表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大好きだった彼女に浮気され、地獄に落とすまで。  作者: くまたに


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/22

第15話:君はそんなことしない

 父さんが帰ってくるまでの間、恋春が様子を見てくれることになって早くも五分ほど経った。


「それにしてもさー」


 静寂を破るように吐かれたその声は、どこか嫌味を言う前兆のようにも感じた。


「あの担任……酷くない?もしひーくんが一人で保健室に向かってて、そこで倒れたらどうするつもりだったのかな」

「あの言い方は少し傷ついた」

「そりゃそうだよ。同じようにあしらわれたら、私だってへこむもん」


 しょぼんとした表情で、恋春は共感してくれる。

 結局、朝のホームルームで見せた、妃菜の暗い顔について、何もわからないままだった。

 チャットで送ったメッセージには、一向に既読がつく気配がない。


「──他の女の子のこと考えてる?」

「え!?」

「その顔は──正解ってこと?」

「ま、まぁ……」

「妃菜ちゃんのことでしょ」

「どうしてわかるんだ」

「前に初めて会った時、二人は一緒にいたからね」


 本来ならば妃菜のためにも否定するところだが、一緒に帰っているところを見られてる以上、わざわざ隠す必要はないだろう。

 それに妃菜の暗い顔について、同性の恋春ならわかるかもしれない。

 俺が聞くよりも前に、恋春は口を開いた。


「私は……あの子と関わらないほうが良いと思うよ」

「どうして?」

「だって、あの子ったらひーくんが倒れてるところを見て笑ってた。私、そんな酷い人許せない……」


 ズキッと胸の奥が歪むように苦しくなる。

 妃菜が……笑ってた?それも俺を……

 心のどこかで何かが崩れた気がした。


(いつも俺を慰めてくれてるけど、実際は手玉に取って見下してたってことか)


 ムカムカとした、煮えたぎるような思いが胸を満たす。


「なんだよ、それ……」

「だ、大丈夫……!?──でも安心して。私はあの子とは違って、ひーくんを傷つけたりしないから」


 覆うように、両手を包まれる。その暖かみが、なによりも不安定な俺の心を落ち着かせてくれた。

 頬を伝って、涙が垂れ落ちる。強く握った拳から力が抜けた。

 ”あんな奴、絶好してやる”──そう言いかけて、口をつぐむ。


(なんか……嫌だな……)


 たとえ俺の目の前で罵倒されても、妃菜を嫌いになれる自信がない。

 きっと本心じゃない──そう感じるはずだ。

 それは、十年近く一緒に笑って泣いてきた、この俺にしかわからないことだろう。だって彼女が人を傷つける姿が、少しも想像つかないから。


「今度、直接会って聞いてみるよ」


 その途端、目の前の少女の瞳から光が失われる。

 まるで生気のない作り物──何か嫌なものでも見るような、そんな瞳だった。

『その考えは間違っている』と、心の奥底で囁かれている気がした。

 しかし、それも一瞬の出来事で、「そうなんだね」と、優しい声が返ってきた。


「──っと、あのー……」


 診断を聞きに行っていた父さんが、扉の前で固まっていた。その目は俺たちの手を捉えては離さなかった。


「お取り込み中だったかな?邪魔だと思うから僕は待合室で時間を潰すよ」

「わっ、私、用事を思い出したので帰ります!」


 パッと手を離され、恋春は足早に病室から去る。

 その耳は真っ赤に染まっていた。


「せっかくイチャイチャしてたのにごめんね」

「してないわ!」

「そっか、そうだよね」


 父さんにしては珍しく、すんなりと引いてくれた。


(冬美と付き合ったことを話した時は、嬉しさのあまり失神したっけ)


 懐かしい記憶に、思わず目を細める。

 それと同時におかしな点が浮上した。どうして今まで気づかなかったのかと、疑問に思うくらいだ。


「冬美と別れたこと、父さんに言ってないのに、どうして知ってるの?」


 父さんは俺に対して、"恋春は彼女か"や"恋春とイチャイチャしてる"なんてことを言ってきた。

 しかし、俺が冬美が大好きで一途なことも知っているはず。それなのに何故──


「ここに来る途中、妃菜ちゃんに教えてもらったんだ」

「え?妃菜に?」

「うん。いきなり電話かかってきて何かと思えば、まさか浮気をされた挙句、酷い扱いをされているなんてね」


 父さんに一番知られたくなかったことが既にバレていることに、心臓が大きく跳ねた。


「冬美ちゃん、前に家に来たことあったよね。あの時は、礼儀正しくていい子だと思ったんだけどなー」

「元から好きじゃないって言われて、冬美の演技力の恐ろしさを知ったよ」

「演技、か……」


 もの言いたげな目を泳がせて、父さんはギュッと口を塞いだ。

 思うところはあるようだけど、()()()()()()穏やかな表情をしている。


「そういえば診断は?」

「ああ、そうだったね」


 少しの間続いた沈黙が気まづくて、無理やり話をすり替えた。

 俺が眠っている間に血液検査が行われたらしく、診察結果はただの睡眠不足だった。

 最近思い詰めて眠れない日が何度かあったから、恐らくそれが原因だろう。


 そのまま父さんの運転する車で家に帰る。

 病院でぐっすり眠れたおかげか、車窓から眺める景色が、少しクリアに見えた。

 体調が万全になったわけではないので、気づかないうちに、俺はまた眠っていた。



     ◇



「着いたぞー」


 父さんの声で、重い瞼が開く。

 大きな欠伸をしたら、視界が滲んだ。


「眠たい……」

「部屋に戻ったらまた寝たらいい。夕食は僕が作るから気にしないでくれ」

「ありがと、助かるよ」

「今夜は大事な息子のためにも、ご馳走を振る舞うよ」


 なんて話していると、チーンと、マンションのエレベーターが止まる音がした。


「できれば消化のいいもので──」

「おや、あの子は──」


 エレベーターの扉の向こう。俺と父さんの部屋の前に、誰かがしゃがんでいた。

 セミロングの綺麗な髪を耳にかけた少女──妃菜だった。


『あの子ったらひーくんが倒れてるところを見て笑ってた』


 恋春の言葉が蘇る。

 一瞬足がすくんだ。


「僕は下で待ってるよ。ゆっくり二人で話すといい」


 そう言って、何も知らないはずの父さんは、ここまで来たエレベーターに消えていった。

 残されたのは俺と──少し先にいる妃菜だけ。


「妃菜はそんなことしない」


 自分に言い聞かせるように呟いてから、彼女の名前を呼んだ。


「妃菜──!」


 かがんでいるせいで目にかかった、前髪の隙間から見えた妃菜の瞳は、今にも泣き出してしまいそうなものだった。

面白かったら★評価いただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ