212話 愚かなカザリーム
ソウエイとラプラスは対峙して、互いの隙を伺う。
数瞬の間に複数の攻防を経て、膠着状態に陥っていた。
最初にソウエイへ放たれたラプラスの見えざるナイフは、全てがソウエイの身体へと吸い込まれた。
不意打ちによりソウエイを仕留めたと思ったラプラスだったが、それはソウエイの生み出した並列存在の一体でしかなかった。
ソウエイは用心深い。
初見の相手に、無用心に挑みかかるような真似はしないのだ。
勝てる勝てない格上格下に関わらず、ソウエイは用心を怠る事はない。
「それがお前の遣り方か? その実力ならば、正々堂々戦ってもそれなりのものだろうに」
「ははは、お褒め頂いて何よりでっけど、アッシは楽して勝ちたい思うてまんねん。
それにしても……兄さんは厄介でんな。
確実に仕留める光景が視えたよって行動したのに、偽物やったとは。
勘が告げる通り、撤退するのが正解やったんやろな」
ラプラスはやれやれと首を振りつつも、その手には複数のナイフを用意していた。
そして、その口元には楽しそうな笑み。
享楽の道化の名の通り、ラプラスは戦う事を生きがいとして楽しんでいる。
そして放たれる数多のナイフ。それは自動追尾しつつ、ソウエイの本体目掛けて殺到する。
ソウエイの生み出す分身体を全て葬りながら、本体というより気配の大本を辿るのだ。
ソウエイの放つ魔力波動を解析し、覚えこませたという事だろう。
「ほう、器用だな。迂闊に迎撃も難しい、という事か」
分身の一体が、ラプラスのナイフを弾くと同時に爆散したのだ。
ナイフに見せかけた爆弾であったらしい。
それも、聖霊爆弾。7色の全属性を併せ持つ、対魔対聖の万能属性を封じ込めたものだった。
「へへへ、そや。姐さんの属性が万能属性になったもんやさかい、少々貰ったんですわ。
ぶっちゃけ、聖魔両方の属性を持つ姐さんを倒すんは無理やで?
あの兄さんも滅茶苦茶危険やけど、大人しゅうしとった方が恥かかんですんだんちゃいまっか?」
「本当にそう思うか?」
「――さて、どないやろな? ま、アッシはアンタを足止めするだけの事ですわ。
多数の本物か偽物かようわからん――多分でっけど全て本物の――分身を操るなんて、ホンマ厄介やわ。
でもな、真贋わからん聖霊爆弾で囲ってしまえば、兄さんも手出し出来ひんやろ?」
ラプラスはユニークスキル『詐欺師』にて、既に全てのナイフを偽装済みである。
というより、その言葉こそが偽装であり、全てのナイフが聖霊爆弾なのだ。
出し惜しみする気などなく、確実にソウエイを仕留めるつもりであった。
「ッフ。囲っただと? そんなもの、転移すれば意味がないだろう」
ソウエイがそう言いながら、『空間操作』により移動しようとして――
それこそが、ラプラスの狙い通り。
「はぁーーっはっは! 用心深い兄さんらしゅうない。
聖霊爆弾は、次元振動で連鎖爆発するように設定してありましてん。
転移系の空間の歪へと一斉に流れ込み、内部でボンッ! ですわ。
そんだけの爆弾喰らったら、巻き添えでこちらもダメージ受けるよって、冷や冷やもんやったんでっせ。
ま、アッシの傀儡糸を兄さんに巻きつけた時に気付かなかったのが敗因ですわ」
ラプラスはナイフに傀儡糸を巻き付け、ソウエイに絡めさせていた。
それだけではなく、周囲に浮かぶナイフ同士を連結させ、他の分身の移動にも反応するように仕掛けていたのである。
仮にソウエイが転移系能力を発動せず、聖霊爆弾を無視して突っ込んで来たとしても問題は無かった。
この大広間の大半が吹き飛ぶ事になっただろうが、仲間であるティアとフットマンを回収し逃げる程度は容易い事だったから。
爆発のタイミングを操作する程度、ラプラスにとっては造作も無い事だったのだ。
何より、ユニークスキル『未来視』に、ハッキリとソウエイが爆発に飲まれる姿が映し出されて視えていたのである。
ラプラスに迷いは無く、確実にソウエイを葬れると確信を持って仕掛けた攻撃だったのだ。
上手く行ったと喜び、高笑いするラプラス。
「すまんな、そんなに喜んでいる所悪いのだが、そろそろ終わりにしよう」
背後から冷たい声が聞こえた。
そして、自分の胸から直刀が突き出て来た事に、驚きを隠せない。
理解出来ない現実にラプラスは、
「そんなアホな……」
と、間抜けな声を出すしかなかった。
ネタをばらすと話は単純である。
ソウエイは最初から、本体を闇に隠したままだったというだけの事。
爆弾に囲まれたのも本体ではなく、並列存在の一つでしかなかっただけの話。
究極贈与『月影之王』の"月の瞳"にてレオンの城の位置を割り出し、結界内部への直接転移を実行した。
そして『法則操作(影)』により自身の本体は影に隠れたまま、"一撃必殺"効果による不意討ち。
ベニマルのような甘さの欠片もない、ソウエイの戦い方だった。
だが――
「やれやれ、ですわ。まさか、ワイの弟が……こないも簡単に殺されるやなんて――」
「弟、だと? む!?」
殺気に反応し、ソウエイはその場から飛びのく。
全てを見通す瞳により、違和感と同時に危険を察知したのだ。
同時に、ラプラスの死体にナイフが刺さり、その身を爆発四散させた。
少しでも回避が遅れていれば、爆発に巻き込まれて無傷ではいられなかっただろう。
「な〜んちゃって! ホンマに弟と思わはりました?
実はワイも、アンタと同じような能力を持っとるんです。
ホンマは兄さんと同じように、不意打ちしたろか思ったんでっけど、それじゃ楽しめん思って姿現しました。
いや〜久しぶりやわ。ワイの分身を殺されたんは!」
不意討ちを仕掛けつつ、抜け抜けと嘘を言い放つラプラス。
目は細められ、口元には笑み。
快楽主義者であるらしいラプラスらしく、その態度は人を小馬鹿にしたものである。
人形傀儡師クレイマン。
ラプラスは、クレイマンの師匠である。自分を模した魔人形を作製し、自動操作で操っていたのだ。
そしてその対象は――
「さて、久しぶりにワイも本気で暴れるとしますかね。
ワイを舐めとったら、痛い目見るで。覚悟しときや!」
「覚悟するのは貴様だ。俺を倒すなどと下らぬ妄想は止めて、さっさと闇に帰るがいい」
そして二人は対峙し、戦いは膠着状態へと至ったのだ。
ベニマルとカザリームは、ミザリーの張った結界を突き破り都市結界すらも突き抜けて、高高度空域で空中戦を演じていた。
カザリームはその膨大なエネルギーに物を言わせ、ベニマルへと激しく攻撃を仕掛けていく。
精神生命体同士の戦闘とは、突き詰めれば相手のエネルギーの奪い合いであると言える。より多く相手から力を奪い、存在力を減少させれば勝利するのだ。
究極能力もその為の手段であり、カザリームは能力を解放する事により効率的にベニマルからエネルギーを消耗させていた。
――否。させていると思い込んでいた。
「どうしたどうしたぁ!! 反撃も出来んのか!? さっきまでの舐めた態度はどうしたんだ?」
勢いに任せ、濃縮されたエネルギーを拳に込めて、ベニマルを乱打するカザリーム。
究極能力『支配之王』により最適化されたカザリームにとって、八星魔王など敵では無いと確信していた。
現に、レオンもカザリームの前では赤子同然だった。
講釈を垂れたミザリーも、たった一撃攻撃を加えただけで取るに足らぬ存在だと見破る事が出来たのだ。
そう。
聖と魔、天使と悪魔の力を統合し、『聖魔合一』という究極の最適化が為された自分の前には、天使も悪魔も平等に敵では無いと信じていたのだ。
エネルギーの量も質も自分が上であるならば、負ける道理が無いというのがカザリームの考えであった。
事実、レオンの聖なる攻撃も、ミザリーの悪魔の力も、等しく相殺し反撃を加える事に成功している。
カザリームが何もしなくても、相手が勝手に自滅するのだ。
それこそが、カザリームの編み出した相殺消失である。
当然だが、自分から攻撃を加える時も発動させている。
自分のエネルギーをぶつけて相手のエネルギーを奪いつつ、更に相殺によりダメージを蓄積させる。
敵が自分のエネルギーを圧倒的に上回らない限り負ける事のない、必勝の能力。
そして、四凶天将の一角として最強の力を有するカザリームよりも上位の存在など、存在する筈が無いと考えていたのだ。
「どうしたぁああ!! 俺様が本気を出したら、手も足も出ないってかぁ?
ワタクシの力に気付いた時は、もう手遅れだったようね。
お馬鹿さん。ワタクシの邪魔をしなければ、もう少し長生き出来たのにね。
さっさとレオンの泣き顔が見たいし、貴方はそろそろ殺してあげるわ」
邪悪に嗤いながら、カザリームはベニマルに止めを刺そうとする。
カザリームは自分の強化された能力に浮かれて、対抗出来る者など存在しないと頭から思い込んでいた。
確かに強力な能力である事は間違いない話であり、カザリームがそう考えるのも無理の無い事であったかも知れない。
けれど、それは余りにも愚かな行為だったと言えるだろう。
カザリームは、自身の能力が最強であり弱点は無いと確信してしまった。故に、能力を過信し過ぎたのだ。
だから、まるで気付いていなかった。
自身の攻撃が、ベニマルに一切ダメージを与えていないという事に。
「オラオラオラオラ! どうしたどうした!!」
更に調子に乗るカザリームだったが、
「うるせえ!」
ベニマルの放った拳が顔面を穿つ。
「ブボァッ!!」
たった一発で意識の大半が奪われそうになるカザリーム。
「ブバッ、は、あ、ガァ!?」
驚愕に目を見開き、カザリームはベニマルに視線を向けた。
そんなカザリームを憐れむように眺め、ベニマルは現実を突きつける。
「テメーの攻撃は、俺には全く通用しねーよ」
と。
言われた言葉の意味が理解出来ないカザリーム。
それはそうだろう。
カザリームは最強の力を手に入れたと自負し、たった今まで絶対的な強者の立場に立っていたのだから。
それなのに、自分の攻撃が全く通用しない相手が存在する等と、決して認める事など出来ない話であった。
「ふ、ふざけるなぁ! 何を、何を馬鹿げた事を!!
そ、そうか……わかったぞ! ハッタリだ、ハッタリだろうが!
ははは、小賢しいヤツめ。そんなつまらん嘘で騙されるこのワタクシではないぞ!」
無理やりに理由をこじつける。
そして、最大出力で両手の間にエネルギーを凝縮させ、ベニマルに向けて構えを取った。
「貴様は終わりだよ。
小細工を弄してワタクシを陥れようとした所で、絶対的な力の差ってヤツはどうしようもないのよ。
ざ〜んねん! おバカさんにはそれがわからなかったのね」
ニヤリと笑みを浮かべ、両手の中の確かな力を感じて落ち着きを取り戻す。
「じゃあ、サヨウナラ。恨むなら、無力な自分を恨むのね! 支配者の憂鬱!!!」
放ったのは、目標のエネルギーを急速に消耗させる、聖魔波動砲とでも呼ぶべき恐るべきエネルギー波である。
音速の数十倍を超える避ける事すら不可能であろう速度で、必殺の波動がベニマルへ襲い掛かる。
だが、ベニマルの表情に変化は無く、愛刀"紅蓮"を手に、静かに構えるのみ。
「知ってるか? 速度は、力だ。つまり――」
愛刀を振るい、朧黒炎葬破による受け流しでカザリームの必殺技を無効化した。
叩き返す事も出来たのだが、あえてそれはしなかった。
次の攻撃で仕留めるつもりだったから。
「は? えっ!?」
限界まで目を見開き、驚愕するカザリーム。
有り得ない光景を目の当たりにし、理解が追い付かないのだ。
「テメーの鈍間な攻撃じゃあ、俺に追い付けないんだよ。
つまり、お前の攻撃が俺に通用しないってのは、そういう意味だ。
一つ褒めてやれるとすれば、確かに、パワーの総量だけは俺よりも上だったぜ。
ただし、質は圧倒的に俺の方が上だったって話さ。
そんだけの事。
理解出来たか?
じゃあ、そろそろ死ね! 陽光黒炎覇加速励起!!」
驚愕の余り恐慌状態となり動きの止まったカザリームへと、ベニマルの必殺技が喰らいつく。
その黒い陽光は東洋の龍のような形状を取り、意思があるが如くうねりながらカザリームの半身を飲み込んだ。
質が上というベニマルの言葉通り、放たれたエネルギーの性質は凶悪なまでの暴威を振るう。
何故なら、それはベニマルの敬愛する主たる、大魔王リムルの持つ虚無のエネルギー。
リムルの配下の一部の者は、魂の回廊を通じてリムルの虚無の性質へと近づいていた。
故に、聖魔の性質を併せ持つカザリームの攻撃と言えど、相殺どころの話では無かったのだ。
質で上回るベニマルの魔素量に阻まれて、カザリームの攻撃は無効化されていたのである。
本家本元のリムルには及ばぬものの、超高速で動き回る事で本来以上に魔素量を高めていたのも決め手となっていた。
全ての面で、ベニマルが上手だったと言えるだろう。
「ッチ。まだまだ制御が上手くいかねーな」
ボヤくベニマル。
威力は文句無しなのだが、命中精度が思い通りにいかないのだ。
その技はリムルがベニマルに伝授した技であり、"灼熱竜"ヴェルグリンドの究極の一撃である灼熱竜覇加速励起を真似たものである。
元々高密度の精神生命体であるヴェルグリンドと異なり、進化したてのベニマルが使いこなすのは、まだまだ時期尚早であった。
だが、ベニマルの能力である究極能力『陽炎之王』は光熱支配による加速が肝であり、ヴェルグリンドの能力から学ぶ事は多いのだ。
というよりも――
(多分だが、リムル様がヴェルグリンド様から獲得した能力を、俺が受け継いだんだろう)
――そう納得しているベニマル。
そして――ゼギオンやランガ等は、ヴェルドラ様から能力を受け継いだのだろう、と。
ディアブロに至っては、
(あの野郎、リムル様から直接能力を受け継いでそうだな)
と、何度も迷宮で死闘を演じた相手を思い浮かべる。
死ぬ事が無いという迷宮特性を利用し、何度も何度もディアブロと実戦訓練を行っていた。
結果、全戦全敗。
武闘大会のような人目の有る場所ではともかく、監視の無い誰からも見られぬ場所では、ディアブロは一切の手加減をしないのだ。
(あの陰険な野郎の強さの一端が垣間見えたのはいいけど、野郎、いつかぶちのめす!)
クフフフフ。というディアブロの高笑いが思い出されて、少し不愉快になるベニマル。
最近ベニマルにも分かってきたのだが、ディアブロはリムルの前ではかなり猫を被っているようだった。
だがまあ逆に言えば、隠している本音が見える程度には仲が良くなったと思うべきなのだろう。
そう無理矢理納得すると、ベニマルは落ちていくカザリームに視線を移し、止めを刺すべく追いかけるのだった。




