202話 中庸道化連
タイトル変更しました。
大戦開始初日。
その日は何事も無く終了していた。
魔法都市を覆う防御結界は磐石で、天使の攻撃を完全に防いでのけたのだ。
大きく力を増した黄騎士キゾナと白騎士メーテルの指揮の下、都市結界の補強に全力を傾けた事が功を奏したのである。
しかし二日目。
それまでは統一性を持たずに行動していた天使達が、一点に結界突破の攻撃を集中し始める。
それに対抗して騎士達も防御を強化したものの、ほんの僅かな綻びから数名の者達の侵入を許してしまったのだ。
その数名の者達により、戦況は大きく揺れ動く事になる。
レオンの下に敵に侵入されてしまったという報告が齎されるまで、時間は然程掛からなかった。
血相を変えて騎士が報告に訪れる。
「たった4名の敵の侵入により、城内は混乱しております!」
騎士はそう告げて迎撃に戻った。
だが、直ぐに廊下から絶叫が聞こえてきて、戦況の悪さをレオンに知らしめる事となる。
「魔法師団により、城の封鎖を行わせろ! 侵入者は全て城内にて隔離する。
城下にまで被害を出す訳にはいかん。各騎士団長は迎撃に向え!」
城を隔離結界により緊急に封鎖する事を指示し、騎士団長達を迎撃に向わせる。
都市結界の維持はそのまま黄騎士団と白騎士団に任せて、予備戦力である赤騎士団により城の封鎖を行わせた。
残る戦力は青騎士団のみ。状況に応じて、どちらに投入すべきか判断する必要がある。
二日目にして一気に慌しくなったものだと、レオンはうんざりした。
(ふむ。もう少し粘れると思ったが、敵も中々やるものだ)
レオンは席を立った。
自分も迎撃に向かい、侵入者を確認しておく事にしたのだ。
だが、その必要はなかったようだ。
大きな音を立てて、正面の扉が破壊された。
謁見の間に続く大扉が粉微塵になって、埃のように破片を撒き散らす。
そして、その粉塵の中から、侵入者が堂々と姿を現したのだ。
「ほーーーっほっほっほ。御機嫌よう、皆様!
ワタシはフットマンと申します。
中庸道化連が一人、怒った道化のフットマンとはワタシの事。
どうぞ、お見知りおきを!」
太った身体に怒ったピエロ顔。
それなのに、陽気な口調で話すその道化は、一種異様な空気を醸し出していた。
報告では4名侵入に成功したようだが、フットマンと名乗るその男はたった一人でレオンの居る玉座の下までやって来たらしい。
余程の自信家なのか、考えなしの馬鹿なのか。
「貴様、この場にたった一人でやって来て、生きて帰れると思うなよ?」
アルロスが叫ぶ。
クロードは何時でもレオンを守れるように、剣に手を掛けて動かない。
レオンは思う。
このフットマン、たった一人で本当に自分を倒すつもりでいるのだろうか? と。
もしそう考えているのならば、流石に此方を余りにも舐めた行動であろう。
目的は別にあると見るのが自然であった。
「ほっほっほ。お怒りですか? カルシウムが足りませんよ!?
ところで、カルシウムって何かご存知ですか?
こういうものに大量に含まれているんです。
お土産ですので、遠慮なさらずにどうぞ!」
満面の笑顔でそう言うと、フットマンは引きずっていた何かをレオン達に向けて軽く放り投げる。
その物体は空中でポンッ! っと爆散し、真っ白いものが足元に散らばった。
それは何なのか? レオン以下、クロードもアルロスも一目で理解する。
先程報告に訪れた騎士の、成れの果ての姿であった。
色めき立つアルロス。
無言でフットマンに斬りかかろうとするアルロスを、クロードが制止した。
「待て、ヤツの力は危険だ。
アイツと同等の者が後3名居るならば、城内の者が危ない。
フラン達も此処に向かっているだろうから、お前は城内の――」
クロードがそこまで言いかけた時、
「ああ、やはり此処に居ましたか、魔王レオン。
うふふふふ。やっぱり、貴方はワタクシが殺して差し上げないと、ね」
そう言って、一人の女性が壊れた扉を潜り、謁見の間に入って来た。
美しい、エルフの女性。しかし、その表情は邪悪。
元魔王カザリームこと、現四凶天将の一人であるカガリであった。
そして、カガリの後に付き従うように、二人の道化も入って来る。
涙目の道化面の少女と、人をおちょくったような道化面の男の二人だ。
クロードとアルロスに緊張が走った。
それは、カガリ達の実力に気付いたからではない。後に付き従った人をおちょくった道化面の男が肩に担ぐモノに気付いたからである。
「貴様! オキシアンを放せ!!」
アルロスが激昂した。
そう、道化の男が持っていたのは、彼等の仲間である青騎士オキシアンであったのだ。
「ええ!? 何でですのん? せっかく苦労して仕留めたのに……
今からアッシ、この人を人形に仕立て上げなあきませんねん。
残念でっけど、あんさんの言い分を聞く訳にはいきまへんわ」
人を食ったように首と手を振るその態度に、アルロスだけでなくクロードまでも怒りで顔を真っ赤に染めた。
そんな様子をカガリは楽しそうに眺めている。
そして、
「まあまあ、そう怒らせるものではなくてよ。
楽しみはゆっくりと味わいましょう。先に自己紹介をなさい、お前達」
そう言って、楽しそうに笑った。
その態度は明らかに上位者のそれであり、事実、カガリの放つ気配は、以前のそれとは比べ物にならぬ程に濃密であった。
レオンはその事に気付き、顔をしかめる。
厄介な相手である。
レオンの強さを知って尚、その余裕を持っているという事なのだから。
連れて来た仲間が強いのか、或いは、それだけの自信が出来る程に強くなったのか。
(ッチ、厄介だな。あの時、確実に仕留めるべきだったな)
とは思うものの、後の祭りである。
一応は、ミザリーが隠れて様子を伺っているので、万が一の場合の保険にはなると思うのだが、カガリの不気味さは捨て置けなかった。
次は逃がす事なく、この場で始末しなければならぬと決意するレオン。
そして、そんなレオンに向けて3名の魔人が自己紹介を始めた。
最初に口を開いたのは、太った道化である。
「ほっほっほ。先程も申しましたが、ワタシはフットマン。
中庸道化連が一人、怒った道化のフットマンです。
魔王レオン。
貴方には、魔王カザリーム様を一度滅ぼされた恨みがあります。
そして何より、我が友であるクレイマンを見殺しにした罪もある。
決して楽には殺しませんよ。ワタシは怒っているのですから!」
そう言って、太った身体を器用に折り曲げて一礼すると横に場所を移った。
続いて前に出たのが、涙目の道化面の少女であった。
大きな鎌を肩にかけ、おどけた様に挨拶をする。
「アタイはティア。
中庸道化連が一人、涙目の道化のティア。
アタイは哀しいのが嫌い。カガリ様の敵はアタイが排除するんだ!」
そう宣言すると、大鎌を器用に回転させて踊るように場所を譲る。
譲られた場所に進み出たのは、最後の一人。
青騎士オキシアンを担いだままの、人をおちょくったような道化面の男である。
「さて、皆さん。今日はお日柄も宜しいようで。
アッシの名はラプラス。
中庸道化連の副長であり、享楽の道化のラプラスっちゅう者ですわ。
宜しゅうに。
今日は会長であらせられるカザリームの旦那――いやま、今はカガリの姉御ですわな――のご用命でして。
少ないメンバーの一人が魔王なんぞになる言うから送り出したんですが、後悔しとりましてん。
でもま、そのカガリの姉御がこうして復讐の機会を用意してくれたっちゅう訳ですねん。
あんさん等に恨みはバリバリにありますよって、付きおうたって下さい」
そう、口上を陳べた。
それに対し、レオンが問う。
「中庸道化連だと? 知らんな」
「あれま? 細々とした組織でっさかいな。
クレイマンいう者がお世話なった思いますけど、お忘れでっか?
喜狂の道化のクレイマン言うて、イケイケやったんでっけどな」
ラプラスと名乗った者はそう返事して、気色悪いウィンクをする。
そして、おちょくったようにニヤニヤと人を馬鹿にしたような笑顔を浮かべた。
だがレオンの目は、そのラプラスという男が油断のならない存在であると看破していた。
隙が無いのだ。
無駄な動作を行っている割には、全て連続して次の動作へと繋がっている。
達人。全ての動作を極めた、ある種の極意に達した者の動きであった。
或いは、カガリ以上に危険な存在かも知れないと、レオンは感じていたのである。
そして、静かに敵の存在値を測定した結果、カガリの連れている3名の道化は、全員が魔王級を超えていると判明している。
カガリに至っては、覚醒魔王並みかそれ以上。完全に出し抜かれた形となってしまったようであった。
外の天使達は囮であり、見せ掛けの戦力だったのだろう。
カガリ達が都市結界内に侵入した時点で、外の天使は役目を終えているのだ。
つまりは、カガリにとっては、レオン達を倒せるという絶対的な自信があるという事を意味する。
(舐められたものだな……
だが、それならばもう一度身の程を教えてやらねばなるまい)
レオンは立ち上がった。
「ふん。覚える必要はないな。どうせ、貴様等に先は無いのだ」
告げる。
そして、戦いが始まった。
ラプラスの背後から、気配を殺し接近していた赤騎士フランが必殺の一撃を放つ。
炎を剣に纏わせた、ラプラスの死角からの一撃。回避は不可能であるという絶対の自信を込めて、フランは剣を振りぬいた。
しかし、驚愕すべき事に、ラプラスは振り向きもせずに軽々と回避してのける。
空間を把握する『魔力感知』を用いていたとしても、気配を完全に絶ち魔力干渉にて存在を隠蔽していたフランを捉えるのは容易ではない筈なのに、だ。
「おっとっと、危ないでんな。
せやかて、そないに怒って感情を駄々漏れにさせとったら、折角の隠形術も台無しでっせ」
飄々と、ラプラスはフランの攻撃を回避しつつ、そんな事を口にした。
フランは大幅に能力が向上している。
悪魔公級の能力に、今まで鍛えてきた技術。そして、魔法。
魔法剣士として、最高の頂にまで到達したかのように感じていたのだ。
事実、言うなれば旧魔王に匹敵する能力を得たと言えるだろう。
それなのに、ラプラスの前では、全ての攻撃を完璧に見切られて、まるで手が出ないのである。
「馬鹿な! 貴様、私の攻撃を見切っているのか!?」
思わず口にしたその問いかけに、
「そうでんな、丸見えですわな。
その視線の動き、気の流れ、感情の揺らぎ。
全部が、一点に集約されてますわ。
せめてそれらを散らすようにせんと、次に何処を狙いますよって教えてるようなものでんな」
そう答えて、馬鹿にしたように、やれやれと首を振るラプラス。
実際、フランの動作はそこまで判りやすいものではない。ラプラスが指摘するような癖など、他者から見て気付く者など稀であろう。
それなのに、ラプラスからすれば、判りやすい程に明確にフランの動作を読み解けるのだ。
そこに在るのは、絶対的な力量の差、なのだから。
フランがラプラスに仕掛けると同時、フットマンも動いた。
太った身体からは考えられぬ程に機敏に動き、転がるように移動する。
そして、指をパチンと弾いた瞬間、フットマンに襲い掛かった騎士数名が宙に固定された。
「ほーーーっほっほっほ。楽しい楽しい花火の時間ですよ!」
耳障りな笑い声を上げて、フットマンがはしゃぐ。
そして、パチン! ともう一度大きく指を弾いた。
瞬間、宙に固定された騎士達の身体がぶくぶくと膨らみ始める。
「ひっ! な、何が!?」
「やめぃ。やめて!!」
ぶくぶくと膨らみ、そして――
パン!!
っと、景気良く弾けた。
数名の騎士達は為す術もなく、フットマンにより爆殺されたのだ。自身の身体を風船のように膨らまされて。
「ほーーーっほっほっほ。た〜〜〜のしぃいいいい!!」
最早、数は意味を為さぬ事を理解する騎士達。
フランの引き連れて来た青騎士団の騎士達と、青騎士団の精鋭達は、近寄る事も出来ずに遠巻きに侵入者を囲むのみ。
クロードは状況に歯噛みする。
思っていた以上に、敵の戦力は高いようだ。
クロードとアルロスを除いた4名の内、フランが最も戦闘力が高い。それなのに、ラプラスという魔人には歯が立たないようだ。
そして、フットマンという魔人に対しては、騎士達では役に立たない。
自分とアルロスが動くしかない、そう判断するクロード。
レオンが心配ではあったが、自分よりも遥かに強い主を心配しても仕方がないし、ミザリーという強力な協力者も居る。
今自分が為すべきは、仲間であるフランの援護であると気持ちを切り替えた。
「レオン様、ワシも出撃しますぞ」
クロードはそう告げて、レオンが頷くのを確認すると、フランの援護へと動き出した。
同時にアルロスも、
「レオン様、自分も出ます!」
そう叫ぶなり飛び出した。
残されたのはレオンと、艶然と笑みを浮かべるカガリのみ。
異質な空気が漂い、二人の間では緊張が高まっていく。
飛び出したクロードとアルロスもまた――
クロードはフランの援護に入り、アルロスはフットマンへと向かった。
そして、一人取り残されたティアであったが、彼女の前にも二人の騎士が立ち塞がる。
外の結界維持を部下に任せて、慌てて駆けつけた黄騎士キゾナと白騎士メーテルである。
それぞれがそれぞれの相手を見つけ、激しい戦いが始まった。




