84.弱いから
お姉ちゃんは優秀だった。
お姉ちゃんとは光と影だった。
表情が明るく、人を引き寄せるお姉ちゃんと表情を上手に出せず、常に無表情の私。
積極的なお姉ちゃんと消極的な私。
速いお姉ちゃんと鈍臭い私。
頭のいいお姉ちゃんと頭の悪い私。
信頼されるお姉ちゃんと信頼されない私。
期待されるお姉ちゃんと期待されない私。
私は常に劣っていた。
でも、私はお姉ちゃんが好きだった。尊敬したし、信頼したし、紅みたいに言うなら“私の日常”の中心だった。
だから、私の存在がお姉ちゃんの足枷にならないよう、私は私のダメな所を頑張って治した。治らないのもあったけど。
でも、私はある日、“優ってはならない所で優ってしまった”。
『よう、九陰。今日から“お前のパートナー”白夜だ』
『わ、私の? お姉ちゃんの間違いでしょ?』
『いや、俺が選んだのはお前だ、九陰』
お姉ちゃんではなく、私が選ばれたのだ。
でも、その時はきっとお姉ちゃんにも直ぐにパートナーが出来ると、信じていた。
だが、私が魔狩りで実績を残し始めたころ、ついにある人が言ってしまった。
『黒木八陽って、魔狩りの才能無いんだな』
私の家、黒木の家は魔狩りの家だ。黒木だけが魔狩りの家ってわけがない。木崎や白木も魔狩りの家だと聞いている。でも、その時の黒木には、何でもできるお姉ちゃんがいて“しまった”。
いろんな人がお姉ちゃんとの繋がりを求めた。
だけど、パートナーが出来ないというだけで、見放された。
その時初めて、私はお姉ちゃんに勝って、お姉ちゃんに恨まれた。
普通の人生を選べなかったのか、殺し合いの世界を何故そう望むのか、お姉ちゃんならきっと世界を動かせるような人になれるのに、いくつもの思考が頭の中を駆け巡った。
お姉ちゃんが魔狩りに何を望んでいたのか、懸けていたのか、今でもわからない。
その日、お姉ちゃんは消えた。
行方は誰も知らない。
あの日、紅に言われて葉乃矢くんという後輩の護衛に行った日、陽桜烈という紅たちと因縁のある人物の口からその名前を聞くまでは。
*
「九陰先輩」
反応は……無いか。
一応、電話をかけてみる。
すると、意外な事に繋がった。
「もしもし、九陰先輩」
『…………ん』
か細く小さな声。
何かを期待しているような、いや、都合のいい解釈だ。
俺はとりあえず、やることを済ませるだけだ。
「なあ、九陰先輩」
*
いつからだろう、こんなに人が恋しくなったのは。
いつだって、私は一人だった。
人はお姉ちゃんという光に集まり、影の私には見向きもしなかった。
一人が辛いなんて、思ったことも無かった。
お姉ちゃんがいなくなり、光がなくなり、今度は皆、“お姉ちゃんの影”の私に集まって来た。
きっと私は嬉しかったんだ。例え皆が、“お姉ちゃんの影”だから集まって来たとしても、私は中心になれた事に喜んだ。
でも、物足りなくなってしまった。“お姉ちゃんがいなくなった”だけでは、満足出来なくなった。
私を見てもらいたい。私自身を。
*
「さっき、和也から九陰先輩を俺の日常に入れてくれって頼まれたんだ」
『…………』
黙り……か。
何を考えているのか、俺には全くわからない。俺の言葉が届いているのか、わからない。
でも、きっと伝わるはずだから、いや、伝えなきゃいけないから、言葉を紡ぐ。
「でも俺は、九陰先輩を日常にはいれない」
『…………え?』
*
お姉ちゃんが消えてから、私はお姉ちゃんの立場に立った。
けど誰も彼もが、私を黒木九陰ではなく、黒木八陽の妹としか見なかった。
そう気付いた途端、急に怖くなった。いつか、見放されると思ったから。
自分を自分として見てくれる人を探した。
まずは東雲舞という、ここらの地域ではNo.1の実力を持つ人がやっているアパートに住むことにした。
ここにはNo.2の刀夜に、冷華という人物がいた。
皆信頼できる人たちだと思った。
同時に、私が信頼されてなかったらどうしよう、という疑心が私を襲った。
次に木崎和也と輝雪の双子が来た。実力はたしかだが、同時に油断出来ないと思った。特に輝雪には。
皆が怖かった。私を私として見てくれる人はいないのか。諦め掛けたその時、和也と輝雪に続くように三人の住居が決まった。
その中に、紅紅がいた。
魔狩りになったばかりのメンバー。私が先輩。この人なら、きっと私を私として見てくれる。そう思った。
私がお姉ちゃんの事で悩んでいても、きっと声をかけてくれる。主人公のように、私のために頑張ってくれる。そう思った。
『でも俺は、九陰先輩を日常にはいれない』
「…………え?」
そう、思っていた。
*
強くあり続けるのは大変だ。それは、弱い自分を隠さなきゃいけないから。
『……なん……で』
「俺は、九陰先輩を守れるほど強くないから」
主人公のように上手くいかない。
『……そんなこと、無い』
「俺の力は弱っちいから、四人と一匹で手がいっぱいだ」
勇者のように強くない。
『……嫌だ、嫌だ』
「九陰先輩」
英雄のように華々しくもない。
『私を一人にしないで……誰か私を見て……』
「……俺の知っている九陰先輩は、強くて賢くて頼りになってリーダーシップがあっていつも誰かの中心にいる人なんだ」
リーダーのように誰かの前に立てない。
『違う……それは私じゃない』
「でも、それが九陰先輩だ」
無理ばっかして、無茶ばっかして。
『私じゃない!! そんなの私じゃない!!』
「じゃあ、何が九陰先輩何だよ」
救う事なんか出来なくて。
『強くない賢くない頼りにならないリーダーシップもない! 誰かの中心になんて以ての外! でも、でもそういなきゃ誰かに見捨てられるから、だから、私は……』
「努力してるんだろ」
それでも強欲な俺は、誰かに捨てられたくなくて。
『幼馴染や妹がいる紅になんか……わからない』
「わかるさ。俺も」
だから俺は、強くあろうとした。
「俺も、いつか捨てられるんじゃないかってびくびくしてるから」
『……嘘』
「嘘じゃない。焔は天才で晶は俺より強くて蒼は何でも出来てパズズなんか他の猫より力が強いんだ。何の取り柄もない俺はいつだって、用済みにされるんじゃないかって胃がキリキリしてる。周りが優秀なのに、中心にいるのは雑魚だぜ?スライムがドラゴン率いてるようなもんだ」
『…………私と、同じ』
「ああ、同じだ。だから強くあろうとするんだ。レベル上げとかねえと、後になって皆に置いてかれそうだしな」
『……私は、“お姉ちゃんの影”でないと、皆に捨てられる。だから』
「強くあろうとする」
『……うん』
「だったら、こんなとこに引きこもってんじゃねえよ。才能のない俺たちは、すぐに置いてかれちまうんだから」
『……でも、無理なの。……誰も、私を私として見てくれない。……もうそんなの、嫌だ』
「だったら、九陰先輩自身で強くなるしかねえだろ」
『……でも』
「……あー、もう! うっぜーな!」
『っ!?』
「言ったろ! 「俺の知っている九陰先輩は、強くて賢くて頼りになってリーダーシップがあっていつも誰かの中心にいる人なんだ」って! 俺はあんたの姉とか知らねえんだよ! 弱い自分が嫌なら、強くなれよ! そうあろうとしなきゃ、俺たちは前に進めねえだろ!」
『……紅』
「俺はあんたが強いと思ってる! だから日常には入れん! でも、そのままうじうじしてんなら、俺はあんたを見捨てるぞ!」
『っ! だ、ダメ!』
「だったら出て来い! あんたはいつまで“姉の影”でいるつもりだ! それが嫌なら這い上がれ! 無理なら……しょうがねえから腕の一本ぐらい貸してやる! だから、来い!」
そして、目の前の扉がバン!と開く。
「……紅」
「……俺たちは、弱いから。だから、自分の日常守るには、進み続けるしかないんだ。たらたら考えてると、すぐに差が付けられつまうぞ」
「……うん」
「難しいことは後で考えろ。俺も、協力すっから」
「……うん。ありがとう、紅」
「っと」
不意に、九陰先輩が飛びつく。
……しょうがねえ。今だけは、と腕を回そうとした瞬間。
「……くす」
「誰だ!!」
「……くふ、こ、紅くん……今、サイッコーに輝いてるわよ……ぷふ」
「き、輝雪!?」
なぜか凄く笑っている輝雪がいた。
「結局入れないんだな」
「和也も!?」
「あらあらー、青春ねー」
「舞さんまで!?」
「刀夜。私も」
「……くっ! ……紅! ……どうにかしろ!」
「二人まで……いや、まあ好きにやってくれ」
「たっだい……紅何やってんの!?」
「げっ! 焔!」
「紅、君はロリコンに目覚めたの?」
「晶! 適当なこと言ってんな!」
「何々ー? 面白い事やってるー?」
「紫ー! ややこしいから出てくんな! というか何で勢ぞろいなんだよ! 九陰先輩も一回離れろ!」
「ん、もうちょっと」
『……あ(察し』
「察してんじゃねえええええええええええ!!!」
俺のあだ名がロリコンになった。
シリアスどこ行った。




