112話 武闘会-本選 その7
第12試合…… ハクロウ vs シオン
本戦開始3日目の最終戦。
闘技場中央にて、ハクロウとシオンが相対している。
緊張した空気を漂わせる中、普段と変わらぬ様子のミリムが、
「始め!」
と、掛け声を掛けた。
手馴れて来たもので、流暢にアナウンスを開始する。
ちなみに、ソーカはレフェリーは行っていない。勝利宣言を行うのみである。
真剣での斬り合いを中断させたりするのは危険なので、実況だけ行っている感じだ。
ミリムもそれを真似て、試合の邪魔をするような行為は行っていない。
何か出来るのが楽しいようで、俺が心配していたような暴走をしていないので助かっている。
試合に目を向けよう。
お互いに剣を向け合い、静かな佇まい。
ベニマルとソウエイの剣戟のような激しい斬り合いを演じるでも無く、淡々と小手調べの様な攻防を行っていた。
穏やかに流れる川のように。
だが、突然の豪雨で川は氾濫する。
ハクロウが裂帛の気合とともに、シオンへ斬りつけた。
だが、シオンに焦りは無く、対処法のお手本のように剣を傷めぬ力加減でハクロウの斬撃を受け流す。
静のハクロウに対し、動のシオン。
そういう印象だったのだが、この闘いでそのイメージが一変しそうであった。
昨日の闘いもそうだが、明らかにシオンは成長している。今までの様な力任せの闘い方では無く、戦術を組み立てる理性的な技術を重視した闘い方へと変化したのだ。
それは、力と技が合わさったという事であり、強さが一段階上に上昇した事を意味する。
技術では、依然ハクロウに及ばないだろうが、高い身体能力と技術を補う直感によって、ハクロウと互角に闘っているのだ。
いや、互角では無いな。
シオンの流麗な剣の技に、剛力が無理なく加えられている。技が未熟ではあれど、それはハクロウと比べた場合の話である。
現に、本気で打ち合った際に押し負けたのは、ハクロウであった。
ハクロウの剣術で、シオンの剣撃を受け流せなくなってきたようである。
「成長したな、シオン……。まさか剣の腕でここまで遣りあえるとは思わなんだぞ」
「ふふふ、私もいつまでも暴れるだけでは無いのですよ。
遥かな高みへと至る事こそが、私の望み。
その先に立たねば、リムル様のお役に立てなくなってしまいますし」
剣が交差し、お互いの剣を弾き合う。そして、距離を取って再び対峙した。
俺が思った以上に、高度な剣士の試合の様相を見せ始めていた。
ハクロウは、シオンの成長を目にし、満足気に頷く。
ソウエイは元より手の掛からぬ弟子であった。
自分の才能と役割を弁え、図に乗る事なく精進する。理想の弟子。
ソウエイに対し、ベニマルとシオンは対照的であった。
いくら教えても、理論よりも実戦。そして、技術よりも力! それを地で行く性格をしていたのだ。
しかし、大鬼族の若武者としてのベニマルは、元より強い責任感を持つ少年だった。
だからこそ、自分の慢心により身内に被害が出る事を自覚さえすれば良かったのだ。そうして、将としての自覚と責任が身に付いたベニマルは、ハクロウの思う以上に成長が著しい。
ハクロウとしても、実に喜ばしい事であった。
だが、それ以上に問題児であったシオンの成長の方が、ハクロウにとっての驚きであり、喜びであった。
一時期、死の淵より蘇ってからのシオンの暴虐は、目に余るモノがあった。
精神が安定していないのか、心に陰りがあるからなのか。
身内以外の者への憎悪が激しく、その心を染め上げているかの如くだったのだ。
"紫克衆"への特訓の様子も見学したが、あれは特訓では無く八つ当たりのような感じを受けた。
死亡した事が、シオンの精神を狂わせたのか? そう心配していたのだ。
もし、シオンが害を為す者になるのならば、自らの剣で始末しよう、そう決意していたのである。
しかし、シオンは成長を見せた。
聖騎士達との戦いの後、リムル様に諭されてから、シオンはまた変わったのだ。
結局の所、シオンは恐怖していたのだろう。
殺される恐怖。
それは、死ぬ事が怖いのでは無く、役に立つ事も無いまま消える事が怖いのだ。
自分が何の役にも立たず、リムル様に忘れられてしまう事を何よりも恐れていたようだ、とハクロウは分析する。
だからこそ、少しでも目立つ他者よりも優位に立とうとする。
序列などと言う下らぬ事に拘ったのも、それが原因。
他者を羨み、リムル様の興味と寵愛を独占するのが自分でなければ、忘れ去られて置いていかれてしまうと恐れたのだ。
その嫉妬の心が、暴走の原因。
だが、リムル様が自分達を忘れる事が無い、それを実感したからこそ、嫉妬の心が消えたのだろう。
つまりは、親に見守られているという安心感のようなものが、シオンの心を守ったのだ。
今の、シオンの迷い無き太刀筋が、その事を言葉以上に雄弁に物語っている。
このまま成長を続けるならば、技術面でハクロウを抜く日も遠くなさそうだ。
(ならば、ワシもゴブタやガビルといった、若者達の面倒に専念出来るのじゃがな)
そう考え、嬉しそうに口元を綻ばせる。
「さて、この剣を受け止めれたならば、免許皆伝をくれてやるわい!」
そうシオンに声を掛け、仕込み刀を再び鞘にしまう。
次の一撃で勝負が決まる。
シオンの成長を見れたのは僥倖だった。
後は、この戦いを楽しむだけである。
ハクロウが抜刀術を行使するつもりだ。
それは、シオンにも理解出来ていた。
だが、シオンは慌てない。元より、自分には抜刀術など使えないし、初速を高めるにも大太刀では抜刀に不向きなのだ。
出来なくはないが、今は使うべき時では無い。
シオン達にとって、ハクロウは親代わりの様な人物である。
幼い頃から面倒を見て貰っており、頭が上がらぬ人物の一人でもある。
だからこそ、その人物に認められるのは、シオンの目標の一つなのだ。
そして、その人物を越えて、自分は成長する。シオンはそう考える。
つい最近まで、自分の心を占めていた表現のしにくい不安な感情は、綺麗さっぱり消えている。
死ぬ事は怖くない。
しかし、死んで忘れ去られる事は恐怖であった。
だが、最早大丈夫。
リムル様が自分を忘れる事は無いと確信し、その事はシオンの不安を払拭していた。
不安が払拭されると同時に、他者を羨むのは意味が無い事だと悟っている。
そう、羨むのでは無く、超克すれば良い。
シオンは、他者では無く、自分自身を超える事に意味を見出すようになっていた。そうすれば、常に成長を続ける事になるのだ。
その歩が遅くとも、自分達の長い寿命があれば儚き者達では到達出来ぬ次元にも辿り着く事が出来る。
そう考えた時、シオンから焦りが消えていた。
焦りや迷いが無くなった事が、シオンの成長を加速させたのだが、皮肉な結果と言えるだろう。
そして、シオンも気づき得ない事なのだが……
シオンの心に芽吹いていた、"嫉妬の芽"もまた、変化を見せていたのだ。
焦りや迷いが消えると同時に、他者に対する嫉妬心も消えている。
結果、芽吹いていた芽は逆巻きするかの如く種子に戻り、心の奥深くで眠りについた。
そして、シオンの感情に嫉妬を芽生えさせる事も無くなったのだ。
魂と同化したその種子が消える事は無く、魂の波長と混じり合い、鼓動を刻む。
嫉妬が芽生える事が無いから焦りや迷いが消えたのか、焦りや迷いが消えたから嫉妬に狂う事が無くなったのか、それは定かでは無いのだけれども。
ともかく、シオンは変化し、現在に至る。
次にハクロウが放つのは、間違いなく抜刀系の剣聖技であろう。
それを受け止める事が出来れば、抜刀系の弱点である連続性の脆弱さから自分に勝機が訪れる。
勝負は一瞬。
シオンは全身全霊を掛けて、ハクロウの攻撃に備えて構えを取った。
「朧流水斬!」
ハクロウの姿が、朧げに滲むように希薄になり、速度で劣るはずなのにシオンの認識を阻害し一瞬で眼前に出現したと錯覚させる。
流れるように煌く刃を首筋に向けて切り落とし、ハクロウの勝利が確定するかに見えた。
「まだだ! "闘神解放"!!」
シオンは、変化したユニークスキル『闘神化』を使用する。
シオンの迷いが消えた時、『悪魔化』のスキルが、『闘神化』に変化したのだ。
狂戦士化のように、意識が無くなり暴れるようなスキルではなく、純粋に力と体力を上昇させる能力。
ベニマルの『魔炎化』のように、精神生命体の性質を持つ事が可能になる能力である。
この状態のシオンは、肉体の強さがそのまま精神体に移った状態となる。しかし、魔素の流失量が激しすぎて、長時間の使用は出来ないのだ。
この一瞬、この攻防で決着がつくという判断。
今の自分では、ハクロウに及ばない。だからこそ、全能力を駆使するのだ。
ユニークスキル『闘神化』の影響を受けて、シオンの全身から凄まじい勢いで闘気が溢れ出る。
同時に、全感覚が研ぎ澄まされ、力が溢れ出てくるようにシオンには感じた。
知覚速度の上昇すらも惑わせていた、ハクロウの"朧流水斬"さえも、今のシオンにはハッキリと認識出来ている。
回避は必要ない。
あの刀で、自分がダメージを受ける事は無い。一瞬でその事を理解するシオン。
しかし、シオンは躊躇う事なく彼女の持てる最大の技で応じる事を選択した。
「天地活殺崩誕!!」
結果すらも改竄する、ありったけの意思を込めて。
下から切り上げるように、身体を捻り上げ大太刀を巻き上げ、ハクロウの剣を迎え撃つ。
シオンの首筋を目掛けて斬りつけられていた筈のハクロウの剣に、迎え撃つシオンの大太刀が吸い込まれていった。
間に合う間合いでも速度でも無かったにも関わらず、加速したシオンの剣速は、その常識を打ち破り結果を書き換えた。
光が瞬き、折れた刃が宙に舞った。
シオンの大太刀が、ハクロウの仕込み刀を叩き斬ったのだ。
返す刀で、シオンがハクロウの頭上から大太刀を振り下ろす。
甲高く澄んだ音色が響き、シオンの大太刀は、ミリムの持つ魔剣"天魔"により受け止められる。
「止めい! それ以上は、禁止だ。この勝負、シオンの勝利とする!」
ミリムは何事も無い様子で、シオンの勝利を宣言した。
歓声に包まれる闘技場。
ミリムが間に入り、シオンの剣を止めたのだと、気付いた者は少ない。
だが、ハクロウとシオンは同時に理解していた。もし、あのまま斬り付けていれば、蘇生も間に合わない致命的なダメージをハクロウが受ける事になっていた事を。
「すみません……ハクロウ。私の成長を見て貰いたくて、つい……」
「なーに、構わんよ。ワシもお前の本気が見たかった。いや、見れて満足じゃよ」
謝るシオンに、許すハクロウ。
その二人に向けて、
「おい、シオンと言ったな。お前、このワタシが今度直々に鍛えてやろう。
喜ぶが良い! 今の一撃は、魔王すらも切り殺せる一撃だったぞ」
と、声をかける。
しかし、
「え、いや遠慮します。だって、私は別に強さに興味ありませんので!」
流石に、暴君ミリムの相手は御免だとばかりに、シオンは逃げる事を選択した。
「なんだと!? ワタシの魔剣"天魔"に傷を付けたのだ、その責任を取るべきだろ!」
と、ミリムが騒ぐが、気にしたら負け。
シオンはそう判断し、速やかに闘技場からの脱出を決定した。
「いえ、それは傷ではなく、錆びが落ちただけです。問題ありません。
今日は、適切な審判、ありがとうございました!」
それだけ言うと、速やかにその場を後にして逃げ出すシオン。
ミリムは、むむ!? という顔をしていたが、諦めたかのように笑い出した。
闘技場にミリムの笑いが木霊する。この勝負、シオンの勝ちであった。
3日目の最終戦、勝者はシオン。
これで、ベスト4名が出揃ったのである。
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驚いた。
シオンがハクロウにまともに相対出来ているのもそうだが、勝利した事でより驚いた。
だが、一番驚いたのは、ミリムが空気を読んで介入した事である。
あの時、ミリムの介入が無ければ、ハクロウは死んでいたと思う。良くぞ介入してくれたものだ。
ソーカが実況していれば、間に入る事も出来なかった。
今回は、ミリムにお願いしていて助かったと言える。
「ミリム、あそこでシオンを止めてくれて助かった、有難う!」
俺が礼を言うと、
「わはははは! なーに、良いって事よ。
しかし、あのシオンと言うお前の部下、あれは成長するぞ。
ギィのヤツが気にしていたのも頷けるな!」
と、笑って答えた。ついでに、
「という事だし、明日もワタシが実況する事にしようかな」
と、ニッコリ首を傾げつつ、俺に強請る。
断れる筈もない。
チラリ、とソーカを見ると、
「判りました。では、ミリム様。二人で実況しましよう!」
譲るつもりは無いようだ。
まあ、いっか。明日も何かあるかも知れない。
明日の試合の実況は、ミリムとソーカの二人で行う事を了承したのだった。
四日目の予定は、
第13試合…… ベニマル vs ゴブタ(+ランガ)
第14試合…… シオン vs ディアブロ
そして、3位決定戦である。
さて、どうなるだろう。
明日の結果に思いを馳せつつ、俺達は帰路につくのだった。
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その夜。
先延ばしになっていた、勇者マサユキとの食事が実現した。
まあ、そんな大げさなものではないけどね。
「は、ハジメマシテで、いいのかな? 勇者(笑)マサユキです……」
赤面しつつ、自分を勇者と名乗るマサユキ。
うん。元の世界の感覚ならば、自称勇者ほど恥ずかしいモノは無いだろう。
まるで、脳筋のゲーム内で勇者と馬鹿にされて呼ばれるような気分なのだろう。
そして、一度俺が声を掛けた時に会っている。
その時は、ユウキによる洗脳が残っていて、反応を返していないのを覚えているのだ。だから気まずい気分になっているようだった。
何しろ、俺は魔王。
相手にしてみれば、自分に倒せと言われた敵の親玉なのだ。
複雑な心境にもなろうと言うものだった。
しかし、食事を用意させ一緒に食べていれば、そうした蟠りも解けるはずである。
「まあ、会ったのは最初じゃないけど、初めまして、かな。
俺が魔王リムル。本名、三上悟です。元サラリーマンなんだよ、俺」
と、気分をほぐすように最初にぶっちゃけた。
捨てた名前を久々に名乗ったが、思ったよりもしっくりする。
「え? もしかして……日本人、ですか?」
まあ、見た目は美少女。信じられないのも無理はない。
「まあ、な。その辺も食べながら話そうか」
そう言って、食事に誘った。
目の前に並べられる寿司やうどんにマサユキが感激し、まともな会話が出来るようになったのは食後の事である。
「わかりました。僕は、三上さんの手下でいいです!」
俺がまだ何も言っていないのに、飯を食い終わった途端に、そんな事を言い出した。
何がわかったというのか? 俺にはさっぱりわからん。
いやまあ……、日本食に飢えていたのだろうな、とは理解出来るんだけどさ。
「手下、ってお前……」
「いえ、大丈夫です。勇者になんて、未練ないですから。
ぶっちゃけ、『マッサユキ』とか言われるの恥ずかしいし。
いや、本当、どうやって辞めようか悩んでいたんですよ」
と、ぶっちゃけた事を言い出す。
元の世界では進学校に通う、それなりに頭の良い優等生だったそうだ。
こっそりと隠れ趣味で、漫画やラノベを読むのが好きだったそうだが、おかげで英雄願望など持ってしまってこの様だとぼやき出す。
その後、色々と語り合い、お互いの事情も説明しあったのだ。
まあ、俺は軽く話しただけで、殆ど聞く専門になっていたのだけれども。
よっぽど語りたかったようで、長々と詳しく説明してくれた。
マサユキの仲間達は、マサユキを神の様に崇めるので、本音で語る事も出来なかったそうだ。
そういう事情もあり、大分ストレスが溜まってたらしい。
ユウキについても詳しく聞いた。
まあ、予想通り。初期に洗脳に近い思考誘導を受けたようで、ある程度の裏づけは取れた。
完全に精神支配を行わないのが疑問だが、これも予想が付く。
同時に複数名に対し、完全支配が困難なのではないかというのが推論だ。
意思を支配するのは、ユニークスキルを持つような有用な人材が望ましく、そうした人材は意思が強いから支配しにくい。
だからこそ、初期の成長しきっていない段階で、影響を及ぼす必要があるのだろう。
「でも、思考誘導、ですか?
それを受けていた間の記憶はあるのですけど、僕としては助かったのも事実ですけどね。
恥ずかしい思いをせずに済んだってのもあります。
だけど、そのお陰で、思い出して悶絶する訳で……
やはり、アイツは許せないですね」
気付いたら勇者で、それなりの実力が身に付いていた。
その事はいいけど、その記憶が恥ずかしい、そういう感じらしい。
まあ、忘れるしかないだろう。しばらく悶絶しそうだけど。
結局、マサユキは俺に協力する事を約束してくれた。
聞き出せた情報に有益そうなものもある。
思い出したらまた連絡してくれる事になったし、暫くはこの町に滞在する事をすすめた。
何より、彼の記憶にも用事があるのだ。
今後も暫くは、話し相手になって貰うつもりであった。
こうして、マサユキとも友誼を結び、新たな仲間を得たのである。




