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転生したらスライムだった件  作者: 伏瀬
天魔大戦編
230/304

223話 王都騒乱 -避難-

 ヴェノムとアリオスが対峙する後ろで。

 剣也を筆頭に、子供達も武器を構えていた。

 ヴェノムは気負う事なく、子供達を気にせずにアリオスに攻撃を仕掛ける。

 まるで散歩するかのような動作で自然に、重力や慣性を無視して砲弾のように突進する。

 そして、一瞬にして最高速度に到達し、アリオスが構える隙を与えない。


滅殺分断破ドゥームエネミー!!」


 ヴェノムの両手の爪が漆黒に染まり、長く伸びる。

 そして、"分割の波動"を放ちながら、アリオスに迫った。

 しかし――


「――甘い」


 アリオスの手には、いつのまにか一振りの剣が握られていた。

 その剣は煌くような輝きを放ち、神速の領域にてヴェノムの爪を断ち切った。

 当然の結果とばかりにアリオスは表情を変えない。

 虫でも見るように、ヴェノムを見る。

 その見下した態度は、圧倒的な上位者が格下の者に向けるものであった。

 だがその表情が、有り得ぬ事態により歪められる。アリオスの腕に痛みが走ったのだ。


「ハハッ、ザマー! 運が良かったぜ、二本も刺さったか?」


 笑みを浮かべ、ヴェノムが指摘する。

 その指摘の通り、アリオスの腕には二本の爪が刺さっていた。


「貴様、最初からこれが狙いか!?」

「いや、そんな事はねーよ。最初の一撃で殺せるとは思ってねーし。

 ただ、一本でも掠れば御の字と思ってたけどな。いやー、今日も・・・ついてるわ」

「ふざけたヤツめ――最早、手加減などせんぞ」

「ばーか! そんなもん、最初から全力で戦うのが基本だろう!」


 怒りに染まるアリオスに対し、ヴェノムは飽く迄も陽気であった。

 しかし、その態度とは裏腹に構えに隙は一切無い。切断された爪も既に再生し、ヴェノムの意識はアリオスに集中している。

 それも当然。

 今の攻防でヴェノムにも、アリオスが圧倒的に強者であると確信出来たからだ。


(ヘッ! 流石に、俺の監視領域内でも認識出来なかっただけの事はある。

 確実に俺より上位の実力者だぜ……。

 が、こいつの動きが視えない程に早い訳でもない。

 という事は、最初に認識出来なかったのはコイツの能力によるものと考えて間違いなさそうだな――

 俺よか強いのは間違いないが、絶対的に勝てないという程ではないようだな。

 なら、好都合だぜ。コイツを殺して、その力を奪ってやる!)


 ヴェノムは交戦しつつ、自然と喉元まで笑いが零れそうになっていた。

 格下ばかりを倒していても、更なる強さを得る事など出来ないのだ。

 なので、今回はチャンスであると考える。上位の者を倒し、更なる強さを得るチャンスだと。

(俺はついてる。今ならマサユキがいるし、コイツは俺にとっては上質のエサだ!)

 もしもアリオスが、リムル側近の上位者達に匹敵する――それこそ、ディアブロ級の――隔絶した実力を有していたならば、ヴェノムには勝機はないだろう。

 だが、そうではない事にヴェノムは気付いた。

 今アリオスの動きを認識出来ている以上、その能力を使用させなければ良い話。

 決して届かぬ存在ではない、というのがヴェノムの判断だった。

 現状では、マサユキの能力によって幸運が底上げされた状態となっている。

 それは、ヴェノムにも効果を及ぼし、普段では考えられぬ程に強さが増しているのだ。

 避けられぬハズの攻撃を何故か回避出来て、当たるハズの無い攻撃が何故か当たる。

 先程の毒爪が二本も刺さったのがその証拠だった。

 今の幸運状態ならば、効くハズの無い毒すらも効果を及ぼす可能性すらあると思える。

 ならば、迷う事などない。

 ヴェノムは自身とマサユキを信じ、圧倒的に格上であるアリオスへと挑みかかっていくのだった。




 マサユキはヴェノムの交戦を眺めつつ、腕を組んで立っている。

 正直、眺めているというよりも、時たま生じる発光により戦闘していると理解出来る程度。

 目で追えるような速度ではなく、格好を付けて見えているフリをしているだけである。

(ていうか、あんなのどうしようもないよね)

 最早悟りの領域にいるので、恐怖感も薄れている状態であった。

 なので戦闘は完全に任せる事にして、今後の事を考えるマサユキ。

 マサユキにとって何より重要なのは、自分の身の安全であった。

 子供達は戦闘に参加する機会を窺っているようで、ヴェノムとアリオスの戦闘を食い入るように見つめている。

 そんな子供達に視線を向けて、マサユキは思案する。

(アイツ等の方が俺より強いんだよな。だとしたら、一緒にいる方が安全だと思えるし……。

 というかアイツ等、何でここにいるんだ?)

 ようやくその事を疑問に感じるマサユキである。

 マサユキが王都にやって来た時、既に子供達がヒナタの危機を救った後だった。

 タイミング良く、美味しい所でマサユキが登場した訳だが、決して狙った訳ではない。

 ヴェノムの転移魔法により仲間達と一緒に到着したのが、たまたまそのタイミングだったというだけである。

 それまで一緒に行動していた訳ではなかったのだ。


「おい、剣也! お前等、何でここにいるんだ?」


 今更ながら、剣也に問うマサユキ。

 その余りにも自然なマサユキの態度は、戦いなど眼中にない――見えてないのを眼中に無いというならば間違ってないのかもしれないが――ようだと人々の目に映るのだが、そんな事には気付かない。

 自分が感じた疑問と、今後の保身が重要だからだ。

 この危険な場所からさっさと撤退したいのだが、その為にも何か理由がいると考えたのである。


「ああ、兄ちゃん。実はアリスのヤツがさ――」

「ええとね、私の能力『空識者キヅクモノ』でね、何だかヒナタお姉ちゃんに危険が迫っているって判ったの!」

「それでアリスが騒ぐから、僕達で何とかしようって……」

「そんな訳で、俺達だけでヒナタさんを助けに来たんです」

「俺達だって、ハクロウ師匠とアゲーラ師匠の特訓を受けて、鬼強くなったんだぜ!

 今ならマサユキ兄ちゃんにも負けないかも知れないぜ!」


 と、マサユキの質問に口々に答える子供達。

(何言ってるんだ……最初っから、お前等の方が強かったよ……)

 そんな事を思いつつ、マサユキは成る程と納得する。


「なるほどね、まさかお前等がいるとは思わなかったよ」

「俺達も、兄ちゃんが来てくれるとは思わなかった」

「うん。でも、来てくれなかったらヒナタお姉ちゃんは殺されてたかも……。お兄ちゃん、ありがとう!」

「えっ!? あ、まあね。まあ、僕がいれば心配はいらないけどね」


 思わぬ過大評価に、背筋を流れる汗が量を増したように感じるマサユキ。

 それはともかくとして……。

 どうやら、敵の狙いはヒナタで間違いないようだとマサユキは判断する。

(さて、どうするかな。ヒナタさんが狙われているなら、近くにいると俺も危険なんだけど……)

 そう考えるものの、子供達はヒナタを守る為に来たという。

 転移で逃げようにもヴェノムは戦闘中で、この場から逃げるのは困難だった。

 敵はどうやら町や住民に手出しするつもりは無いようだが、流れ弾一発でも被害は甚大になりそうだった。

 という事から考えると、一番安全なのは子供達に守って貰えるヒナタの隣であると結論を出すマサユキ。


「よし、じゃあヒナタさんは僕の隣に。何かあったら僕が守りますから」


 ヒナタの隣に自然に立てるように、迷う事なくそう口にした。

 だが、それだけが理由ではない。

 何よりも、マサユキには守りたいものがあった。

 右手に残る温もり――そう、ヒナタの胸の柔らかさと温もりの記憶を。

(こんなに素晴らしいものがなくなるなんて、断じて認められないよね!)

 マサユキの熱い決断は、その能力の効果を最大まで引き上げる。

 ――ユニークスキルでありながら、この世の真理に到達しえる程に。

 その結果、マサユキの意図しない所で、幸運領域ラッキーフィールドとも呼べるマサユキに味方する者に対し絶大なる加護を与える空間が広がる事になる。


「ふむ、流石にあの天使モドキは私の手に余るな……目で追うのがやっとだ。

 それに比べると、君の友人は凄まじい。あの者と曲がりなりにも渡り合えるとは……。

 本当に凄いわね……」


 マサユキの言葉に頷くヒナタ。

 そして続けて、


「では、私達も今出来る事をしましょう。

 この場から人々を逃がす手助けくらいにはなると思うから。

 ニコラウス、我等はこの場にて防御結界を展開させるぞ!

 あの戦いの余波を封じ、人々の盾となるのだ!」


 気迫を込めて叫ぶ。

 ヒナタは彼女の信念に基づいて、今出来る事に着手する。

 全ての人々を救いたいなどと大それた事は思わないが、目の前で救える者がいるのなら手を差し伸べる――それが、ヒナタの生き方なのだから。

 それがひいては自分達への信頼に繋がる事を、ヒナタは良く理解しているのだった。


「御意!」

「了解です、ヒナタ様」

「任せて下さいよ!」


 応じるのは、ニコラウス、レナード、フリッツである。

 三人はヒナタの命令に従い、三方へと散っていった。そして、ヒナタを頂点とする正方形が形成される。

 そして、聖騎士級四名による、防御結界を構築したのだった。

 敵が魔物なら聖浄化結界ホーリーフィールドが有効なのだが、今回はヴェノムがいる上に敵は天使の姿であった。

 下手に聖属性結界を張ってしまえば、却って足を引っ張る事になる。

 そう考え、聖魔防御結界マテリアルシールドを選択している。

 地水火風と言った、爆風衝撃や熱などを結界により遮断するのが目的であった。

 こうして、ヒナタは一時的に民衆を逃がす時間稼ぎを目論んでいる。

 そんなヒナタの行動に同調し、


「ヒナタお姉ちゃん! 私も手伝うネ!」


 そう言って、ユニークスキル『空識者キヅクモノ』による空間結界効果をヒナタ達の結界術に同調させた。

 これにより、ヒナタ達の使用する聖魔防御結界マテリアルシールドは大幅に補強される事になる。

 それを見て、ゲイルが前に出た。


「じゃあ、俺のユニークスキル『造成者タガヤスモノ』も役に立つかな!」


 ゲイルのユニークスキル『造成者タガヤスモノ』は、本来は農耕に適する能力なのだが、利用方法次第では様々な応用が利く優れた能力であった。

 大地に干渉し、硬質化した土壌にて民衆側の広場を覆うゲイル。

 大地の精霊と同調し、鋼鉄並みの強度の防壁が完成した瞬間である。

 人々の目の前に一瞬にして防壁が出現したのだ。当然ながら、人々に動揺が走った。

 それに続くのは、剣也と良太だ。


「よっしゃ! 俺達で、アイツを倒してみせる。

 段々目も慣れて来たし、アイツの動きも見切った。

 マサユキ兄ちゃんの出番は無いと思うぜ!」

「僕達もかなり鍛えられたしね。

 でも、うしろでマサユキさんが見守っててくれるなら心強いです!」


 そんな事を言い残し、剣也と良太が参戦したのだった。


「ああ。いざと言う時は、俺が守ってやるさ!」


 剣也と良太に頷き返し、マサユキは思う。

(無理に決まってるけどね!)

 と。

 こうなってしまっては、ヴェノムと子供達が敵を倒す事を期待するしかなかった。

 剣也と良太が参戦したのは、マサユキにとって誤算である。

 ヒナタの傍で守りに徹すると思っていたのだ。

 だが、ゲイルという守りの要も残っているし、アリスもいる。

 ヒナタ達の結界も補強されたようだし、マサユキの当初の目論見通り、取り合えずの安全は確保出来たようであった。

(うん。こうなったら、下手に動かない方が良さそうだ)

 マサユキは決断し、さっさと残りの障害を排除する事にした。

 それは、周りで見ている人の目である。

 マサユキはマサユキなりの理由で、人々にはさっさとどこかに行って貰いたいと考えていたのだ。


「皆さんは、落ち着いて広場から離れて下さい! どこか逃げ込める場所があるなら――」


 ヒナタに格好良い所を見せつつ、人々を遠ざけようとするマサユキ。

 目論見は一つ。

 いざと言う時、自分が逃げる為である。

 いつでも逃げやすいように、人目は少ない方が良いと考えたのだ。

 だが、民衆は別の意味に受け取った。


「勇者様、俺達の事を心配して……」

「馬鹿、違うぞ! 俺達が邪魔なんだよ。本気を出して戦えば、俺達を巻き込んでしまうんだ!」

「そうか、それで小さなお弟子さんを戦わせていたのか……」

「その通りだな。マサユキ様自身が戦えば、勝利は間違いないだろう。

 だが、それでは俺達に被害が出るからだ!」

「俺達が足手まといに!?」


 とまあ、そんな感じに。

 当然だが、マサユキの思惑とはかなりかけ離れた理解である。


「皆、逃げるなら王城が良いだろう。あの場には、大規模防御結界が張られている。

 天使の軍勢が攻めて来たのならばともかく、あの結界を破るには時間が掛かるだろう。

 勇者殿に安心して戦って貰う為にも、速やかに移動するが良い――」


 広場から逃げ出そうとする人々に向けて、一人の男がそう提案した。

 自らの罪を自白した、エルリック王子である。

 その顔は憑き物が落ちたようにサッパリとしており、全てを受け入れる覚悟を定めた者の目になっていた。


「王子――」


 騎士達が動揺するも、それは一瞬である。


「皆! 聞いたな? 落ち着いて行動せよ、城ならば皆を十分に受け入れられる。

 慌てて怪我をせぬよう、且つ速やかにこの場を離れるのだ!

 後の事は、勇者様にお任せ致す!」


 騎士達の一人が、大音声で人々に指示を出す。

 そしてその騎士が、事態の変化に戸惑っていた兵士達に向けて、民衆の誘導と城での受け入れ準備をするように命令を下した。

 どうやらその男は騎士団副長だったようで、命令を受けて騎士達は速やかに行動を開始した。

 それにつられるように、兵士達も動き出す。

 広場から水が引くように、人々が移動を開始したのだった。

 俺達がさっさと避難した方がマサユキ様がご活躍出来るだろう、そう言い残して。

 こうして、この場には少数の者が残るのみとなったのである。

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[一言] 俺なれるならマサユキがいいなぁ
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