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こっち向いて、神様  作者: 夏野 夜子


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ブレイクオフ4

 お屋敷はミコト様が創った空間らしい。一見普通に見えるような洗面台や庭石なんかでも、ミコト様の御神力が込められていて、周囲には護りも施されている。

 そんな場所で生活していたせいか、家の回りがなんだか曇っているようにみえる。神社に逃げ込んだ日にはそんなふうには全然思っていなかった。


「ルリさま、帰りませんか? すずめは嫌です……」


 困ったような顔で見上げてくるすずめくんが計画中止を提案してくるし、狛ちゃんは周囲を嗅ぎ回っているけれど獅子ちゃんは家に向かって上半身を低くしてぐるるると唸っている。

 そんな妖怪屋敷に住んでいた自覚はないんだけど。


「せっかく来たし、荷物だけ取ってくる。すずめくんはここで待ってていいよ。家は誰もいないはずだから」

「すずめはルリさまから離れません」


 完全に嫌そうだけれど、すずめくんは私に抱き付いたまま離れようとはしなかった。


 家は周囲をブロック塀で囲んでいて、正面の玄関のところだけ鉄柵みたいな門になっている。内側には手前に私が通学で使っていた自転車があって、少し奥にお母さんが使っていたママチャリがまだそのまま置かれている。塀に作り付けられているポストにはチラシが沢山入っていて、内側に溢れているものもあった。振り返ると、門向こう側で狛ちゃんと獅子ちゃんが座ってこっちを見上げていた。目が合うと、ゆらゆらと雲のような形の尻尾を揺らしてくれる。


「すぐ戻ってくるね」


 鍵を使って家の玄関を開けると、むっと篭った匂いがした。夏の閉じ込められた熱気に、なんとも言えない匂いが混ざっている。すずめくんがますます私にくっついた。

 靴を脱いで、廊下を上がる。目的の部屋だけ急いで回るつもりだったのに、すぐに見えるダイニングキッチンが目に入って思わず足を止めた。


「なにこれ、」


 泥棒でも入ったのかと思うくらい、全てがぐちゃぐちゃになっていた。

 もともと、ピカピカに磨き上げていたわけじゃない。だけどちゃんと片付けはしてあったはずなのに、部屋には様々なものが散乱し、食べ物の腐った匂いもしている。ゴミもそうでないものも構わず床に落ちていて、ダイニングに置かれた椅子のひとつは倒されていた。キッチンの引き出しが落ちているところもある。


 今まで毎日見ていた場所が異様な状態になっているせいか、ぞっとするような光景に見えた。匂いが鼻に来たのか、うっとすずめくんが抱き付いてくる。


「なんで」


 ハッと気付いて、廊下の先にある仏間に入る。予想してたようにそこも荒らされていて、思わず小さく悲鳴を上げた。


「お父さん!」


 四畳半の小さな和室に作り付けられている仏壇を薙ぎ払ったかのように、位牌が転がっていた。お線香立てもロウソク立ても枯れた仏花の入った花瓶もなぎ倒された仏壇に、お母さんの位牌だけが立てられている。

 私が赤ちゃんの頃に死んだお父さんの記憶はない。私の中でお父さんと言えば、この位牌と、薄いアルバムだけだった。畳に散らばった物を探ると、破られたそれを見つける。


「お父さんの写真、ぐちゃぐちゃになってる……」


 写真屋さんで貰う紙のアルバムがそれごと引き裂かれ、へし折られ、破かれたものもある古い写真に、じわじわと涙が浮かんできた。お父さんの写真はこれだけしかない。絶対に持っていくと決めていたものだっただけに、悲しみが押し寄せてくる。


「ルリさま……フィルム、ぶじですよ」

「すずめくん!」


 アルバムの最後に入っていたフィルムを見せてくれたすずめくんが、急にふらりと倒れ込んでくる。きゅうと音を立てて、小さな男の子の姿からスズメに戻ってしまった。


「大丈夫? 外に戻ってて」


 手のひらに乗ったすずめくんを玄関まで戻そうとすると、ちゅん! と鳴いたすずめくんが羽ばたきながら私の腕を伝って首元に留まった。いつもスズメの姿のときでもちゅかちゅかと元気に囀っていることが多いので、静かに黙っているということはここにいるのはあまり良くないのだろう。

 手の甲で顔を拭って、位牌とフィルムを腕に抱える。


「すぐに出るから、もう少しだけ待っててね」


 私の部屋は、階段を上がったところにある。






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