第9話:幼馴染と息抜き
──俺は今、スマホショップにいる。
遡ること数日前。
「ひーくん、勉強より先にスマホでしょ!」
「いや、別にいらないだろ……」
「いるの!生存確認できないじゃん!」
──そんな強引な妃菜の一言で、買い物に行くことになった。
そして今、店員さんに最新機種と無制限プランを、息継ぎなしのフルコースで案内されている。
正直どれが最適なのか分からず、「はい」を連呼していたら──
気づけば、会計金額が想像の倍になっていた。
「……もう、こんなとこ懲り懲りだ……」
「ひーくんの虚無ってる顔、めっちゃ面白かったよ!」
「いや、妃菜も同じだっただろ」
「違うし!私は脳内で金額を計算してただけだから、虚無ってたのとは違いますー」
計算ってお前……
「妃菜、数学苦手だったろ」
「てへっ!」
「"てへっ"で誤魔化すな!……ああ、冬美に勝てる気がしない……」
「その、勝てもしない勝負を持ちかけたのは誰かな──」
「すいません……俺です」
本当に、何やってるんだ俺。
今週、勉強はほとんど進まなかった。
理由は明白で──冬美の浮気の件だ。思い出すだけで、今でも胃の奥がぎゅっとなる。
『11:28』
新しいスマホに表示された時間。
まだ半日ある。そろそろ解散の提案でも──と思った矢先。
「いい時間だし、ご飯食べにいこっか!」
「え?」
「ひーくんのスマホに三時間もかかって、お腹ぺこぺこなんだけど!」
「……ごめん」
「もうっ!今日は"ごめん"禁止!自分を卑下するのも禁止!わかった?」
「それって俺に『話すな』って言ってるようなもんだろ」
「むぅ……!」
妃菜は唇を尖らせ、子どものようにそっぽを向いた。
すぐ謝るのも、自信がないのも、直せるならとっくに直してる。
それでも妃菜は見捨てず隣にいてくれる。
俺もいつか──妃菜みたいに、誰かを照らせる存在になれるのかな。
店を出ると、昼の光が射していた。
冬美のことで曇っていた頭には、ウザいくらいに眩しく感じた。
「ひーくん、なに食べる?」
「なんでもいいよ」
「もー!なんでもいいって、一番困るやつ!」
妃菜が膨れっ面のまま、俺の腕を軽くつついてくる。
「そんな外食とかしないから、どこがいいのかわからないんだよな」
「あっ、そうだよね……」
妙に引っかかる反応。
「今、何考えた?言ってみろよ!」
「ひーくんは友達いな──」
「──うっせ」
妃菜は俺を元気付けたいのか貶したいのか、毎回わからない。
「でも、私は嬉しいよ?」
「な、何がだよ……」
「私はひーくんの唯一の友達──というか親友でしょ?なんか特別感あって、いいなって」
なんで平然と言えるんだよ、そういうの……。
頬が熱くなり、咄嗟に顔をそらした。
「──あっ、あの店行きたい!」
妃菜が弾んだ声で指さしたのは、朝の情報番組でも紹介されていた"女子高生に人気のカフェ"だった。
「いいよ。……チーズケーキ美味しそう」
「でしょでしょ!私はパンケーキ食べよっかな〜」
店前の電光掲示板には、五段重ねのパンケーキが映し出されている。
上からはキャラメルソースが滝のようにかかっていた。
……あれ、絶対重いだろ。
席につくと、俺はブラックコーヒーとチーズケーキ。妃菜はクリームソーダと例のパンケーキを注文した。
運ばれてきた瞬間──
「うわぁーっ!」
パンケーキの現物はまったく小さくなかった。
妃菜は大喜びでフォークを入れ、一口サイズに切り──そのまま俺の口元に差し出してきた。
「……え、何?」
「あっ──」
"あーん"の形で固まる妃菜。
そこへ店の扉が開き、店員の「いらっしゃいませー」の声が重なる。
妃菜の顔が一気に真っ赤になった。
「ち、ちがっ……違うの!ひーくんに見せたかっただけで、食べてほしい訳じゃないから!勘違いしないで!」
言い訳しながら、自分でパクッと食べる。
耳まで真っ赤なの、隠しきれてないぞ。
冬美といたときは、こういうこと少しもなかったのにな……
◇
「うー……ギブ」
チーズケーキを食べ終えたタイミングで、妃菜が潰れかけた声を出した。
皿の上のパンケーキは、最初の迫力を失い、もはや敵だ。
「ぷッ──」
「なに……」
笑いを堪えきれなかった俺に、妃菜がジト目を向けてくる。
「妃菜も虚無ってて、俺に言えた立場じゃねぇなって……」
「ギャァー!それ以上言わないで!」
両手で顔を覆って震える妃菜。
からかうのはここまでにしておいた。俺は妃菜と違って優しいんだ。彼女ならもっと煽りを続けていただろう。
「ひーくん、食べて……」
「えぇ……」
俺、甘すぎるの苦手なんだけど。
皿の上の魔物みたいなパンケーキと、涙目の妃菜を交互に見る。
……くそ、弱いな俺。
「……わかったよ。ほら、寄こせ」
こうして、俺の腹は限界地点へ踏み込んだ。
◇
腹が重く、動くだけで痛い。
近くの公園で、俺も妃菜もベンチにもたれながら噴水を眺めていた。
「食べれないものは、もう頼むなよ……」
「は、はい……」
とてもじゃないが、このあと勉強なんかできる気がしない。
大きくため息をつく──不思議と、さっきより胸のつかえは軽かった。
「ひーくん、私もう一つ行きたいところがあるんだけど、いい?」
どっちみち今日は勉強できないな。瞬時に悟り、答えた。
「いいよ」と。
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