91.嫉妬?
前回、何ともスッキリしない解決をして、新たな決意と共に舞さんが作ったゲートで元の世界に戻った。
一応、雪音の処遇はそこまで悪いことにはならないらしい。
らしい……のだが、どうしても拭えない問題というのはどうしても存在する。
そう、例えば……人間関係、とか。
・・・
・・
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「……………………」
「ええっと、何かな輝雪ちゃん」
「あんたにちゃん付けで呼ばれる筋合いは無い」
「お、おい輝雪」
「紅くんは黙ってて」
「……うぃっす」
さり気無く名前呼びから苗字呼びになっているのにショックを受けながら、俺は黙る。
現在、アパートの居間にて緊急魔狩り会議が行われているのだ。
議題の中心は月島雪音の取り扱いについてだ。
席としては、まず雪音が一番奥に座り、右隣が俺に俺、舞さんと座っている。雪音の左には刀夜と冷華さん、そんで九陰先輩。雪音と向かい合うようにしてるのが和也と輝雪であった。
帰ってきた当初は、晶と焔がとても驚いた顔をしていたが、とりあえず“こちらの関係者”であることを伝え納得してもらった。
で、この状況である。
「ねえ、何でこの女がいるのよ」
「ここで監視することになったからですー」
「さっさと殺せばよかったじゃない!」
「……そうすれば和也が死んでいた」
「ぐっ」
というか、輝雪ってこんな感じだったか? 俺の中では少なくとも、ここまで殺せ殺せ言う奴ではなかった気がする。
烈から俺を守った時も、少なくとも優しい部分がこいつの本質に近いと思っていたが……。
「輝雪、一回落ち着いて」
「冷華さん! この女はエルボスにいつでも逃げれるんですよ!?」
「いやいや、そこまで万能じゃないから。それに、逃げたら逃げたで舞さんにやられちゃうし」
「そうですよー」
さらっと物騒な内容を肯定するあたり、やっぱり舞さんって相当な実力者なんだな……。というか、こっちの世界で長く行き続けてきた、と言うべきか。
「なあ輝雪。何が気に入らないんだよ。たしかに、和也を殺そうとしてた奴だけど、こっからは手元で監視できんだから」
「あのね、紅くん。あなたはそもそも、彼女の目的を知っているの?」
「……あ」
「知らないくせによくまあぬけぬけと」
「ぐっ」
「そもそも自分の日常どうの言ってたくせにいきなり現れたポッと出の女を守るためにお兄ちゃんたちと戦うってどういう了見よ。パズズの力もほとんど使えないくせに。宝の持ち腐れじゃない。そもそも、今までだってあなた一人で何が出来たの? 逃げる選択なら兎も角、わざわざ戦うなんてどう考えてもバカのやることでしょ。紅くんの実力だったら碌に時間も稼げないでしょうに。あなた、自分は主人公だとでも思ってるの? そもそも魔狩り関係者って言ってもパズズのおかげで即戦力なだけであなた自身の実力なんかたいして無いじゃない。この話し合いにだって私個人の意見で言えばあなたなんか参加させたくない。それ以前に」
「やめろ輝雪。紅のライフはもうゼロだ」
「……ふん」
和也が止めなかったら、きっと俺の目からは汗が流れていただろう。涙ではない、汗だ。
「この程度で泣きそうになるなんて、あなた本当に男? 【自主規制】付いてるの?」
泣いた。
俺の心は完膚無きまでに砕け散った。
「輝雪。言い過ぎ」
「九陰先輩、事実です」
「……否定、できない」
そこはしろよ!?
(うーん、輝雪ちゃんと仲良くなれたのはほとんど無いけど、ここまで攻撃的なのは初めてだなー)
小声で雪音がなんか言っている。上手く聞き取れなかったが、輝雪がどうのとか言ってたな。
「兎に角、私はこの女は即刻本部に送還するべきだと思います!!」
「……輝雪、何をそこまで焦っている?」
「……え? 焦ってる?」
輝雪が一人反発しているところに、刀夜が聞く。
たしかに、輝雪は何処か焦ってるかのように騒いでいた。しかも、反応を見るに無自覚。どういうことだ?
その時、輝雪が俺をチラッと見た……ような気がした。
そして、雪音が何かに気付いたかのように、ニヤァっと凄く悪そうに笑った。
「あれぇー? 輝雪ちゃんもしかして嫉妬してる?」
「し、嫉妬!? そんなのしてるわけ無いでしょ!!」
ん? なんか話の流れがおかしい方向に。
というか何で皆は「……ああ」みたいな納得した表情をしているんだ? そして九陰先輩は何故苦々しい顔をしているんだ?
「たしかに、紅はそのへんかっこいいよね。普通、白木さんと和也くんを相手にする事になったら、ほとんどの相手は逃げ出すもん。それに私は世界を壊すかもしれない最重要人物。本部に預けるのが一番理性的だもんね。でも、紅は私を守ってくれた。たしかに、碌に時間も稼げなかったけど、守るために戦ってくれた」
「そ、そうね。愚かな選択だと思うわ」
一瞬キャラがぶれたな。愚かって普通言わんだろ。
そして何故内容が俺?
「私もそう思うけど、それ以上に嬉しかったなー。だって、私のために戦ってくれたんだもん。……ねえ輝雪。羨ましいんでしょ?」
「な、何がよ!!」
「紅が私を守ってくれたこと」
いやいや、さっき俺に対してあんな事を言っていた輝雪だぞ? そんなことあるわけない。
「そ、そんなわけ無い!」
「じゃあ何で顔を逸らすの? こっち見てよ」
「う……うわああああああああああああああああああん!!」
そして、輝雪は子どものように泣きながら外へ出て行ってしまった。
え? なに? 何が起こってるの?
俺が混乱してると雪音が俺の肩を掴み、とてもいい笑顔で言ってきた。
「言って来い、少年」
「俺っ!? 普通和也だろ!?」
と、俺が正論 (のはず)を言うと、
「……お前は空気を読めると思っていたが」
「鈍感系主人公はヒロインにしてみれば嬉しくない」
「青春ですねー」
「輝雪に同情」
と、次々と非難を浴びせられる。和也は沈黙したままだ。
「え? 俺が悪いの?」
『悪い』
「……悪い」
刀夜のタイミングがやはりワンテンポ遅いのは無視して、なんか理不尽過ぎる気がしないでもない。
というか、輝雪は俺に(事実ではあるが)心を抉る言葉を言い続け、輝雪を泣かせたのは雪音だというのに。
向けようのない不満を溜め込み、仕方なく玄関に向かうと、
「妹を頼む」
和也が最後に一言、言ってきた。
……俺も、単純だな。本当に。襲われてきたばっかだってのに。
「仕方なくだかんな」
そう返し、俺は外へと乗り出した。
*
紅が輝雪を追いかけて行って、居間は静まり返った。
私としてもありがたい。やっぱり、慣れない事はするもんじゃない。
「……いいのか」
そこに、ポツリと白木さんが言った。
「何がです?」
「……和也の情報だと、お前は紅に特殊な感情を抱いていたのではないか?」
「……いやはや、和也くんったらもうそんなところまでわかっちゃうの?」
「人間観察は基本だ」
「いや、和也くんが以上だと思うけどね」
和也くんの索敵能力はもはや異世界に飛ばされても通用する域までいってる。相手の機微でだいたいの考えや感情まで察しちゃう。しかも素でだ。ある意味一番人外かもしれない。
これに優れた隠密能力もあるのだから、不意打ちされたら防ぐ術は無いだろう。
「さーて、じゃあチートな和也くんに免じて理由を話しましょう」
「誰がチートだ」
「和也、黙って」
「いや、九陰先輩……もういい」
なんか諦めたね和也くん。まあそんな和也くんだから悪用されないのだろうけど。
「私が輝雪ちゃんに塩を送る理由ですか? それは」
今まで“何千回、何万回”と繰り返してわかった、私の覆せない運命。
「私の死が、決定してるからです」
一度息を吸い、呼吸を整える。やはり、あまりいい話ではない。……当たり前か。
「私、月島雪音は、この“繰り返された世界”で、最後まで生き残った事は一度もありません」
これは、魔狩りと言えど知ることのない事実。
「待て。“繰り返された世界”? “生き残った事は一度も無い”? 何を言っているんだお前は」
「今は輝雪ちゃんに塩を送る理由の話ですよ?」
「………………」
そう、物事には順序がある。一つずつ片付けなきゃ、頭がパンクしちゃうからね。
「たしかに、私は紅が好きです。手を繋ぎたい、抱きしめたい、デートしたい、恋人になりたい、そして……キスしたい」
やりたい事なんていっぱいある。
「勢いで告白もしちゃいました」
先走ってしまったりもした。
「でも、遅かれ早かれ私は死ぬ。なら、彼のために、周りのために、何かしてあげた方がいいじゃないですか」
そう、叶わぬ恋なら、最初から諦めた方がいい。それが、皆のためになるのなら。
そして、私が言い終わると皆はとても複雑な表情をしていた。




