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大好きだった彼女に浮気され、地獄に落とすまで。  作者: くまたに


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2/22

第2話:嘘を塗られた恋

彼女の教室。陽キャたちが一つに集まって、意味のない雑談で笑い合っている。

 その輪の中に、彼女──菊池冬美(きくちふゆみ)もいた。クスクスと肩を揺らし、俺と二人きりのときよりもずっと楽しそうだった。


 俺には「異性と話したら別れる」と言っておいて、よくもまあ……。

 付き合った頃から何も変わらない。話すことはもちろん、近くに異性がいるだけで冬美はブチギレるのだ。


 それなのに今は──


 冬美の隣まで行って声を出す。


「ね、ねぇ……っ!」


 裏返った。だせぇ。


「何だよこのクソ陰キャ」

「ウチらになんか用?」


 刺すような視線が突き刺さる。

 楽しい時間を邪魔すんなよ、という感情が隠しきれていない──というか、隠す気なんて最初からない。


「ふ、冬美と話がしたくて……」


 その瞬間、教室の空気が凍った。

 数秒の静寂──そして爆発するように笑い声が響く。


「は? こいつ、今"冬美"って呼んだ?」

「お前みたいな陰キャが"ふゆ"を呼び捨てすんなよ」

「そうだー、もっと言ったれ!」


 俺たちが付き合っていることは、妃菜以外おそらく誰も知らない──それは、冬美の浮気相手ですらも。

 彼女はいつも「このことを広めたら許さない」と言っていた。

 だから俺は、嬉しさに駆られて妃菜にだけこっそり話したのだ。


「なあ、冬美。お前まさか、こんな奴とつるんでないよな?追い出していい?」

「……」

「止められてねぇので、実行しまーす」


 ラグビー部のような体格をした男子が、軽々と俺の首根っこを掴んだ。

 足が床から浮く。

 俺だって中学では運動部でそれなりに活躍してた。なのに、抵抗すらできない。

 このまま本気を出されたら──怪我じゃ済まないかもしれない。


「ご、ごめんなさい……自分で帰るんで……下ろして、ください……」

「仕方ねぇな。もう"冬美"に話しかけんなよ。お前みたいなのが一生かけても、話せる存在じゃねぇんだよ」


 俺は冬美の彼氏だ。

 そう叫ぼうとして──声が、喉の奥で潰れた。

 どうせ誰も信じてくれない。冬美にも、迷惑がかかる。

 大好きな彼女に嫌われるなんて、想像しただけで身体がこわばる。


 男は俺を見下ろして、鼻で笑った。


「負け犬の君は、生きる価値ないよ。今すぐ死んで、人生やり直したら?」


 ──笑った。

 俺の痛みを、まるで娯楽みたいに楽しんでいる。

 その顔が、二重にも三重にも揺れて見える。


 今、泣いてるんだ。みっともなく。

 陽キャたちの笑い声が、頭の中で何度も反響する。


 陽キャで、リア充の彼が言ってるんだ──いっそのこと、死んで楽になろうかな。


 浮気現場を目撃してから、ずっと辿り着きそうで避けてきた答え。

 でも、誰にもわかってもらえず、笑われるだけの人生に……何の価値がある?


 肩を落とし、おぼつかない足取りで教室を出た。

 冬美の姿が見えなくなる直前、僅かに目が合った──気がした。



     ◇



 自分の教室に戻った俺は、机に突っ伏して腕の中に顔を埋めた。

 必死に涙と嗚咽を堪える。

 泣いたら、また惨めな俺が出来上がるだけだから。


 何かを失った実感なんてとうに麻痺してるはずなのに、胸の奥が焼けるように痛い。

 彼らの笑い声が、何度も頭の中で再生される。

 そのたびに胃の底がひっくり返るような感覚がする。

 ……どうして、あんな風に笑えるんだよ。


 ポケットの中が震えた──スマホだ。

 画面には見慣れた名前。


『さっきのことで話がある。昼休み屋上に来て』


 心臓が大きく跳ねた。

 やっぱり怒らせたかな。

 ──でも、ようやく話が、モヤモヤを晴らすことができる。



     ◇



 屋上には昼休みらしい声や笑い声が遠くから響いていた。

 人気の少ない隅で少し待っていると、冬美はようやくやって来た。


 昼休みになっても全然来ないから、忘れられてるんじゃないかと、思った矢先だった。


「大丈夫。今来たところだから」


 ──それは冬美と付き合っている時に、自然と身についた言葉だった。

 初デートの時も、何ヶ月記念日も──彼女の誕生日も。どれだけ経っても慣れず、気づけば、いつもこの言葉で取り繕っていた。

 遅れてきても責めない優しい彼氏を演じることで、嫌われないようにしていたのかもしれない。


「私に用があったんでしょ?」

「へ?」

「だって引っ込み思案な響が、私のクラスに来てまで言いたかったことなんでしょ?だから何かなって思って」


 引っ込み思案なのは、ある意味冬美のせいだ。

 女子と話すことを禁じられた俺は、クラスメイトから感じ悪いと捉えられ、いつしか男友達もいなくなっていた。

 自分と同じような教室の端でラノベを読んでる人ですら、俺と関わりたがらなかった。


「実は──昨日の、見たんだ」

「昨日の?」

「冬美、昨日俺との約束をすっぽがして何をしていた?」

「昨日は起きたら体調悪かったから、ずっと寝てたよ」


 この期に及んで知らないフリをするつもりか?バレたところで、浮気相手との正式な恋愛をできるから隠す必要はないだろ。


「どうして嘘をつくの。昨日俺の知らない男の子と一緒にいたじゃん」

「──っ!どうしてそれを──見てたの?」

「うん。手を繋ぎ、キスまで……俺とはしないクセに」


 違う。こんなことが言いたかったんじゃない。

 俺は冬美ともっと一緒にいたい、愛を受けていたい──それが叶えばどうだっていいのに。


「ふふっ──」


 地面を睨む俺の頭に、楽しそうな笑い声が掛けられた。


「へ?」


 思わず間抜けな声が漏れた。冬美は人の不幸を笑うような人じゃないのに──


「あーあ、バレちゃったか」


 その声には、諦めと愉快が混じっている。

 冬美は大きなため息を着くと、笑いながら口を開く。


「気づくの遅くない?その人とはずっと一緒なの──響と付き合うよりも前からね。そこに後から入ってきたのは響なんだよ?」

「そんな……」

「だからバイバイ。バレちゃったのなら、隠す理由もないでしょ?……だって私、最初から響に興味なんてないし」


 見下すような笑みのまま手を振り、冬美は屋上から下りる階段に向かう。


 嘘だ、嘘だ……冬美はよく嘘をつく。だから今回もきっと──

 目の前の軽快な足取りの彼女を見ていたら、コイツの幸せをぐちゃぐちゃに壊してやりたいと、そんな想いが生まれた。


「ちょっと待てよ!」

「痛っ!」

「あ、ごめ──」


 あっという間に周囲のスマホが俺を捉える。

 カシャカシャカシャ──無数のシャッター音が、銃声みたいに響いた。

 俺の小さな抵抗は、瞬く間に「暴力」として切り取られる。

 やってしまった──後悔する間もなく、俺の視界から冬美は消えた。


 キーンコーンと、気づけば昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り、俺だけが屋上に取り残されていた。


 ……あぁ、全て終わったんだ。


 呆然と立ち尽くしていると、ふと、足音が近づく。

 軽やかで、でもどこか落ち着く──響き。


「……ひーくん?」


 声の主は、妃菜だった。

 俺の名前を呼ぶその声に、胸の奥の何かが緩む。

 ここに誰かがいる──ただそれだけで、全てを見透かされたような孤独が和らぐ。

 振り向くと、妃菜の目が真っ直ぐと俺を見つめている。


「どうして。もう授業が始まってるんじゃ──」

「教室にひーくんが帰ってこなくて怖くて。大丈夫……ちゃんと話そう、全部」


 声が震えていた。

 妃菜は心配性だ。きっと傷ついた俺が自殺でもしないかと、思ったのだろう。


「なんで俺よりも酷い顔をしてんだよ……」

「心配させんな、ばか」


 口調は強く、それでいて優しく包み込むような声で。

 彼女の存在に俺は救われた──。

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