85.退屈しない日々
「おし、朝飯作った。弁当もおかず並べた。後はご飯詰めるだけ」
「ありがとうねー紅くん。朝ごはんぐらい作るのにー」
「いえいえ舞さん。趣味ですし。それにあいつらの弁当は俺が作るって約束ですしね。……ああ、あと舞さん一人にみんなの分作らせるのは罪悪感が」
「ふふ、本当に“お母さん”ですねー」
「や、やめてくださいよ舞さん」
「それとも私がこんなんだからかしらー?」
「ロリコンじゃありませんよ!?」
「わかってますよー」
「……本当かね」
「さ、皆を起こしてきてくださいねー」
「誤魔化しましたね? ……まあいいですけど」
ここ最近、俺の扱いが酷いと思わなくもない。
お母さんやらロリコンやら、俺がいったい何をやった。
まあ最近だと、俺が階段から大声で呼べば皆来るのだが。
「おーい! ご飯出来たぞー!」
この時、起きる順番にも決まりがある。
まず最初に来るのが
「ん。おはよう」
「おはようございます、九陰先輩」
食い意地の張ってる九陰先輩だ。
「むぅ、失礼なこと考えてる」
「気のせいだ。さっさと顔洗って食堂に行ってろ」
「むぅ……わかった。……お、おにい……ん」
「ん? 何か言ったか?」
「な、何でもない!」
ん〜? 何だったんだ? 妙に顔が赤かったけど。
まあ、気を取り直して。
九陰先輩の次に来るのが
「……おはよう」
「おはようございます」
刀夜だ。今更だが九陰先輩には先輩なのに、刀夜は呼び捨てにしている現状に違和感を感じなくも無い。
「……ふぁ」
「昨日仕事でも貯めてたのか?」
「……今日中に出す書類がな」
「お疲れ様。顔洗ってからでも食堂にどうぞ」
「……ああ」
刀夜は職にちゃんと就いている。ワンテンポ遅れたあの話し方で人とコミュニケーションを取れてるのか些か疑問だが、まあ気にしても仕方あるまい。
ついでに職は知らん。
で、刀夜の次に来るのが
「やほー! 紅くんおはよう!」
「おっす。おはよう」
輝雪なのだ。まさかの三番手。凄く意外だ。
「もう、こんな美少女と朝から話せるんだから、もうちょっと言及出しなさいよー」
「デフォルトだよ十分。あと、お前キャラブレ過ぎだろ」
「キャラが無いにがキャラだからね!」
「少しくらい統一しろ! 昨日は「おはようアル!」で、一昨日は「聖なる光に、乾杯」とか、ふざけ過ぎだろ!!」
「朝だけだし、学校だと優等生キャラ演じてるでしょー」
「学校だと、ね。……そういや最近お前って学校で何やってんだ?」
「顔洗って食堂行くね! また後で!」
「お、おい!」
「お兄ちゃんに聞いても無駄だからね〜!」
「……行きやがった」
そして疲れる。何時ものことだ。何故朝からハイテンションでいられるのか。
ま、輝雪だしな。
そんでもって次に来るのが
「うぅ……お姉ちゃん眠い」
「学校あるでしょ? 朝食抜きになるよ」
氷雨姉妹だ。
「おはようございます、冷華さん」
「紅くん。おはよう」
「おーい、起きってかー紫」
「……だいじょぶ」
「ほれ、洗面所行け」
「ほら、紫」
「ふにゅ……」
本来、冷華さんはもっと早く起きているのだが紫がなかなか起きないため毎日遅れるらしい。
まあ、冷華さんは冷華さんで世話をするのを楽しんでいる節があるが。
で、次なんだが。
と、ガダガダガダ! と何かが落ちてくる音が聞こえる。
「……おい和也。“またか”」
「……ああ、すまん」
和也は夜遅くまで起きていると朝、こういう風に階段から転がり落ちる事がある。
最近発覚した事だが。最近は忙しそうだし。何やってるかは教えてもらえないが。
「……はぁ。ほら、さっさと食堂行け」
「はいはい。わかったよ“お母さん”」
「っ! テメコラ!!」
「おっと」
「後で覚えとけよ!!」
「さーてな」
く、この食えない奴め。
……あの二人。まだ来ねえのか。
と、思った矢先。
「あー、ごめん紅! 焔が起きなくて!」
「むにゃむにゃ」
「まだ起きてないな」
「私が起きるには紅が耳元で甘い言葉を囁かなければなりませんむにゃむにゃ」
「さては起きてるな焔」
焔は紫以上に起きない。
晶にはいつも苦労してもらっている。
「うぅ〜、しょうがないじゃん。昨日は夜遅くまで起きちゃって……」
「そういえば薄い本読んで興奮してたね。何を読んでたの?」
「え!? あ、あれは〜……」
……怪しい。
……いや待て。心当たりがある。まさか、
「おい焔。まさかBエ」
「違う違う違うよー! BLじゃないよー! 紅と晶がモデルじゃ無いよー! ……あ」
やっぱり!
「吐け焔! 今なら三日間飯抜きで我慢してやる!」
「ええぇ!? 死んじゃう死んじゃうから!」
「吐かないなら一ヶ月だ!」
「殺す気!? わ、わかったよ!言うよ! ……その、女子の間で今流行ってて、晶が攻めで紅が受けの【紅い氷】ってタイトルで作者はわかんない。……秘密裏に取り引きされてて」
「よーし、今日は忙しくなりそうだ」
「潰す気!?」
さてと。ボイスレコーダーも装備完了。
「そのボイスレコーダーを何に使う気……というか今回の件でどう使うかは知らないけど」
「これはお守りだ。……俺に仇なす者を全部葬れるようになあ!」
「内容が物騒過ぎるよ!! とにかく、BLだけは許して! 学校公認なんだよ!」
「BLが公認とか初めて聞いたわ!」
「BLは女子の……いいえ女性のオアシスなの! 絆なの! 普段目立たない子もこれを通じて友達が出来るの! だからお願い!」
「……しょうがねえ」
「……紅」
「焔の断罪だけで許してやる」
「私個人は許されてないんだね!!」
当たり前だ。
友達云々言われたら引き下がるしかねえ。風紀委員はあくまで生徒と地域の治安のために動く。それを壊すために権力行使したら本末転倒。
だが、焔は別だ。そんなもんを本人たちの前で読むという神経を根本から正さなきゃ気が済まない。
…………。
「あ、もしもし。蒼か」
『うにゅ……眠いですよお兄ちゃん』
「ああ、悪い悪い」
『用は何ですか』
「いや、お前ってBL本って持ってるの」
『はぁ!? ももも、持ってませんよ! そんばお兄ちゃんと晶さんがくんずほぐれつになってる薄い本なんて持ってません!!』
「テメエさては持ってるな!!」
『持ってません!!』
ブツッ、と切られる。
…………ふぅ。
「とりあえず、飯食うか」
『そうだね』
晶と焔が返事をする。
「……今日も、退屈しない一日になりそうだ」
俺がパズズの風に込めた【変化】。俺の日常は今日も、退屈しない日常だった。
……少しくらい退屈な日も欲しいが。
「さ、飯食お」
そしてこの日、俺にとっては忘れられない出会いをする事になる。
日常がガラッと変わる出会いを。




