第21話:期待されない側
気がつけば六月も後半に差し掛かり、夏の蒸し暑さが一段と増した気がする。
一週間後に行われる球技大会に向けて練習が始まり、クラスはどこか浮き足立った空気に包まれていた。
「今年はサッカーとバスケに分かれて、他クラスと競い合ってもらう。俺のクラスになった以上、サッカーでは必ず勝ってもらう」
「そういっちゃん、やる気満々じゃん」
「当たり前だろ」
“そういっちゃん”と呼ばれる彼の名は、相馬晃一。
ダウナー系で、普段はやる気の「や」の字も見せない。
だがサッカー部の顧問でもあり、サッカーが絡むと人が変わったように熱を帯びる。
龍生の件を彼に相談しても、対処するどころか揉み消されるだろう。
そう分かっているからこそ、最初から頼る気にはなれなかった。
──絶望するくらいなら、期待しない方がマシだ。
黒板の前では、学級長を中心に話し合いが着々と進んでいく。
「──ということで、種目を決めようと思う。各々、嫌でなければ経験のある種目を選んでほしい!全てはアイスのため!」
その一言で、「任せろー!」と教室が沸いた。
どうやら俺の知らないところで、勝てば担任がアイスを奢る約束になっていたらしい。
(そんなもん、自分で買えばいいだろ……)
数年前の俺なら、誰よりも前に出てクラスを引っ張っていたはずだ。
それなのに、気づけば胸の奥の“火”は、すっかり消えていた。
「サッカーの経験者は、挙手をしてくれ!」
ぽつぽつと手が挙がる中、俺は黙って窓の外を眺めていた。
誰も俺を咎めない。
俺の過去の栄光なんて、知る者はいないのだから。
《《怪我をして退場した選手》》に、スポットライトは当たらない。
黒板の端にもたれ、欠伸を噛み殺している担任と目が合った。
一瞬、何か言いかけたように見えたが、すぐに視線を逸らされる。
彼なら、俺がサッカーをやっていたことを知っているはずだ。
それでも何も言わないということは──期待されていない、ということだろう。
(期待されてない俺は、サッカーなんてしませんよっと)
元からやる気はないが、胸の中で不貞腐れたように呟く。
もちろん、誰にも伝わらない。
ちなみに俺は、バスケで出場することになった。
嫌われ者の俺にパスが回ってくるとは思えない。
恨みを買わない程度に、適当にやり過ごすつもりだ。
「みんなの協力で予定より早く決まったな。余った時間は、チームごとに分かれてミーティングをしてくれ」
学級長は満足そうに言い切ると、こちらへ真っ直ぐ歩いてきた。
(なんだよ……サッカーの時に手を挙げなかったことへの文句か?)
心の中では強気でも、いざ向き合うと言葉が出てこない自分が腹立たしい。
「やあ、平野くん」
「……なんだよ、水城」
学級長──水城瀬名。
バスケの推薦入試で入学してきた、絵に描いたようなエリートだ。
「くじ引きで、同じチームになっただろ?」
「そうだっけ」
「困ったね……その調子だと、君の状況はいつまで経っても変わらないよ?」
皮肉めいた口調に、思わず目の下がピクリと動く。
(こいつ……クールぶってるくせに、俺の前じゃ本性隠さねえな)
差し出された手を無視して、俺はチームメンバーの方へ向かった。
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