245話 頂上決戦 その6
何をやっているんだ、一体……?
俺がそう思った時、
「ぬ、ぬおぉ……。力が、最後で力が足りなくなったのだ……」
そんな事を、言い訳がましく言い募るヴェルドラさん。
やはり無事だったようだ。
これっぽっちも心配する気が起きなかったけど、普段の言動を見ていれば仕方ないと思う。
見た目は酷いけど、問題はなさそうだ。
そりゃあそうだ。何しろ、大きな爆発だったが被害を受けたのはヴェルドラさんだけみたいだし。
他の皆に怪我はないようで、一安心だった。
まあヴェルドラさんなら、仮に大怪我をしていても大丈夫だというような不思議な安心感があるけどね。
俺の中に本体がいると言っても過言ではないしな。
「何をやってんの? 大丈夫だって豪語してただろ?」
「ぬぅ、それはこちらのセリフよ! 力で押し切ろうとしたのに、突然"回廊"を閉ざすとはどういう事だ!?」
俺がため息混じりに問うと、ヴェルドラはご立腹という感じに聞き返してきた。
回廊……"魂の回廊"の事か?
《フフッ。ヴェルドラは我が主の魔素を一番無駄に垂れ流していましたからね。少し痛い目を見せようと、本人だけがダメージを負う程度に暴走するよう計算し、絶妙のタイミングにて"魂の回廊"を閉ざしたのです》
何だと!?
というか、シエルさんが何故かお怒りのご様子。
さっきの会話では好きに使わせていたと言っていたのに、ここに来て手の平返しとは一体……。
《そもそも、エネルギーを無駄に使わずとも抑え込めたのです。それをヴェルドラは――》
「お前がエネルギーを吸収するのを見て、我も真似をしようと思ったのに! せっかくもう少しで完全に我もパワーアップ出来る所だったというのに」
「いやいや、それは無理だろ……」
呆れかえるとはこの事か。
人の真似をするなとは言わないが、この緊迫した局面で出来もしない事を試そうとしないで欲しい。
第一、ヴェルドラにはエネルギーを変換する能力がないのに、どうやってパワーアップ出来るというのか……。
普通に抑え込み相殺するだけの簡単なお仕事を、敢えて失敗させるとは流石である。
ヴェルドラさんは力任せに抑えつつ、俺から大量のエネルギーを引き出して馴染ませようとしたのだろう。
そうする事で、抑え込んでいるエネルギーを強引に変質させ取り込もうとしたのか。
《それだけではなく、上手く馴染まないからと"魂の回廊"を通じてエネルギーを流し込んでこようとしました。パワーアップというより、リサイクルを目論んだのでしょう》
なるほど……。
確かにシエルさんなら難なく処理出来たのだろうけど、変なものを送りつけられると癖になると危ぶんだのだろう。
困った時の処理係として便利に使われそうだし、拒否して正解である。
自分に処理出来ないからとシエルさんに押し付け、自分は好き勝手にエネルギーを持っていく。
そりゃあ、シエルさんもブチキレますわ。
お灸を据える意味でも、ヴェルドラを痛い目にあわせたのだろう。
油断し切った所でやられたから、流石のヴェルドラでも対処出来なかったという事か。
まあ、シエルさんが対処出来ないタイミングを見極めていたのだろうけど。
俺の知らない間に、そんな馬鹿げた攻防があったとは驚きである。
「どう考えても、お前が悪いんじゃねーか!」
「ぐぬぅ……。リムルだけそんな便利な能力が使えてズルイのだ……」
ぐぬぅ、じゃねーよ。子供か!
まあいいや、あんまり馬鹿やってると周囲の目が痛いし。
「ヴェルドラ、貴方――」
ほら。
今もヴェルグリンドが、剣を肩に担いで半眼で睨んできてるぞ?
ヴェルザードの微笑みは、目が笑っていないからとても怖いし。
と、アイコンタクトでヴェルドラに伝えてやる。
はぅあ! とでも言いたげな情けない顔になるヴェルドラ。
ちょっと調子に乗りすぎたと気付いたようで、俺と姉二人を見比べて狼狽えている。
「まあ、要練習だな。頑張ればお前でも使えるようになるだろうし、コツコツいこう。という事で、まずはヴェルダを倒すのを協力してくれ」
俺はヴェルドラに助け舟を出す事にした。
拗ねられても面倒というのもあるが、このままでは姉二人を前にプルプルしているヴェルドラさんが可哀そうになった、というのも理由である。
今回はさも最初からの打ち合わせ通りであり、少し失敗しただけだという演技をした。
「は、ははは。そうだな、少々自分を過信し過ぎていたようだ。謙虚にならねばならんという事だな。良し、では我はお前の中に戻り、力を貸すとしよう!」
あくまでも格好良く言い繕い、ヴェルドラは逃げるように俺の中に戻って来た。
貸し一つである。
せっかくだし、ヴェルドラさんには刀に宿ってもらう事にした。
俺はヴェルドラの了承を得て、『竜種核化』したヴェルドラを刀に嵌め込む。
最終決戦らしく、出し惜しみをする気はないのだ。
目の前でヴェルドラを変化させたらヴェルダを警戒させてしまっただろうし、自然な流れで回収出来たのは良かったのだと思う事にしよう。
怪我をしたから回収したように見せかけているので、刀の変化には気付かれていないだろうし。
ヴェルドラさんのお茶目な行為には驚かされたが、結果的には良かったのかも知れない。
◇◇◇
さて、これで準備も整ったし、後はヴェルダを倒すだけだ。
ここは天空界だし、周囲への影響も無視出来る。
地上では全力を出すと、環境破壊で大変な事になりそうだしな。
この前みたいに海を割ったりしたら、その後のフォローが大変なのだ。
ギィとミリムが大昔に戦った時など、不毛の砂漠を生み出してしまったらしいし。
そういう意味でも、天空界はうってつけの場所であると言えるだろう。
「おい、手伝おうか?」
ギィが聞いてきた。
その申し出は嬉しいが、多分一人でも大丈夫だろう。
ヴェルドラソードを振り回す予定なので、巻き込んだら大変なのだ。
「いや、俺一人で相手するよ。ただ、ちょっと全力を出すつもりだから、ラミリスを手伝って結界を張っておいて貰えると助かる。ここからヴェルダを逃がす気はないし、万全を期したいからな」
「ほう? 大した自信だな。わかった、こっちは任せておけ」
ギィは頷くと、ラミリスに協力し天空界を覆う『異界結界』の補強を手伝い始めた。
「リムル、任せたぞ!」
ミリムが期待したような目で俺を見て、ギィに倣って抱きしめているガイアへと力を注ぎ始める。
結界補強の手助けをしてくれているようだ。
「リムル様、御武運を!」
ディアブロはテスタロッサ達を介抱しつつ、俺を激励する。
「さっさと終わらせて、国を立て直すぞ」
「クフフフフ、楽しみです」
「万が一俺が負けたら――」
「ご冗談を。リムル様が敗北するなど在り得ませんとも」
万感の信頼を込めて、ディアブロがそう断言してくれた。
俺も負けるつもりはないが、勝てる保証もないんだけど……。
ディアブロは俺が負けるとは露ほども思っていないようだ。
「先生――」
「全てを終わらせる。ようやくお前を助けてやれそうだよ」
「私は、先生を……。もし先生が負けそうになったら――」
「安心しろ。俺が負けるなんて在り得ないそうだぞ? まあ、本当か嘘か、さっさと証明するとするさ」
俺が陽気にディアブロの言葉を引用すると、クロエもようやく笑みを見せた。
「はい。待ってます」
不安そうな表情は少し和らぎ、俺を待つという言葉にも力が感じられる。
どこか不安定だったクロエが心配だったが、もう大丈夫だろう。
ギィ、ミリム、ラミリス、クロエ、ディアブロにテスタロッサ達。
ヴェルザードとヴェルグリンドの竜種姉妹に、『異界結界』を維持しているヴェルガイア。
全員の視線が俺の背中に集中し、俺はそれに片手を上げて答える。
視線はヴェルダに固定したままだ。
「待たせたな。さあ、始めようか」
「……抜かすね。有象無象を手懐けたからと、調子に乗るな。ボクが本気を出せば、君達を皆殺しにするなんて容易い事だというのに」
「あ、そ。無理だと思うが、出来るんならやってみろ」
俺とヴェルダの視線が交差し、同時に刀と剣が交差する。
その瞬間、澄んだ音色が辺りに響き渡り、斬り飛ばされた剣の先端部分が地面に刺さった。
ヴェルダの顔が驚愕に染まる。
俺の刀がヴェルダの剣を斬ったのだから当然だ。しかも、勢い余った斬撃より生じた衝撃波が、残った城の半分を吹き飛ばしている。
遅れて響くのは、城が崩壊する破壊音だった。
その音を葬送曲にして、ヴェルダに止めを刺すとしよう。
ヴェルダは慌てる事なく、新たな剣を生み出している。
直ぐに冷静さを取り戻したのは流石だが、その剣ではヴェルドラソードの敵じゃないのは実証済みだ。
俺は再び刀を振るい、ヴェルダの剣を斬り飛ばした。
神話級の剣を何本も創り出せるのは凄いと思うけど、俺だって似たような事は出来る。そこまで拘るような能力でもないだろうに。
「馬鹿な……下位とはいえ、神話級の剣をこうも容易く――いや、その剣は何だ? 在り得ない……まさか、創世級だと!?」
ようやく気付いたらしい。
俺の刀、ヴェルドラソードに。
創世級とか初耳だが、そんな事はどうでもいい。
白銀の刃は薄く纏う妖気に染まり、漆黒の輝きを放っている。その刃には、黄金色の刃紋が美しく波打っていて、とても幻想的な美しさを醸し出していた。
名前を適当にヴェルドラソードと呼んでいるのが勿体無い程なのだ。
まあ、ヴェルドラさんの漆黒の本体も、黙っていれば荘厳で美しいのだけど。
(おい、今かなり失礼な事を考えなかったか?)
そんな事はない、大丈夫だ。
何やら不満気な声が聞こえた気がしたが、気にしないでおこう。
「剣の格が何かは知らん。お前を倒すのに関係ないしな! さあ、そろそろ小手調べは終わりにして、さっさと本気を出せよ。時間はたっぷりあるけど、それはお前と遊ぶ為のものではないんでね!」
俺はそろそろ終らせるべく、ヴェルダに向けて言い放った。
いつまでも遊んでいても仕方無い。そろそろ本腰を入れようと思ったのだ。
だが、ヴェルダの様子がおかしい事に気付いた。
「――クッ、本気を出せ、だと? 舐めるなよ、このヴェルダナーヴァの真の後継者に向かって!!」
表情を怒りと屈辱に歪め、両手を合わせるヴェルダ。
そして「神剣召喚」と叫び、一本の禍々しい力を秘めた剣を召喚する。
先程までの創造とは異なり、明らかに格上と判る神秘的な剣だった。
「ボクの奥の手、この剣を手に取らせた事は褒めてあげるよ。この、創世剣:星皇竜角剣でね!!」
美しい剣だった。
大振りの大剣で軽く反りが入っている。
青く輝く刀身は、刃自身が光を放っているかのようだ。
見た目に反して、その質量は星に匹敵しそうである。超高密度のエネルギーの塊なのだ。
さっき言っていた創世級とやららしいので、武器の上では互角になったという事か。
流石に楽には勝てそうもないが、この程度は想定内である。
「唯一無二の創世級に匹敵する剣を持っていたとは予想以上だよ、リムル。だが、ボクがこの剣を抜いた以上、君は終わりだ」
再び自信を漲らせ、ヴェルダが宣言した。
そして、俺に向けて剣を振り下ろしてくる。
その動きはまさに神速と呼べるもので、俺でなければ反応出来なかったかもしれない。
だが――
ヴェルダの動きは、俺からすれば余りにもお粗末なものだった。
小手調べは終わりだと言っておいたのに、まだ俺の事を試しているのか?
それとも、この期に及んで格下だと舐めているのだろうか……。
どちらでも構わないけどね。俺は俺の為すべき事を行うだけなのだから。
「遅い」
俺は一言呟くと、刀を一閃させる。
ヴェルダは慌てて剣の軌道を変えて、俺の刀を受け止めた。だがしかし、刀と剣がぶつかった際に生じた圧倒的な衝撃波を受け止めきれず、その身を吹き飛ばされて瓦礫を複数壊しながら地面を転がっていった。
しかし、不思議だ。
確かに凄まじい衝撃波だったが、俺には微風程度にしか感じなかったのに。
こいつ、もしかして……。
まさかこれで全力なのか?
そんな馬鹿なと思い、俺はその考えを否定する。
帝都でヴェルダと会った時、恐ろしいまでの存在感を感じた。
あの時に戦っていれば、俺も倒されていた可能性が高いと思っている。
それなのに、今のコイツからはあの時程の脅威を感じない……。
《当然です。我が主は日々進化しておりますから》
俺の疑問に答えるように、シエルさんが当たり前だと言いたげに断言した。
おいおい、さっき超強化など在り得ないと断言していただろう? それだと、俺が超強くなってますと言っているようなものなんだけど!?
《我が主は例外です。そして、何事にも例外はあるのです》
ご都合主義かよ!
言い訳すらもご都合主義で済ますとは、シエルさんは侮れない。
「くそ、『知識之王』さえ、『知識之王』さえ手に入っていれば、究極形態に成れたのに!!」
何やら悔しそうにヴェルダが叫び始めた。
ラファエル? それって俺が持ってた究極能力の事か?
シエルさんが必要ないからと統合して消してしまったけど、そんなに重要な能力だったのだろうか?
「それって俺が持ってたけど、もう消えたぞ? 残念だったな、お前の望みが叶う可能性なんてなかったんだよ」
少しの哀れみと心を折るという意思を込めて、俺はヴェルダに冷酷に告げた。
俺達の戦いは、心を折ったら勝利となる。
だからこそ、これはヴェルダに対する決定打になり得る宣告だった。
「ば、馬鹿な!? 『知識之王』が、消えた――? それでは、このボクがヴェルダナーヴァだと証明出来ない……」
虚ろな表情になり、意味不明な事を呟くヴェルダ。
《愚かな。仮に貴方の能力として発現していたとしても、偽者をヴェルダナーヴァだと認めるなど在り得ません》
ヴェルダにトドメを刺すように、シエルが思念を飛ばした。
それって、誰にでも意思を伝えられるの? というか、ヴェルダナーヴァだと認めるとかどういう事?
《適当に言っているだけですので、ご安心下さい》
って、本当かよ?
シエルさん曰く、ヴェルダの心を折るために話を合わせたそうだが……何か隠しているんじゃなかろうか?
俺が知らぬ間に意思伝達の手段も増えているようだし、シエルさんは本当に謎が多い。
《大丈夫です。問題ありません》
いや、そうじゃなく……もういいや。
嘘はついてないのかも知れないけど、本当の事も言ってないような気がするんだけどな。
「馬鹿な、ボクは――ボクこそが、ヴェルダナーヴァ……。認めない……『知識之王』さえあれば、本物のルシアならばボクを認めてくれるんだ!!」
狂ったような叫びを放ち、ヴェルダが形振り構わず討ちかかってきたが、そんな甘っちょろい攻撃が俺に通用するはずもない。
軽く剣を打ち払い、再びヴェルダを吹き飛ばす。
もはや勝負ありだろう。
心も折ったし、後はトドメを刺すだけだ。
と思ったその時――
「リムルの勝ちだな」
というギィの声が聞こえた。
おい、そういう事を言うのは――
「ちょ、ギィ! そういう事を言うと、確か――フラグが立つ、と言って業界では有名なのよ!」
「そうなのだぞ! ワタシもリムルの聖典を見て勉強したのだ。そういう事を言うのはご法度なのだぞ!?」
俺が止めるより早く、ラミリスとミリムがギィを止めに入った。
しかし、ギィだけでなく竜種姉妹まで参戦する。
「何を言う。どう見てもリムルの圧勝ではないか」
「そうですね、ヴェルダは偽者にしては恐ろしい力を持っているようですが、やはり本物の兄上には及びません。あの理不尽なスライムの敵ではなさそうですね」
などと、危機感も失せたとばかりに言い募ったのだ。
「だからそういう発言は、敵が強化される前振りになるから止めろというのに」
「そうだよ、その通り! こういうのをお約束、って言うんだよ?」
ミリムが叫び、ラミリスが同意した。
だが、既に遅かったようで……。
「ふふふ、あははははは!」
笑いながらヴェルダが立ち上がった。
吹っ切れたのか? いや、というよりもあの表情は――
「やはり、ね。やはり僕の思った通りでしたよ、リムルさん」
俺の良く知る笑顔で、爽やかに声をかけてきた。
この感じ、コイツは間違いない――
「ユウキ、なのか?」
「ええ、お久しぶりです。やはり僕の思った通り、ヴェルダでは貴方に勝てなかったようですね。でも、問題ありません。時間は十分に稼げました。さあ、始めましょうか――僕と貴方、最後の戦いを」
ユウキは笑顔のままに、創世剣:星皇竜角剣を俺に突きつけそう言ったのだった。




