這い寄るモフモフ3
「子犬、もっとモフモフしておけばよかった……」
「モフモフ?」
ポテポテと歩いていく山犬ファミリーを見送りながらついそう呟くと、ミコト様が袖で隠した向こうで不思議そうな声を出した。
「モフモフですよ。シャンプーして良い匂いになったら思いっきりモフモフしようと思ってたのに……」
「ルリは山犬が好きなのか」
「いえ、狼は初めて触りましたけど、こう、犬とか猫とか、モフモフした生き物って可愛いじゃないですかやっぱり」
「モフモフ……うぅ、いや、しかし……でも……」
何やらまたもしょもしょ言いながら、ミコト様はふらふらと主屋の方へと戻っていってしまう。
それから覚悟したような声のミコト様に呼ばれたのは、昼食を食べたあとのことだった。
「どうしたんですか、改まって」
「うむ……」
私と屏風なしで向かい合った、ちょっと彩度の低い黄色の服に着替えたミコト様が、もじもじそわそわと話を切り出すタイミングを伺っている。私はいつでも話してもらって大丈夫だけれど、こういう時のミコト様は口を開くための勇気をチャージ中みたいなので最近はそっと待っておくことが多くなった。
「るっ、ルリ!」
「ハイ」
「その、今もまだその、モフモフをしたいと思うているだろうか?」
「え? はいまぁ、モフモフはいつでもしたいですね」
「そうか! その、少し待つがよい!」
意気込んで頷いたミコト様がめじろくんのほうへ顔を動かすと、心得たようにめじろくんが立ち上がってミコト様のすぐ近くまで歩く。それから懐から取り出した何かを片手で持ち上げて小刻みに振り始めた。
めじろくんの片手でやっと持てるくらいの太さの短い筒。よく見ると台所でみたことがあった。ラベルにはスーパーのプライベートブランドのマーク。そしてサラサラした粉が入っているような音。漂ってくる香辛料の香り。容器から振り出た中身が降り注いだミコト様は急に体を丸める。
「ふぐっ、ふ、ふぇくし!」
間違いなく胡椒だ。
「めじろくん何してんの……?」
「ルリさま、モフモフですよ」
「ん?」
振り過ぎではないか……と小さく文句を言いながら袖をいつもより顔に押し付けているミコト様。
その頭に、金の稲穂色をした三角が2つ。
背中には、先が白くなった大きいふわふわが。
生えている。
「ル、ルリ……どうだろうか?」
「完全にモフモフですね。意味わかんないですけどモフっていいですか」
「や、優しくな……はぅっ、そそそんなに強く掴んでは……!」
町娘のように恥じらうミコト様、にじり寄りながら悪代官のように手をわきわきさせる私、そしてしばしのモフモフタイム。
ミコト様に生えた耳も尻尾もしっかりとミコト様の頭と腰に生えていて、すべすべの毛皮は温かく、そしてボディーソープの匂いがした。私がそーっと指でなぞるとくすぐったいかのように耳を揺らしてミコト様が声を上げるので、どう見ても神経が通っているように見える。
一通りモフモフを堪能してから、私は元の位置に戻って事情を聞くことにした。
「その……もう大分昔のことだが、一時期稲荷神と混同されていた時代があって……その頃の名残で」
「色々とアバウトですねぇ……」
お稲荷さんといえばキツネ。きっと優しいミコト様のことなので、人間に勘違いされて祭り上げられているうちに、それらしくしようと頑張ったのだろう。それで耳と尻尾が生えてくるというのはよくわからないけれど、何か生えちゃったらしい。普段は出ないままにしておけるし意識することはないけれど、クシャミのように自分がコントロールできない突発的なことがあったりびっくりしたりすると今でもぴょこっと生えることがあるらしかった。
よくわからないけど、毛並みの気持ちいい、良いモフモフである。




