に食べる飯は美味いからな。それに比べて……冷めた飯なんて、食えたもんじゃない。どんなに豪華で、贅を凝らした食材が使われていたとしても。どんなに巧みな料理人が、その腕を奮って料理したのだとしても。一人で食べる飯なんて、味気ないものさ――」


 本心からの言葉なのだろう、マグナスの呟きは寂しそうな響きを帯びていた。


「マグナス……お前は一体……」


 ユリウスが問う。

 それに対し、マグナスは驚くべき答えを口にしたのだ。


「俺はな、ルドラ先帝陛下の縁戚に連なる者なんだよ。帝国は今、新皇帝の選定で揉めている。先帝陛下は御結婚されていなかった。当然だが御子もいないので、血縁者の中から選出する運びとなったのさ。そんな中で、俺にも白羽の矢が立った。ここ十年の間、帝国の政治は貴族院に任されている。魔王が選別し、認めた者で成る貴族院にな。それは魔王の管理下に置かれている事を意味し、俺達が真の意味で自主独立しているとは言い難い状況なんだ。帝都の治安は守られ、臣民は皆、それなりに幸せなのは間違いないだろう。だが、それでは納得がいかない者もいるって話なんだよ。俺は、帝都から離れた田舎町に逃れていた皇族だったおかげで、魔王からの影響なしと判断されたのさ」


 沈黙するユリウス。

 剣を構えて睨み合うも、その手に力は入っていないようだ。


「マグナス……お前……」


 カルマもまた、どう言葉をかけてよいのか迷っている。

 それもまあ、当然か。普段の気さくな態度からは想像出来ないような重い話だしな。

 俺としても、考えさせられる内容だ。

 確かに、帝国の統治は貴族院が行っている。

 俺の管理下にあったのは終戦直後から一年間程で、それ以降は全て彼等に任せていたのだ。

 だがまさか、ずっと俺の支配下にあると思われていたとは……。

 世界征服をしようと思えば出来るのだが、俺はそんなものには興味がないのだ。

 なので、帝国の民にそんな風に思われているとはショックである。

 皇帝に相応しい人物がいないとかで、ずっと空位のままだったのも問題だったのだろうけど……それは彼等、帝国に住む者の問題だと思う。

 無責任かも知れないが、俺はそこまで彼等の面倒を見てやるつもりなどサラサラないのだから。

 それに、人から与えられた平和ほど、無くすのも早いと思うしね。

 彼等がこのまま帝政を維持するのか、皆で努力して民主主義を勝ち取るのか、それは俺が口出す問題じゃないのである。

 実際、正しい事をする者が指導者となるのなら、帝政も悪くはないと思うしな。


《それは夢物語です》


 そうかも知れないが、民主主義だって民が馬鹿なら全く成り立たない制度だし。

 愚民政策とか、民衆を政治から遠ざける事で、自分達のやりたい放題にする者が出るかも知れないし……民主主義が絶対的に正しいとは限らないのだ。

 政治に正解はない。

 なので、リスク分散や考え方の多様化の為にも、様々な形態の政治様式があった方が面白かろうと思うのだよね。

 魔物の国テンペストでは、俺が正しいと思うやり方を貫く。

 だが、俺が間違っているかも知れないので、他国の政治に口出しするつもりはないのである。

 そう思っていたのだが……。

 変な誤解を受けるくらいなら、一度しっかりと話し合いの席を設けておいた方が良かったかも知れない。


《無駄だと思いますよ? 人の考えは千差万別で、話し合いの席に全ての民が参加出来る訳ではありませんから》


 そうなんだよね。

 結局、人は皆、我侭なのだ。

 自分が信じたいモノが正義で、それ以外は悪。

 それを話し合いで折り合いをつけて、互いがある程度の我慢をして納得しつつ、上手く付き合っていく外ないのである。


主様マスターが『思考誘導』すれば、完璧なる意思統一が可能です》


 それは嫌だ。

 イエスマンしかいない世界なんて、なんと退屈で未来のない世界である事か。

 戦争は許容出来ても、人の自由意志を縛るのは許せない。

 それはともかくとして。

 俺が放置したせいでマグナスのような不幸な者が生まれたのなら、それに関してはなんとかしてやりたいけれど……。


「俺だって、大魔王に勝てるなんて思ってやしないさ。だがな、戦争で何十万人もの臣兵が殺されている。それを許せない者達が、魔王へ刃を向けようとしているんだよ。次に怒りを買ってしまえば、帝国が滅ぼされてしまうかもしれない……。だから俺が、アイツ等を止めるしかないじゃないか――――」


 血を吐くように言うマグナス。

 というか、俺はどれだけ恐れられているんだって話なんだが……。

 血に飢えた魔王、とでも思われているんだろうか?


「マグナスよ、大魔王様は話せば解って下さるお人じゃぞ!」


 チラリと俺を見つつ、ウィリアム老師がフォローを入れてくれた。

 ちょっと泣きたくなっていた俺には、その言葉が嬉しい。

 他の教師達も、口々にマグナスへの説得を行っている。

 半分以上がマグナスの為ではなく、落ち込んでいる俺への慰めのような気もするが。

 マグナスは、そんな教師達の説得にも顔色を変える事はなかった。


「そんな事は、俺だってわかっているんですよ! でも仕方ないじゃないか……。こうするしか、こうするしか俺達には――」


 ん? マグナスの様子がおかしいような……。


《マグナスの心的エネルギーが減少。それに反比例して、魔的エネルギーが増大しています。この反応は、上位悪魔グレーターデーモンよりも上位――悪魔公デーモンロード級ですね》


 悪魔公デーモンロードだと!?

 上位魔将アークデーモンを飛び越えて、一気に大物を呼び出すつもりなのか? だがしかし、単なる人の身では上位魔将アークデーモンを支配する事さえ不可能だと思うのだが……。


「マグナス、止めなさい! ソレは貴方では、いいえ、人に支配出来る代物ではない!」


 切迫した声でマグナスを制止したのは、意外な事にイリナだった。

 必死にマグナスを止めようと叫んでいるが、その声がマグナスに届く事はなかった。


《魔的反応が更に増大。宿主への精神汚染が進行しています。どうやらこれは――》


 シエルさんの説明によると、マグナスが上位魔将アークデーモンの核を隠し持っていたのではないか、という事だった。

 厳重に封印しておいて、その力の一部だけを引き出すつもりだったのでは、というのだ。

 ソイツが何らかの要因で活動を開始し、少しずつマグナスの精神に働きかけを行ったのだろう。

 ひょっとすると、この前の夜の出来事――学友達を見捨ててしまったという罪悪感を、悪魔が利用したのではないだろうか。


 そして今。

 マグナスの体表を黒い魔素が被い、その身を人ならざる強靭な悪魔の肉体へと作り変えていく。

 それはマグナスであってマグナスではなく……人ならざる存在と化している。

 旧魔王にも匹敵する存在。

 眼前に、悪魔公デーモンロードが顕現したのだ。


「ようやくだ。ようやく自由に動ける肉体を手に入れたぞ!」


 マグナスの声でそう嘯く悪魔公デーモンロード

 俺はその声に耳を傾ける事なく叫ぶ。


「全員退避! 戻ってこい!!」


 俺の声を聞き、生徒達が一斉に動き出した。

 それを興味深そうに眺める悪魔公デーモンロード

 毒緑虎ポイズンタイガーが前面に出て、悪魔公デーモンロードを威嚇してくれていた。


「おい、お前等もこっちへ来い!」


 俺は"人類解放同盟"のメンバーにも声をかけたのだが、それに反応したのは二人だけである。


「行くわよ」

「でも、イリナさん……」

「早く! アレには、敵味方の識別なんてつかないわ!」


 そう短く言葉を交わして後、イリナとロザリーは防衛線を越えて入って来た。

 魔法班により構築された、防御結界の内側に。

 そして、それが生死の境を分ける事になったのだ。


「はははマグナスよ。お前もようやく覚悟を定めたようだな。いいぜ! 俺達で、世界を獲ろうぜ!」

「ふう、ようやくですか。貴方がさっさと本気を出していれば、あんな学生などに舐められる事もなかったのですよ」


 ベルナーとクラッドがそんな事を言いながら、マグナスに向けて歩みよる。

 いや――マグナスの姿をした、悪魔公デーモンロードに。


「ベルナー、クラッド! 貴方達もそこを離れて――っ!!」


 イリナの叫びは少し遅かったようだ。


「フフフ、まだまだだ。足りぬ、足りぬのだ! 血が! 肉が! 絶望と恐怖が! さあ、私の誕生の祝宴に、貴様達の嘆きを捧げる事を許そう! 今日! この日、この時を! この私と共に祝おうぞ!!」


 両手を広げてそう叫ぶ悪魔公デーモンロード

 非常に不味い。

 流石は悪魔公デーモンロード上位魔将アークデーモンとは比べ物にならない。

 この島の支配者たる劣化魔王種――山岩象ロックエレファントよりも、強大な魔力を秘めている。その上、魔素量エネルギーはどんどんと増大中なのだ。

 自我も確立しているし、古き悪魔の一体であるのは間違いなさそうだ。

 叡智ある悪魔。

 それは単純なる魔物など比する事も出来ない、危険で厄介な存在なのである。

 そして――

 言葉を終えるなり悪魔公デーモンロードが動いた。


 ゴキッ!

 メキャ!


 と同時に二つ、鈍い音が響く。

 一瞬の間がひらき、何名かの生徒達が恐怖に引き攣った叫びを上げた。


「「「きゃあーーーーーー!!」」」


 という恐怖に満ちた叫び。

 悪魔公デーモンロードが自然に動き、 ベルナーとクラッドの頭を握り潰したのだ。

 無造作に。

 頭を潰された本人達は、何が起きたのか理解出来なかっただろう。

 恐怖すらも感じる事がなかった事が、彼等にとっての救いとなればいいのだが……それは難しそうだ。

 何しろ――


「フフフッ、心地良い。貴様等の"名"は、私が貰い受けよう。その魂と共に、な」


 悪魔公デーモンロードは魂を喰らうのだから。

 ベルナーとクラッドは哀れにも悪魔に魂を喰い散らかされ、その魂をも奪われた。

 悪魔と同化し、死ぬよりも辛い永劫の苦痛に晒される事になったのだ。

 自業自得ではあるが、余りにも呆気ない幕切れだった。

 そして、悪魔公デーモンロードはというと。


「そんな馬鹿な……。自分で自分に"名付け"、ですって!? あり得ない――」


 イリナの驚愕ももっとも。

 生まれながらの悪魔には、そんな芸当は不可能だろうから。

 だが、この悪魔はどこか異質だった。

 通常よりもより深い怨念で動いていたように思う。

 もしかすると、イリナ達が実験で何か馬鹿げた事をしていたんじゃなかろうか?

 叡智ある悪魔を激怒させるような何かを……。


「おいイリナ。聞くが、お前達は悪魔で何か実験をしたんじゃないのか? まさかとは思うが、上位魔将アークデーモンにまで何かしでかしたりしてないだろうな?」

「それは……」

「したのか? 馬鹿かお前等! 自分達で制御も出来ない癖に、手を出したら駄目な領域ってのがあると理解出来ないのか!?」


 呆れてモノも言えないとはこの事だ。

 アリエネー、というのが感想である。

 簡単に話を聞くと、上位魔将アークデーモンを何体か捕獲して始末したらしい。

 その内の一体を、マグナスの悪魔封身に用いたのだと。

 上位悪魔グレーターデーモン並の力しか出せないようにしていたから、安全だと考えていたらしい。

 間抜けにも程がある話だった。

 俺がイリナから話を聞いていた短い時間で、悪魔公デーモンロードの自身への名付けが完了したようだ。

 暴走しそうな程の魔素量エネルギーが安定して、完璧に統制されたのが一目でわかる。

 やはり悪魔、侮れない存在だった。


「待たせたね。この私、"ベルナクラッド"の誕生を目撃出来たのだ、光栄に思うがよい」


 高らかに名乗る悪魔公デーモンロード――ベルナクラッド。

 ベルナーとクラッドの名を合わせただけという、非常に簡単な名付けである。だが、重要なのは名前を持つという事であり、その韻には然したる意味はないのだ。

 この、名付けの重大性に気付いたのは、この場では教師陣と俺だけだろう。

 さてどうしたものやら。

 もう、傍観している場合ではないかも知れない。

 事態は、俺が想定していた以上に、ややこしく動き出してしまったようだった。


      ◇◇◇


 最初に動いたのは毒緑虎ポイズンタイガーだ。

 大音声で一度咆哮を上げてから、敢然とベルナクラッドの前に進み出た。


「お、お前……。僕達を守ろうと……!?」


 生徒達の戸惑いを尻目に、ベルナクラッドへと対峙する。


「フハハハハ。面白い冗談だな、獣風情が私の相手をするか。いいぞ、少し遊んでやろう!」


 愉快そうに笑うベルナクラッド。

 そして、戯れるように毒緑虎ポイズンタイガーへと迫る。


「全員、毒緑虎ポイズンタイガーへ援護を集中させろ!」


 カルマが叫んだ。

 その声に正気を取り戻したのか、生徒達が決死の表情となって動き始める。

 中々に肝が据わってきたようだ。

 もう怯えて泣いているだけの生徒は、一人もいなかった。

 様々な色の光が毒緑虎ポイズンタイガーへと降り注ぎ、その身を強化していった。

 ベルナクラッドを前にすれば、人間などどれだけ強化していたとしても一撃で殺される。

 毒緑虎ポイズンタイガーが全員の生命線であると、皆が本能で理解したのだった。


 さて、俺はどうしたものか。

 生徒達の成長は素直に嬉しいが、このままでは全員殺されるだろう。

 毒緑虎ポイズンタイガーでは、時間稼ぎにしかならないのだ。

 俺にとって重要なのは、誰一人としてこれ以上の犠牲者を出さない事。

 核として取り込まれているマグナスを救出する事。

 そして可能ならば、俺の正体は隠したままでベルナクラッドを倒す事、だ。

 三つ目は難しいかも知れない。

 その時は、その時のことである。


 戦いを見守る生徒達。

 今はベルナクラッドが本気を出していないのか、良い勝負をしているように見える。

 だがしかし、それはあくまでも時間の問題なのだ。

 俺にはハッキリと、ベルナクラッドと毒緑虎ポイズンタイガーの力の差が見えているのだから。

 その時――


「こんな事になるなんて……。ご免なさい。本当は、貴方達を巻き込むつもりはなかったのよ。信じて欲しいとは言わないけれど、ね。貴方達は浜辺へ逃げなさい。ユージラス先生が救助要請をしているから、間もなく救助船がやってくるでしょう。せめてもの罪滅ぼしに、私が時間を稼ぐから、早く!」


 イリナが前に立ち、そう言った。

 それに真っ先に反応したのはロザリーだ。


「イリナさん、私も付き合いますわ。マグナス様を一人には出来ませんもの」


 そう言って、イリナの隣に並び立つ。

 さて、どうしたものか。

 ユージラスが救助船を呼んでいるのは本当だろうが、それはイリナの思惑と同じではないように思う。

 あのオッサンはそもそも信用出来ないので、船を当てにするのは不味いかもな。


「おい、イリナ。お前も魔王リムルに恨みがあるのか?」

「恨み? ええ、勿論よ。私の友達を殺されたわ。古い友達で、同郷のね。せめて同じ思いを味あわせてやりたくて、大魔王が大切に思っている学園を滅茶苦茶にしてやろうと思ったのよ――」

「無理だろ。生徒を見殺しに出来ないような、そんな甘い性格で……」

「煩いわね。無理かどうかはやってみなければわからないじゃない――というか、貴方はさっきからなんなの? イリナ、イリナと呼び捨てにして、馴れ馴れしいわよ!?」


 俺の問いに自然に答えていたイリナだが、年下の生徒のような俺に呼び捨てにされるのが癇に障ったようだ。

 俺の正体を知らないのだし、無理もないけど。


「そうか? まあ、細かい事は置いておけ」


 イリナの文句を聞き流し、どうするか考える。

 毒緑虎ポイズンタイガーでも無理なのに、イリナやロザリーでは話にならない。

 そこに教師陣を加えたとしても、どう考えても無理だった。

 さて……。


「カルマさん、毒緑虎ポイズンタイガーから思念が! 『仲間ヲ呼ンダ。オ前達、逃ゲロ!』です! アイツ、俺達を助けようと――」


 涙ぐみつつも、そう報告する獣人の学生。

 短い時間で、互いに絆が芽生えていたようだ。

 それにしても毒緑虎ポイズンタイガーも、心憎い真似をしてくれる。


 上空から奇怪な鳴き声とともに、腐嘴獣ヘドログリフォンが急降下してベルナクラッドに襲撃したのはその時だ。

 毒緑虎ポイズンタイガーが呼んだという仲間とは、この島に君臨する魔獣達だったようである。

 腐嘴獣ヘドログリフォンの襲撃を、ベルナクラッドは軽々と回避した。

 その足元が砂に飲まれる。

 熱砂蠍サンドスコーピオンがその能力により、足場を砂状化させたのだ。

 そして自分の領域と化した砂の中に潜り、神出鬼没に地上に現れては、ベルナクラッドへと蛇のような尻尾から熱撃針ヒートニードルを撃ち放つ。

 だがそれすらも。

 ベルナクラッドが翳した手から、六角形に輝く魔法陣が出現して掻き消してしまう。

 地力に差があり過ぎるのだ。

 氷結龍アイスナーガが放つ氷結の龍舞フリージングダンスも無効化された。

 逃げ場のない全方位からの龍鱗雹アイスブレットは、ベルナクラッドの全身を守る結界を貫通出来なかったのである。

 そして、最後に登場した山岩象ロックエレファントまでも……。

 地響きを立てて、大空から落下してきた山岩象ロックエレファントが地面にめり込む。

 超重量を感じさせる巨体は、全高四メートルにも及んだ。

 岩が組み立てられたような硬質の表皮に、象の頭。

 そんな歪な魔獣である山岩象ロックエレファントは、ベルナクラッドを威嚇した。

 この島の支配者として、余所者の好きにはさせぬとばかりに。


「ドォルウォーーーーーンッ!!」


 全身全霊の咆哮は、敵対者を縛り威圧させる効果があるようだ。

 だがしかし――

 ベルナクラッドには涼風程にも感じぬようであった。

 その顔にニヤリとした嫌らしい笑みを張り付け、自分が絶対的に強いと確信したようである。


「ハッハッハ。いいぞ、いいぞぉ! その調子だ。もっと私を楽しませろ! この怒り、この怨念。それらを忘れさせるほど愉しませてみせよ! その後は、そこにいる美味そうなエサを食い散らかしてやろうではないか!」


 視線をコチラに向けて、涎を垂らした邪悪な表情でそう述べるベルナクラッド。

 不愉快なヤツである。


「さあ、早く! 貴方達は逃げなさい!!」


 イリナが皆を急かしている。

 だが、逃げ切れないのは明白なのだ。

 ベルナクラッド――自分自身に名前を付ける程の、特異な悪魔。

 元は上位魔将アークデーモンだったようだが、何体かの同胞を喰らい、悪魔公デーモンロード級に進化している。

 そして、名前を得た事でこの世界へと定着し、大幅に力を増しているのだ。

 旧魔王級をも超克した、正真正銘の化物なのである。

 その力は、悪魔公デーモンロードの中でも上位――公爵級であるモスに並ぶ程なのだ。

 いや、下手をすればモスをも上回るかも知れない。

 人間に悪魔としての誇りを傷つけられて……精神生命体であるにも関わらず、精神を病んでしまった悪魔。

 その結果、同胞を喰らい力を増す、異質な存在へと変質してしまったのだろう。

 分身体に過ぎない今のモスでは、間違いなくエサになるだけであった。


(リムル様、どないしましょ? ワイが行って、一発喰らわせましょか?)


 ラプラスから『思念伝達』が届いた。

 コチラの様子を窺って、山岩象ロックエレファント達では歯が立たないと気付いたようである。

 さてどうしたものか……。


(それもいいんだが――)


 ――それではマグナスを救えない。

 もう、そろそろ幕引きなのかも知れない。

 この数日間、実に面白かった。

 俺は満足したし、そろそろ終わりにするのもいいだろう。

 どうせなら、最後に――


「よし、決めた!」


 俺は生徒達の前、防衛線のギリギリまで進み出た。

 逃亡するかどうするかで迷っていた生徒達、そして教師。

 皆が一斉に俺を見る。


「ちょっと、貴方は一体何を――」


 イリナが焦りから怒ったように俺に文句を付けようとするが、俺はそれを笑っていなした。

 このままじゃ山岩象ロックエレファント達も皆殺しにされてしまうし、それはやはり許せない。

 何よりもあのベルナクラッドの野郎は、俺の大事な生徒達を喰らうとか、フザケた事を抜かしたのだ。

 その報いはキッチリと受けてもらわないと、俺の気が済まない。

 精神を病んだ事には同情するが、それは俺には関係のない話なのだから。


(モス、俺があの悪魔の相手をするから、その間に魔獣達を癒しておけ)

(御意!)


 モスは恭しく俺に一礼して、消える。


(ラプラス、ティア、ここに来い)

(わっかりました〜!)

(了解で〜す!)


 ラプラスとティアは、俺の命令に即座に動いた。

 瞬時に俺の目の前に現れて跪く。

 それを見て仰天する生徒達。


「え、えっ!?」

「あれっ!? アイツ等は誘拐犯じゃ? なぜ、サトル先生に!?」


 と、驚きと混乱が広がっている。

 察しが早かったのは教師陣で、ウィリアム老師を筆頭にラプラスの横に並んで跪いた。

 俺はそれを尻目に前に、更に出る。

 結界の外へ、一歩。


「お前達に、とっておきの魔法を見せてやろう。たった一度だけの、夢の魔法だぞ」

「さ、サトル君――いや、先生……一体、何を――」

「危ないから下がるんだ! 君は学生ではないし、ここ数日の指導には感謝してもいる。だが、これ以上は生徒である僕達の役目――」

「サトル先生の考案した魔法は素晴らしいですが、流石にあんな魔王級の化物には通用しないですよ!?」


 モンドの驚愕の叫びにも。

 ユリウスの制止の言葉にも。

 マーシャの疑問の声にも。

 俺はそれらを片手で遮る事で、答えとする。


「いいからいいから。ここはお前達の先生として、俺があの悪魔からお前達を守ってやろう」


 そう言って、俺はグルグル眼鏡を外した。

 黒く染めていた髪が月白色に輝く銀髪へと変色し、瞳の色が金色へと変化する。

 その効果は劇的で、生徒達は皆一様に俺に見蕩れているようだった。

 そして一部の聡い生徒達が、教師達の態度から俺の正体に気付いたようで――だがしかし、それを認めるほどには勇気が足りなかったのか――


「ま、まさか!?」

「――だ……大魔王、リムル……様――ッ!?」

「い、いやあ……まさか、ね。大魔王が、こんな所に居る筈ないでしょ?」

「だって、先生だって……。サトル先生が、俺達の飯を作ってくれたりしたんだぜ? そんな訳ねーよ――」

「だよな? 大魔王が、俺達の飯の用意をしてくれるハズがないよなっ!?」

「貴方達、冗談を言うのもいい加減になさい! もしも大魔王なのならば、私やユリウスが今生きている訳がないでしょう!」

「……ですよね?」


 そんな事を言い合いながら、自分達の導き出した答えを否定しようとする生徒達。

 現実逃避に走る者や、腰が抜けたのかその場にへたり込む者もいる始末だ。

 イリナも否定してくれたので、今はなんとか誤魔化せたようだ。

 生徒達の疑惑が確信に変わる――俺の正体がバレる――のも時間の問題だと思うけど、その前に害悪は排除しておくべきだろう。

 ベルナクラッド。

 別に恨みはなかったが、俺の生徒達を喰うと言った時点でコイツの運命は定まった。


 ――それでは、本物の魔王の力を教えてやるとしようか。

 俺は小さく笑みを浮かべ、一歩前に進み出たのだった。


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― 新着の感想 ―
大興奮状態が続いてる・・・。嗚呼、リムル様、尊い・・。
[気になる点] 書籍版に準ずると、このマグナスの存在は消えて無くなっちゃうのか
[一言] リムルは仕掛けられた戦いを返り討ちにしてるだけなのにかわいそう
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