第18話:夏休みの約束
「無理って言われてもな……」
そう言って困ったように頬を掻く。
俺と向き合おうとしてくれていることはよくわかる。しかし、それじゃ誰も救われない。
間違いなく俺はずっと胸のひっかかりを覚えるだろう。それに父さんだって、この企画から降りれば間違いなく責められる。
(そんなの、絶対に耐えられないよ──)
「時間をくれないかな」
「時間……?」
「そう。俺が無理をしなかったら、父さんは降りなくて済むよね?」
「いや……それじゃあもし、また今回と同じようなことが起きたら、きっと僕は”僕”を嫌いになってしまう」
「それは俺も同じだよ!俺が父さんの重りになっていそうで怖い──父さんはそうやって、自分が傷つかないようにしてるだけだッ」
まるで殴られたように、父さんは顔を歪めた。
何かを言いかけ、口をつぐむ。
「ごめん。一人にして」
突き放すように言うと、父さんは無言のまま部屋から出ていく。
その背中は小さく、丸く、見ていて胸が締め付けられた。それでも──俺は引き止めることはできなかった。
一人になった部屋で小さくため息をつき、お粥を口に含む。
ほんのりと漂う塩の味と、てっぺんで輝いていた梅干しが、ツンと鼻の奥を刺した。
食べ終えるのと同時に、俺はまた眠りについた──絶望的な状況なのに、どうしてか悪夢を見ることはなかった。
◇
通学路で偶然会った妃菜は、心配しているのが目に見えてわかった。
「おはよ。学校来て大丈夫なの?」
「うん、おはよ──寝たら元気になったよ。体調悪くなったらすぐに休むよ」
「はぁ……本当によかった……」
目元に小さく涙が輝く。
最近、妃菜には泣かせっぱなしで本当に申し訳ないと思う。せっかくだから、ぱぁっとリラックス出来る場所にでも連れて行きたい──
「あっつーい!もう夏だねー」
「夏といえば、海・花火・夏祭りだよ!」
和気あいあいと隣を通り過ぎて行った彼女たちは、手でうちわのようにパタパタと扇いでいた。
「もうこんな季節か」
「ねー!色々あったから忘れてたよー」
「たしかに色々あったな」
思い出すだけで苦痛だけど、わざと笑ってみると、案外気が楽になった。
「ねえひーくん──!」
「──妃菜」
それはびっくりするくらい同じタイミングだった。
「あっ、いいよ!ひーくん、なぁに?」
「俺のは後で大丈夫だ」
また被る。言うことを予測され、それを真似されているような気分になった。
それが可笑しくてクスッと笑みがこぼれる。
「ふふっ、ひーくんから教えて?」
小さく首を傾げて言う妃菜は、上目遣いでこちらを覗き込む。
ドキッ──と心臓が大きく跳ねる。
聞こえてないよなとヒヤヒヤした。
このままだといたちごっこなので、再び歩き始めるのと同時に話を持ちかけた。
(断られたらと思うと、まだ心の準備ができないんだよな……)
「……夏休み──どっか行かないか?」
「えっ!?行く!」
数歩先を歩いていた妃菜が勢いよく振り返る。その瞳は光で満ちていた。
二つ返事で予定が決まり、こっそり緊張していたのが馬鹿らしい。
「実はね、私も同じこと聞こうとしてたの!」
「マジ?」
「うん、マジマジ!」
えっへんと言わんばかりの表情で、胸に握りこぶしを当てた。
妃菜の周りに、見えない花がパッと咲いたように思う。
「なんだ〜私たち息ぴったりじゃん!」
「そりゃ、10年近く一緒にいるからな」
家族を除くと、妃菜との関わりが最も長いと言っても過言では無い。
「去年は全然遊べなかったから、今年は2年分楽しむぞーッ!」
エイエイオーと、握った右手を空に突き上げる妃菜──それを横目に微笑を浮かべる俺。
そんな他愛のない時間だが、思い返したら太陽のように眩しい思い出になるのだろう──
「それにしても暑いな」
無駄に眩しい太陽を隠すように手をかざす。
指の隙間から射す光は、どうしてか希望に満ちていた。
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