アウトサイド2
そわそわ、そわそわそわそわ。
あっちこっちを行ったり来たり、外は暑いので帽子を持っていこうとか、夕方には涼しくなるといけないから上着も必要とか、物盗りに遭わないようにキンスは分けて持とうとか。
出掛けない予定のミコト様が一番あれこれと心配している。
「よいな、よいなルリ。何か困ったことがあればすぐに私の名を呼ぶのだぞ。この依代を出しても通ずるし、狛犬らを呼んでも良い。逃げるにはあれの背に乗るのが一番だろう。ああ、依代は足りるだろうか、もう少し持っていくか」
「いやもう入んないから」
懐紙を半分に折って作った顔のない紙相撲みたいなやつが、小さいバッグにわさっと入っている。多分、10分おきに使わない限りこれがなくなることとかないと思う。もういっそ付いてきたら良いのにと思うけれど、やっぱり顔のことがあってミコト様も踏み切れないようだった。人前に出ると目立つ場所だし、ずっと引き篭もっていたのだからおいそれと出てこれなくて当然かもしれない。
「もーう! 主様、すずめが付いていますから大丈夫ですよう! 早く行かないと! お昼はパンケーキのお店予約してるんですから!」
「おお、そうか、すずめよ、くれぐれも頼むぞ。疾く帰ってくるのだぞ。ルリ、不安なこともあろうが……」
「はい行って参ります主様!」
「いってきまーす」
「ああっルリ……!」
Tシャツ短パンに野球帽姿のすずめくんが、ミコト様の言葉を聞き流して走り出した。意地でも手放さないというかのようにぎゅっと手を繋いでいるので、私もミコト様に手を振ってお屋敷を出る。
遊ぶ? 遊ぶ? と躍り出てきた狛ちゃん獅子ちゃんコンビをひと撫でして、小さな建物に入る。そこから繋がっている渡り廊下を通って行けば、朽ちかけた社に繋がっていた。
「ルリさま、お靴をどうぞ。木板の棘が刺さるといけませんから」
「ありがと、すずめくん」
崩れかけた格子から顔を出すと、蝉の鳴き声がわんと耳に響いた。アスファルトで熱された空気が木の生い茂るここまで届いていて、むっと湿気が肌を包み込むような感じがする。社を覆うように伸びた木々の間から、ほんの少しだけ届く太陽がキラキラと輝いていた。神社へ入る道の方が随分明るいように見える。
そっちをぼーっと眺めていると、繋いだ手がぎゅっと握られた。
「ルリさまルリさま、今日はすずめがおりますからね。どーんと任せておいてくださいね」
「うん」
傍で私を見上げたすずめくんが、きゅっと笑う。それだけでなんだか肩の力が抜けた。
小さい子供の姿なのに、とても頼もしく見える。
「えーっと、やっぱり本店に行きますか? 大きいし、色々揃っているでしょうし。手芸のものが欲しければ、蒲田に寄ってもいいですね。予約が12時なのでそれまでに一周りして、午後にもう一回行ってもいいですし」
「おまかせします……」
私はまだ新しい匂いのする車の後方座席で、大人しく頷いた。
頼もしく見えたというか、すずめくんガチで頼もしい。
神社から出てすぐの車道で黄色くて可愛い車を捕まえたすずめくんは、私を引っ張って車に乗り込み、行き先を運転手にちゃっちゃと指示する。
運転手は大人しい美人で、私に黙礼し、すずめくんの指示にも頷いて何も言わず車を発進させた。
「これは蝋梅と言います。現し世で暮らして様々な都合を付ける役をしてるんです」
「あっ……あの半透明の黄色い花の……ひょっとしてあの枝の?」
蝋梅という本当に蝋細工で作ったような花をした、甘い匂いのする木の枝は、ミコト様がよく文を結んで送ってくれたので知っている。良い匂いだし花も可愛いのでお気に入りの花の一つだった。冬の庭の寒い中で咲いているのも、明るくていい感じの木だ。
蝋梅さんはミラー越しににっこりと笑って頷いた。人間離れした美人だけど、笑うと親しみやすさが出てとても可愛い。よく見ると左の目元に小さいほくろがあるのが色っぽい。紅梅さんと白梅さんほどそっくりというわけではないけれど、匂い立つような美人という点では同じくらいだった。淡黄色のブラウスに品のいいスカートを合わせていて、髪は黒いストレートだけれどセミロングくらいの長さで揃えている。
「お屋敷にある蝋梅は挿し木にしたものです。本体はこの近くにある土地に生えていて、蝋梅はもう長くこの辺りで暮らしているんです」
「へぇ……一人暮らしなの?」
「基本的にはそうですけど、あちこちの子飼いの者の集う家になっていますし、すずめも買い出しに行くときはそこでごはんを食べたりしますよ」
蝋梅さんは街での暮らしが長いせいか色んな料理を知っていて、すずめくんはちょくちょく献立の相談をするそうだ。揚げ物が得意とのこと。ぜひ機会があればご馳走になってみたい。
「今日は暑いし、蝋梅に送迎をさせます。荷物が増えても車だと安心でしょう?」
「確かに助かるね」
神社からそう遠くないところに私の家がある。車はそれとは反対方向に進み、そのまま首都高に乗った。ミコト様もとても私のことを心配してくれていたけれど、さすがに現代の道路交通事情とかには通じていないだろう。すずめくんも私のことを気遣ってあれこれ考えてくれているのがわかって、心の隅でモヤモヤしていた気持ちが消えていった。
「すずめくん、ありがとね。すずめくんがいてくれてすごく助かってるよ」
「えへへぇ」
ふくっとしたほっぺを少し染めたすずめくんが、照れ隠しのようにこてんと繋いだ腕に凭れかかってきた。弟がいたらこんな感じなのかな、と嬉しい。
「今日のお昼はハッピーマンゴーパンケーキセットですよう。アルフォンソマンゴーたっぷりにココナッツクリームを組み合わせた今日から2週間の限定メニューで、予約するのに苦労しました。すずめはとても楽しみです! しょっぱい系も頼んでいるので、2人ではんぶんこしましょうねぇ」
「ほんと頼もしい……」
私はすずめくんがインスタとかやってても別に驚かないなと思った。




