第10話:共同作業
妃菜の後ろについて歩くこと数分──着いた先にあったのは、やたら光と音が飛び交う建物だった。
「……ゲーセン?」
「じゃじゃーん!ひーくん、こういうとこ来たことないでしょ!」
ちょっと馬鹿にされた気がして、話を逸らす
「なんでここ?」
「今日のひーくん、ずっと眉間にシワ寄ってたからね。バカみたいに遊んだら元気になるかなーって思って!」
そんな理由で……いや、嬉しいけど、不意打ちでそんなこと言うなよ。
「行くよ、ひーくん!」
妃菜は俺の袖を引いて、勢いよく店内に飛び込んでいった。
◇
ゲーセンの入口にあったのは、大型のクレーンゲーム。
ぬいぐるみ、フィギュア、お菓子セットがぎっしり並んでいて、眺めているだけで圧がある。
「見ててね。私、クレーンゲーム得意だから!」
妃菜は胸を張り、ぐっと腕まくりまでして気合十分。
五百円玉を投入すると、六回プレイのランプが点灯した。
ガラス越しに、ちょこんと座ったテディベアを狙い澄ます。
「よし……いけっ!」
アームがゆっくり下降し、テディベアの頭を覆うように掴む。
本当に得意なのか──そう思った瞬間だった。
「あっ……!」
テディベアはアームのわずかな揺れで重力に負け、その場にぽてっと落ちた。
無表情のはずなのに、どこか「残念〜」と言っている気がする。
「ま、まだ一回目だから!」
妃菜の奮闘は続く。
何度か惜しい場面はあったが、全部失敗。
ついには財布の小銭が尽きてしまい、妃菜はムキになって両替機へ向かった。
「よし、やってみるか」
ふーっと息を吐き、俺はひとまず百円玉を投入した。
◇
「おまたせ〜……って、え、えぇ!?」
戻ってきた妃菜は、俺の腕に抱えられたテディベアを見るなり、声を裏返した。
「取れたよ」
「と、取れた!?ひーくん、クレーンゲームしたことあるの!?」
「──ゲーセンってのはな、放課後の暇つぶしにはちょうどいいんだよ。一人でも入りやすいし、音もうるさいから考え事もしなくて済むし」
「ん、んん?──とにかく来たことあったってこと!?」
妃菜が理解したような、してないような顔で首をかしげる。
「そういうことだな。ちなみに俺は週一で来てるくらいの、常連客だぞ」
「それ、先に言ってよ!私の小銭たちぃ……」
「ごめ……まぁ、サプライズだ」
テディベアは俺の腕の中で、なぜか誇らしげな顔に見える。
妃菜はジッと、テディベアを見つめていて、考えていることが丸わかりだった。
「これ、欲しかったんでしょ。あげるよ」
「え、いいの!?……でも、いいや。ひーくんだってたくさんお金使ったでしょ」
「いや?百円しか使ってない」
妃菜は目を丸くして驚く。ドン引きしているようにも見えなくはない。
「嘘でしょ……」
独り言のように小さく呟かれる。
嘘じゃないんだよな──そう思いながら、一つの提案をした。
「俺がクレーンゲームの極意を教えようか?コツを掴めば、誰でも楽にとれるぞ」
「知りたい!教えてください、ひーくん様!」
「よかろう、教えてしんぜよう」
「やった!」
妃菜は嬉々として、両手を軽く前に突き出し、「ははー」と頭を下げる。
その大袈裟すぎる動作に、思わず笑みがこぼれた。
喜怒哀楽がはっきりしていて、人生が楽そうで――今は、ただ羨ましく思うだけだった。
「さて、どれから狙う?」
「もちろんぬいぐるみでしょ!」
先程テディベアをとった台を指さし、目を輝かせる。
そう、何個も欲しいものなのかと、疑問に思うが口に出さないでおいた。
「了解。まずは妃菜が自分でやってみて。それで、直していくように教えるから」
「わかった!」
こうしてクレーンゲームの特訓が始まった。
妃菜は俺の教えをよく聞いてくれて、着々と上達する。
なんだか我が子が成長しているようで、途中からは俺の方が楽しんでいたと思う。
「あっ、まて。そのパターンはこうやって──」
口で伝えるよりも体で覚えた方が早いだろ──そう思って、妃菜の手を握った。
「あっ……!」
「どうかしたか?」
「うんん、なっ、なんでも!」
ほんのりと耳が赤くなってる気がする。
クーラーが効いてて、そこまで暑くないと思うけどな。
少し肌寒いと思うくらいだ。
「ひーくん凄い!次でとれそう!」
「よし、あとは自分でしてみて」
「うん!頑張ってみる!」
今度は成功する——そう、確信したのは、妃菜の頑張りを見てきただろう。きっとそうだ。
アームの三つの爪は、落とし口に寄りかかるテディベアの体を持ち上げる。そして——
ゴトッ。
鈍い音と共に、妃菜の歓喜の声が聞こえる。
「やっっったぁぁぁぁぁッ!!!ひーくん、見てよ!私、ぬいぐるみとれたよ!」
その場で飛び跳ねて、目に見えて喜んでいることがわかる。
やった——妃菜にバレないように、小さくガッツポーズをした。
「よかったな」
「うんっ!本当にありがと、ひーくん!」
俺に向けられた、弾けるような笑みがなによりも嬉しかった。
ずっとこの時間が続けば——なんて、叶うはずのないことを願ってしまう。
カシャ——思わず残したいと思った。写真を見返したときに、また『あの時は楽しかったな』なんて思い出して笑えるように。
「ちょっと!今撮ったでしょ!?」
「なんのことだよ」
「もしかしてそれで誤魔化せると思ってる?言っとくけど……私はそこまでバカじゃないんですけど!?」
ぷくーっと、頬を膨らませて、わざとらしく怒る。
小さい頃から何度も見てきた表情だが、全く変わらないな。
「ひーくん……なんか失礼なこと考えてない?」
「全然成長しないなーって思って」
「酷っ!それ女の子に言ったら嫌われるよ」
「じゃあ妃菜は、今ので嫌いになったか?」
「むぅ……なってない」
不服そうに黙り込む。
言い返す言葉を探しているに違いない。きっとそうだ。
「私のこと、もっとよく見て。ひーくんの身長が高くなるのと同じで、私だって成長してるよ?」
言われてみると、幼かった顔立ちはいつの間にか綺麗になっている。
引き締まりつつも女の子らしい丸みが出てきていて、前より柔らかく見える。
目元も大人びて、少し前までのあどけなさが残る笑顔と相まって、思わずドキッとしてしまった。
「……」
「なんで黙り込むの!?気まづいじゃん!」
言えない——今更妃菜が女の子らしくて、少しドキってしてしまったなんて。
「ちょっとお手洗いに行ってもいいか?」
「いきなりすぎない!?まぁ、いいよ——話逸らされた気がするけれど……」
「安心しろ、気のせいだ」
「私も少し冷えたから、着いてくー!」
妃菜に勘づかれていたが、"お手洗いに行く"なんてただの、逃げるための口実だった。緊張してかいた手汗を洗い流し、早めに合流場所に向かう。
しかし、そこにいたのは予想外の人物だった。
「キャハハ!ふゆが負けたから罰ゲームね——」
にぎやかな声の先に、遠くで笑う冬美と、その周りに並ぶ陽キャたちが見えた。
俺は反射的に目を逸らす。今、隣には妃菜がいない——見つかったら、どうしようかと少し身構えた。
「冬美……なんでここに」
心の中で、少し沈む感覚が広がった——妃菜と過ごした楽しい時間を思い出しつつも、現実に引き戻される瞬間だった。
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