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古希の星  作者: 千路文也
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072  優れたアイディアを生み出すには、運動するのが一番だ


「誰のために野球をしているのか」


「時々、そういう疑問に蝕まれます」


「答えが分からなくなると、身体の動きも鈍くなる」


 いつもながら、鬼崎は後輩プレイヤーから相談を受けていた。その相談内容とはずばり、野球をする意味だ。鬼崎程の成功を収めたトッププレイヤーならば純粋にお金を稼ぐためという答えに導くが、彼のようにAAAとメジャーを行き来するAAAAのような選手は常に疑問を感じている。何故、自分は野球という職業を選んだのか、そして誰のために野球をしているのか。時折訳が分からなくなる。そういった感情は鬼崎も体験済みなので、後輩の言う事は良く分かる。


「はい。最近はプレーも不調を感じています」


「精神的不調が選手としてのバランスを狂わせているな」


「それは重々承知です」


「だからワシの元に来たのか」


 鬼崎はあらゆる野球分野においてエキスパートだ。技術面は当然として、70歳を過ぎても野球への意欲を失わないメンタル面も注目を浴びている。まさに生きる伝説だ。鬼崎がバッターボックスに立つ度、不滅の記録が音を立てて崩れていく。そういう選手の元で学びたいと思うのは至極当然のことだろう。


「はい、そうです」


「ワシの経験上、精神的不調というのは行動していない証拠だ」


「行動していない証拠?」


 鬼崎はそうだと言うのだ。身体を動かしていない証拠だと。


「人間の発生は紀元前にまで遡る。その間、果てしない時間の経過と進化を重ねてきた我々じゃが、根本的な部分は何も変わっていない。特に身体を動かして生き残ろうとする本能に至っては、原始時代と遜色無いと思っている」


「成程……確かに今の私は動いていません」


「幸いにもワシらの職業は身体を動かしてなんぼじゃ」


「つまり、私が野球という職を選んだのは本能……生き残るため?」


「そうじゃ。理性はあくまでも理性。理性が本能に勝ることは有り得ん」


 人類は我々が想像するよりも遥かに広大なデータベースを蓄積している。数多の大災害に巻き込まれても人類は種を残し続け、その生存本能は遺伝子に組み込まれていると言っても過言ではない。


「貴方のおかげで疑問が晴れました。これからは自分の選んだ道を信じて前進します」


「良い心がけだ。その気持ちを忘れるでないぞ」


「はい」


 優れたアイディアを生み出すには、運動するのが一番。この法則を利用したスポーツ選手が企業革命を起こせばどうなるのか……そう考えただけで、鬼崎の脳内に無限の可能性が広がった。



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