マスクドマン7
「つかぬことを訊くがルリよ、蛇は苦手か?」
「へっ」
ヘビ? と首を傾げると、ミコト様は少し申し訳無さそうな顔でうむと頷いた。その手には相変わらず男の子がぶら下がっている。首を掴んで持ち上げるだなんて痛そうだけれど、男の子は暴れるでもなく手を顔にあててしくしくと泣いている。
小学生くらいの小柄な男の子にしても、そんなに長い間片手だけで、首だけを掴んで持ち上げられるということがあるだろうか。しかもすずめくん達に対しても優しいミコト様が、泣いている子供をそのままにしておくとは。
「え、もしかして、その子、ヘビとかだったりする?」
「うむ……」
ミコト様が軽く腕を振るように上下させると、男の子の体がみるみる縮んで細長いものに変わってしまった。長さは持ち上げたミコト様の胸元辺りから膝まで届かないくらい、僅かに黄色がかった白い鱗がきれいに並んでいて、首の根元あたりをミコト様が掴んでいる。固定された頭からしゅるしゅると時々ピンクの舌を覗かせ、赤い目はポロポロと涙を流していることだけ同じだった。
「うわ、マジでヘビだ。しかも結構大きい」
「恐ろしいか? 人に変えたままにしておくか?」
「いや、掴んでくれていたら大丈夫だと思いますけど」
だらんと持ち上げられたままになっていた白蛇は、しばらくするとゆらゆらと体を揺らし、ぐねーんと曲げてミコト様の腕に巻き付けるようにうねり出す。その動き方がヘビ!! という感じで、私は思わず一歩遠ざかった。
「やっぱりムリかも」
「変えておこう」
もう一度ミコト様が腕を動かすと、ヘビはまた男の子の姿に戻る。全体的に白っぽく、髪の毛の黒色が浮くくらいの色彩なので、面影があると言えばあるかもしれない。しくしくと相変わらず泣いている男の子は、ミコト様がゆっくりと腕を降ろすとそのままそっと地面に立った。
「すまぬ、ルリ。これは私が預かっていた蛇の子なのだ。昔のよしみで引き受けたが、まさかこのようなことをしでかすとは」
「あー……そういえば何か聞いたことがあったような」
結構前に、めじろくんが庭にヘビがいてみかんが採れないという話をしていた。それはこの子のことを指していたらしい。
「でもめじろくんは20センチくらいって言ってましたよ。それ3倍以上ありませんか?」
「おそらくルリの精魂を食ろうて大きくなったのであろう」
「えっなに怖。私食べられてたの?」
「いやいや、そうではない。ルリの作った面に込められていたものだ」
人が手ずから作った者には、その作ったものに精魂が宿るらしい。魂という字が入っているけれど、魂というよりはその人が出したエネルギーみたいなものなのだそうだ。生きているものにはエネルギーがあって、食事や運動などで出入りすることがあるけれど、気持ちを傾けたものにはそれが溜まりやすいのだとか。オカルトチックな話だけれど説明してくれるミコト様が神様なので胡散臭いとはいえない。
「割と適当にと言うか、そんなに頑張って作ったとは言えないものもありましたけど」
「勿論丹精込めて作るものには精魂が多く篭もることも多いが、それだけではない。ルリの面には楽しんで作ったという思いが作風に出ていたし、その、わ、私のためを思って作ってくれたというので、蛇には魅力的に見えたのであろう」
「……ごめんなさい……」
しくしくと泣いていた男の子が、しゃくりあげながらもか細い声を出した。
「さみしくって、ととさまに会いにゆきたかったのです。けれどもお里はとおくって、たましいをくらわばあにさまもこわくないかとおもったのです」
少し舌っ足らずでしゃっくり混じりだったけれど、つまり家族に会いたいがために魂を食べたかったと。
それを聞いて、今まで見た夢のぞわっとした不気味さが何だったのか気がついた。男の子は夢の終わりに、「たましいをちょうだい」と言っていたのだ。
「いや、ムリ。魂とかあげないからね」
お面はまあ良いとして、魂は駄目だろう。しくしく泣いていたとしても、流石にそういうのは無理。もう一歩遠ざかると、ミコト様が安心させるように大丈夫だと頷いた。
「大丈夫だ、ルリの魂を食らうにはこれは幼すぎるし、ここではルリを傷ひとつ付けられぬ」
「さすがミコト様頼もしい」
「そ、そ、そうか。……しかしルリを怖がらせるのであれば、そなたはここへは置いておけぬ。お父上には言っておくゆえどこなりと行くがよい」
照れたミコト様だったけれど、男の子へ向ける視線はいつになく厳しかった。ミコト様の言葉にわっと男の子が泣き出すけれど、それに表情を変えることもない。
「ごめんなさい、もうしません。いますておかれたらどこへも行けずにけもののえさになってしまいます」
「勝手に夢路を通わせ、ルリを悲しませたのだから私は知らぬ」
「おゆるしくださいませ、おゆるしくださいませ」
泣いて跪き、ミコト様に謝っている男の子を見ても、ミコト様はいつものように許したりはしないようだった。
本体が大きいヘビだったとしても、今は幼い子の姿なのである。わんわん泣いているのを見ていると、段々気の毒になってきた。




