第22話:龍生の策略
「これで全員揃ったようだね。よろしくね」
水城はチームメンバーの顔を一人一人眺めると、爽やかに言った。
「僕がいる限り、このチームに負けはない。絶対に勝つよ」
担任二世のようなことを言い、他のメンバーはくすくすと笑い出した。
しかし、俺と目が合うと、一瞬だけ感情を測るように目を細められる。
「みんなお互いの名前を知ってると思うけれど、一人、知らないであろう人がいるので、一応自己紹介でもしようか。僕の名前は──」
(ああ、嫌だ)
こうやって、誰かをイジって笑いをとって、あたかも自分が面白いと思ってる奴──本当に嫌いだ。
誰にも聞こえないように、小さくため息を着いた。
(せめてクラスメイトには恵まれたかった)
「おーい、平野くーん。次は君の番だよ」
「平野響」
「短っ」
「……まあ、無理に喋らなくていいよ。今日は顔合わせだし」
何人かが笑って、何人かは気まずそうに視線を逸らした。
それでも、誰も止めなかった。
この時間が終わるまで約5分──それなのに、何時間も経ったような気がした。
◇
昼休みになって、逃げるように屋上に出た。
誰もいない貸切状態なのは、今にも雨が降ってきそうだからだろう。
スーハーと、深呼吸をすると、胸につっかかっていた何かがほどけたような気がした。
「随分と気が抜けてるじゃないか」
柵に手をかけて景色を眺めていると、背後から声をかけられた。
思わず舌打ちをしそうになり、慌てて堪える。
「なんの用だ?」
「おいおい……そんなこと言うなよ。球技大会で競い合うライバル同士、仲良くしようぜ」
「俺はサッカーを選んでない──龍生……!」
振り返るのと同時に忌々しい名前を叫んだ。
龍生は嬉しそうに──そして気色の悪い笑みを浮かべて、一歩、また一歩とこちらに距離を詰めてくる。
俺に残された逃げ場は、背後の柵しかなかった。
「どうした?飛び降りるのか?」
「今回は止めないぞ。俺は何も見ていないし、知らないからな」
「何を勘違いしてるんだ。これだからスポーツにしか能がない奴は……」
「俺を馬鹿にしてるのか?」
「ああ、そうだよ」
龍生はバツの悪そうな表情を浮かべる。きっとこれまでは、誰かにもてはやされて生きてきたのだろう。
しかし、龍生の表情はすぐに元の余裕に満ちたものに戻る。
「お前……前にサッカーでの事故は、"相手がぶつかってきた"って言ったよな?」
「ああ、そうだよ。タックルでもされたような感覚だった」
「大正解」
「……は?」
「その通りだよ。あの試合、どうしてもお前が邪魔だった。だから俺が命じたんだ──お前が動けなくなるようにな」
◆
中学生として参加できる、最後の大会の決勝戦が2日後に迫っていた。
監督には黙って俺は、チームメンバーを集めてミーティングをしていた。
「次の試合で勝つにはコイツを消す必要がある」
そう言ってスマートフォンで、相手校のエースを見せた。
その途端、黙って聞いていたチームメンバーは、口々に弱音を吐き出した。
無理だ、勝てない──そんな、聞きたくもないことを何度も。
それほど平野響は中学校サッカー界に、大きく名前を轟かせていた。
「黙れ!お前らがそんなんだから、監督に見放されるんだ!」
「でも……コイツは、俺らじゃ何人で立ち向かっても勝てない!」
「うるせぇ!」
感情に任せて、反抗した彼を力任せに黙らせた。
「俺がお前らを呼んだのは、弱音を吐き合いたかったからじゃない。勝って、全国大会に出たいからだ!」
「俺もここまで頑張ってきた。でも盤上の支配者がいる以上、惨めな負けを晒すに決まってるじゃないか……!」
「俺らも勝ちたいよ──」
聞きたかった一言が聞けて、俺の心の影が少し晴れた気がした。
爪が食い込んで痛くなるまで、俺は拳を強く握る。
「一つだけ、俺たちが勝つ方法がある。お前らなら、協力してくれるよな?」
「もちろんだ──勝つためなら何でもする!」
「ハハッ──それでいい。勝ちたい奴は俺についてこい!」
俺が拳を突き上げると、鼓舞されたチームメイトは「うぉーッ!」と雄叫びのような、逞しい声で叫んだ。
この瞬間、俺は勝ちを確信した。
「平野響にぶつかれ。アイツが転べばいい、倒れればいい──とにかく、試合に出られなくなれば、俺らの勝ちは確定だ!」
作戦を聞いた彼らは驚いたような声を上げたが、意外と乗り気だった。
結局はみんな、他人よりも自分の方が可愛いんだ。
(人間って、ここまで簡単に転ぶんだな)
この時、龍生を含めた全員は、事態は小さなイザコザでは終わらなくなることを、誰も知らなかったのだ──
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