番外編 -リムルの優雅な脱走劇- 16
魔法系の生徒への教育方針は定まった。
ちょうどタイミング良く、クタクタになった魔法系の生徒達が帰って来る。
現実時間で一時間と少し経過した頃合だったので、体力が少ない魔法主体の生徒達に取っては、かなり厳しい走り込みになっただろう。
魔法系にも体力は必要なのだが、こんなもので十分か。
後は打ち合わせ通りに先生方にお任せするとして、俺は主役となる戦闘系の学生達へと視線を向けた。
すると――
「走れ走れ! そんな事では、マグナス達に勝つなど夢物語だぞ!」
と、戦闘系の教師であるブラウン先生が、人が変わったような熱血ぶりを発揮していた。
付き添って走っている他三名の教師達も、かなり余裕を失った表情になっている。それ程までに、ブラウン先生の追い込みは鬼気迫るものだったのだ。
教師の一人であるピーターなどは、
「ぶ、ブラウン先生、何も最初からそこまで飛ばさなくても――」
と、生徒達の気持ちを代弁した程だ。
だが、そんなピーター先生の発言も――
「黙りなさい! やるからには、勝つ! その気迫を持って、死力を尽くすべきでしょう。違いますか? そんな事では、リム――サトル先生からのご褒美が貰えないじゃないですか!」
と言って、アッサリと切って捨てられる始末だった。
しかし、コイツ……。
目的が変わってやいませんか?
しかも、俺の名前をウッカリと叫びかけていたし、そこはかとなく心配になるな。
「そうですね、私が間違っていたようです。リム――じゃなくて、サトル先生が見ているんだ。俺達に甘えは許されない――お前達、気合を入れていけ!!」
「そうですよ、ピーター先生! 我々は、妥協している場合ではないのです! さあ、お前達――死ぬ気で、いや、死んでも走り続けるんだ!!」
「「「おう!!」」」
え、えっと……。
ピーターも同類だった。
なんで教師の方が本気出しているんだよ!?
生徒達が置いてけぼりである。
だが、それはいい。
それはいいのだが……生徒達、この一時間ちょっとで洗脳でもされたのか?
目の色を変えて、死に物狂いで走っている。
余分な力を抜き、最速で、且つ持久力を保たせるように。
最適な力の配分と、魔法行使による疲労軽減と体力向上を併用させて。
何がコイツらをここまで掻き立てるのか?
まさかとは思うが、俺が言ったご褒美狙い、じゃないだろうな……。
マグナス達に一矢報いたいというより、ご褒美が欲しい、そう思っているように見えるが気のせいである事を祈るばかりである。
◇◇◇
その日は夜が来るまで、ずっと走り込みを続けさせた。
流石に全員が疲労困憊という有様である。
魔力もすっからかんで、立ち上がる気力すらないという風だった。
だが、俺が配った回復薬を薄めた飲み物を飲んで、歩ける程度には復活したようである。
元気一発!
タウリンは配合していないが、凄まじい効き目だ。
傷の修復だけではなく、体力回復にも効果てきめんだった。
「サトルさん、これは……?」
「ああ、秘伝の調法で作った飲み物だよ。材料があったから、皆の為に用意しておいた」
ニッコリ笑顔でそう答える。
嘘八百だが、"最初から大量に持っていた回復薬を薄めた飲み物だ"などと、本当の事を言えないのだから仕方ない。
そう言えば今更だが、魔物は嘘を吐けないという話、俺には全く適用されないようで何よりである。
別に好んで人を騙すつもりなどないが、俺の性格上、本当の事を言えない事態はかなりある。
……いや、あながち嘘とも言えないか。
拡大解釈で考えれば、秘伝の調法、材料があった、皆の為に用意した、全て嘘ではないな。
材料があったという点だけは『虚数空間』に収納していた――が正解なので、ちょっと苦しいかも知れない。
まあ、そんな事はどうでもいいんだけどね。
俺の用意した飲み物で疲れを癒した途端、皆は腹が減っている事を思い出したようだ。
すぐに居残り組が用意した夕食の時間となった。
料理担当の者達は相当に気合を入れてくれたようで、今日も今日とて満足すべき内容の食事が準備されている。
昼からは魔法系の学生達に、カード魔法の練習として"土魔法による器作成"と"燃焼による焼き固め"の実施訓練を行わせた。
その成果として、全員の食器も用意されている。
不恰好なものもあるが、ご愛嬌だ。
こうして五日目の夜も、満足な食事を味わえたのである。
さて、食事により空腹が満たされた訳だが……。
思考力が回復して、そろそろ不満が湧き出てくる頃合である。
「サトル――先生、……聞きたい事がある」
ユリウスがそう言って立ち上がった。
俺を先生と呼ぶのに抵抗があったようだが、そこはプライドを押し殺して俺を教師と認める事にしたようだ。
思ったよりも素直なヤツだな。
「なんだ?」
「今日は走り込みしかしていないが、そんな事をしただけで奴等に勝てるのか?」
勝てるなど、ユリウスも思っていないのだろう。
だからこそ、真正面から聞いてきたのだ。
「走るだけで強くなれるとは――」
「馬鹿か? 走っただけで、強くなる訳ないだろ。その程度で勝てるなら、誰も苦労しねーよ」
「なんだと――ッ!?」
俺の言葉にカチンときたのか、ユリウスが激昂しかける。
今日一日、何も考えずにずっと走り込みを続けさせた。それなのに、走り込みに意味がないとも取れる発言をされたのだ。
言ってみれば、一日を無駄にしたようなものである。
ユリウスからすれば、馬鹿にされたと感じたのだろう。
だが、普通に考えればわかる事だ。
走っただけで、強くなれるわけがない。
色々とショックな事があり、冷静な思考が出来なかった証拠だ。
逆に言えば、今日一日走った事で冷静さを取り戻したのだ、とも言えるのだが。
「――つまり、ボク達に冷静さを取り戻させようとしたって事なのサトル君?」
「ま、そう受け取ってくれていいさ。あと、先生と呼べよモンド」
「う、はい。わかりました、サトル先生」
「うむ」
と頷く。
冷静さを取り戻させる為ではなく、ユリウスが俺にした仕打ちへのちょっとした復讐なのだが、それを言う必要はない。
他の生徒達からすれば、巻き添え以外の何者でもないしな。
それに、皆もそれで納得したようだし、俺もこれで水に流せるというものである。
「さて、頭も冷えたようだし、作戦会議といくか」
食事の後、キャンプファイアーを囲んで作戦会議だ。
ユリウスやカルマといった面々も、さっきの説明で納得したようで文句は出なかった。
俺が言うのもなんだが、単純な奴等である。
さて、それでは始めるとするか。
「先ず最初に、マグナス達の強さについて、だ。その秘密に気付いた者はいるか?」
俺の質問に、皆がザワついた。
それは生徒達だけではなく教師陣も、である。
「先生方も、気付いた点があれば発言をお願いします」
俺はそう言って、教師達の発言も促した。
果たして、マグナスの強さ、その秘密に気付いた者はいるだろうか?
「考えてみれば……マグナスは優秀な男だったが、あそこまで隔絶した実力を隠しているという風ではなかったな……」
仲の良かったらしいカルマが、そう呟いた。
それはそうだろう。
あそこまでの実力があれば、普段の授業でもその片鱗が見えるというものだ。
少なくとも、生徒が気付かずとも教師ならば気付く。
あそこまでの実力を見抜けぬようなら、それは教師としては失格だ。
「言い訳はしたくないのだが、あそこまでの実力がある生徒だとは思っていなかった」
「そう……だな。強さを隠しているという様子ではなく、突然力を得た――或いは、力を借り受けたような様子だった」
ジッダという名のNNUの戦闘指導教師が呟く。
それに同意するのは、戦闘を観察していたハインリヒだ。
流石は研究教員、よく観察している。
「力を借り受けた、じゃと? それではまるで――」
「まるで"精霊との同一化"だと、言いたいのか?」
ウィリアム老師の言葉を奪い、俺が言う。
一瞬にして、その場にいた全員が静まり返った。
それもそのはず、何しろ"精霊との同一化"とは――
上位精霊を使役する、精霊使役者の最終奥義
――なのだから。
そう。
それこそまさに、英雄と呼ばれる者にのみ許された、人類最強の戦闘技法なのである。
これを集団で使いこなせるのは、人類最強の戦闘集団である聖騎士達だけなのだ。
「いや、しかし――」
「学生に"精霊との同一化"など出来る筈がない!」
「そんな事が可能なのは、伝説的な英雄だった"爆炎の支配者"や、新世代の勇者である剣也殿やその仲間の方々のみですぞ!」
「その通りです。ただの学生に為せる御技ではない!」
そこから一気に、議論が活発になる。
議論というよりも、否定の言葉のオンパレードなのだが。
しかし、ここで議論しても始まらないのだ。
何しろ教師達からしても、"精霊との同一化"とはなんなのか、本当の意味では理解していないからである。
「落ち着け。先ずは"精霊との同一化"とはなんなのか、俺が説明してやるから」
そう言った途端、騒がしかった者達が静かになった。
一斉に俺に向く視線。
当事者となる生徒達よりも、教師陣の視線が痛い。
あわよくば、自分達もその力の秘密に迫れるかも――そう考えているのが丸わかりだった。
ま、いいけどね。
理解したからと言って、直ぐに使えるようなものではないのだから。
「"精霊との同一化"とは――」
そう切り出して、俺は説明を始めたのだった。
◇◇◇
一番わかりやすいのは、シズさんの例である。
炎の巨人と『同一化』して、炎の魔人と化していた。
シズさんの場合は、ユニークスキル『変質者』の能力によるもので、例外的な存在かも知れないけど。
普通の人間が、あそこまで精霊と一体化するのは非常に困難なのだから。
炎の上位精霊であるイフリートは、準魔王級に相当するエネルギー量を有する。それとの『同一化』とはつまり、人でありながら準魔王級まで強くなれる、という事なのだ。
人の定めた階級で言えば、"A+"に相当する強さという事になる。
Sランクは魔王を指すので、実質として最高位にある強さなのだ。
この上となると、"勇者"しかない。
魔王の対極に位置する存在で、人類でありながらSランクと称される最強の存在である。
実はこの段階での勇者にしても、最強の精霊である光の精霊との『同一化』が可能だというだけの話なのだ。
本当の意味での覚醒勇者とは違うのである。
覚醒するには『勇者の卵』とか、その他の因子も関連しているので、本当はもっと複雑なのだ。
少なくとも、剣也の『勇者の卵』が孵化したという話は聞いていない。
獲得はしたらしいけどね。
ラミリスが祝福とか言っていたのは、精霊との適合率を見定める儀式だったのである。
ここまでが、精霊の力を完全に自分のモノとして扱える、最高の術者達だ。
さて、これ以下の者達はというと……。
下位の聖騎士がわかりやすい。
あの者達は、自分に適正のある精霊の力を、一部借り受ける事が出来るようになった者なのだ。
精霊が持つ、不思議パワー。
魔法の元となる力と同質のそれを、人の身でありながら行使する者。
そう言えば聞こえがいいが、そんなエネルギーを肉体に受け入れるのは、非常に困難である。
というか、普通の人間には不可能だ。
だからこそ、器となる肉体を鍛えて、精神を修練し、霊体を強化させるのである。
これを効率化させたのが魔王ルミナスで、かなり強い聖騎士を生み出す土壌が既にあるようだ。
しかしそれでも、一部の天才以外の者は、下級精霊との『同一化』が精々なのだった。
それも、時間制限付きで。
瞬間的に人間を超え、敵を征圧する。
それを助ける磨きぬいた技の数々が、聖騎士を最強騎士たらしめる理由なのだ。
精霊の力と、人間の技。
それが、強さの秘密なのである。
上位精霊の力を完全に使いこなし、人の編み出した最高の技を身につけた存在。
そこまでいくと、英雄だ。
シズさんは能力による『同一化』だったが、この領域まで達していた。
俺が勝てたのは、運が良かったからだ。
ぶっちゃけ、相性が良かったから勝てただけの話である。
後から冷静に戦闘を検証した時に、『大賢者』にそれを知らされた。
もっと早く言えよ! と思ったものの、戦闘中にそんなネガティブな話は聞きたくなかった。なので、結果的には良かったのだけどね。
剣也達は、言わずもがな。
魂レベルで上位精霊と一体化しているので、今更だった。
身体が成長して、その力が馴染んだだけの話だから。
――シズさんや剣也達のような例外はともかくとして、だ。
◇◇◇
こうした内容を、具体名をボカしながら説明していく俺。
さて、そろそろだ。
ここらで一旦、話を変えるとしよう。
「人の身で精霊の力を完全に使いこなすのが非常に困難なのだというのは、よく理解出来たと思う。では、人の身のままで強さを得る――言い換えて、不思議パワーを行使するにはどうすればいいと思う?」
俺の話に聞き入る一同を見回し、そう質問した。
不意に質問され、とまどう一同。
しかし中には理解の早い者もいて――
「サトル先生の今の言い方――精霊の力を行使ではなく、不思議パワーを行使と言いましたね。つまり、精霊以外の上位存在ならば人の身でも行使しやすい、という事でしょうか?」
核心を突くような推察を披露してくれた。
俺はニヤリと笑って言う。
「流石は、イングラシア総合学園きっての秀才だ。なかなかの明察ぶりだね、ユリウス君。それとも、精霊と馴染み深いイングラシア王国の王族ならば、それに気付くのも当然なのかな? では、具体的に聞こう。ソレはなんだと思う?」
いつの間にか、ユリウスの貴族然として俺を見下すかの如き態度は消えている。
説明を聞く間に、とっくに怒りも消えたのだろう。
一人の教師として、いや、それ以上の存在として俺を認めてくれたようだ。
ユリウスは、俺の質問に答えるのを躊躇う素振りを見せた。
だが、彼の中では答えは既に出ているのだ。
口にしたくないと言うように一度口を開きかけてから再び閉じて、それから思い切ったように言う。
「悪魔、ですか?」
と。
俺は笑みを深くして、拍手する。
「正解だ」
そして、そう言った。
天使ではなく、悪魔。
それにも理由がある。
天使は純粋であるから、天界の管理下以外では存在出来なかったのだ。
今では状況が若干異なっているけれど。
そもそもの話、悪魔の方が戦闘に向いていたのである。
まあ、他にも理由は幾つかあるのだが……。
悪魔を使役する者は、少ないながらも存在する。
儀式召喚による場合が殆どだが、中には魔法による悪魔召喚を行える者もいる。
悪魔召喚士と呼ばれる、超一流の魔導師達だ。
使役するのは上位悪魔までが限界だろうけど、人の身では十分である。
これに加えて、鍛え上げられた強靭な肉体が加われば……。
聖騎士達のように霊体を鍛える事もなく、超常の力を手に入れられるだろう。
それに……。
「加えて言うと、肉体を強化するだけならば効率的な手段がある。NNU魔法科学究明学園に在籍する者ならば、知っている者もいるんじゃないか?」
NNUの学生達が、緊張したのかビクリと震えた。
しかし誰も思い当たらないのか、答える者はいない。
「機甲軍団という、旧帝国の三大軍団の一つ。そこに所属する者は魔導改造手術を受けて、強化兵士になった者もいたそうだが――」
そこまで言うと、教師達は流石に気付いたようだ。
「まさか……」
「非人道的という理由から、魔導改造手術は禁止された筈……。それに、科学者の生き残りは――まさか、その科学者達が……?」
「いや、それでも理屈が通らない。魔導改造手術で肉体を強化しても、精々がAランクに満たない強さでしかなかった筈です」
ハインリヒがそう言い切った。
研究教員だけあって、戦闘教員よりも物知りだな。
「その通り。確かに俺が入手した情報では、上位兵士のAランクの者は極少数。その強さも、準魔王級には到底及ばないものだったようだな。だが――重要なのは、肉体の強度、なんだよ」
そこまでヒントを出したら、ハインリヒは気付いたようだ。
「そう……か、悪魔が欲するは、強靭な肉体のみ、か……。強靭な肉体を持つ者に悪魔が宿ったならば、それが例え上位悪魔であったとしても、聖騎士にも勝る強さを得る事が可能かも知れない。なんという事を――」
それはつまり、悪魔合身。
まあ、間違いないだろう。
この島の強者である毒緑虎は、その戦闘経験の少なさからか準魔王級にしてはお粗末な強さだった。
それに対し、戦闘経験を積んだマグナスが悪魔の力を得たならば……。
毒緑虎を上回る力があっても、不思議ではないのだ。
それに、魔導改造手術も十年前に比べると進歩している可能性が高い。
黒幕っぽいイリナは研究教員だったし、そうした研究の第一人者だったとみて間違いないだろう。
「ま、そんなとこだろうな。これである程度、マグナスの強さは説明がつくだろ」
俺はそう言って、話を一旦締めくくったのだった。




