61.交差するケン
『九陰!頭が止まったぞ!』
「わかってる!」
私は今、屋根の上を疾走していた。
頭がついに動きを見せ、動いたために兵の動きが変化する。これが人型魔獣の恐ろしいところだ。
頭の登場でその動きがより狡猾なものへと変わる。全部相手にしてたらキリがない。
こういう1体で襲って来るのではなく、集団で襲って来る敵は、上を潰すのに限る。
「だけど、あそこに何が…?」
頭が止まったあの場所。
…あそこには何かがあるの?
だけど、その疑問もすぐに氷解する。
頭のいる場所から、目に見えるぐらい吹き荒れた暴風が現れる。
「…紅」
『…やばいな。あいつはパズズの“力”があっても、まだ頭、しかも人型っていう事は魔獣も大量に集まってるはず。そいつらを同時に相手する技量は無い』
「…和也、輝雪、何をしているの…!」
和也は気配に対して敏感であり鋭くもある。自分の気配を周りの気配に同化させ、周りからばれないようにしたり、逆に面識のある相手なら細かく見つけ出す事もできる。
つまり、和也は真っ先に紅を見つけ出す事ができる。
輝雪は昔に何かあったらしく、一人でいることに恐怖を感じるらしい。
それに、私が出た後も輝雪は廊下にいたのだ。
だから、十中八九和也と一緒にいるはずなのだ。
なのに、あの状況を見るに、紅は一人で苦戦している。和也と輝雪は真っ先に駆け付けてもいいはず…なのに。
「どこで油を売っている…!」
『落ち着け!』
「…うん」
だが、魔獣はとことん私の邪魔をしたいようだ。
『前方3体!』
「こいつら、邪魔!」
小太刀・斬れ味特化
肉体・速度特化
私は曲がる事なく魔獣に突っ込み、首、手首、足首、肩、腰、肘、膝。鎧の隙間を即座に斬り捨てた。
『…ひぇ〜、恐ろしい』
「うるさい」
『へえへえ』
私は逸る気持ちを抑え、とにかく頭の元へと走った。
だと言うのに、
…魔獣が進路を塞ぐ。
「っ!」
『ここまで来ると作為的なものを感じるな』
作為的。
つまり、妨害。
何を?紅との合流。
「…限界突破する」
『はぁ!?お前わかってるのか!?しばらく体が使い物にならなくなるぞ!?』
「…後輩一人守れず何が先輩だ」
『…あんまし、昨日の事は気にするな…と言っても聞かないだろうな』
引きずってる。たしかにそうだ。
これは戦闘で、どんな事になろうとも自己責任。
だから、これは私の自己満足。
偽善であり、押し付けだ。
だが、自分で決めた事。
「…限界突破」
紅side
「ちぃっ!」
魔獣の連携に、頭の一撃。
…これはやばい。
「お兄ちゃん!大丈夫!?」
「心配すんな!」
『足震えてますよ』
「………」
全くもって締まらない。
『こうなったら1/2、行きたい…ですねー』
1/2。
パズズは本来、他の猫の単純に計算すれば4倍という恐ろしい倍率の力を有している。
だが、未熟な使い手、つまり俺のために本来は他と変わらぬ1/4に抑えている。それでも、名のある神の力を考えれば、和也や輝雪の影のような、無名神よりは力があるが。
まあ、力を引き出してるという点では、やはり同い年でありながら熟練の戦士である和也たちには遠く及ばない。
それでも力があり、今一番必要なのは力だ。
だから、使えるなら是非とも使って…というか使わせて欲しいというのが本音だが、パズズは渋る。
「何か問題があるのか?」
『周りへの被害』
「でも、ここはエルボスだぜ?」
『妹さんは?』
「…あぁー」
それで全て納得いってしまった。
それと同時に、悔しい。
力があってもこっちにその力に見合う“力”が無い。
パズズの力があっても、俺に扱う“力”が無い。
…悔しい。
「ぬぉ!?」
だが、状況は著しくない。最悪だ。
囲まれて攻撃を今にもくらいそうというギリギリで回避している。
蒼はすでに地に足付けて立っているが、それは即ち、俺が抱えている方が危ないということ。
俺に、“力”が無いから。
「お兄ちゃん!」
「蒼!どうした!」
「…かっこいいとこ、見せてよ!」
「え?」
「お兄ちゃんに“力”が無いこと何か、皆知ってるよ!」
それはそれで傷付くんだが。
それでも蒼は、敵の攻撃を避けながら、必死に叫んできた。
一度当たれば、死を意味する敵の攻撃を生身で避けながら。
「お兄ちゃんは!バカで!自己中で!独りよがりで!命粗末にして!他にもいろいろあるけど、私や、周りの人がいなきゃ、いつ死んでもおかしくなくて!でも、そんなお兄ちゃんだから皆が集まって、笑ってられる!お兄ちゃんが“カッコ悪い”から、皆しっかりする!でも、お兄ちゃんはいつまで“カッコ悪い”でいるつもり!?少しぐらい、かっこいいとこ見せてよお兄ちゃん!私の心配はしなくていいから!」
必死に、必死に、生身で避けて、それでも蒼の言葉には、強い力が篭っていた。
避ける事でいっぱいいっぱいの筈なのに、
一歩間違えば死ぬ状況なのに、
あいつはいつも、俺に“力”をくれる。
だけど、それでも、
「お前は、お前はどうすんだよ!」
「だから心配しなくていいって言ったでしょ!だって」
それは、確信であり、真実であり、現実である、
「だって私は、お兄ちゃんの妹なんだから!!」
たった一つの、魔法の言葉。
…信じろよ。俺の妹を。
「パズズ。力を解放しろ」
『いいのですか?』
「ああ。問題無い。なぜなら蒼は…俺の妹だ」
『…実に素晴らしい答えです』
ドクン、と脈打つ感覚があった。
吹き荒れる風は、一層にその勢いを増す。
窓を壊し屋根を飛ばし風を破壊する。
「っ!」
きつい!
途端に力が操れなくなる。
肌を切り裂くような寒さは、その事象を保てず霧散し、今はただの風。
手足に収束させていた風は、すでに外へと流れ出る。
「く…ぉ…!」
もはや風は俺の想像から完全に離れ、勝手に動き回る。
さらに、
「っ!ぶね!」
敵の攻撃も避けなければならない。
この暴風の中で、魔獣もかなりしんどそうだが、重量が比べ物にならないであろう頭は、普通に攻撃してくる。
それが俺の集中を削ぐ。
「お兄ちゃん!」
「大丈夫だ!」
実際大丈夫じゃ無い。
だが、そうやって自分を奮い立たせるしかない。
想像しろ。
想像、想像、想像想像想像想像想像…
「うがあああああああああ!」
だが、全く風は反応しない。
『無様ですね』
「んだと!?」
『少し前のあなたの方が、もっと上手く操れてましたよ』
「俺が弱くなってるってのか」
『一つの物事に集中できずにいますね』
「………」
それは…無くもない。
『余裕が出来ましたか?前のあなたは生死の境で必死で生き延びようとしてましたよ?ブレずに、真っ直ぐ敵と相対してましたよ?なのに今のあなたは…。はっきり言って失望ですよ失望』
「ぐ…」
何も言い返せない。
『ハングリー精神を忘れちゃいけません。あなたは熟練の戦士ではありません。雑魚です。でも、雑魚には雑魚なりの強みとプライドがある。あなたはそれを忘れたのですか?初めて頭と戦った時、私が初めて1/2解放した時、あなたは何を思っていましたか?』
「…っせーよ、たく」
どうして俺の周りはこうも世話焼きばかりなのだろう。
…感謝ばかりだ。
感謝して、感謝して、ならば応えよう。
考えるのはやめだ。
まずは…動け!
「らああああああ!」
頭が巨大な剣で攻撃してくるのを、回避では無く手をクロスさせ“受ける”。
途方もない衝撃が、体全体に走った。
だが、自然と体は軽かった。
「だあああっっっっらっしゃああああああああああああああああああああ!!!」
逆に、頭ごと剣を吹き飛ばす!
いきなりの事に咄嗟に反応できなかったのか、そのまま大勢を崩し後ろへと体を逸らす頭。
その隙が、大きな命取りだ。
「北風!」
吹雪が吹き荒れ、大量の氷礫を作り出す。
さらに、飛ぶようにダッシュし、頭の上半身へと移動する。
くらえ!
「突風の一撃!!」
この一撃で、
「チェック・メイトだ!」
氷礫は鎧を削る。
摩擦で表面が溶けるが・知るものか。もう一度凍らせればいい。
ただ全力で、
ただ必死に、
この一撃を叩き込んだ。
ズガン!という音と共に、俺の拳は頭の鎧を貫通する。
だが、
「まだだ!」
拳から吹き荒れる吹雪は、頭の体を蹂躙し、凍結し、破壊する。
不規則な動きと共に、頭はその活動を停止した。
だが、まだ仕事は残っている。
「蒼!」
その後は、瞬く間に魔獣を殺戮し、今回の魔狩りは終了した。
・・・
・・
・
「つ、疲れた…」
「だね…」
流石の蒼も疲労困憊という風に座り込む。俺も正直、限界だった。
「紅!」
「紅くん!」
「お、和也と輝雪か」
「遅いですよ!!」
疲れはどこに言ったのか、蒼が怒るが、とりあえず今は、和也と輝雪と合流したことに感謝すべきか。
「大丈夫か?」
「大丈夫そうに見えるか?」
「…見えない、な」
「そりゃそうだ。なあ和也。お前、ゲームでいうとこの索敵とかできるだろ。わりーけど、少し警戒しててくんねーか?疲れて動けねえや」
「わかった」
そうやって和也はすぐに周囲を警戒してくれた。
…そういえば?
「なあ和也。お前と輝雪はこっちに来る前、どこにいたんだ?てっきり、蒼の事探してくれてるのかと」
「そうなんですか?」
「まあ、そうだな」
「私たちはあれよ。蒼ちゃんはお兄ちゃんの気配察知ですぐに見つけたんだけど、ほら。ああいう場合って、お兄ちゃんに任せるべきでしょう?ギリギリまで待ってたのよ」
「へぇ…そうか」
なんか、全て骨折り損だった気が…。
まあ、全て丸く収まってめでたしめでた………
違う。
あの場に、和也と輝雪はいなかったはずだ。
あの、蒼を追いかけてた時に見た“記憶”。
あれにあったのは、
間に合わなかった俺と、
蒼がエルボスに飛ばされた瞬間と、
“1分後に飛ばされた俺と”!
「っ!!」
「どうした?紅」
「な、何でもねえよ」
未来が変わった?
だが、あの記憶の欠片は蒼を追いかけている時、初めて見たものだ。
そもそも、あれが本当に俺の記憶なのかも疑わしい。
…だけど、だ。
もし、あの記憶が本当なら、
いつでも助けにいけたのに、木崎双子は、“故意に、助けなかった事になる”。
なら、こいつらは…。
本物………か?
『紅?』
そこからは本能だった。
疲れを無理矢理外へと追いやり、全力のダッシュ。
“寸前で気付いた”和也は、その目を見開く。
“寸前で気付いた”。
遅い。
和也は、もっと早い!
「お前は…誰だあああああああああああああ!!!」
「くっ!?」
和也の持ってた“剣”は、俺の拳と交差する。




