179話 黒色軍団vs帝国軍 -後編-
ウルティマは怒りのままに、黒い玉を複数召喚した。
邪悪な笑顔で近衛騎士達に、召喚したソレを一つずつ放り投げる。
軍服――近藤中尉は、その玉の危険性を察知し、
「抑え込め! それは、黒炎核だ!」
と叫ぶなり、銃を取り出し黒炎核の一つを解呪弾と消滅弾の二連射で撃ちぬいた。
続けて他の黒炎核を消滅させようとしたのだが、
「あら? 君の相手はワタシだ!」
カレラが、力任せのエネルギー弾を近藤に撃ち込み、その行動を阻害する。
近藤は呪札を取り出し、そのエネルギー弾を弾きつつ回避行動を取った。
カレラの怒りを象徴するような、凄まじいエネルギー。だが、賞賛されるべきは、顔色一つ変えずに全てを弾いた近藤であろう。
反撃とばかりに解呪弾を放ち、隙あらば呪壊弾を撃ち込もうと冷静に戦闘分析を行う近藤。
だが、既に他の者の事まで面倒を見る余裕は無くなっており、カレラと近藤は周囲と隔絶して一騎打ちの様相を呈し始めるのだった。
ウルティマが放った黒炎核。
それは、魔法の源とも呼べる大魔力の塊である。
これを圧倒的な魔力で握りつぶせば、純粋なる殺人光線を放つ"死の祝福"となる。
膨張する魔力をそのままに放置するならば、"破滅の炎"の発生だ。
そして、最も高度なのが、魔力操作により膨張を圧縮に転じさせる事。
そうすれば、最強魔法である"重力崩壊"となるのだ。
核撃魔法の肝となるモノなのである。
ちなみに、"熱収束砲"は、極少量の黒炎核を指定方向を定めた筒型の魔力結界内部で爆発させ、そのエネルギーを任意方向へと向けさせる魔法である。
やっている内容は単純で、最も取り扱いが簡単なのだ。
故に、拳大もの大きさの黒炎核など必要とせず、その危険性は指摘されるまでもなく近衛騎士達にも理解出来たのである。
「ば、馬鹿な! あの規模の黒炎核を複数だと!?」
「あれが崩壊すれば、この一帯は吹き飛ぶぞ!!」
「魔導師どもの結界では抑えきれぬ、総員、黒炎核を始末せよ!!」
そして、一斉に動く。
仮に放置し、"破滅の炎"が複数発生したとしても、自分達と皇帝ルドラだけは無事だろう。
しかし、空中に浮かぶ飛空船団の大半が、爆炎に包まれて崩壊する事になるだろうから。
まして、幾ら無事だからとは言え、皇帝陛下を空中に放り出す訳にはいかないのだ。
「しかし、化け物か!? あの規模であれだけの数の黒炎核を召喚し、平然としているとは……」
それが、近衛騎士達の偽らざる感想であった。
上位の者は、自身の聖魔力により黒炎核の相殺に成功している。
しかし未だに5名の者が、脂汗を掻きながら必死に魔力暴走を抑え込もうとしていた。
「はい! 残念、時間切れで〜す!!」
無邪気に楽しそうに。
ウルティマが邪悪に告げる。
その言葉と同時、黒炎核が変質を開始した。
黒く蠢く炎の触手が、抑え込んでいた近衛騎士達5名へと絡み付いていったのだ。
ウルティマの獲得した究極能力『死毒之王』による、魔法の変質効果。
即死と致死毒の効果を与えられ、絡みつく対象を死に至らしめる。
即ち、聖魔力で黒炎核を相殺出来なかった時点で、抵抗に失敗していたのだ。
結果として、為す術なく死に至る事になる。
黒く蠢く炎の触手は、徐々に対象を覆い、包み隠す。
その動きに恐怖を感じたのか、
「た、助けて下さい、近藤中尉!!」
近衛 No.06 ミナザが、近藤へと助けを求めた。
しかし、近藤にはその余裕は無い。
流石にカレラを相手にしつつ、部下の面倒までは見れないのだ。
そちらに視線を向ける事もなく、
「無理、だな」
と、現実を告げた。
「そ、そんなあ――」
ミナザが悲鳴を上げるよりも早く、その時は訪れた。
「"黒死崩壊"! あはははは!!
これで、数は同じになったね!」
楽しそうに、ウルティマは笑い声を上げた。
黒く蠢く炎の触手は、ウルティマの手に握られている。
黒い炎の鞭のように。
そして、その鞭を通し、今消滅させた者達のエネルギーを魔素に還元して吸収しているのだ。
「なかなか美味しかったよ。君達も、少しは役に立って嬉しいよね?」
そう言って、短い時間の中に与えた恐怖と絶望の感情を啜るのだった。
ダムラダは戦慄とともに、状況を分析する。
最強である近藤中尉が、たった一体の悪魔で手一杯になるとは予想も出来なかった。
いや、予想しておくべきだったのだ。
魔王リムルの異常性は知っていたのだし、武闘会で見たディアブロの強さから推測するに、絶対に有り得ぬ話ではないのだから。
ただ、逆にあの決勝を見てしまっていたが故に、戦力を下に分析してしまっていたとも言える。
当時、あれが全力であろうと信じていたし、おそらくは事実全力だったと思うのだが……
あの強さを基準に考えるならば、下位の近衛騎士達と互角と言った所だったのだ。
いや、確かに強かった。
だがそれでも、上位の者ならば、究極付与『代行者』もある。
下位の能力使用に慣れていない者でも、二人で掛かれば勝利出来る筈であった。
(成長している……? いや……当時の大会では、本気では無かったと考えるべき、か)
四天王と呼ばれる者で、近衛騎士No.06〜No.10に相当すると考えていたのは間違いであったようだ。
そして、今。
目の前で楽しそうに笑う、少女のような悪魔は、明らかに当時の四天王どころの強さではなかった。
アークデーモン等、笑い話にしかならない。
その上に君臨するデーモンロードすら色褪せる、まるで、ギィ・クリムゾンの再来のような……
ミナザが悲鳴を上げて、消滅していった。
可哀相だったが、ダムラダは助けに動く事は出来なかった。
何故ならば……
ウルティマと名乗る少女が、明らかに自分を牽制しているのに気付いていたからだ。
少女はニヤリと邪悪に嗤い、
「へえ、少しは楽しめるかな?」
ダムラダを標的として動き出す。
それに相対しつつ、ダムラダはもう一つの事実に気付いていた。
(こいつ……わざわざ同じ数になるように、弱者のみを始末したのか……?)
そう。
先程の言葉、数が同じになった、というのは、敢えてそうしたのだと受け取れる。
見た所、悪魔公級であろう悪魔達に、それぞれ戦いをさせる為に。
圧倒的な力を誇示し、我等の心を折りにきたか! そう考え、ダムラダは構えを取った。
ならば、見せてやるのみ。
最強騎士たる近衛騎士、その上位の者の実力を。
ウルティマは薄く嗤い、近衛騎士の様子を観察していた。
それぞれに強い力を感じている。
進化していなかったら勝てなかったかもしれない。
だが、究極能力『死毒之王』を得た今、負ける気がまるでしないのだ。
そして、
(まったく。ディアブロのヤツ、ボク達を戦わせて鍛えようだなんて……。
ボク達を見縊り過ぎだよね。
そんな事思われてたってテスタが知ったら、マジ切れして大変な事になっちゃうよ。
でもまあ、せっかくだし……副官くらいは鍛えてやらないと、ね)
正確にディアブロの思考を読み取り、その意に沿った行動を取る。
最初10名居た近衛騎士は、今や半数。
悪魔達はそれぞれの相手を見つけ、自らの能力を試す為の戦いを始めるのだった。
しかし、こうも能力制御の仕方によって強さが変わるのだとは、ウルティマは思いもしなかった。
近衛騎士達はもっと強いと思っていたのだが、与えられた究極能力をまるで使いこなせていなかったようだ。
少なくとも、あの程度の黒炎核の制御も出来ないようでは話にならない。
測定した存在値の高さに、共有認識した究極能力の存在。
それから考慮するならば、もっと生き残っていても良いと思える程である。
一人二人殺せれば良いかという程度の、ほんのお遊びだったのだが……結果は、半数も殺してしまった。
確かに、究極能力を持たない悪魔公達では、近衛騎士に有利な戦闘は出来ないだろう。
だが、基礎能力で圧倒的に上回っている以上、それなりの勝負は出来る筈である。また、そうでなければ困るのだ。
副官たる悪魔公が殺されましたでは、リムル様に合わせる顔が無いというものである。
だが、ここで戦いを経験させておくのは、今後の糧となるのは間違いなかった。
ギィの魔法をその身で体験する事が出来た、ウルティマのように……。
あの場で、ギィの究極能力を上乗せした一撃を喰らっていたからこそ、自分もそれが欲しいと願えたのだ。
あの、気紛れの一撃。
お遊びでしかない、手加減された魔法ですら、覚醒する前の自分には処理しきれない威力であった。
屈辱である。
最強たる悪魔達の、王として君臨するほどの自分が、もっとも得意とする魔法攻撃を抵抗し損なったのだから。
そして、幸運でもあったのだ。
魔王リムルの配下であったからこそ、その攻撃を体験する機会を得た。
そしてまた、覚醒する機会にも恵まれたのだ。
これ以上望むものではないと、ウルティマは考える。
悪魔とは、人に対して、圧倒的な高次の存在である。
高い魔力を解放するだけで、攻撃となるほどだ。
であるからこそ、魔力制御を完璧に行える者程、高位の存在と成れるのである。
今回のお遊びで放った黒炎核の処理の仕方を見ていて、近衛騎士達の強さの違いがどこにあるのかは認識出来た。
結局の所、人間が元である以上、霊力=聖魔力の量には大した違いが無い。
要するに、如何に能力を制御出来るかで、その強さが異なっていたのだ。
そして、なるほど、とも思う。
ディアブロの杞憂する、力に頼り技術を蔑ろにする危険性、とやらに。
(確かに、ボク達悪魔は基本能力が高い。力に頼りすぎるなって事か)
そう理解した。
テスタロッサは兎も角、自分とカレラは特にその傾向が強いのだ。
中でも、自分が一番未熟だと自覚もしていた。
テスタロッサは優雅に完璧。
少し他者を見下すのが、悪い癖。
カレラは傲岸不遜で適当。
その気になれば完璧に何事でも出来るだろうに、全てを適当に放り投げる。
そして、自分は……
何事においても、未熟。
テスタロッサ程の精密な魔力操作も出来ないし、カレラ程の大魔力も持っていない。
4柱の悪魔王の中で、もっとも劣るのがウルティマなのだ。
だが、それでも……
(一番伸び代があるのも、ボクなんだよね!)
――与えられた力は身に付きませんよ――
そのディアブロの言葉が思い出される。
だから、ディアブロは危機的状況にならない限り、魔王リムルから与えられた力を行使しないのだ。
ならば、自分も。
この機会を利用し、初めて自ら願い手に入れた究極能力『死毒之王』を使いこなして見せる。
そう、ウルティマは心に誓っていた。
望まずとも手にしていた"力"ではなく、自ら望み手に入れた"能力"を完璧に使いこなしてみせるのだ、と。
そして、今。
力で上回る筈の自分の攻撃を、全身の霊力を操作し、集中させる事で相殺するダムラダの技量に感心する。
ウルティマは素直に、面白いと思ったのだ。
自分が操作していると思っていたのは、圧倒的な魔力に裏打ちされての力技だったのだ、と。
理解はしていたが、たった今、実感として認識したのであった。
そして、ダムラダとの戦いを楽しむほどに、両者の力は高まり、戦いは激しさを増していく。
カレラは地に膝を屈していた。
信じられない事に、近藤と名乗る男は強かった。
まさしく、達人。
4柱の悪魔王の中で、ディアブロに次いで強いのは自分だと自負していたカレラだったが、目の前の男に良い様にあしらわれる現実に驚きを隠せない。
怒りはとっくに消えている。
適当に相手してやれば、直ぐに動かなくなると思っていたのだが……
どうやらそう簡単な相手では無いようだった。
魔法を発動させる前段階で、すべて解呪されてしまうのだ。
発動させる為の魔力の流れを読みきり、的確にその流れを断ち切られる。
近藤の手に持つ銃から放たれる、弾丸によって。
カレラは知らぬ事だが、その銃は神話級の武器である。
単純な性能は、銃型の鈍器。
筒状になっていて、中で高エネルギーを爆発させても耐えられる仕組み。
要するに、発射機能などは付いていないのだ。
近藤の能力により魔力を爆発させて、能力により具現化した弾丸を撃ち出しているだけなのである。
その弾丸を創り出す能力こそが、究極能力『処刑執行者』による"神の刃"の創造と、能力効果の付与であった。
近藤は、"神の刃"を弾丸の形状に創り出し、それに能力効果を付与して放っていたのである。
近接時には、銃に刃を生じさせる事も可能なのだが、未だそういう使い方をした事はないのだ。
敵の弱点や魔力の流れを見破り、的確な対処を行う。
それだけ。
基本に忠実に行動する事で、近藤は帝国軍最強の地位を守っているのである。
カレラは屈辱に震えつつ、現実を認める。
自分は、このままでは勝てないだろう、と。
それを認識するなり、
「人間風情がぁ!!」
そう叫び、自分の顔面を一発、裏拳にて殴打した。
大量の魔素が顔に集中し、頭が一瞬吹き飛ぶかと思える。
だが、これでいい。
敵を侮るのは止めだ。
自分達と同格である、そう認識して対処するべきである。適当な性格のカレラらしからぬ、生真面目な思考であった。
何しろ、今は魔王リムルの命令で動いているのだ。
自分だけの勝手が赦された昔とは、状況は違うのだから……。
「やあ、驚かせてしまったかな?
すまないね、ちょっと冷静になれていなかったようだ。
君を、人間というものを侮るばかりに、ついつい本気を出せていなかった。
まさか、ね。
まさか、このワタシが……
人間相手に、本当に本気を出す事になるなんて、ね」
そしてゆっくりと立ち上がる。
その様子に、近藤が初めて表情を動かした。
「ほう、そこまで隠していたのか……
良かろう。
ならば、自分も本気で相手をしよう」
そう言うと、近藤は初めて"鎧"を着用する。
意思の力で具現化された、旧帝国陸軍正式礼服。
近藤中尉にとっての戦闘服であり、この礼服もまた、神話級の武装なのだ。
カレラは立ち上がり、深く魔力を解放する。
そして、
「魔王リムル様の忠実なる下僕、"破滅王"カレラだ。
"破滅王"の名に懸けて、貴様を殺そう」
名乗る。
「元帝国陸軍中尉、近藤達也。
今は、帝国皇帝近衛騎士団団長をやっている。
その挑戦、受けて立とう」
応える近藤。
二人は互いに見詰めあい、静かに能力を解放した。
カレラは、たった今、決意とともに形になった能力――究極能力『死滅之王』――へと意識を向ける。
今まで、自分は絶対的な悪魔の能力のみで戦っていた。
しかし、それでは駄目なのだ。
究極と呼ばれる位階に棲む者達には届かない。
ディアブロしかり、目の前の近藤しかり。まして、ギィ・クリムゾンや、上位の魔王達へは。
力を増やす事だけを考えるのでは駄目だったのだ。
それだけではどう足掻いても、ギィの魔法に倒されたように、強者にとっての餌でしかない。
そんな事は、決して認められない事である。
今までも、自分の中で暴れる力を感じてはいたが、漸く、その力を認める事にした。
ただ抑え付けるだけではなく、解放する。
――ワタシの"力"よ、名を授けよう。我が"能力"となり、更なる力を解放せよ!!――
そして得たのだ。
全てを破壊する、絶対的な"力"を。
――究極能力『死滅之王』――
それは、カレラの力の象徴。解放すれば、敵対者に確実な破滅を齎す、恐るべき能力。
カレラは、強敵と出会った事により、初めて力を欲したのだった。
ギィ以上に殺したいと思えた相手、近藤に向けて、カレラは意識を集中させた。
そして、その時。
苛烈なる閃光と力の奔流が、帝国の飛空船団へと向けて迸る。
リムルの"暴風之剣"が放たれたのだ。
混乱を極める帝国軍将兵。
今まで"王宮城壁"により守られて、ヴェルドラの支配に集中していた皇帝ルドラが、
「馬鹿な、何故だ?
何故、余の王権発動が……"王者の支配"が消えるのだ?
何故、ヴェルドラが倒されるのだ!!
有り得ん、有り得んだろうが!
たかが魔王が、しかもスライム如きが!
力の根源たる主を奪われ、何も出来ぬ筈の下等な魔物が……
何故、主を喰い、その力を奪えると言うのだ!!
もう直ぐ、もう後一手で、ギィに勝利出来たのだぞ!?
余の計画を邪魔しおって……許さぬぞ、下等なる魔王め!!」
そう叫ぶなり立ち上がる。
事態は、更なる加速を以って、動き出したのだ。




