第14話:転校生と私の不安
まだ一時間目が始まる前だというのに、胸がズキズキ痛んで、息が浅くなる。
考えないようにしても、何度も同じ言葉が頭の中で響いた。
(ひーくんに……あんな態度取らなきゃよかった)
一緒に登校したとき、少し素っ気なくしてしまった。
担任の話が聞こえてくるけど、耳に入らない。
知らない言語を聞いてるみたいで、意味が分からなかった。
「転校してきましたっ!よろしくお願いしま〜す!」
甲高い声。
背中に氷を押し当てられたみたいにゾワリとした。
(佐倉恋春……ッ)
クラスがざわつくなか、彼女と目が合う。
ほんの一瞬向けられた瞳は、みんなに向けている"愛想笑い"とは似ても似つかないものだった。
気温が数度下がったみたいに冷たい。獲物を睨む捕食者と同じ目をしていた。
「──だったら隣の方がよさそうだな。申し訳ないが、平野の隣を空けてやってくれないか」
(なんで……よりによって、ひーくんの隣?)
恋春は迷いもなく響の方へ歩いていった。
まるで最初から決まっていた位置に戻るみたいに。
胸の奥がキュッと締めつけられた。
「これからず〜っと一緒だねっ。よろしく!」
その声が、私にわざと聞こえるように響く。
(“ずっと”って……なにそれ。私だって隣がいいのに……)
握手を交わす二人を見た瞬間、視界が滲む。
嫉妬なんて認めたくないのに、どうしようもなく胸が苦しい。そんな時──
「先生!」
弾んだ声。恋春だった。
「ひーくんの気分が悪そうなので——」
(……仲良いアピールのつもり?)
大きくため息をつく。
(それにしてもあの人、私にだけ厳しすぎない?他の人には甘い笑顔を向けているのに)
恋春が来たのも、それも全てたった一つの失敗のせい……
しくじった私への怒りが見える。
そもそも彼と関わることがよくない。どこで進む道を間違っちゃったんだろう──。
でも従わなきゃ、響を救えない。
そんなふうに考えていた矢先だった──
ガタンッ──響の椅子が大きく揺れた。
(……ひーくん?)
顔を向けた瞬間——息が止まった。
響の身体が、力が抜けたように前へ倒れ、机に腕を滑らせながらゆっくりと崩れ落ちていった。
「えっ——」
思わず声が漏れる。
ガシャンッ──金属がぶつかる音が教室に響き、教室が静まり返る。
誰も動かない。むしろ、笑っている人すらいる。
「おい平野!大丈夫か——!?」
担任だけが真っ先に駆け寄った。
「誰か保健室の先生呼んでこい!」
でも教室は石のように固まっていた。
私も……立ち上がれなかった。
足が震えて、力が入らない。
「私が行ってきます!」
恋春が走る。その目は私を睨んでいるようにも思えた。
(……やっぱり私じゃ勝てない)
胸の奥がズキンと痛む。
唇を噛んだら、うっすら血の味が広がった。
その後は、夢の中みたいに曖昧だった。
気づけば響は運ばれていて、一時間目が騒がしいまま終わっていた。
(……ひーくんは、恋春の方がいいよね)
助けたのは恋春。助けられなかったのは私
どちらが選ばれるかなんて、考えるまでもない。
二時間目が始まる少し前。私は顔を伏せたまま動けずにいた。
そこへ、コツコツと一人の足音。
「ひーくん、病院に運ばれるんだって」
淡々とした声が背中に吐かれた。その冷たさが、胸に突き刺さる。
私は何も返せなかった。震えながら、嗚咽をこらえる。
(……私、どうすればいいの)
遠ざかる恋春の足音を、私は聞いていることしかできなかった。
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