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大好きだった彼女に浮気され、地獄に落とすまで。  作者: くまたに


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10/22

第10話:共同作業

 妃菜の後ろについて歩くこと数分──着いた先にあったのは、やたら光と音が飛び交う建物だった。


「……ゲーセン?」

「じゃじゃーん!ひーくん、こういうとこ来たことないでしょ!」


 ちょっと馬鹿にされた気がして、話を逸らす


「なんでここ?」

「今日のひーくん、ずっと眉間にシワ寄ってたからね。バカみたいに遊んだら元気になるかなーって思って!」


 そんな理由で……いや、嬉しいけど、不意打ちでそんなこと言うなよ。


「行くよ、ひーくん!」


 妃菜は俺の袖を引いて、勢いよく店内に飛び込んでいった。



     ◇



 ゲーセンの入口にあったのは、大型のクレーンゲーム。

 ぬいぐるみ、フィギュア、お菓子セットがぎっしり並んでいて、眺めているだけで圧がある。


「見ててね。私、クレーンゲーム得意だから!」


 妃菜は胸を張り、ぐっと腕まくりまでして気合十分。

 五百円玉を投入すると、六回プレイのランプが点灯した。

 ガラス越しに、ちょこんと座ったテディベアを狙い澄ます。


「よし……いけっ!」


 アームがゆっくり下降し、テディベアの頭を覆うように掴む。

 本当に得意なのか──そう思った瞬間だった。


「あっ……!」


 テディベアはアームのわずかな揺れで重力に負け、その場にぽてっと落ちた。

 無表情のはずなのに、どこか「残念〜」と言っている気がする。


「ま、まだ一回目だから!」


 妃菜の奮闘は続く。

 何度か惜しい場面はあったが、全部失敗。

 ついには財布の小銭が尽きてしまい、妃菜はムキになって両替機へ向かった。


「よし、やってみるか」


 ふーっと息を吐き、俺はひとまず百円玉を投入した。



     ◇



「おまたせ〜……って、え、えぇ!?」


 戻ってきた妃菜は、俺の腕に抱えられたテディベアを見るなり、声を裏返した。


「取れたよ」

「と、取れた!?ひーくん、クレーンゲームしたことあるの!?」

「──ゲーセンってのはな、放課後の暇つぶしにはちょうどいいんだよ。一人でも入りやすいし、音もうるさいから考え事もしなくて済むし」

「ん、んん?──とにかく来たことあったってこと!?」


 妃菜が理解したような、してないような顔で首をかしげる。


「そういうことだな。ちなみに俺は週一で来てるくらいの、常連客だぞ」

「それ、先に言ってよ!私の小銭たちぃ……」

「ごめ……まぁ、サプライズだ」


 テディベアは俺の腕の中で、なぜか誇らしげな顔に見える。

 妃菜はジッと、テディベアを見つめていて、考えていることが丸わかりだった。


「これ、欲しかったんでしょ。あげるよ」

「え、いいの!?……でも、いいや。ひーくんだってたくさんお金使ったでしょ」

「いや?百円しか使ってない」


 妃菜は目を丸くして驚く。ドン引きしているようにも見えなくはない。


「嘘でしょ……」


 独り言のように小さく呟かれる。

 嘘じゃないんだよな──そう思いながら、一つの提案をした。


「俺がクレーンゲームの極意を教えようか?コツを掴めば、誰でも楽にとれるぞ」

「知りたい!教えてください、ひーくん様!」

「よかろう、教えてしんぜよう」

「やった!」


 妃菜は嬉々として、両手を軽く前に突き出し、「ははー」と頭を下げる。

 その大袈裟すぎる動作に、思わず笑みがこぼれた。

 喜怒哀楽がはっきりしていて、人生が楽そうで――今は、ただ羨ましく思うだけだった。


「さて、どれから狙う?」

「もちろんぬいぐるみでしょ!」


 先程テディベアをとった台を指さし、目を輝かせる。

 そう、何個も欲しいものなのかと、疑問に思うが口に出さないでおいた。


「了解。まずは妃菜が自分でやってみて。それで、直していくように教えるから」

「わかった!」


 こうしてクレーンゲームの特訓が始まった。

 妃菜は俺の教えをよく聞いてくれて、着々と上達する。

 なんだか我が子が成長しているようで、途中からは俺の方が楽しんでいたと思う。


「あっ、まて。そのパターンはこうやって──」


 口で伝えるよりも体で覚えた方が早いだろ──そう思って、妃菜の手を握った。


「あっ……!」

「どうかしたか?」

「うんん、なっ、なんでも!」


 ほんのりと耳が赤くなってる気がする。

 クーラーが効いてて、そこまで暑くないと思うけどな。

 少し肌寒いと思うくらいだ。


「ひーくん凄い!次でとれそう!」

「よし、あとは自分でしてみて」

「うん!頑張ってみる!」


 今度は成功する——そう、確信したのは、妃菜の頑張りを見てきただろう。きっとそうだ。

 アームの三つの爪は、落とし口に寄りかかるテディベアの体を持ち上げる。そして——


 ゴトッ。

 鈍い音と共に、妃菜の歓喜の声が聞こえる。


「やっっったぁぁぁぁぁッ!!!ひーくん、見てよ!私、ぬいぐるみとれたよ!」


 その場で飛び跳ねて、目に見えて喜んでいることがわかる。

 やった——妃菜にバレないように、小さくガッツポーズをした。


「よかったな」

「うんっ!本当にありがと、ひーくん!」


 俺に向けられた、弾けるような笑みがなによりも嬉しかった。

 ずっとこの時間が続けば——なんて、叶うはずのないことを願ってしまう。


 カシャ——思わず残したいと思った。写真を見返したときに、また『あの時は楽しかったな』なんて思い出して笑えるように。


「ちょっと!今撮ったでしょ!?」

「なんのことだよ」

「もしかしてそれで誤魔化せると思ってる?言っとくけど……私はそこまでバカじゃないんですけど!?」


 ぷくーっと、頬を膨らませて、わざとらしく怒る。

 小さい頃から何度も見てきた表情だが、全く変わらないな。


「ひーくん……なんか失礼なこと考えてない?」

「全然成長しないなーって思って」

「酷っ!それ女の子に言ったら嫌われるよ」

「じゃあ妃菜は、今ので嫌いになったか?」

「むぅ……なってない」


 不服そうに黙り込む。

 言い返す言葉を探しているに違いない。きっとそうだ。


「私のこと、もっとよく見て。ひーくんの身長が高くなるのと同じで、私だって成長してるよ?」


 言われてみると、幼かった顔立ちはいつの間にか綺麗になっている。

 引き締まりつつも女の子らしい丸みが出てきていて、前より柔らかく見える。

 目元も大人びて、少し前までのあどけなさが残る笑顔と相まって、思わずドキッとしてしまった。


「……」

「なんで黙り込むの!?気まづいじゃん!」


 言えない——今更妃菜が女の子らしくて、少しドキってしてしまったなんて。


「ちょっとお手洗いに行ってもいいか?」

「いきなりすぎない!?まぁ、いいよ——話逸らされた気がするけれど……」

「安心しろ、気のせいだ」

「私も少し冷えたから、着いてくー!」


 妃菜に勘づかれていたが、"お手洗いに行く"なんてただの、逃げるための口実だった。緊張してかいた手汗を洗い流し、早めに合流場所に向かう。


 しかし、そこにいたのは予想外の人物だった。


「キャハハ!()()が負けたから罰ゲームね——」


 にぎやかな声の先に、遠くで笑う冬美と、その周りに並ぶ陽キャたちが見えた。

 俺は反射的に目を逸らす。今、隣には妃菜がいない——見つかったら、どうしようかと少し身構えた。


「冬美……なんでここに」


 心の中で、少し沈む感覚が広がった——妃菜と過ごした楽しい時間を思い出しつつも、現実に引き戻される瞬間だった。

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