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曽原籠城の事


これからぼちぼち更新していきます。

でも、今の世の中の状況では図書館に行けません。調べたい事が思う存分調べられない!

仕方ありません。手元にある資料のみで、この現代語訳はすすめていきます。


今回は曽原城籠城です。

永禄十二年、冬十二月。

信長卿は織田掃部助に命じて南伊勢の諸城を破却させることにした。


掃部助は稲生(いのう)勘解由(かげゆ)左衛門尉(稲生城主、鈴鹿市稲生町屋敷の人)を案内人とし、まず、船江から櫓を崩し塀を破却するよう布告した。


掃部助と稲生勘解由の二人は、曽原の城にも来て、この事を布告したが、曽原城主・天花寺(てんげじ)小次郎は従わなかった。

天花寺小次郎は伊賀衆に命じて稲生方の者を射殺させた。


そして天花寺勢、曽原七郷ならびに伊賀衆五十人は籠城した。

これに家木主水佑以下諸侍が加わり、勢州は再び戦争状態になったのである。


翌年の元亀元年 庚午(かのえうま)、伊勢の南方衆は、むかい城をこしらえ曽原城を攻めた。しかし、諸城は曽原城を落とすことができなかったのだ。



却って潮田(うしおだ)長助(ちょうすけ)らは四五百(よいほ)(のもり)に城をつくった。この四五百森は名山で、古い歌に

「伊勢ノ国

四五百ノ森ノ時鳥(ほととぎす)

名乗り捨タル去年(こぞ)ノ古声」

という歌がある。


潮田は織田の伊勢攻めのときに城をつくらずに、今つくった。人々は「今更かよ」と言って笑った。

ちなみに、潮田の父、潮田角助は大力でその名を天下にあげた者である。角助は大きな牛の四本足をつかんで道からのけたという。また大木を曲げて腰掛けたとも。大竹をへし折って帯にしたり、扉で流れをふさいだという。




曽原城の天花寺は富人であったので、兵量を多く蓄えることができ、三年も城を守った。そのため、曽原は多くの兵の死場所となった。



信長がお伊勢参りした帰りに船江衆が鉄砲うちかけて怒らせてしまいましたよね。信長は怒って真っ先に船江城から破却させたのでしょうか。

この破却措置は北畠側とも合意していたと思います。まだ南伊勢の実権は国司父子にあった時期だと思うので。



それにしても、今回の話、わけがわからない。


信長「南伊勢の城は破却するように」

曽原城主「いやだ!」

伊賀衆が使いの稲生の者をぬっころす。

籠城!

戦じゃあ!

伊勢侍たち「城つくるぞおお!」


……城の破却命令の意味は……(*´Д`)????


斎藤拙堂の『伊勢国司記略』をみると、拙堂は『大河内記』の記述を紹介しています。


「此騒動に乗て潮田長助も一揆を企て、城郭を四五百の森に構へ軍兵を集るに、信長を恨る國衆岸江又三郎、星合左衛門尉、山本左馬助、水野勝二郎、三竹五郎九郎、其外湯原、縣、江馬、唐櫃の溢者共はせ集て、敵来らば一矢射て腹切らんとぞ用意しける云々。」


『大河内記』を読んでみたいと思っているのですが、未翻刻のようですし、今は図書館に行けない( ;∀;)

『伊勢国司記略』の引用に頼りましょう。

引用部分を読むと、曽原城の籠城騒ぎに便乗して一揆をおこして城をつくったようです。騒ぎを口実に城をガンガンつくったのかもしれませんね。

しかもメンバーを見ると、国人衆がいます。そしてここでも「溢れ者」の存在が! 溢れ者は何かというと一揆に参加しています。国司にとって、溢れ者は悩みの種だったのではないでしょうか? でも、いざ戦争になると現場でいい働きをするんですよね。織田軍に夜討ちをしかけた船江の溢れ者しかり。


(※四五百森とは今の松阪城のところです。)


せっかく城の破却命令を出したのに、かえって伊勢の国に騒乱を招いてしまいましたね。

これは伊勢の侍たちを統率するのはすごく大変なんだな、ということが読み取れる話ではないでしょうか?

歴代の国司も、そしてその権力基盤を受け継いだ織田信雄も伊勢侍をまとめるのにものすごく苦労したんじゃなかろうか(´・ω・`)



今回登場した天花寺小次郎と伊賀衆の関係や四五百森の潮田長助について調べたかったんですが、図書館に行けない状況ですからね。また落ち着いてからゆっくり調べたいと思います。今回はこれまで。


★追記 潮田長助について

『松阪の民話』という本に、潮田長助の話が載っていました。

北畠具房が鷹狩りに出かけた際、通行の邪魔になった牛を潮田長助が背負ってどかしたそうです。長助の大力に驚いた具房は「潮田ではなく牛負田と書いたらどうだ?」と冗談を言ったのだとか。


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