66.陽桜
「あ、雨」
放課後、掃除を終え帰る時だった。
「おー、雨か。天気予報が怪しかったから、一応傘持って来といて正解だったな」
「本当だね。輝雪は持って来てないの?」
「天気予報ってあんま見ないのよねー。朝が晴れてたから大丈夫かなー、て。…困ったな。お兄ちゃん日直だし、何だかんだで主人公気質のお兄ちゃんの事だから厄介事に巻き込まれるだろうし」
「そういや焔も日直だな」
「今 火渡さんは関係無いわ」
「き、厳しいね輝雪」
現在この場にいるのは俺、晶、輝雪の三人だ。
「あー、でも雨の日にも風紀委員って活動中あんのか?」
「当たり前でしょう」
「マジかー。怠いな」
「んー、ま、雷落ちなきゃ大丈夫っしょ」
「ん?輝雪雷苦手なの?」
「雷というか、二次災害の方が、ね」
二次災害?…まあ、雷もなさそうだし、今度でいいか。
「んじゃあどうする輝雪?和也待ちか?」
「紅くんたちは?」
「僕はまっすぐ帰るよ」
「俺は買い出し」
「傘は?」
「折りたたみだよ」
「普通の」
「…よし、紅くん相合傘」
「…what?」
何言ってんの?
「和也待てばいいだろ」
「無理よ。どうせ来ないし」
…まあ、和也ならありえそうだよな。
和也side
「先生。日誌つけてきました」
「そうか。ご苦労。それで木崎。頼みたい事が「お断りします」早えなおい」
「先生。何でもかんでも俺に押し付けないでください。それでは失礼しました」
「まあ待て木崎。お前の成績の事なんだが」
「あんたは最低だなクズ野郎」
「急に口調が荒っぽくなったな。まあ、いい。言う事さえ聞けば悪いようにはしない」
「城之内先生に言いつけるぞ」
「はっ!言いもんね!あいつがなんか言ってきたらあいつの恥ずかしい過去言いまくってやるし!」
「…それが教師のやることか」
「それが俺のやることだ」
「先せーい。日誌」
「おお、いいとこに来たな火渡。そういうタイミングの悪…良いとこ嫌いじゃないぞ」
「え?え?私ただ担任に日誌を」
「火渡。成績なんだが」
「ええ!?成績どうする気ですか!?」
「まあまあ、言う事さえ聞けば悪いようにはしないさ」
「…巻き込んですまん」
「…苦労してるんだね、和也くん」
紅side
「でまあ理由話すと、一人寂しいじゃない」
「そうか?」
「さ・び・し・い・の・よ!」
「…はい」
「輝雪、落ち着いて」
…凄え怖い。
「まあ、あれよ。トラウマと言うかね。過去、ユッキーにいろいろと…」
出ましたユッキーさん。お前は本当に何をやらされたんだ!!
「で、折りたたみだと小さいから傘の大きい紅くんの方にいれてもらおうと」
「なるほど」
だが気になるのは、
(お前、クロいんだろ)
(だって、その、今雨のせいで暗いじゃない!)
(そういう理由!?)
小声でそう話してると、どうやら暗い時は二人(一人と一匹)以上の人数が必要らしい。…難儀な。
「で、何をニヤニヤしてんだ晶」
「べっつにー」
「面白がってるな?お前」
「ホテル泊まるなら言ってよ!」
「「はあ!?」」
どこからそういう話に発展したんだ!?
いろいろ言いたい事があるが、晶はその俊足で走り去ってしまった。
………それで、その、
「えっと、…い、行く?」
「だ、だな」
あの野郎、凄え変な雰囲気になっちまったじゃねえか!
まあ、変な雰囲気って言っても、パズズとクロがいるしな。
「パズズ、出て来いよ…あれ?」
…いない。
「こ、紅くん…」
「っ!?!?」
帰宅部の生徒はだいたいいなくなった玄関で、何故か急に輝雪は俺の腕に抱きついて!?
「ななな、何やってんだ!」
「動かないでよお!クロが…多分さっき晶くんについて行っちゃたのよ!」
「はあ!?」
「紅くん!パズズは!?」
「パズズもいねえ!」
「ええ!?」
…あ、あいつら〜。
「ど、どうする?まっすぐ帰るか?」
「でも買い物は?」
「別に、そこまで急ぎじゃねえよ」
というか、今はこっちの状況の方を何とかしたい。
「うぅ…」
「っ!」
不覚にも、
不謹慎にも、
今震えている輝雪の事を、“可愛い”と思ってしまった。
「じゃ、じゃあ早く帰ろう?」
「っっっっ!?」
美少女が涙目で上目遣いをしてのお願い。
一瞬、理性が崩れかけた。
落ち着け俺。落ち着くんだ俺。狼になるな。和也に殺されるぞ。
そもそも、俺は由姫が…。
「紅くん?」
「ん?いや、悪い。考え事してた。んじゃ、行くか」
なんか、冷めてしまった。
今でも俺は由姫の事を引きずっている。
俺はこの先、新しい恋なんて出来るのだろうか。
…何をバカな。
由姫を殺した俺に、そんな資格なんかあるはず無えのに。
先ほどまで軽かった足は、今は鉛のようだった。
・・・
・・
・
「紅くん。あれ」
何故か腕を組みながら歩く俺と輝雪。
はっきり言おう。非常に歩きにくいからやめてほしい。
そんな事を言ったら輝雪が涙目で睨んできて、どうしようも無くなってしまったのだが。
そんな輝雪が何を見たのか。それは、
「たく、雨の日だっつーのに」
暴行の現場だ。
一人に寄ってたかって、胸くそ悪い。
「輝雪、少し待ってろ」
「うん。早くね」
おう、と返事をし、近付いていく。
「おい、お前ら」
「あ"?何だお前」
数は三人、か。
「風紀委員だ。痛い目に合う前にさっさと消えろ」
「は?風紀委員?お前が?おいおい笑わせんなよ。テメエみてえな不良面が風紀委員になんか入れんのかよ」
「はーい!だったら俺も風紀委員、入りっまーす!」
「あ、俺も俺も」
「「「ぎゃははははは!」」」
「…そんだけか?なら後帰れ」
「…は?お前舐めてんの?」
「カッコつけだろう。乙」
「テメエが帰れよ」
…殴りてえ。
「こんな雨の中、こんなくだんねえ事をやってる暇があったら家帰って勉強でもしてろよ」
「あーあーうっせ。お前そろそろどっか行けよ」
「お?行くのか?行っちゃう?」
「やっちゃえ!」
はー。こいつら、本当にバカだな。
「ほーい。そんじゃま、くたばれ!」
「そら」
「かふっ!?」
「「え!?」」
カウンターに一撃くらわせたらすぐに伸びやがった。
…いやまあ、
「言うだけ言ってこんなんじゃ、カッコつかねえよな」
「テメエ!よくもやりやがったな!」
「ぶっ殺してやる!」
「…ほお。殺れるもんなら殺ってみろ。そんな覚悟があんのならな」
「んだと!?」
「実力無く覚悟無く、よくもまあそうやって気軽に言えるもんだ」
「ば、馬鹿にすんじゃねー!」
俺はその素人丸出しの攻撃を避け、顔面に一撃いれてやる、
「てえ!?」
「おい大丈夫か!?おい!こんな事していいのかよ!」
「こっちのセリフだ。テメエらも、こんな雨の中ずぶ濡れになりながら寄ってたかってイジメといて、よくもまあぬけぬけと」
まあ、もう逃げたけどな、そいつは。
「俺は忠告したぜ?帰れってな。だけどお前らは断った。じゃあ、後は実力行使だ」
「んな!?」
「く、くんな!」
「黙れ」
一言、ただ一言呟き、俺は相手を殴った。
だが、
「危ない!」
パシッ、という音が、この雨の中で響く。
青年…ぐらいか。年上だろうか。
青年が俺のパンチを受け止めたのだ。
「どういう理由があろうと、無闇に殴るのはいかんな」
「…そうだな」
「わかればいい」
青年はこっちを見ず答える。
…誰だ?
『お前のせいで!』
「っ!?」
ズキッ、と頭に痛みが走る。
「君たち、もう帰れ。いいな」
「は、はい!」
「すいませんでしたー!」
「おい君たち!この子は!…友達を見捨てるとは…。まあいい。君は…」
青年がこっちを初めて見た。
だが、その顔は初めてでは無かった。
「紅くん。その人、知ってるの?」
輝雪が俺に聞くが、俺は答えなかった。“答えれなかった”。
「…貴様か」
その声には、憎しみが込められていた。
「“また”貴様か、紅紅。またここでも、間違いを犯すつもりか!」
「…紅くん、誰なの?」
きっと、輝雪には言ってもわからない。
言ってないからな。
だけど、幼馴染の晶と焔、妹の蒼、パートナーのパズズならきっと、わかる。
身長が高く、髪を短くまとめ好青年、という印象の青年。だが、眉間にシワがより、言葉には俺への明確な敵意があった。
そしてこの顔は、前にも見た。
“あの事件”で唯一俺を責め、俺の正義を否定した、ある意味一番まともだったのかもしれない奴だ。
いや、まともで正解なのが、この人間だ。
責めるのも、否定するのも、普通なのだ。
この人間には、その権利がある。
「“陽桜烈”」
“陽桜由姫”の“兄”。
「俺は…お前を絶対許さない」
俺を憎む、妹思いの“正義”。
彼は、俺を否定したあの日から、正義になった。




