48.傷の舐め合い
「紅」
「んだよパズズ」
蒼が先に帰ると言って先に行ってしまったため、現在はパズズと一緒にいる。
「陽桜 由姫について、お聞きしても?」
「…チッ」
パズズとは長い付き合いになる。言ってもいいだろう。
俺の“罪”の話なのだから。
近くの公園に寄り、ベンチへと座り買った物を脇に寄せる。
「由姫は、俺がまだ小学生の頃に蒼、晶、焔と一緒にいた、幼馴染だ。
あの頃の俺は今と違って正義正義とか言ってさ。学校の中見回りと称して走り回ったり、結構危険な事だってした。
晶は昔いろいろあって、屋上から飛び降りようとした時、一緒に落ちて地上の蒼にパスしたり、晶と焔が体育館倉庫に閉じ込められてた時、見つけたら二人の上に投球機が落ちて飛び蹴りで弾き飛ばしたり、まあ、かなり体投げ出していろいろやってた」
「随分と人間離れしてますね。正義正義言ってたなんて今からじゃ想像もできません」
「うっせ。あの頃は信じてたんだよ。俺は勇者なんだって」
「痛々しくて同情しそうです」
「少し黙ってろ。小学生の頃の話だ。…それに、この“周りが不幸に会いやすい体質”を、昔は天が俺に人助けしろって言ってるように聞こえてたんだ。当時の俺は、な」
「たしかに、小さい頃から不幸に会う人を見て、助けて、感謝もされれば小さい子どもなら増長するでしょう。“自分は勇者だ”、と」
「そこまでは言ってないんだが…大方そういう事だ。さらに、本当に同学年の奴らと比べたら、その身体能力に大きな差もあったから、信じて疑わなかったよ。言い訳するつもりは無いが、蒼や晶や焔、そういう周りの奴らの反応も俺の“思い込み”を確固たるものへと昇華させたんだ。
“俺なら皆を救える。俺なら勇者になれる。世界を救える。【悪】を倒して【正義】になれる。”
叶いもしない妄想を、その時は“できる”って、信じて疑わなかったよ」
俺の他より強い体が、優秀な妹が、急成長した晶が、天才の焔が、助けた実績や、感謝の言葉、全てが俺を天狗にした。
俺が【正義】だと、確信していた。
「それで、陽桜 由姫とは?」
「今から話すっつーの。…そんな時、小学6年の頃だ。体が弱くて小学5年の頃から不登校気味になってた子が顔を出すって噂が流れてた。その噂の中心になってた子が」
「陽桜 由姫、なんですね?」
「ま、そういうことだ。正義正義ほざいてた俺は、その子、由姫が気後れしないように、皆で歓迎会的なものを提案して行動したんだ。最初は思いつきだった。とにかく皆と仲良くできるようにって考えてた。
蒼が由姫の写真を持ってくるまではな」
「何かあったんですか?」
「ぐっ」
…言いたくねえ。
「どうしました?」
「…言わなきゃダメか?」
「あなたの“罪”に関係あるなら」
ドクンッ、と心臓の鼓動が大きくなる。
「……ある、な」
「ならお願いします」
「………れ、だったんだよ」
「聞こえません」
「~~~~っ!」
ああ!言いたくねえ!
「さっきからどうしたんですか?紅らしくない」
「………はぁ。…一目惚れ、だったんだ」
「………それは一に目と書き異性に心惹かれる状況を指す惚れるという文字をくっつけた、一度見ただけで好きになってしまったという意味を内包してるあの“一目惚れ”ですか?」
「…ワリィかよ」
「…あ、いえ。少々意外でしたのと、今回の話に関係あるのかな、と」
「…とりあえず聞いてろ。とにかく、由姫に………一目惚れした俺はかなり張り切った。それこそ、最初の歓迎会どころの話じゃない、もっと豪勢にして、とにかく喜ばせようと思ったわけだ。
人間幼いと積極的でな、俺は由姫に積極的に話しかけた。遊びにも誘ったりした。それからだったかもな。“正義の味方ごっこ”が、“好きな子へのアピール”になったのは」
「わからなくはありません」
「そうかよ。それから、由姫は少しずつ元気になって、何をトチ狂ったか、由姫が元気になったのも“俺のおかげだ”なんて馬鹿げた勘違いをした。そして、俺、蒼、晶、焔の輪の中に、新たに陽桜 由姫が入ったんだ」
「いい話ですね」
「何処がだ。たしかに、聞いてるだけならそうかもしれんが、今になって思えば俺の好意が暴走して周りに迷惑かけたもんだ。歓迎会の準備はよく周りのサボってる連中に衝突したり、あの頃は由姫由姫由姫だったから、蒼とかとも殆ど構ってやらなかったし。その由姫でさえ、無理に連れ回したりしてたからな」
「…なるほど」
「それで、夏休みが近付いてきた頃だ。由姫に夏休み中何がしたいか聞いたんだ。そしたら、『もっと外が見てみたい』て言われてな。親に頼み込んで山登りの計画を建てたんだ。引率を晶の親に頼んでな。
そして、事件は起きた」
一息つく。ここからは本当に俺の“罪”。言い訳など許されない。
「その日は少し天気が怪しくてな。後日に回すか、なんて話にもなったけどその日を逃すとしばらく雨が続いてな。少しぐらいなら大丈夫だと、周りを無理矢理納得させて強行させたんだ。…俺の由姫への好意が暴走してな。あの時、夏休みはまだ残ってた。後日に予定変更すればよかったんだ。そうすれば、あんな事にはならなかった」
「…何が、あったんですか」
「…山登りをして無事に頂上に登れたんだ。低めの山で、そう時間もかからなかった。頂上で飯食って、しばらく景色を堪能してから下山したんだ。
その途中で、雨が降り始めたんだ。急ぎ足で車を停めてある駐車場にまで戻ったんだ。後は帰るだけだった。…だけど、駐車場に泣いてる人たちがいて、見逃せなかった俺はその人の話を聞いた。そこで聞いたのは、山にその人たちと一緒に来てた人がまだ残ってて、来る途中で道から外れて落ちたんだと。救助を頼んだがすぐには来れないのだと。
見過ごせなかった俺は助けに行くと行った。周りにはそりゃ止められたさ。だから、晶の父親が変わりに言った。…だけど、どうしても“由姫にカッコつけたかった俺は”、ここでいかなきゃ正義じゃ無いって思って、周りの制止を振り切って山に入っていったんだ。その俺の行動のせいで、蒼、晶、焔、由姫、全員が来てしまった。
そして、“運悪く”晶の父親より先に人を見つけてしまった。…その頃には雨も酷くなり始めてた。でも、ここまで来て引けなかった俺はその人を助けに行くんだ。“由姫にいいとこを見せるために”。焔と蒼は晶の父親を呼びに、晶と俺で救助、由姫には動くなって言った。“俺の活躍を見てほしいから”。
後はわかるだろ?馬鹿な“正義ごっこ”の末路さ。雨でぬかるんだ地面は、とてもじゃ無いが、子どもが大人をその足りない力で引き上げるには滑りやす過ぎた。いや、それ以前の問題だな。いくら同年代の奴らより力が強くても、所詮小学生さ。二人掛かりとはいえ無理があった。何とか晶と二人でその人を元の道にまで戻した時点で、俺は気を抜いた。足から力が抜けた。その瞬間、俺を支えてた物は無くなった。一気に滑り落ちる…はずだった」
息を長く吐く。話してるだけだと言うのに、何時の間にか心臓の鼓動はバクバクいっていた。
「俺の手を誰かが掴んだ。次の瞬間には俺は道に投げ飛ばされてた。そして瞬間的に気付いた。“誰が俺を投げ飛ばしたかを”。信じたくなくて、周りを何度も見回したが俺の望んでいる姿は無かった。恐る恐る、下を見下ろした。そしたら、いたよ。…いや、“あった”と言うべきか。
“陽桜 由姫の死体が”。
…これが俺の話せる全てだ」
手のひらは汗を大量にかいていた。ここまで動揺するとはな。
「…なるほど。それであなたは、周りの気遣いには?」
「気付いてるよ。それならだ。蒼が今みたいな明るいキャラになったのは。俺を元気付けようとしてんだろうよ。焔も俺を他の奴らと関わらせようとするし。…でも、怖いんだ。人に近付くのが。あれ以来、俺は“正義ごっこをやめた”。目の前で困ってる人を見逃せないのはしょうがないけど、これ以上人と関係を作らず、晶や焔、蒼もだ。俺にとって大切な奴らだけを助けるって、優先するって決めたんだ。俺に正義は無いから」
立ち直るのにしばらく時間がかかったが、それ以来俺は今の俺になった。同時に理解した。俺の体質は俺を勇者にするようなものじゃない。周りを不幸にさせるものだ、と。
「なら」
パズズは何時の間にか少女の姿になっていた。
その深緑の瞳は俺の緑の目をじっと見つめる。
「なら、何故あなたは魔狩りをするんですか?」
「………」
「あなたと私は似ている。近くに居た人が死んでいるということ、他の子より力が強いということ、案外、容姿が似ているのも偶然じゃ無いかもですね」
「に、似ている?」
パズズは黒髪(黒の毛並み)に深緑の目。俺は黒髪に緑の目。
…いや、そんな事言ったら
「和也たちもだろう」
「ですね」
あっさり肯定しやがった。
「ですが、近くに居た人が死んでいます」
「…お前とは違う。全部俺の招いた結果だ」
パズズは使用者の問題なのだ。パズズ自身がどうこうの話じゃない。
「…私は、あなたと同じです」
「だからちが「同じです」…」
張り詰めた声が周囲を支配する。
「私は力が強い。そしてあなたは私の力を使うに値する。“そうすれば英雄になれる。あなたも、私も”。それが、私が一人目のパートナーに言った言葉です」
「…英雄?」
「私の名前は私自身があなたと会う少し前に改名したものです。パズズとは風の邪神の名前。本当の名前は“いなさ”。これも強風の事を指したりしますが、私の場合、パートナーが三人も死んで行くので今の邪神の名前に変えました。
いなさの頃の私は浮かれていました。何故なら他の子より強い力を持ってるのだから。
覚えていますか?私たちが契約するさいの言葉。あれは途中に神の名をいれるのですが、クロやコクのような影の神は無名の為、契約のさいに神の名を使いません。
そんな中で私は四柱もの神の名を使います。単純に、他の子よりも四倍の力をもっている事になります。
あなたと同じですよ。他の子よりも力が強い、浮かれてパートナーを死地に追い込み、パートナーの命をスケープゴートにして今を生きるのです。
邪神はたいてい人に忌み嫌われる存在。パートナーを三人も“殺してる”私にはちょうどいいです」
…はは。本当に、
「本当に似ているな、俺たち」
「さっきからそう言ってます。ですが、私たちはこの“罪”からは逃げられないし、逃げてはいけない、思い悩み苦しむぐらいがちょうどいいのです」
「厳しいお言葉だ」
「当たり前です」
自然と笑みが零れる。
「ああ、そうそう脱線してました。私たちは似ている。だからどうしたという事ですが、何故魔狩りをやるのか、私の場合は何故続けているのか。多分、理由は同じですよ」
「だろうな。俺もそう思ってたところだ」
今ならシンクロ率100%を達成できそうだ。
『救いを求めている』
本当に、救えねえよなー、俺たち。
「こんな過去持って、自分が悪い悪い言っときながら、こういう“非日常”を続けてれば、“日常”で入りえなかった何かが入ると思っている。全く反省してねえな、俺」
「パートナー三人も殺しておいて、未だ人との繋がりを求めてこっちの世界にとどまるなんて、まるで道化師のようですね、私」
互いが互いに似た境遇。だから互いに手を伸ばす。
「…今なら断言できるよ。付き合いもまだ、全然短いけど、お前は最高のパートナーだよ、パズズ」
「その言葉、そっくりそのままお返しします」
「ありがとよ」
何か、魔狩りを続けてれば変われそうな気がする。
俺は人に近付くのが怖い。
だから今の関係だけを守ろうと努力する。
でもそこに、魔狩りというちょうどいい“きっかけ”が落ちてきた。
魔狩りは俺に和也や輝雪、さらにあのアパートの住人など、いろいろな関係を求めてきた。
まだ全てを受け入れることは無理だ。だけど、確信できる。魔狩りは俺に、“いい変化”をもたらす、と。
「さて、互いの傷の舐め合いが終わったとこで、帰るか」
「そうですね。傷の舐め合いが終わったので帰りましょうか」
一目が無い事を確認してから猫に戻ったパズズは俺の頭に乗った。
「あ、そうそう。新しい技思いついたんですよ」
「技?」
「パズズという邪神は蝗害と呼ばれるものを引き起こすようです」
「コウガイ?」
「はい、蝗害です。トノサマバッタなどによって農作物が被害を受ける災害の一つなんですが、その蝗害を書かれた絵にはこう、鳥肌が立つぐらい大量のトノサマバッタが絵ががれて…」
「ええい!やめろ!」
「まあ、それから大量に風の塊を作って敵にぶつけるという技を」
「…もうちょっと簡単な技を考えてくれ」
まあ、こういう時間も悪くない。たしかに俺は、そう思えた。




