89.守るための風
「何で……エルボスに……」
「私とカグヤの能力よ」
雪音は簡潔に言う。
カグヤとはさっきの白い猫か。でも、どんな能力なんだ? 魔獣も現れてないのに……。
「カグヤの司るのは月の神“ツクヨミ”。夜になればなるほど、月が出ているほどに強くなる。付属効果で、エルボスの月に座標を合わせて飛ぶ事もできる」
「……それもう、付属効果どころの話じゃねえな」
「その変わり短所もいろいろあるのよ? ね、カグヤ」
そこで、雪音は白い猫に話しかける。
「まあな。とりあえず数時間に一回しか使えねえし、失敗したらしたで数日間使えねえし、力使う分私の力も落ちる」
「そ。だから奥の手なの。他に質問ある?」
「その猫ってメスなのか?」
「そこ!?」
雪音が驚いている。
いやだって、転移は雪音とカグヤっていう猫の能力ならあと言うこともねえし。
「私は立派なメスだ!」
「立派なメスならもう少し話し方をどうにかすべきでは?」
「はん。軟弱な猫に言われたくねえな」
「……何ですって?」
まさに一触即発。
カグヤの体が少しずつ輝き、パズズからは風が吹き荒れる。
どうでもいいが俺の肩の上で風を出すな。
「とりあえず、こっちにいれば安心ってことか?」
「それが、そうでも無いのよね〜」
「……おいおい。冗談よせよ。他にこんなエルボスと地球を行き来できる奴がそうそういるわけが……」
その瞬間だった。
バキン、という音が空気を揺らす。だが、それはあまりにも不自然な音だった。
まるで、鉄を叩いたような音。だが、ここエルボスに、しかもここは校舎、さらに言うなら音が聞こえたのはグラウンド。
そんな音がなるような物があるはず……。
……嫌な予感がした。
雪音が窓から外の様子を確かめる。
「あちゃー、やっぱ来ちゃったか」
俺も同じように窓の外を確認する。グラウンドには、不気味な“亀裂”があった。
まるで、ブラックホールのような……。
「だ、誰だよ!」
「あなたもよく知っている人よ。空間神カオスの力を持つ猫と契約した、この地域でNo.1の実力を持つ人よ」
空間神カオスとかは初耳だが、この地域でNo.1の実力を持つ人と言われては、一人しか思いつかない。
「……おい、それってまさか」
「東雲舞」
空間交差製作者。俺が住んでいるアパートのオーナー。
その人物が空間の亀裂より悠然と現れる。
「……マジかよ」
「待って。他にもいる」
舞さんの後に続くは二人の男。
「おい、待て待て待て。本気過ぎるだろ」
「それだけ必死って事ね。あっちも」
雷神トールを司る猫と契約したNo.2。圧倒的なパワーで他を凌駕する白木刀夜。
無名神でありながら、その影の能力を十二分に引き出し、優れた索敵、隠密能力を持つ木崎和也。
よく知っている顔ぶれだ。
だからこそ、その実力を知っている。
「ごめんね」
不意に、そんな声が聞こえた。
「なんか、一人ではしゃいじゃって。迷惑いっぱいかけた上にこんな厄介事に巻き込んじゃって」
本心から言っている……と思う。
でも、それは今更だ。
自分でも言っているではないか。迷惑いっぱいかけた、と。
ああそうだ。迷惑はかけられた。エルボスに飛ぶ前にもクラスの人が結構残っている時にいろいろやりやがって……。
……ダメだ。イライラする。こいつに、謝罪する権利は無い!
「嫌だったら、あっちに行けば多分助かる。これ以上紅に迷惑かけるわけには」
「うるせえ」
「……え?」
「うるせえって言ったんだ! ああ、本当に迷惑だよ! でもそんなん今更だ! 元々トラブルに巻き込まれるのは慣れてる! これしきの事でギャーギャー言わねえよ! それに、俺はまだお前の口から秘密を聞いてねえ! だからこんなとこで謝るな! 最後まで巻き込むくらいの意地を見せやがれ!」
何で俺はここまで必死なのだろう。
雪音の言うように、投降さえすれば、助かるのだ。
でも、何でかな。
こいつを、“守りたい”って思っている自分がいるんだ。
だから、
「パズズ。やれるか」
「ええ。恩を仇で返す準備はいつでも」
「そりゃ最高だな」
パズズと契約執行する。
俺はあいつらから、雪音を守る。
「あ! 紅!」
「そこで見てろ」
窓から飛び出し、三人の前に降りる。
俺が地面に着地すると、特になんのリアクションも無くこちらを見つめてくる。
まあ、和也もいるし場所はすぐにばれてるよな。
「紅か」
そして、まず和也から話しかけてくる。
「よお、和也。最近学校じゃ付き合い悪いじゃねえか」
「それは悪かったな」
「別にいいよ。そんで、聞くつもりもねえ」
「こちらも話すつもりは無いな」
「そうか」
こうやって話す中でも、経験の差は浮き彫りだ。
全然隙が無い。
先制攻撃なんて甘かった。確実にカウンターを食らう。そしたらジ・エンドだ。
そして、今度は刀夜が話してくる。
「……お前のことは、結構気に入ってたんだがな」
「そうだったのか? 俺はそこまででも無かったぜ」
「……それは残念だ。……それでだ、紅。本題と行こう」
「おいおい、まだ舞さんと話してねえぜ?」
「……わざわざ汚れ役をオーナーにやってもらう必要も無いな」
「そうかよ」
場の空気がだんだんと重くなっていく。
ここが、勝負時だ。
「月島雪音を渡せ」
「断る」
相手に驚きは無い。だから、このやり取りは、あくまで“確認”なのだろう。
それでも十分に、手心を加えてもらっていることがわかる。普通なら、問答無用で攻撃してくるだろう。
「……初対面だろう?」
「巻き込まれるのは慣れてるさ」
「……わざわざ俺たちと戦ってまで、守る価値があるのか?」
「さあな。だけど、まだあいつから秘密の情報を聞いてないんでね」
「……今回の事、確実に俺たちの方が正義だと思うがな」
「どういう意味だ?」
「……世界が壊れる可能性があるということだ」
世界が壊れる。
だけど、自分でも驚くほど心に揺らぎはなかった。
「世界が壊れる、ね。知ってるか? ゲームだと、一人の少女のために世界を壊す主人公がいるんだぜ?」
「……これはゲームでは無い。……紛れもない現実だ」
「ああ、そうだな。だけど、別に今すぐやるわけじゃねえだろ。何故猶予を与えられない」
「……危険だからだ」
「……筋が通らねえな。今まで、雪音をどうこうなんてしなかったろ? 何故今になって急に動き出す。世界が壊れるだけの危機なら、担当区域とか関係なく普通探すだろ?」
「……最近になって情報が来た」
「おかしな事言うな。最近になって? 随分タイミングがいいな。まるで操られてるようだ」
「……そうだな。……それでも、月島雪音は回収させてもらう」
「結局はそうなるか」
不毛な会話だった。
きっと、会話だけで敵を味方に引き込めるのは主人公の特権なんだろう。本当に確認以外の意味をなさなかった。
だけど、一つだけはっきりした。
「……雪音はさ、多分危険を侵してここに来たんだ」
「…………」
「あいつはさ、何でも知っている風な態度で、わざと目立つような真似して、偽名も何も使わず本名使って、行動だって制限されるだろうにわざわざ魔狩りが密集してる一葉高校に来たんだ」
そう、あいつは自分からこの危険地帯に来たんだ。
見つかり、追われるリスクを背負って。
「それがどうして分からない。世界が壊れるっつーなら、皆で絶対壊れないよう知恵を絞れよ。俺は、雪音が何をやろうとしてるのかなんて全然分からない。刀夜、あんたの言うとおり、そっちに正義があるかもしれない。でも、まだ猶予ぐらいあるはずだ」
雪音は世界を壊してまで、何かをしようとはしない。例え少しだけの時間でも、あいつが優しいのはわかった。
陽気で元気でどこか腹黒くて、でも素直に謝れる優しい奴だ。
「だから、あんたら全員ぶっ倒して、その早とちりを正してやるよ」
「紅。できるのかお前に。俺たち、三人の相手が」
「……加減はしないぞ」
「私は少し、後ろで見させてもらいます」
舞さんが語尾を伸ばさない。あれは真面目モードだな。
とりあえずは、
「最初は二人、か。お前らの相手? そんなもん」
和也と刀夜を、倒す!!
「出来るに決まってんだろ!!」
最初から出来ないでは、出来るものも出来ない。
だから、出来ると思って、全力で、守る!!
「南風!雪音を守るための、新たな風だ!!」
グラウンドに、熱風が吹き荒れた。




